古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

10 閣下にお会いするのは、随分久しぶりな気がします



 大公城にやってくるのも、かなり久しぶりだ。
 少し前までは足繁く通っていたのだが、最近は……自分と、自分の母のしでかしてしまったことを考えると……とても足を向ける気にはならなかったのだ。
 だって、あんな告白のあとで、どんな顔をしてジャーイル閣下に会えばいいの!
 あんな……薬に酔っていたとはいえ、閣下を……閣下をベッドに押し…………押し倒っ……!!

「入り口のど真ん中でなにやってるんだ、ジブライール。邪魔だ。蹴るぞ」
 はっ!
 ヤティーンの声に、慌てて立ち上がる。
「ウンコならトイレまで我慢しろ」
 下品な言いように、私はシラケた目を同僚に向けた。
「お前は本当に、いつまでたっても言動が子供のようだな」
 割と幼いころから知っているが、ヤティーンの中身はいつまで経ってもこのままだ。

「涎垂らしてる奴に言われたくない」
 はっ!
「ち、ちが……これは、別に」
「いいから中に入れって。会議の時間に遅れるぞ」
 そうだった!
 私はここに、今日は公的業務でやってきたのだ。

 ジャーイル閣下から、『現状についての説明会を開くから、副司令官として召集に応じるように』、という旨の通達が届いたのは昨日のこと。
 だからこうしていそいそと大公城へとやってきたというのに。それなのに、閣下をお待たせするなんて、とんでもない!
「行くぞ、ヤティーン!」
 私はヤティーンを急かし、大公城の本棟の扉をくぐったのだった。

 ***

 大公アリネーゼが奪爵された――その急報は、事件の翌朝には世界中を駆けめぐった。

「だが、殺されてはいないらしい」
「しかし――〈水面に爆ぜる肉塊城〉にはいらっしゃらないという話も聞くぞ?」
「別の場所に幽閉されているらしい」
「いいや、どこかへ逃げ去ったそうだ」
「敗北して逃げるなど、大公にあるまじき所行――でも、俺のところなら大歓迎だ!」
「実は昨夜は俺のベッドに……なんちゃって」
「親族のところではないのか?」
「両親は亡いはずだが」
「兄弟は?」
「では、どこに――」

 その疑問の声も、長くは囁かれなかった。
 それというのも我が大公閣下がすぐさま、同盟者としてアリネーゼ大公その人を預かっていると、はっきり公言されたためだ。
 なんと男らしいご決断であろうか。
 だがこれはある意味、奪爵の事実そのものよりも、取りざたされることとなった。

 それもやむを得まい。アリネーゼ閣下と言えば、自身でも常から公言されている通り、デーモン族嫌いの筆頭として広く知られているお方だ。
 自身が大公に就いて以後、同盟を結んだ相手はデヴィル族ばかり。ちなみに、この〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉の前支配者であったヴォーグリム大公も、その同盟相手の一人ではあった。

 当然、デーモン族であるジャーイル大公閣下と、親しくなる謂われもない。
 それどころか大祭の最後に開催された大公位争奪戦において、我が閣下はアリネーゼ閣下の美貌の象徴ともいえる犀の角を、無惨にも切り落とされたのだ。
 恨みこそあれ、同盟などと、どうして……というのが、衆目の多数意見であった。

 我々、副司令官にしたところで、閣下が公表された同盟の存在など不識であったため、正直にいうと私ですら困惑の極みにあった。
 そんな中、大公城へと召集されたのである。もっとも、閣下からのお呼びがなかったとしても、我々は自然、大公城を訪れてはいただろうが。

「まあ……うん、みんなもビックリしてるかもしれないんだけど……なんか、こうなっちゃった……みたいな?」
「いや、ビックリどころじゃないですよ! なにやってるんすか、閣下! なんかこうなっちゃったって、意味不明っすよ!」
 閣下の言葉尻に被せるように反応したのは、同僚のヤティーンだ。
「ぬほ……つまり今、閣下のところには、美女が二人……それも絶世の美女が二人も……ぐふふ……」
 息荒く頬袋を膨らませているのは、同じく同僚のウォクナン。

「聞いてないっすよ。アリネーゼ閣下との同盟なんて……」
「だから、今言っただろう? 同盟はつい先日、結んだ。そのアリネーゼが奪爵され、本人が重傷を負って駆け込んできたんで、同盟者の義務として、預かることになった。それだけだ。以上!」
「以上ってなんっすか! ちゃんと説明してくださいよ! 一体どうなってるんすか! 先日って、一体いつですか! アリネーゼ閣下といつの間にそんな関係になったんですか! っていうか最大の疑問は、なんで奪爵なのに、本人まで預かってるんですかってことです!」
 ヤティーンの最後の言葉通り、多くの疑問はむしろ同盟の締結そのものより、アリネーゼ閣下の身を預かっている状況にあるのかもしれない。

「で、アリネーゼ閣下のご様子はどうです? 私がお見舞いして、元気づけて差し上げましょう。こう、手でも握りしめながら……」
 ウォクナンの口元からは、ダラダラと涎がこぼれている。
「弱った女性は狙い目ですからな! あの高貴な心持ちのお方も、さすがに今は気弱になっていらっしゃるでしょうし! ぐふふ」
 こんな状況でも、興味があるのは美女その本人だけ、という平常運転っぷりだ。ある意味、その図太さは尊敬に値する。

「黙れ、小動物ども! 俺の決めたことに何の文句があるんだ!」
 二人がわめく姿に、少しイラッとされたのだろう。いつもの閣下らしからぬ乱暴な台詞で、二人をお諫めになる。
 だが、そんな怒った閣下のお顔も凛々しくてすて……こほん。

「ジャーイル大公閣下のおうぼうーおうぼうー!」
「私は文句など一つも申しておりません! むしろ、閣下がアリネーゼ閣下と同盟を結ばれて、滞在を許可なさっていることには大賛成です! ですからただ、アリネーゼ閣下にお会いしたいだけです! 喉から《ピー》が出るくらい!」
「二人とも――」
「いい加減にしろ、貴様ら!」

 ばん、と机を激しく叩いて私は立ち上がる。
 閣下のお声を遮る結果になってしまったが、同僚二人の態度が腹に据えかねてしまったのだ。
「閣下がお優しいからといって、図に乗って騒ぎ続けるとは、一体どういう了見か!? せっかく閣下が我ら副司令官を召集くだすって、世間に結構な物議を醸しているアリネーゼ大公閣下との関係を、我らに説明してくださっているというのに!」
 せっかくあれ以来、ようやく初めて閣下とお会いできる好機をいただいたというのに!
「これ以上、お話を邪魔するなら――」
 閣下のお声を聞く機会を、騒がしい声で邪魔をされているこちらの身にもなるがいい!

「私がお前たちの口をふさいでやろう――」
「いやいや、ジブライール。ちょっと……ちょっと待て、落ち着こう」
 あと少しで魔術を発動するところだったのだが、閣下が対処なされたのだろう。私の術式は、たちまち解除されてしまったのだった。
 さすがは閣下……。
 賞賛だけを口にしたい気持ちではあるが――

「ですがこの二人、閣下がお優しいからといって、いくらなんでも調子に乗りすぎです!」
 当然のことながら、ジャーイル閣下のそんなお優しいところも、こう、きゅんきゅん……おっほん。
「ヴォーグリム大公の当時を思い出せば、自分たちがどれだけ不遜な態度をとっているか、自ずと分かろうというものではありませんか!」

「ああ、うん――臣下との関わり方については、なんか俺も他の大公との違いは薄々感じてきているところではあるんだが、まあ、それは今後の課題として、ここはちょっと落ち着こう。なんだろう、ちゃんと説明しない俺も、多少乱暴だったと思うし――」
「大公閣下は魔王陛下に次ぐ我ら魔族が絶対の支配者――その至高の存在が、高慢かつ横暴、無体であるからといって、なんの問題がありましょう! むしろ明らかにそれより劣る者が、ご意志に反そうとは思い上がりも甚だしい。それでもなおと言うのなら、せめて命を懸けるべきではないでしょうか!」

「えぇ……相変わらず、脳き……」
 閣下は一つ、咳払いをされた。
「いや、君の意見はもっともだが、ジブライール。ほら、二人もそろそろ落ち着いたころだろうし」
「閣下に怒られるならわかるが、お前に偉そうに言われる筋合いはないぞ、ジブライール!」
 そう言ってヤティーンも椅子を蹴って立ち上がる。
 私たちはいつかのように、間に机を挟んでにらみ合った。

「久しぶりに相手してやってもいいんだぜ?」
「いいだろう。だが、ここで暴れては閣下にご迷惑をおかけする。やるなら表に――」
「いい加減にしろ、二人とも!」
 閣下の本気の怒声が響きわたる。

「会議の席での喧嘩は御法度とする。今後一切だ。どうしてもというのなら、俺が二人ともまとめて相手にしてやるが、どうする?」
「……っ、申し訳ありません……」
 閣下の低く重々しいゾクゾクするような声を聞いて腰が抜けそうになった私は、動悸の激しくなった胸を押さえつけながら着席したのだった。


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