古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

11 せめて部下には説明を!



「すみません。正直、ちょっと調子に乗りました」
 雀は蹴り倒した椅子をそそくさと直し、おとなしく座り直した。
 ほんとに反省してるんだかどうだかわからないが、まあそちらはいい。
 それよりも――

 やばい、ジブライールの反応がおかしい。
 俺は怒ったはずなのに……なんでかうっとりした目でこっちを見てくる。この間まで、こういう時には内心はどうだったか知らないが、少なくとも表面的には無表情になるか、「くっ」みたいな顔で渋々黙り込むという感じだったのに!

 だが、今はどうだ?
 なんで怒られて真っ赤になってるの?
 なんでそんな、嬉しそうな表情なの? まるで褒められた子供みたいに……。
 なんでそんな、俺が見てもはっきりわかるほど、好意だだもれなの?
 これは……あれか……自分の想いを打ち明けて、開き直ったとか、そういう態度……なのか……?

「あー、とにかく――」
 居心地の悪さを感じた俺は、唯一冷静なフェオレスに視点を定めることにした。
「アリネーゼとは、大祭開始以降、徐々に親交を深めていてな――」
 そうとも。二人で朝を迎えたり、土下座を披露したり、角を切って恨まれたり、ロリコンの件で協力してもらったり、誓約書を交わしたり、ヤティーンが好きだとビックリ告白をされたり……。

「その結果、同盟関係を結ぶことにしたんだ」
 本当はウィストベルにもきちんと説明できていれば、どんなに憂いは減ったことか。
 その場合はもちろんもう少し詳しく、誓約書やダァルリースの下りも交えて、きっちり説明したというのに……。
 その結果はやはり同じようにご立腹だったかもしれないが、それでもやるべきことはやったという自己満足くらいは得られたかもしれないのに。

 だが、過ぎたことは悔やんでも仕方あるまい。
 せめて配下には、アリネーゼの処遇と俺との同盟関係について、きちんと伝えておきたいではないか。
 そう考えて、奪爵の報が流れた翌日である今、この小会議室で、副司令官を召集して状況を説明しているのだ。

「では、アリネーゼ閣下は不運にも同盟を結んですぐに、奪爵の挑戦を受けてしまわれたわけですね」
 フェオレスが、冷静に返してくれる。もうそれだけで、有り難い。
「いや、実際には逆で、奪爵の宣言をされたんで、近場の俺に同盟を申し出てきた、というのが事実だ」
 マーミルたちにも奪爵の件は自ら話していたことだし、その点は副司令官たちにも秘密にするつもりはなかった。ただし、内情をつぶさに語る気はない。

「つまり、閣下はアリネーゼ閣下が奪爵されるのを、わかっていたっていうんですか? それなのに、同盟を承諾したと」
 ヤティーンの声音には、不服の色が混じっている。
 魔族にとって、奪爵は世の習い。それに敗れるということは、死を受け入れるということに等しい。
 それが生きて余所の領地に逃げおおせた、と聞けば、不満を持つ輩がいるのも頷かれはする。特に高位の者に多いのではなかろうか。
 だがそれがヤティーンというところに、アリネーゼの不運がしみじみと感じられる。

「ああそうだ。というのもアリネーゼは相手の実力を、正確に把握していたらしいんだ。さらにその残虐性を危惧しており、家族の処遇について頭を悩ませていた。奪爵の折には通常与えられる猶予期間が、自分の家族には与えられないのではないか、とな。ヴォーグリム大公の例を思い起こしてもらえれば、どういう意味かは分かってもらえると思うが――」
 自分の子すら世に生まれ出ぬよう、身ごもった女性共々殺していたあの下品なネズミが、自分が滅ぼした相手の身内を見逃すはずはなかった。ヴォーグリムがこの大公城を手に入れた時、大公の家族はおろか城付きの勤め人の実に四分の三までが、その犠牲になったそうだ。
 それもデーモン族だけならまだしも、その中にはデヴィル族も多数、含まれていたという。

『軍団長を半分にした、どころの騒ぎじゃないじゃないか――』
 その話を聞いて、そう感想を漏らした俺に、かつてエンディオンは冷静にこう言ったものだ。
『数の上ではそうかもしれませんが、旦那様。魔族の強者たる軍団長の半数が壊滅したのと、弱者がほとんど――常から主の残虐を受諾する立場でもある、臣下などが減ったのとでは、意味も影響も、全く異なって参ります。まして、残虐性はともかく、ご本人の力を怖れる意味ではどちらが上かとは、考えるまでもございません』と。

 ……エンディオン……早く帰ってこないかな……いや。
 それはともかく、アリネーゼのことだ。

「それはアリネーゼ大公ご本人だけではなく、その家族までが惨殺の対象となる可能性が多分にあったということですかな」
 ウォクナンの言葉に、俺は頷く。
「その通りだ。もっとも、挑戦者に先に漏れてはいけないので、同盟の件は俺たち自身と、それから魔王陛下に報告したのみで留めてあった」
「そのお優しいところが、ますます……」
 ……ジブライールの方から発せられた熱のこもった囁きは、ちょっと聞かなかったことにしよう。

「それで初動が早かったわけだ。そうか。家族のためか……それならわからないでもないが……」
 どうやらヤティーンの印象も、少しは回復したようだ。
「つまり、自身も殺されなかったのを幸いと、アリネーゼ閣下も家族ともども、計画通り同盟者のうちではもっとも近い、閣下のこの居城に逃げてきた、ってことっすね」
「概ねそんな感じだ」
 もっともアリネーゼがここを選択した原因の一つとしては、ヤティーン。お前がいたからってのもあるんだけどな!
 だがそれを、本人の許可無く俺が勝手に伝える訳にはいくまい。

「数日後にはまた選定会議が開催され、その奪爵者は正式な大公として名を連ねることになるだろう――だが、もしかするとアリネーゼを預かっている件で、それ以前に奪爵者から我が領に何らかの働きかけがあるかもしれない。俺はもちろん、同盟者として、最低限自分の義務を果たすつもりだ。それを踏まえて、君たち副司令官にもこの件に関わった時には、適度な対処を頼む」
 俺は副司令官たちを見回した。
 なんだかんだ言っても、みんな俺の決定には大人しく頷いてくれる。

「もっとも、彼女がやってくる可能性は低いだろう。確たる地位を得るまでに、衝動的に行動する性格だというなら、すでに昨日今朝のうちにも我が城に怒鳴り込んできているだろうからな」
 さらにそれ以前の早い段階で、アリネーゼに挑戦してさえいるだろう。

「ええ、同感です」
 フェオレスから同意の声があがった。
 ちょっと反応のおかしいジブライールはおいといて、フェオレス一人が平静なのは、アリネーゼが来城した日のことをすでに、アディリーゼから聞き及んでいるからかもしれない。ふと、そう思った。

「それで、その新しい大公閣下はなんておっしゃるんです?」
 ヤティーンはさっきまでの食いつきはどこへやら、今は礼儀上聞いてはみたものの、新しい大公にはあまり興味はない、と言わんばかりの態度だ。
 ところが――
「彼女の名はメイヴェル、というそうだ」
 俺がその名を聞かせた途端。
「メイヴェル?」
 ヤティーンは険しい表情を浮かべる。

「まさか、あのメイヴェルじゃないでしょうね?」
「知り合いなのか、ヤティーン」
「知り合いってか……なあ、ウォクナンも知ってるよな?」
「あのメイヴェル、ならばな」
「あのメイヴェルだろ!」
 え? どういうこと?
 うちの副司令官が二人とも知ってるってことは、もともと結構有名だったってこと?

「閣下だって、会ったことあるはずでしょ?」
 俺が? メイヴェルと?
 ……確かに、なんか聞いたことがある名前な気はしていた。でも、ありがちな名前だし……なのに、会ったことがあるはず?
「俺の賭けてたラグナを破った相手だ!」
 ヤティーンが拳を打ち合わせつつ叫んだのは、またしても聞き覚えのある名だった。

「ジャーイル閣下。競竜の決勝でお会いになりませんでしたか?」
「あ……ああ! もしかして」
 フェオレスのヒントで、ようやくつながる。
「メイヴェル=リンク……長距離優勝者のメイヴェルか!」
 女性のはずなのに、野太い勝ち鬨を上げていた、例の――
 俺が、女性名だが本当に女性なのか? と、疑った、例の――

 あの時には次々に優勝者が入れ替わってじっくり対面する暇もなかったし、後の恩賞会も見学していなかったから、はっきりと近くでその実力や姿を見たわけではない。
 だが、あのごつい男を思わす雄叫びを思い出し、俺は新しい大公の人柄について、無体も納得の感想を抱いたのだった。


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