古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

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 明日から、どうしよう……。
 この場にいる全員が、たぶん同じような不安と、漠然とした恐怖を抱いていると思う。
 たとえ表面的には満面の笑みを浮かべているとしても!

私事(わたくしごと)で暫くご迷惑をおかけいたしますが」
 ほら、何かを察知しているのか、エンディオンまで不安げだ。
「何言ってるんだ。こちらのことは気にせず休んでくれ。奥方と、産まれてくる子供を大切にな!」
 俺は努めて明るい声を出した。

「ありがとうございます」
「赤ちゃんが産まれたら、きっと見せにきてね!」
 妹は心の底から無邪気だ。羨ましい。
「はい、マーミル様」

 エンディオンは微笑み、俺の背後に立つ面々に目を向ける。
 彼を見送るのは、俺一人ではない。
 妹のマーミルを始め、エンディオンの部下たちや同僚――家令補佐や家扶や家僕、筆頭侍従のセルクと侍従・従僕たち、侍女頭と侍女たち、料理人や洗濯係、庭師の面々……。
 この大公城で働くうちの、かなりの者が、彼を見送りに出てきていた。

「セルク。今度はこちらがお世話になることも多いかと思いますが、よろしくお願いします」
「心得ております」
 背後で、ビシッと踵を合わせた音がした。
 それからエンディオンは他の幾人かと視線を交わして頷きあい、最後にもう一度俺に視線をうつす。

「では、旦那様。行って参ります」
 そうしてエンディオンは、見事な軍隊式の敬礼を見せてくれた。
 まさかこの俺が、いつもは笑ってしまいそうになる敬礼で、泣きたくなるだなんて誰が想像しただろう。
 それは俺が今までに見た、どの敬礼よりも立派で綺麗な見事な敬礼だったのだ。

 俺たちはエンディオンが竜に乗り、その巨体が空のかなたに小さくなって消えるまで、黙ってその姿を見送った。
 そうして彼がいなくなった後、長いため息とともに不安の面もちをさらしたのだった。

※マーミルの証言
「大人の人たち、エンディオンが行っちゃったのに、みんな全然動かないの。お兄さまの袖も引いてみたんだけど、気づきもしないのよ! それで竜が見えなくなったらみんな、泣きそうな顔をして……変なの」


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