今年もまた、クリスマス中止のお知らせが届きました
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2017/3/15
12月24日(月)
いよいよ、運命の日がやってきた。
俺はコタツから背伸びをしながら出て……
出られるわけがない。
コタツこそ正義。
コタツミカンこそ、冬のジャスティス。
ここはまさに地上の楽園。
どうしてこの理想郷から、出なければいけないというのだろうか。
外は寒く……
何より今日は、祝日ではないか!
二度寝をしそうになったその時、またも俺はコタツの上の携帯にびくっとさせられた。
昨日はまたも、マナーモードを解除しておくのを忘れ……
うるさい。まだボケてない。
それにしても、まさかこんな早い時間から招集が?
俺は携帯を開いた。
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Date 12/24 7:21
from ヤツ
Sub Re:Fw:クリスマス中止のお知らせ
――――――――――――――――
大変な
事態が
起こってしまった……
選ばれし我が同志たちよ
すぐさま例の場所に
駆けつけよ!!
――――――――――――――――
…………
人の安眠を邪魔しておいて、なにが我が同士たちだ、この馬鹿者め。
だが仕方ない……
俺はもそもそとコタツから抜け出し、トイレに向かった。
とりあえず、顔を洗って服を着替えて……
外は寒いかな……
うん、間違いなく寒いな……
なにせ、雪がちらついている……
「めんどくせ……」
俺は三日ぶりに声を出した。
***
「いい加減にしろ、きさま。どれだけ同胞を待たせるのだ!」
「朝から怒鳴るな、うるさい」
鼻先につきつけられた太ましい指を反らしてやりながら、俺は不機嫌に言った。
「いたいいたいいたい! お兄ちゃん、やめてなにするの」
「気持ち悪い。お兄ちゃん呼ばわりするな、この豚が」
俺の友……
冬でも真夏とかわらない半袖ですごして、吐く息すら白くならない暑苦しい体型のこの男がそうだ。
もちろん俺の方が年上だとか、そんなことは一ミリもない。
むしろ同い年でも、生まれた月はヤツの方が先だ。
ちなみに例の場所とはなんでもない。
ハンバーガーとコーラーというアメリカナイズされた食事で、若者を肥え太らせようと企んでいる、いわゆるファーストフード店だ。いつもの店の、いつもの場所に、いつものメンバーが揃っている。
まずは俺に輪をかけたアニオタで、常に暑苦しい豚、あだ名は『トン』。本人は本名をもじったあだ名だと信じているが、当然由来は豚のトンだ。
次。顔は人並みなのだが、いかんせん度胸がないために、この豚にいいように仲間に引き込まれている気弱な男、あだ名は『小心』。
そして頭はいいのだが、嫌味な性格で一般人には嫌われている『小物』。
それから……
「あれ? あいつ……『まん丸』は?」
まん丸は、豚と違って愛嬌のあるぽっちゃりだ。人が良すぎて仲間にされているところは、『小心』と変わりない。
「ヤツか……」
トンは小さな椅子に、尻の肉を半分以上はみださせて腰掛ける。黒縁の眼鏡の真ん中を中指で押し上げ、いいようにいえば赤ん坊のようなぷにぷにの手を、口の前で組んだ。
いわゆるあれだ。例のポーズだ。
「ヤツが“そう”だ」
は?
なにがそうなんだよ。
話がよめねぇよ。
「私はいったな……
大変な
事態が
起こってしまった……
、と」
言ったんじゃなくて、メールで送ってきたんだがな。
トンはわざとらしくため息をつく。
「まさに、ヤツのことなのだ」
ああ、なるほど。ちょっと分かってきたぞ。
「とりあえず、食いもん買ってくるわ」
俺はカバンを席に置き、立ち去ろうとした。
が、豚にがっしりと腕をつかまれる。
「お兄ちゃん、空気読んでよ。今から大事な話するところでしょ」
「お兄ちゃん呼ばわりするなといってる、この豚が」
俺は汗ばんだ手を振り払った。
「お前がこんな時間に呼びつけたおかげで、朝飯もまだなんだぞ。話なら帰って聞いてやるから、大人しく待ってろ」
俺は財布だけを持ってカウンターに向かった。
***
「で、まん丸に彼女でもできたか?」
俺がポテトを食べながら言うと、トンは大げさに驚いて、小さな手で大きな口を覆った。
「きさま……能力者か!」
手をぶるぶる震わせるところがまた、わざとらしい。
ちなみに小心はおどおどしながらウーロン茶を飲んでいるし、小物は例のアレ、スマホをいじって話を聞いてすらいない。
「しかし、分かっているなら話は早い。では、次に我々がどうすべきか……きさまの考えを言ってみろ」
トンは口の端をつり上げた。
本人はニヒルな笑いを演出しているつもりらしいが、正直引きつっているだけにしかみえない。
「どうすべきもなにも、今年もクリスマスは中止だろ。家帰って寝てりゃいんじゃねーの?」
「バカをいうな!」
トンが机を丸い手で叩く。
危うくコーラが倒れかけて、俺は慌てて紙コップを掴んだ。
「おまっ! あっぶねーな。机を叩くなよ! ちょっとこぼれただろうが!」
ちなみに小物はちょうどオレンジジュースのストローを口にくわえていたところだったので、被害を受けずにすんだようだし、小心の紙コップは倒れたが空だった。
俺は立ち上がり、紙ナプキンを数枚取ってきて、机の上を拭いた。
「いいから、聞いて! お兄ちゃん!」
「おまっ、だから、机叩くなって! あと、お兄ちゃん呼ばわりしつこい!」
あと2回口にしたら殴ってやろう。そうしよう。
***
「おかしいと思ったのは、あのメールを送ってすぐだった」
トンはまた、例のポーズを気取っている。
「最初にお前……ガリ」
ちなみに『ガリ』とは俺のことだ。何も寿司屋でよく出る例のアレ、生姜の甘酢漬けが好きだからとついたあだ名ではない。
俺は細すぎもしないのだが、トンに比べるとはるかに細いので、ガリガリの意味で『ガリ』と名づけられたのだ。
正直細マッチョだと自覚している俺には心外だが、俺が他の奴らにつけたあだ名も酷いものだから、お互い様ということで水に流している。
「小心、そしてかなりたってから小物からの返信がきた……」
別に誰も誉めていないのだが、なぜか小心は照れたような笑みを浮かべて頭をかいている。
相変わらず小物はトンの話を無視だ。こいつ、何しにきてるんだ?
「だが、まん丸からの返信が、いつまでたっても返ってこないのだ!」
「忙しいか、単に携帯見てねぇだけじゃねぇの?」
俺は適当に答えた。
「バカを言うな、きさま! 毎年この日は、私からのメールが届くだろうが! そしてお前たち“選ばれし同志”は、すぐに返事を返すことになっているだろうが!」
「返さないとお前がうるさいからな」
「お兄ちゃん! 冷たいこといわないで!」
あ、グーで殴るまで、あと一回な。
「い……家まで、押しかけてくるの、やめてほしい……」
小心が珍しく小声で発言した。
だが、俺の耳に届いた言葉は、トンの耳には届かなかったらしい。
「そこで私は電話をしてみた。そう、あれは夜中の二時だ……だが、ヤツは電話にでなかったのだ!」
「うわ……ひくわ。夜中の二時に電話って、たとえ彼女でも俺はドン引きだわ」
俺はコーラをズーズーいわせながら飲み干す。
「ヤツはイブイブの日、とか言いながら、きっと彼女といちゃついていたに違いない!」
「え? は? まさか、それだけか? 証拠もなしに、彼女ができたとか言ってんじゃねぇだろうな?」
「メールも返さず、電話にでなかったのが、何よりの証拠!」
なぜかトンは右手を握りつつ、ぐっと振り上げた。肉が邪魔をして、二の腕は肩以上にあがっていないが。
「お前なぁ、それはいくらなんでも無茶苦茶だろ」
ポテトをポリポリとかじりながら、俺はコーラを残しておくべきだったと後悔していた。ポテトが最後では、口の中が脂っこくてたまらん。後で缶コーヒーでも買うか。
「無茶苦茶ではない! それを今から証明にいくのだ!」
トンは勢いよく立ち上がった。
腹が机をうち、ポテトが容器からこぼれ出る。
「てっめぇ、周りを見ろってんだろ!」
俺は舌打ちをした。
「いいから、行くぞ、戦士たちよ! 我々の手で、ヤツの悪行をあばくのだ!!」
一人テンションをあげるトンを、六つの冷たい目が見上げていた。
***
なぜ、俺はこんなバカと付き合っているのだろう?
うん。我ながら不思議だ。
だが、残念なことに、ヤツとは趣味があうのだ。
単にアニオタ同士だというだけではない。アニオタと一口にいっても、色々いる。
たとえば俺は、中の人のことは一切興味がない。萌えにも興味がない。
だがアニソンは愛しているし、アニソン歌手はリスペクトしている。
まぁ、そんなことはどうでもいい。
とにかく、トンといると楽なのだ。
あと、俺は三次元の女に興味はない。だから毎年、クリスマス中止のお知らせにもこうして付き合っている。
ホントだからねっ!
強がりなんかじゃ、ないんだからねっ!
なんだかんだ言って(実際は言いもしないのだが)、小心も小物もトンに付き合っている。
さて、そんな俺たちが今どこにいるかというと。
野郎四人で俺たちは今、何が悲しいのか遊園地に来ていた。
「ばかじゃねぇの。カップルばっかりじゃねーか。なんでクリスマス中止した俺らが、こんなところにいるのよ」
俺は心臓に悪い乗り物は嫌いだ。あと、お化け屋敷とかはもっと嫌いだ。
メリーゴーランドなんて恥ずかしくて乗れないし、コーヒーカップも三半規管が弱いので遠慮したい。
ほんと、遊園地なんて何が楽しいのかわからない。
とりあえず、俺は缶コーヒーを買って、ベンチに腰掛けた。
豚は自らこんなところに来ようと言っておきながら、ぐぬぬ、とかいって通りがかるカップルをにらみつけている。
意外にも小心はウキウキとした顔で、ジェットコースターを見上げていた。
「おい、小心。俺ここにいるから、乗りたきゃ乗ってくれば?」
「え…………いいの?」
声が小さい、声が。もうちょっと腹に力込めろよ。
「せっかく来たんだし、行ってくりゃいいんじゃね?」
俺が興味なさそうにいうと、小心は満面の笑みを浮かべた。
アニメにすると、暖色の光に包まれたような感じだ。
「じゃ、じゃあ、僕、行って……くる」
いそいそと駆け去る小心。そして、音もなくその後をついていく小物。
うん?
なんだ、あいつも実は遊園地好きだったのか。
それはそうと、俺、今日はまだ一度も小物の声、聞いてなくね?
「おい、トン。で、何しにきたんだよ」
コーヒーを飲み干した俺は、2m先のゴミ箱に狙いを定めた。
入った、と思った瞬間、甲高い音がしてアルミ缶がはねる。
俺は舌打ちをしながら、缶を拾いに行ってゴミ箱に入れた。
ああ、めんどくせぇ。
「まさかこの遊園地に男四人で、夜までいるってんじゃねぇだろうな」
そうだってんなら、俺はお前らを置いて先に帰るからな。
「バカをいうな! もちろん、ここにはヤツを探しにきたのだ!」
「あ? ヤツって、まん丸か?」
「他に誰がいる!」
「まん丸、ここでバイトでもしてんの?」
「バカをいうな! イブイブの日、うふv とか言っていたような奴らだぞ、当然、イブの日は遊
園地に来るに決まっている!」
「お前の妄想力が飛び抜けてて、俺は怖いわ。ホントにドン引きだわ」
もう一度自問しよう。
なぜ、俺は、こんなヤツと、つるんでいるのか、と。
***
当然だが、まん丸は遊園地にいなかった。
いや、いたとしても会わなかった。でもたぶん、十中八九居なかったと思う。
結局、小心と小物が遊園地の乗り物を堪能しただけだ。
俺はといえば寒空の下、コーヒーばかり飲むわけにもいかず、かといってカップルばかりの遊園地をうろうろする気にもなれず、いちいちカップルにガン垂れているトンの後ろ姿を蹴り倒したい気持ちをぐっとこらえながら、ベンチに座っていただけだ。
なんか、どっと疲れた。
「もう帰ろうぜ。っていうか、俺帰るわ」
手を挙げて帰ろうとした俺の腕を、ふーふーと息の荒いトンがつかんで離さない。
なにこれ気持ち悪い。
「バカか、これからが本番ではないか! カップルの目当てといえば、観覧車ちゅー! ヤツはきっと、そんないかがわしいことを考えて、今から姿を見せるに違いない!」
いやいやいや。
さっきはもう来てるって言ってたじゃん。
「離せ、この豚。暑苦しい息を腕に吹きかけるな!」
「やだっ! お兄ちゃんのいじわるっ! 妹子、絶対、離さない!」
俺の背筋に冷たいものが走った。
バキ!
俺はトンをグーで殴り倒し、逃げるように遊園地を後にした。
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