今年もまた、クリスマス中止のお知らせが届きました
目次に戻る | |
前話へ |
2017/3/15
12月25日(火)
また、コタツで寝てしまった。
俺はカーテンを引いて薄暗い部屋の中、時間を見るために携帯を開く。
ちょうどそのタイミングで、高らかにアニソンが鳴り響いた。
「うわ。うぜっ」
それは昨日殴り倒してきたヤツのメールが届いた時になる、専用の着メロだ。
起きるなり見たくねぇ。
だが、画面はもう開いてしまっている。俺は仕方なく、メールのボタンを押した。
――――――――――――――――
Date 12/25 7:13
from ヤツ
Sub Re:Fw:Fw:クリスマス中止のお知らせ
――――――――――――――――
選ばれし我が同志たちよ
昨日はご苦労であった
今日もまた
会合をもとうと思う
引き続き
ヤツの
調査を
するのだ
なんとしても
裏切り者には
制裁を
加えねば
ならん
粛正の嵐を!
――――――――――――――――
なんでこいつ、無駄に改行してくるの。
ウザいんですけど。
もうクリスマスの本番は昨日で終わったようなもんだろ。
イブが日本人の大多数にとっての、本番だろ。
……あらゆる意味で!
いかがわしい意味だけじゃないぞ!
家族の団らん的な意味も含めてだぞ!
本当だぞ!
俺は顔を洗い、服を着替えて、昨日と同じ店に向かった。
***
「きさま、また遅刻か! いったいどれだけ同志に迷惑をかければすむのだ!」
迷惑はお前の存在だ、豚め!
俺がまた差し出された指を握ろうとすると、トンは慌てて指を引っ込めた。さすがに学習能力は皆無ではないらしい。
今日は先にテリテリマヨップセットをゲットして席についた。
昨日の反省を生かしつつ、まずはポテトから口に運ぶ。
「で、お前ら昨日あれからどうした?」
俺は豚を無視して小心に話しかける。
「うん、お化け屋敷に1回、空中ブランコとゴーカートとフライングカーペットと急流滑りが2回、ジェットコースターとバイキングは3回も乗ったよ!」
聞いてるだけで目眩がしそうだ。
だが、小心はよっぽど楽しかったのだろう。こいつが未だかつてこんなに生き生きと話しているところを、見たことがない。
そういえば、結局小物とは昨日は一言も口をきかなかったんだっけか。
「小物は? お前も全部付き合ったのか?」
相変わらずスマホをいじって人の話なんぞ聞いていない風の小物だったが、ちらりと俺を見ると冷笑を浮かべた。
「同じものに何度も乗るわけないでしょ」
こいつ、殴りてぇ。
やっぱ口きかなくてもいいかもしんない。
「ちょっと、お兄ちゃん、聞いてよ!」
俺はイラっとして拳をつくり、息をふきかける。
「あ、ごめん。もう、言わない。殴らないで」
わかりゃあいいんだよ。
「どうせ結局、まん丸はいなかったんだろ?」
「そうだ、ヤツは、あの裏切り者は」
再びフーフーいいながらあのポーズ。
「きっと昨日の晩は、君を二十四時間離さない、マイベイベ、フゥー! とか言いながら、一日中密室にこもっていたに違いない! 許すまじ、この仕打ち!」
いや、許すも許さないも、まん丸に彼女ができたってところからそもそも、お前の妄想だからね。
「まぁ、どうでもいいけど。今日は俺バイトだから、お前の妄想に付き合う時間ねぇからな」
「なんだと、同志を裏切るつもりか! まさか、お前も裏切り者!」
トンは頬をへこませ、右手を引いて左手を前に差し出してくる。
どうやら格闘技的な型のつもりらしい。
「黙れ、豚。お前ら家住みと違って、俺は生活費を稼がなきゃならねぇんだよ」
俺はグーでトンの左手を打った。
軽く叩いただけのつもりだが、ヤツは指先を抱え込むようにしてしゃがむ。
「うおおおおおお! 卑怯な! こやつ、どんどん卑怯な手を覚えよるっ!」
もう嫌だ。
俺は深くため息をついた。
「わかった。俺が終りにしてやるよ」
俺は携帯を開いた。
時間は朝の9時。
うん、もう迷惑じゃないだろう。
アドレス帳を開き、ある電話番号を選ぶ。
「おい、ガリ……一体どこに電話を……?」
俺はトンの呼びかけを無視した。
コールが3回、4回……。
誰もいないか?
諦めようとか思ったとき、受話器を上げる音が響いた。
「あ、もしもし。朝からすみません。僕、修治くんの友達で秋田と申しますが……ええ、はい……そうです」
「おーい、もしもし? ガリ、くん……?」
こわばっていくトンの顔。
「はい、それで……修治くんの携帯にかけても、全然とらなくて……え? ……あ、そうですか……」
興味津々で見上げてくる小心。
「ああ……それは……はい、ええ……」
相変わらず無表情を装ってはいるが、目の奥の興味の色が隠しきれていない小物。
「突然すみませんでした。修治くんにお大事にって伝えてください」
俺は電話を切った。
***
「えー…………っと、ガリ……くん……?」
俺は三人の顔を見回す。
「え? ちょっと、何……今の……まさか、家電? まん丸の、家電しってるの?」
「ああ、そうだ」
俺の答えにトンは苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべる。
「まぁ、だいたい聞いてて分かっただろうが、まん丸は病気だそうだ。今、入院中」
「えっ!!」
三人の声が重なる。
「盲腸だって。あいつ、この間会った時、すげぇ腹いてぇって言ってたからな。でもまさか、入院してるとは俺も思ってなかったけど」
俺はコーラーを飲み干した。
「俺、この後夕方までバイトだけど、その後みんなで見舞いにいくか?」
三人を見回すと、小心と小物が小さく頷いている。だが、トンはがっくりと肩を落として、うなだれていた。
勝手な妄想を悔いているのか、それとも妄想が外れたことをただ残念に思っているだけか、こいつの場合どちらともわからない。
けどまぁ、見舞いに行くのは聞かなくてもわかってる。
「じゃあ、そういうことで。5時半にまたここで集合な」
俺はトレイを持ち、立ち上がる。
まぁ、どうせこいつら暇だろうから、夕方までここにいるだろうなとか考えつつ、俺は店を後にした。
今日がホントのクリスマスだってのに、ケーキも食べず、俺たちは相変わらずバカばっかりやっている。
まぁ、今年もクリスマスは中止したから、俺たちには関係ないんだけど。
前話へ | |
目次に戻る 小説一覧に戻る |