古酒の隠れ家

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旦那様観察日記

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プロローグ
 

「みなさんもすでにご承知のこととは思いますが」
 エンディオンさんが、重々しい口調でそう切り出した。
 嘴の鋭い猛禽類の顔をしたデヴィル族の子爵であるエンディオンさんは、私の勤める〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉で長年、家令を務められている。
 この城の勤め人は、ほとんどが動物の混合体――つまりはデヴィル族だ。先の旦那様であったネズミ顔のヴォーグリム大公は、極度のデーモン族嫌いで有名だった。その影響を受けてか、私たち数少ないデーモン族の勤め人には、同僚であっても辛く当たってくる者たちが少なくはなかったのだ。
 そんな中、謹厳実直な性格で、デーモン・デヴィル族の区別なく威儀を正して接せられるエンディオンさんのそのお姿は、上司として尊敬に値した。私がデーモン族だから、余計そう感じたのかもしれない。
 そのお隣に立つワイプキーさんは、エンディオンさんと同地位の子爵で、立場も同じといっていい筆頭侍従を勤められている。こちらは私と同じデーモン族だが、実はこの方のことは私はあまり好きではない。
 ワイプキーさんもデーモン・デヴィルの区別なく接せられるのだが、その扱いは相手の地位と立場、ご自分の好みによって、大きく左右されているように写るからだ。
 それはともかくとして、家令と筆頭侍従が並んで、城中のすべての勤め人とはいかないまでも、それなりの役職にあるものを集めておられるのだから、その理由がくだらないことである訳はない。
 そしてエンディオンさんの話したとおり、大半はそれを察しているだろう。

「先ほど旦那様――ヴォーグリム大公が、奪爵されました」
 やはり、誰もが知っていたようで、驚いたような反応を見せた者はいなかった。そして悲しんだ者も――
 あの城中を駆け回る旦那様――いや、元旦那様の大声を、聞かなかった者はいなかったろうし、私は無理だったにしても、その後<前地>で行われた戦闘を、実際にその目にした者も多いだろう。
 世界でたった7人しかいない魔族の大公が、爵位持ちとはいえ最下層の男爵である若者に倒された、その現場を。
「慣例の通り、明日より5日の間は喪の期間となります。それぞれヴォーグリム大公閣下の妃殿下方の御退城と、新しい旦那様の御入城の準備にあたってください」
「今度の旦那様は、デーモン族のお若く、経験も浅いお方だ。しかもまだ独身ときてる」
 エンディオンさんの言葉を引き継ぐように、ワイプキーさんが弾んだ声でそう告げた。
「我々からは以上です。後はそれぞれの上役の支持に従ってください」
 エンディオンさんが解散が宣言されると、ワイプキーさんは話したりなかったのか、残念そうな表情を浮かべた。
 料理長や洗濯長、庭師長なんかの裏方の人たちがいなくなると、後に残るのは私たち侍女と侍従・従僕だけになる。
「ねえ、ナティンタ。見た? その新しい旦那様」
 隣に立つ同僚のユリアーナが、肘でつついてくる。
「いいえ。あなた見たの?」
「ものすごい男前だったわ」
「そうなの?」
「そうなのよ」
 ユリアーナがなぜか、顔をしかめ舌打ちしながら言った。
 男前なら喜ぶべきところじゃないのかしら。でもこの子の感覚はちょっと変わってるから、あんまり真に受けても後でがっかりするだけかもしれない。
「あんなに男前なら、きっと性格は最悪よ。高慢ちきでいけ図々しいに違いないわ。絶対にそうよ。あなたも、覚悟しておいた方がいいわよ」
「あんまり最初から、決めつけない方がいいわよ」
 ユリアーナはいい子なのだけれど、思い込みが激しすぎるのが玉に瑕だ。
 それから私たちは侍女頭のホリアさんからの指示を受け、それぞれの役割に従って、その後の5日間を忙しく費やしたのだった。

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