恐怖大公の平穏な日常
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21 結局、行き当たりばったりです
苦笑というより嘲笑といったほうがしっくりくる笑いを漏らしたのは、プートではなくサーリスヴォルフだった。
「ベイルフォウス。どうして君がそう興奮するの? さっきジャーイルは自分の配下に起こったことのように言ったけど、実は親友の君の身に起きたことだったりして?」
ええ、そう誤解する?
まあ、実験したのは実際ベイルフォウスだけどもね。
「……誰もそんなことは言っていない」
ベイルフォウスの声音は、さっきよりずいぶん落ち着いている。
プート以外……それも常日頃から警戒しているサーリスヴォルフからの発言だったことで、幾分か冷静さを取り戻したのかもしれない。
「つまり今、君の魔力は、その〝プート大公の配下と疑われる誰か〟に奪われてしまった状態、というわけなのかしら?」
「馬鹿なことを考える」
今度はベイルフォウスがサーリスヴォルフに嘲笑を向ける。
「心外である」
たくましい足底が床を叩き、部屋がかすかに揺れたようだった。
「たとえ、そなたの魔力が落ちているのだとして、我を疑うとはもってのほか! 相手の力を不当にそぐなどという卑劣なことは、考えおよびもせぬ。そもそもそれが、脅威にもならぬ相手とあれば、一体我になんの利点があるのか」
プートは怒り心頭というように、目を輝かせ、鬣を逆立てた。
「俺が脅威にもならねぇ、だと」
ベイルフォウスは魔槍で床を突き、プートと激しく睨み合う。
会議場内に、二人の殺気が充満した。
「それ、そのように、見た目が派手なばかりの武器に頼って、相手を威嚇しようとする者が、一体誰にとって、何の脅威になるというのか!」
プートの鼻息が、机上に飾られた花を揺らす。
「ああ、それとも頼りない武器なんぞに頼らざるを得ぬのは、ひ弱な魔力しかもたぬ弱者であるとの無言の訴えと解釈すればよいのか?」
「てめぇ……」
ベイルフォウスがヴェストリプスの柄をいっそう強く握りしめた。
こいつら!
ちゃんと座ってるからって、どんな態度とってもいいってわけじゃないんだからな!
〈大公会議〉はお行儀よく……だったはずだ。
だいたい、ベイルフォウスが悪い。あの打ち合わせはなんだったんだ。台無しじゃないか!
……まぁね。本当のところ、どうせ遅かれ早かれ、二人はもめるだろうと予想してたんだけれども。
だからって、親友に対してガッカリしない訳じゃない。けれど、この内心を表情に出すわけにもいかない。本当なら頭を抱えたいが、そうするわけにもいかなかった。
主催者としての務めを果たすべく、立ち上る。
「各々、魔武具に対して捉え方は様々あるだろう。俺にしたところで、武器によって自身の能力を強化することに関しては、ベイルフォウスと同じくそれを使いこなすことも、本人の力量のうちと考えている」
「ああ、全くその通りだ」
ベイルフォウスが合の手を挟む。
「だが、今はとにかくガルムシェルトに話を戻そう」
俺は会議の主催者としての声をあげた。
「今回発覚したガルムシェルトの能力、俺はそれを問題と捉えた。なぜならば、この武器の特性上、その能力を真っ当に使う者がいるとは思えないからだ」
「どういう意味です?」
デイセントローズが真意を測りかねる、とでもいうように、問いかけてくる。
「万が一、爵位を得られるほどの者が使ったとしても、この武器が何の力も発揮しないのは、前述のとおりだ」
「ええ」
「だがそもそも、有爵者に挑戦する……その気概と実力に恵まれたものは、魔力を奪う武器になんぞに頼らず、奪爵を宣言するだろう。つまりこの武器は、あらゆる意味で真実〝弱者である無爵〟にしか、利用価値がないといえる」
「その通りである! その存在理由ばかりか、話し合う異議すら見いだせぬ!」
プートの血管も心配になってきた。
「では実際に、弱者たる無爵がこいつを使ったとして、どうだろう?」
想像するだけで気にくわなかったのか、プートが牙をむいた。
「正々堂々、その者が有爵者に挑戦しても、まずはこの武器を相手に当てなければ意味がない。つまり弱者たる無爵者は、命を懸けてその奇跡的な瞬間に臨まねばならないわけだ。それで一か八か挑戦するという者が、どれほどいるだろう」
実際には、その一か八かに懸けようという者が数多存在するとしても――
ぶっちゃけ、俺には無爵を含め、弱者の気持ちはわからない。彼らが日々、強者をどういう思いで見つめているのか、想像することすらできない。
「それでももし、彼らの望みによって、この武器の存続を決めるのであれば」
「卑怯者の望みなど、聞くに値せず!」
プートの鼻息で、花びらが散った。
彼はとことん、物に頼った勝利を嫌っているらしい。だが、その意見こそ、むしろ主流だろう。
魔族はたとえ弱者がその多数だとしても、強さに対する向上心のない者の意見は、捨て置かれる傾向にある。
それにガルムシェルトの能力は、使用者の不足を補うというレベルのものではないからだ。
「では、強者たる大公の話し合いの結果、ガルムシェルトの存続を決めたとしよう」
プートがまた、気にくわないとばかりに牙をむく。
「そのときはこの武器の特殊な能力についても、当然公開すべきではないか?」
俺はわざと、サーリスヴォルフに視線を向ける。
「つまり、実際に〝卑怯者の武器〟とせんがため、正々堂々としか使えないようにもっていくわけね」
案の定、彼女はこちらの意をくみ取ってくれた。
「ならばそうと知って油断し、わざわざ攻撃を受けてやる有爵者がどこにいる?」
実際には、いると思う。だが、そういうことを言い出すと、キリがない。
「それにさっきも説明した通り、奪われた者の力が大きければ大きいほど、奪った弱者は力を暴走させる」
「そうなると結局のところ、挑戦者は勝ったとしてどのみち、他の者に討たれる可能性が高いということになるのですね」
「他人の魔力を奪うような卑怯者に、ふさわしい末路である!」
プート……いい加減、せっかくの花を散らすの、やめてくれないかな。
「あるいは、そうならないように奸計をめぐらす必要があるだろう」
「つまりそのウルムドガルムという武器は、弱者のためと言いながら、要はプートの言うとおり、むしろ卑怯者のための武器である、という側面を大きくするわけだね」
「要らぬ混乱を招く! この世から抹消すべきである!」
もう一度、プートはその野太い足で床を叩いた。
俺は彼らに頷き、続ける。
「プートのいうとおり、身も蓋もなく言い切れば、あると面倒くさい。いろんな意味でな」
数人が笑った。
「この武器は無爵にとって、魔甲虫の玉に等しい。それで、この会議を開くことにした。大公の手でガルムシェルトを探し出し、破壊し、なきものとする。どうだろう?」
「賛・成・だ!」
プートが間髪入れず、暑苦しいまでに力強い同意をくれる。喜ぶべきなのだろうが、微妙だ。
「見つけたものは、即刻その武器を破壊すべし!」
きっとここがプートの領地で彼の配下がいれば、マッチョたちによる「破壊すべし!」という野太い大合唱が始まるに違いない。
「私もプート大公に賛成です」
意外にも、二番手はデイセントローズだった。ラマの奴は、もっと意見が出そろってから、趨勢に阿ると思ったのに。
「生かして能力を公開したとして、環境を整えた上で相手の隙を狙うような、よからぬ手を使う者がいないとは限りません。むしろそのような者にこそ、この武器は利用価値があるのではないでしょうか?」
ああ、なるほど。そういう想像は容易につくわけか。
「〈大公会議〉を開いて武器のことというから、何かと思えば……。何もわざわざそんな実害の薄そうなもの、放っておけばいいんじゃないの?」
三番手で声を上げたサーリスヴォルフは、結局のところ、どうでもいいようだった。
「今までだって、そうしてきたわけでしょう? わざわざ寝てる竜を起こすようなことをする必要があるとも思えないけどね」
だが、彼女がそう結論づけるだろうということは、ベイルフォウスとも予想していたのだ。
「それとも何か、今現在、そうせねばならないほど切羽詰まっているということかしら?」
サーリスヴォルフはまだベイルフォウスを疑っているようで、探るような視線を親友に向ける。
「俺の考えを言わせてもらえれば」
ベイルフォウスはじろり、とサーリスヴォルフを睨み返す。
「どちらかといえば、サーリスヴォルフと同じ意見だ。なんなら残りの武器は俺が探し出し、無爵に与えてやってもいい」
ベイルフォウスが俺の反対に回るのは話し合いの結果ではあるが、本心でもあるようだった。
「卑怯な手段を講じず、正々堂々、正面から奪爵を宣言し、挑戦してくるなら俺に文句はねぇ」
ベイルフォウスの主張どおり、今回の件に関していっても、相手がちゃんと奪位を宣言して魔王様に挑戦し、正面から戦って力を得たならただの〝弱者のための武器〟ですんだろう。
だが、実際には姿を消して背後から、というものだった。それは魔族の大多数にとって、許しがたいものに違いない。
もっとも、魔王様のことを秘している以上、今、そのことを持ち出すわけにはいかないが。
「ならば、先ほどジャーイルが言っていたように、いったん我らで収集し、大公の管理下におくことにすればどうです? それを使って奪爵に挑戦したい、という申し出があれば、慈悲深く貸与してやるのです」
ラマは名案とばかりに手を打つ。
「馬鹿馬鹿しい。なぜ、弱者の境遇なぞ、慮る必要がある!」
一旦、破壊に同意した者の心変わりを責めるように、プートがラマの意見を一蹴する。
「ほんと、どうでもいい……面倒だから、いっそ放っておけばいいのに……」
最終的にロムレイドは、武器自体のことには興味が持てなかったらしい。
「さて、ではこれで現状維持が三名、破壊が三名となったわけだが……」
俺は最後の票を持つ、ウィストベルを見る。
だが、彼女は――
「もう、よい。ジャーイル」
静かな声をあげた。
続いて紡がれた言葉は、俺もベイルフォウスも、予想だにしなかったものだった。
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