古酒の隠れ家

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旦那様観察日記

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2.とある日の旦那様
 

 ○月××日
  旦那様の第一印象はもちろん、最高だった。
  私に向かって――ここ、重要――私に向かって、
  にっこりと微笑まれてこうおっしゃったのだ。
  「よろしく頼むよ」と。
  私のテンションはその日から上がりっぱなしだ。
  身近でお見かけする機会はそうそうないが、
  それでも遠くから見ているだけでもホントにゾクゾク……
  前言撤回、きゅんきゅんしてしまう。

 +++++++++++++++++

「ダメよ、ナティンタ。簡単にだまされちゃ。ああいうのが案外、むっつりスケベのとんでもない変態だったりするんだから」
 デーモン族の侍女たちは、そのほとんどが旦那様に心を奪われてしまっていたが、その中で初日から変わらず厳しい評価を下す侍女がいる。
 それが同僚であり、私の友人でもある彼女、ユリアーナだ。
「この間は大丈夫だったとしても、気をつけなさい。どうするのよ、寝室で襲われたら? 性格のいい男前なんて、しかも高位魔族が優しいだなんて、世に存在する事象のはずがないんだから。今度もどうせ、ネズミ大公みたいなひどいドSに決まってるわ!」
「ユリアーナ……」
 彼女の過去に、一体なにがあったというのだろう。男性不信が強すぎる。そして、お化粧も濃すぎる。
 ただ、そうは言いつつ、彼女の特技は勤め人の間ではもうなくてはならないものになっていた。
「あら、私なら襲ってでもいただけたら、逆に大喜びよ。そんなことよりユリアーナ」
 一緒におしゃべりしていたお針子のティモが、頬を紅潮させ、ユリアーナを拝み出す。
「私にも例の、一枚お願い!」
「まったく……」
 こうしてユリアーナが依頼を受けたのは何人目だろう。彼女の特技は絵。それはもうそっくりに、旦那様のお姿を、白い紙の上にさらさらと描き出すのだ。
 それは趣味の領域を越えた出来で、デーモン女子の間ではその手を崇める者も出てくる有様だった。
 でも正直に言うと、彼女の描く旦那様はどこか冷たく見える。きっと描いているユリアーナの印象が、大きく影響しているに違いない。
 本物の旦那様はあんなにお優しいというのに。
 この間だって――

 +++++++++++++++++

「こら、マーミル。女の子がそんな股を開いて座るんじゃありません!」
「いやだ、お兄さま――。さっきから言ってるでしょう。私――僕は今は男の子なんだよ。お兄さま……じゃなかった、お姉様は口うるさすぎるんだよ。あと、ちゃんとマーイルって呼んでくれないと! わかった? ジャーミル姉様!」
「いや、しかし……」
「お姉様こそ妙齢の令嬢らしく、もっと内股になってくれないと!」
「……っ!」
 少し照れたような、居心地悪そうな顔をして、それでもマーミル様と双子姫のごっこ遊びにつきあってらっしゃったんですもの。
 もっとも仕事を言い訳に、すぐに離脱されたようではあったけど。

 それからまた別の日のことだ。自分で厨房の一つにこもられて、手ずから焼かれたクッキーを私たち使用人にも配ってくださったり。
 おいしかったかって? まさか!
 そんな食べるなんてもったいないこと、できるわけがない!
 私を筆頭にデーモン女子のほとんどは、お菓子を氷付けにして部屋に飾ってる。
 もっともユリアーナは「ちょっと甘すぎる……太ったらどうするのかしら! まったく……」とか文句を言いながら、もぐもぐやっていたけど。
 当然、前大公からは仕事に必要なもの以外は、一切もらったことがない。それどころか、他の家ではあると聞く、たまのご馳走さえ振る舞ってもらったこともないのだ。

 さらにある日には、ハアハアいいながらデヴィル女子を見つめることで、以前から女子全般にあまり評判のよろしくないウォクナン公爵が、やっぱりハアハア言いながら、旦那様の後頭部から襲いかかろうとしたその時――
「お前、いい加減にしないとホントに前歯を折るぞ」
「おう……なんのことですかな? 私は別に、ジャーイル閣下の頭が我慢できないほど美味しそうだと思ってなぞいませんし。じゅるる」
「よし、折るか!」
 なんてやりとりをしつつも、結局警告だけで止めてあげたんだから!
 あんなにウザくされたら、普通なら問答無用で折ってしまうに違いないのに!

 また別の日。
 家僕のイースが、うっかりと玄関ホールに置かれた1.5mに及ぼうという高さの立派な壷を、割ってしまったのだ。しかもお客様であるベイルフォウス大公閣下がいらっしゃる目の前で。
 前大公ならば、同位の前でなんという無礼を働いた、この面汚しめが、と、竜引きの刑にしてしまいそうなものだが――実際に、お気に入りの洋服を汚された、という理由でそうされた同僚がいた――旦那様はとがめるどころか、家僕の怪我を心配なさったそうだ。
 もっとも、一緒にいらっしゃったベイルフォウス大公閣下の視線は逆に凍てつくほど冷たく、イースは生きた心地がしなかったとのこと。
 どちらを体験したにしても、実に羨ましい。想像しただけで、ゾクゾ…………きゅんきゅんする。
 今度、機会があれば、ぜひ私もやらかして心配されたりさげすまされたりを味わってみたいものだ。

 一日の終わりにそんなことを漠然と考えながら、私は眠りにつくのだった。

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