恐怖大公の平穏な日常
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13 僕だって若い頃はそれなりに、遊んだこともあったんです!
フェオレスと入れ違いになるようにやってきたのは、筆頭侍従のセルクだ。
「魔王城より通達が届きました」
彼が持ってきたのはもちろん、選定会議の召集状だった。
「七日後か……」
まあ、それくらいだろう。今までの例を見ても、会議はだいたい奪爵から十日後頃だからな。
……よし、時間ギリギリにいこう。
なぜって、考えてもみろ。
早めに行ったがために、万が一にも意外にがっついた獅子とか、デヴィル美女に目がない金獅子とか、アリネーゼに十三回も求婚した大公第一位とかに絡まれても困るからね!
サーリスヴォルフだって無関心な訳はないし、デイセントローズはなんでも首を突っ込みたがるだろうし、ベイルフォウスは茶々を入れてくるだろうし。
なにより不機嫌なウィストベルと会うのが……いやいや、違う違う。怖いわけじゃない。ないとも!
「それからもう一件、よろしいでしょうか?」
「ああ、どうした?」
「ジブライール公爵が、旦那様に面会の許可を求めておいでなのですが」
「ジブライール、が、面会?」
面会、とわざわざ改まるということは、少なくとも仕事関連の用向きではないってことか?
ああ……そりゃあ、そうだよな……。だって会うの、あれ以来だもん。俺に一言二言、言いたいことくらいあるだろう。
あるだろうとも……。
「通してくれ……」
「はい」
「いや、ちょっと待った!」
「はい」
「十分後に通してくれ」
「……かしこまりました」
こっちにだって心構えが必要だからね!
もっとも――俺だっていくら忙しかったとはいえ、今日の今日まで、なにも考えてこなかったわけではないのだ。あの奉仕の日のことについて、彼女の告白について、少しは思い考えてきたのだ。
いくら催淫剤を飲んだ上でのこととはいえ、告白は告白だろうし――
だいたい、あんな姿――
「セルク!」
部屋を出て行きかけた筆頭侍従が、俺の声にやや驚いた様子で足を止める。
「ちょっとなんか、この部屋……空気がこもってる気がしないか?」
「そうでしょうか? 私は特になにも感じませんが」
「こもってると思うな……うん。そうだ、扉! 開けっぱなしにしておいてくれないかな? 空気を入れ替えよう!」
「………………かしこまりました」
セルクは執務室の扉を開け放し、意味深な視線をよこしながら出て行った。
別に俺は、女性恐怖症とかじゃない。ウィストベルだって、魔力があり得ないほど強いから怖いだけだし、なんだったらもっと若い頃は、ベイルフォウスとは比較にはならないものの、ちょっとくらいは遊んでたりもした。
そうとも。婚約してたことだってあるくらいだし、ふつうに好意を向けられたことだって、今までもあるにはあったんだ。言うまでもなく、女性が苦手とか、そういうことも勿論ない。
ただ……ここ三、四十年ほど、そういう関係になった相手がいなかったから、多少とまどっているだけのことで!
ほら、音楽家だって数ヶ月楽器に触れないと、手が動かなくなるっていうじゃないか。
画家だって暫く絵を描かないと、線が歪むっていうじゃないか!
歌手だって歌っていないと、声が出ないというじゃないか!
今の俺は、そういう状況なのだ。間違っても、あたふたしているとかそういうことではない――
そうだとも。若い時を思い出すがいい。
毎日のように違う女性がなぜか寝室にいた、あのころを!
……いやいや、あのころを思い出したらダメだろう。
ティムレ伯に迷惑をかけて、俺は猛省したんだ。
それに、マーミルへの影響も考えると……。
「閣下、失礼してよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞ!」
しまった……ジブライールが相手なのに、変にかしこまった返答をしてしまった。
だが、入り口に立ちつくすジブライールさんは、俺の返事がおかしかったことなど、全く気にしていないようだ。それどころか、俺以上に緊張している様子がみてとれた。
「私の我が儘で、閣下の貴重なお時間をいただき、お詫びのしようもございません!」
ジブライールは廊下に立ったまま、深々と最敬礼をした。
「いや、そんな気にしないでくれ。それで、今日は」
「あのっ、違うんです、今日は!」
叫びつつ顔を上げたジブライールさんの頬は、やや赤らんでいる。
だが違うもなにも、俺まだ何もいってないんだけど。
「その……実は、母から言付けが……」
「リリアニースタから?」
またよからぬことではないだろうな……ついつい、疑ってしまう。
「落ち着いてからご検討いただければ結構ですので……未実行の奉仕を……と……」
「えっ!」
未実行の奉仕!?
え、なに。なんやかんやいって、一位は一晩を相手の家で過ごすだけじゃなくて、ちゃんと最後までナニしないといけないとか、そういう……?
でも、だったら、アレスディアは絵を描かれただけではなく、ランヌスと……?
「とりあえず……中に入らないか?」
「あっ、はい……」
ジブライールは、俺の指摘で初めて自分が立ち尽くしたままなのに気づいたように、そそくさと執務室へ入ってきた。
いくらなんでも開けっ放しの入り口で、奉仕がどうこうと話されては、廊下の端から端まで事情が筒抜けになってしまうではないか。
誰の姿も見えないにしても、聞き耳が立っていないとは言い切れないのだ!
そうとも。俺は扉を開けてはおいても、ちゃんと声の漏れないよう、結界は張るつもりなのだから!
「とりあえず、座ってくれ」
「はい。失礼します」
なんだか会議の時と違って、いやに控えめで気弱な態度だ。
ジブライールが長いすに腰掛けると、俺はその正面に座り、執務室全体に彼女にも気づかれないようにそっと、声と気配を遮断する結界を張った。
「で、未実行の奉仕って、どういうことなのかな?」
「あ、あの……」
なぜそんな言いにくそうなんだ。
まさかジブライール。本当にこの間の続きを最後まで……とか、言い出さないよな?
だいたい、あれは実際にはリリアニースタへの奉仕のはずで、招待は受けて一泊はしたのだから、公的に奉仕は終わったと認識されているはずだ。
だとはいえ、そんな赤くなって口ごもられると……まさか……。
いや、もしくはやっぱり奉仕を受けるのは本人ではないとダメだとかいう話になって、ジブライールじゃなくて、今度はちゃんとリリアニースタと一晩を、とか……。
「絵を、まだいただいていないので……と、母が申しておりました」
ああ! ですよね!
そういえば一位の奉仕内容には、絵のモデルになるという義務もあったよね!
「そういえばそうだったな。だが、察してもらえると思うが、今しばらくは忙しいんだ。できれば画家を寄越すのは、もう少し待ってもらいたいんだが……」
平静を装っているが、ものすごく微妙な気持ちだ。
たぶん、描かれた絵はリリアニースタが所持するのではなく、娘――今目の前にいる、このジブライールに贈与されるのだろうと思うと……。
「もちろん、じっとしてなくていい、勝手に描くから、というなら、別にいつでもかまわないが」
コンテストの投票台の彫刻だってそうだった。知らないうちに彫刻家がやってきて、俺を観察していたそうなのだから。
いつでもどこでも側に……というのでなければ、自由にやってくれればいい。
「あの……画家ではなく……」
ジブライールは言いよどみながら、そろそろと手を挙げる。
「……ほんとにジブライールが描くのか?」
「はい……すみません……で、でもっ」
ジブライールはようやく俺の目を正面から見据えてきた。
「がんばります! 下手ですが、でも私、がんばって、あ、あ、…………心を込めて、描きます!」
頑張りすぎて、開始直後から絵の具まみれになるジブライール……想像が容易すぎて怖い。
だいたい絵を描くのに何日くらい必要なんだろう?
ランヌスは一日でよかったみたいだが、普通はちゃんとした絵画だなんて、完成までに数日かかるんじゃないのか?
そもそも、絵を描く時ってどんな服装でくるんだろう?
この間みたいに、少女趣味なエプロンでもするんだろうか?
まさか、軍服の上にエプロンってことはないよな?
でも、ジブライールのことだから、軍服でやってくる可能性もあるんじゃないか?
となると、絵の具の汚れは早めに落とす方がいいよな。
軍服が汚れたままっていうのは、副司令官としての権威にも関わるだろうし。ってことは、絵を描くのは風呂付きの部屋で……となると、居室のついた客間を用意して……客間ってのは、寝室が当たり前についている訳で……流れ的に…………いや、違う違う!
俺はいったい何を妄想しているんだ!
「とにかく――絵の件は承知した」
脳裏に浮かんだ妄想を散らすように、頭を振った。
「は、はい……」
ジブライールはまた、うつむいてしまう。
ちょっと待て。他の副司令官たちがいる席では、いつもより方向性がおかしい感じだが、元気ではあったのに……二人きりになった途端の、このしおらしさはどうだ。
今までのジブライールさんと違いすぎて、戸惑ってしまうではないか――
確かに、ジブライールは付き合う相手としては、悪くない。
いや、悪くないどころか、美人だしスタイルはいいし性格は真面目だし、かといって、愛想がなさすぎる訳じゃなくて、可愛いところもあるし……何より自分の身は自分で守れるくらいには強い、というところも好条件だ。
俺より強い相手に鞍替えする、とかそういうタイプでもないのは重々承知だし。
条件としては、最高に近い相手だと言ってもいい。
だがそれはあくまで、俺の気持ちも固まった上で、なら、だ。
でなければこんな四六時中顔を合わすジブライールを相手に、自分の気持ちもハッキリしないうちからそんな関係になってみろ……相手も軽ければいいが、ジブライールだぞ?
軽く付き合ってみよう、で、うまくいかなかった場合どうなる!?
……会議の時とかにものすごく空気に出そうで怖い。
そんなバカなことを考えていたせいで、俺は次の言葉をつなげず、しばらく二人して黙りこくる羽目になってしまったのだった。
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