古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

恐怖大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第十一章 家令不在編】

16 今後の予定を話し合いましょう!



 その日、俺はアリネーゼの滞在している屋敷に赴くことにした。
 本棟から遠く、敷地内の最東端に、その〈瞬きの館〉は存在している。スメルスフォたちが利用している別館より、二回りほど小さな城だ。
 だがいくら滞在するのが元大公その人とはいえ、利用する人数の差を考えると、それでも十分すぎるくらいだろう。なにせ主家ための寝室だけでも、十はくだらないのだから。
 もっとも、アリネーゼ一家の滞在先をその屋敷に決定したのは、人数や館の規模を考慮したというよりむしろ、本棟からの距離がその理由だった。

 なぜって当然、彼女の存在が好奇の目にさらされることはわかっていた。なにせ残された家族だけを預かったというならともかく、ヤティーンもこだわったように、奪爵された大公本人がいるというのだから。その上それが、デヴィル族で一、二を争う美女とくれば……。

 今日もそうだ。
 午前はいつものように謁見を行ったのだが、やってきた男女の区別無く、大部分は本来の目的のついでのように、アリネーゼについて一言二言、言及があった。
 ヤティーンのように追及してくる者はいなかったが、それでも衆目の関心の高さが窺い知れた。

 それに自分の容色が衰えていると自覚のあるアリネーゼが、万全だった時代に自分から一位を奪った女性のいるそばで、心穏やかに過ごせるはずもない。
 領境で行われた酒宴での態度を、忘れるはずもないのだから。
 マーミルを近づけたくないという思惑も元々あったし、なるべく居住棟からも遠い屋敷を用意するように、と、セルクとキミーワヌスにはお願いしてあったのだ。
 おかげで城内とはいえその屋敷に向かうのに、魔獣を利用するはめになった。

 その道の途中で、やはり魔獣に乗ったアリネーゼの子供たちとすれ違う。
 彼らは礼儀正しく魔獣から降り、道の端に寄って俺を敬礼で見送ろうとした。
 そのまま通り過ぎてもよかったが、アリネーゼの様子もあらかじめ知っておきたかったし、一言二言、声をかけていくことにしたのだ。

「どこかへ出かけるのか?」
「本日も、恐れ多くもマーミル嬢がお茶会にご招待くださいましたので、身の程もわきまえず、こうして兄妹揃って出て参りました次第でございます」
 俺の問いかけに、長男がしっかりした口調で返してきた。ちなみに確認したところ、子供たちは長男、長女、次男、三つ子の三男と四男と次女という内訳らしい。
「ああ、そういえばそんなことを言っていたな」
 妹は俺に許可を得て以来、毎日子供たちをお茶に誘っているようだ。
 それにしても身の程もわきまえず、とはまた、自虐的じゃないか。

「俺にはともかく、マーミルに負い目など感じる必要はない。同じ立場の子供同士として、気楽に接してやってくれ」
「はい……」
 なんだか堅苦しさを感じる長男からは、表情からもその生真面目さが伺えた。
 一瞬、ケルヴィスを思い出したが、あの子は単なる真面目というより、女装も辞さないむしろちょっと変わった趣味の子だし……。

「不自由なことがあれば、誰にでもいいから言付けてくれ。もちろん、俺に直接言ってくれてもかまわない。かなえられることと、かなえられないことがあるとは思うが……」
「いえ、恐れ多いことです」
「ところでアリネーゼの具合はどうだ? 話をできる状態に回復したとは聞いているのだが……」
「はい、お気にかけていただいて、ありがとうございます。閣下のお力添えもあり、もうすっかり回復しております」
「今朝も、一緒にお庭をお散歩いたしました」
 長男に続いて長女が嬉しそうに答えた。
 やってきた時には泣き濡れていた彼女も、今日は随分表情が明るい。母の回復する姿を、間近で見守ってこれたおかげだろう。

「そうか。なら、訪問するにも問題はなさそうだな。君たちも、茶会を楽しんできてくれ」
「ありがとう存じます」
 長男が頭を下げ、他の子供たちが慌ててそれに習った。
 俺は彼らと別れ、〈瞬きの館〉へ向かった。

 ***

 子供たちの言うとおり、アリネーゼは今はもう、ベッドに縛り付けられてはいなかった。
 この間の消沈ぶりが嘘のように、応接の椅子に腰掛ける姿は以前の優雅な彼女そのものだ。猫目は相変わらず半眼だがいきいきと輝いており、覇気と生気がありありとみてとれた。

「今日はこれからのことについて、君の考えを確認しにきたんだが」
「ええ。あなたからお話がなければ、今晩にでも時間を作っていただこうと考えていたところよ」
 気持ちの方も、回復しつつあるようだ。あんなに弱気だった彼女は、もういない。
 肌艶がいい、とまでは言わないが、瞳には生気があふれていた。

「選定会議ももう二日後。今までメイヴェルからは何も言ってきていないが、それだけに会議上で何らかの訴えがあるかもしれない」
「ええ、わかっているわ。それまでには何とかしたいと、私も考えていたのよ」
 アリネーゼは湯気の立ちのぼる青茶を、ごくごくと飲んだ。

「あなたにとってはこうして長居されるのも迷惑なのは、重々承知の上ですわ。だから一刻も早く、奪爵するつもりよ」
「迷惑なんてことは全くないが、そうか……奪爵を選択したのか」
「もちろんあなたの領地で……ということにはなるけど、そのくらいは許してくださるでしょう?」
「もちろんだ。奪爵は魔族にとって当然の権利。承知の通り、魔王や大公の許可はいらない。君の好きなようにするといい。君の身の安全のためにも、上策だとは思う」

 というのもエンディオンの手紙で知ったところによると、今回のように大公位だけではなく、その人を目的とした大公位争奪も過去にはあったらしい。
 より詳細な事情は、ミディリースが公文書館で文献を調査して報告してくれた。
 行きは渋々、嫌々、という様子も見えたミディリースだったが、帰ってきたときには嬉々とした表情に変化していた。
 彼女は俺に、まずは公文書館の広大さと立派さを興奮したように話し、それからそこに勤めている職員がいかに親切で、また見た目がいかに可愛かったかということについて、熱心に語ってくれた。

 実は、俺も自分が選定会議になる以前に、とりあえず現大公の人となりを知りたいと思って、公文書館を訪れたこともあったのだが、そのときはたしか、グラマラスなデーモン族の美女が親切に……ごほっ。
 とにかく、そういう前置きがあった後、ミディリースはいくつもの奪爵話を芝居の脚本でも語るように、臨場感たっぷりに報告をしてくれた。
 自らすすんで直接話してくれるようになったのは嬉しい変化だが、相手のペースに合わせないといけないとなると、手紙でもよか…………ごほっ。
 正直、お腹いっぱいになった。

 それによると、たいていは奪爵した相手に従属する形で終わるが、稀に今回のアリネーゼのように、無事相手から逃げおおせた者もいるのだとか。
 その者の一方は異性の同盟者たる大公や魔王の元に逃げ込んでその愛人となり、他方は逃げた先で奪爵をして改めて公爵位に就き、またただ単に別の領地に逃げ込んだだけ、という者もあるようだ。
 いずれにせよ、記録ではこのどれかに限られるようだった。

 逃げ込んだだけの者は、相手が興味を失わない限り、結局は捕らえられでもしたようだ。
 となると、アリネーゼが盤石を期するなら、それ以外の手段を取る方がよいだろう。
 だが、逃げ込んだ大公の愛人というのは……まあ、相手が俺だし、お互い無理なのは確認するまでもない。
 ではと、今からプートだとかサーリスヴォルフの妻に、というなら最初からそうしているだろう。ちなみにデイセントローズは論外だ。
 となると、奪爵しかあるまい。
 ちなみに奪爵が有効なのは、他領でいったん爵位を得ると、その領地の移動には再び自ら上位を奪爵をするか、双方の領地の大公による話し合いと合意と許可が必要だからだ。

「だが、そうなると当然、爵位は公爵を……ということになるだろうか?」
 男爵位とかなら、今でもすぐに空席を用意できるんだが、それでは強者の矜持と世間の目が、アリネーゼを許さないだろう。
「ええ。そのつもりですわ。そうでないと、不自然でしょう? さすがに私だって、そのくらいの力はまだ残っているのだし」
 俺は頷く。
 確かに彼女の自己申告通り、弱った魔力が元に戻っているということはない。それでも公爵に相応しい実力なら、まだ残っていた。

「それから、あなたがこんなことを気にするかどうかはわからないけど、断っておくわね」
 アリネーゼは神妙な顔つきを浮かべている。
「自分の安全のためとはいえ、いわばあなたの領地を予期せず蹂躙するのだから、挑戦に際してそれが可能な相手であれば、命までは取らないと約束するわ」
 確かにアリネーゼが奪爵するってことは、当然、俺の配下から一人、奪爵される者が出るということになるんだけども。
 アリネーゼがそんなことを気にするとは、意外だった。

「ヤティーン公爵の……」
「えっ! ヤティーンの公爵位を!?」
 それってつまり、自分がされかかったことを、今度はヤティーンにするってことか!?
「奪爵して、ヤティーンを監禁……」
「馬鹿なことを言わないでちょうだい。私がそんなことをするように見えて?」
 じろり、と睨まれた。
 どうやら本当に本調子に戻りつつあるようだ。

「ヤティーン公爵の軍に配属となるよう、奪爵をしたい、ということよ」
 ああ……だよな。しかしそれなら少なくとも現副司令官たちは、挑戦を受けずに無事でいられそうだ。
 まあどのみち、奪爵は強者を担ぎ是とする魔族の当然の習い。その権利は誰にも等しく認められているものだ。俺がどうこう口出しできる問題ではない。

「ジャーイル大公閣下……今後はそう、呼ばせていただきますわ」
 アリネーゼは急に口調を改め、俺に向かって居住まいを正した。
「誓約があったこととはいえ、これほどの御慈悲をいただき、お礼のしようもございません。ありがとうございました。マーミル嬢には子供たちにまでご配慮をいただき……塞いでばかりだったあの子たちを元気づけてくださったことは、感謝の念に絶えません。今後は、このご恩に報い、閣下のお力となれるよう、尽力いたしますわ」

 そういいながら、アリネーゼは俺に頭を下げたのだった。
「期待しているよ」
 本音を言えば、同位だった相手に急にかしこまられて、背中がムズムズした。だが、彼女のけじめは受け入れるべきだろう。奪爵で地位が変わるというのは、そういうことだ。
 もっとも、暫くは慣れないだろうが。

 そうしてその日の決意通り、アリネーゼは翌日にはヤティーンに配された公爵からその地位を奪爵し、俺の当初の予想より遙かに短い期間で、家族揃って〈瞬きの館〉を退去した。
 つまり彼女はそれ以後、めでたく俺の配下に正式に名を連ねることになったのだ。

 ちなみに――その奪爵された公爵――もちろん男――は、そのまま城に留まって、彼女の夫の一人と目されることになった……らしい………………。
 身持ちって……なんだっけ……。


前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system