古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十一章 家令不在編】

17 さあ、いよいよ大公として認定する会議の時間です



「では、選定会議を始めます」
 アリネーゼの奪爵から十日近くたったある日のこと。魔王城で慣例通り、選定会議が開かれた。
 音頭をとるのはもちろん、何があっても揺るがず大公一位の地位を保持している金獅子プートだ。
 初対面のときには威厳しか感じなかったその姿に対して、今は別の感想も沸いてくる。どんな感想かは、言わぬが賢明というものだろう。
 時間の流れが、いっそ感慨深いではないか。

 とにかくいつもの円卓に、魔王様を起点として右手に一位、左手に二位、また右に三位……と、いつもの序列順で腰掛けている。
 だが大公位争奪戦以降、この席次で座るのは、実は初めてなのだ。
 ここで、よくよく新しい序列を思い起こしてほしい。
 一位は相変わらずのプートだが、二位は俺、三位がベイルフォウス、四位にウィストベル、五位にサーリスヴォルフ、六位にデイセントローズ……と続くのだと。
 本来であれば、七位に座すのはアリネーゼとなるはずだった。だが、彼女は結局一度もその席を占めることなく、奪爵されてしまったのだ。

 けれど今注目すべきはその下位ではなく、上位にあった。
 これまでは、プートが一位でベイルフォウスは二位だった。暫くずっと。
 だから二人は対面に座ることが多かった。
 けれど現在の二位はこの俺……つまり今回から一位のプートの隣となる三位の席に、ベイルフォウスが……仲の悪い二人が、今後は隣同士に座ることが多くなってしまうのだ。
 正面なら顔を見なければそれでいいが、隣となると机の大きさによっては近いではないか!
 プートはともかく、ベイルフォウスのイライラが伝わってくる。
 だが、この際喧嘩も慣れっこになった二人のことなど、どうでもいい!
 それより俺だ。二位の俺の隣には、四位のウィストベルが座っているのだから!!

 ウィストベルはまだ俺に対する怒りが解けず、衝動的に殺意を抱くおそれがあるのか、邪鏡ボダスで魔力を抑えての参加だった。
 会議室に入ったのがギリギリだったので、まだ一度も口をきいていないし、それどころか目も合わせていない。
 怖い……正直言って、怖い。

「では、決を採りたいと思います。彼女、メイヴェルの大公位就任に反対の者はありますか?」
 おびえていても仕方ない。ここいらで気分を変えようではないか。
 信を問うプートの言葉に、俺はこのとき初めて、魔王様の正面に座るメイヴェルをしっかり見た。

 メイヴェルは――ああ、やっぱりごつい。
 あの野太い声にふさわしく、肩はがっしりとして、胸板も厚い。……いや、間違えてはいない。胸が大きい、のではなくて、胸板が厚いのだ。
 なにせ聞いたところによると、上半身は竜であるらしい……。たくましいはずだ。
 下半身は……もちろん衣服で見えないし、興味もないので確認していない。
 もっとも尾てい骨のあたりから、煌めく鱗に守られた竜の尾が伸びていることからいって、おそらく同じく竜なのだろうという予測はついた。
 顔はといえば獰猛さのにじみ出た灰色の水牛で、その頭と竜の体をつなぐ首には、触れると皮膚が裂けそうな鋭いトゲが生えている。
 うん、たぶん……トゲだと思う。肌の手入れが悪くて、ささくれだっている、とかじゃないと思う。
 ちなみに手は竜ではない爬虫類っぽく、水かきがついている。

 なんか……やっぱりどう見ても、男にしか見えない。名前だけは可愛らしいのに……。
 これでもベイルフォウスは女性扱いして口説きにかかるのだろうか。だとしたら、今回ばかりは俺も最大限にひいてしまいそうだ。
 ちらりと親友を観察してみたが、その表情からはプートへの苛立ちだけが確認できたばかりだった。

「正直なところを申し上げますと――」
 慇懃無礼なデイセントローズが、珍しくメイヴェルにはあからさまな敵意を向けている。
 まさか、同盟者としてアリネーゼに同情した、というわけでもあるまい。それよりは、自分の下位には苛烈な男なのだと、そう言われる方がまだ納得できる。

「私は反対したいところです。が、もちろん私的な恨みからそうする訳には参りませんから、黙っておりましょう」
 ぜんぜん黙ってないし。
 っていうか、私的な恨み?
 ……それこそまさか、決勝で賭けていた選手にメイヴェルが勝ったからとかいう、実にくだらない理由じゃないだろうな?
 こいつ、あの時すごい剣幕だったもんな……。
 そのデイセントローズの発言には、誰も反応しない。

「では、反対意見もないようですので、満場一致でここに、メイヴェルを七席目の大公と認めます」
「ありがとうございます」
 初めて聞くメイヴェルの普段の声は、叫び声と変わらず外見通り野太かった。
 ……本当に、本当の本当の本当に、女性なんだろうな? 

「まったく、慌ただしいことだね――」
 間髪入れず、サーリスヴォルフが感想を漏らす。
「ジャーイルを大公に迎えてからというもの、デイセントローズにメイヴェル。高位の魔族が挑戦を受けやすいとはいえ、これほど短期間に次々と大公の顔ぶれが変わったことなんて、そうそうなかったのじゃないかな?」
 俺が全てのきっかけのような言い方は、よしてほしい。

「確かに。俺の覚えてるだけでも、三百年前がこれを上回る思い出としてあるばかりだ」
 ベイルフォウスが同意する。三百年前といえば、魔王様が魔王になった頃だから……ああ、前魔王が亡くなって殺伐としていたのは、聞いたことがあるし想像もつく。
「それに、またまた珍しいパターンだよね」
 サーリスヴォルフは意味ありげにメイヴェルを見、俺を見た。

「奪爵された大公がまだ健在だなんて」
 いいやサーリスヴォルフだけじゃない。魔王様とウィストベル、それから当のメイヴェルをのぞく全ての視線が、好奇心をたたえて俺とメイヴェルを見比べているではないか。

「ちょうどアリネーゼのことが出たので、俺からもよろしいでしょうか?」
「申してみよ」
 許可を得たのを幸いと、俺は魔王様に向き直って直立した。
 それというのも今からする報告は、まだ魔王様にも伝えていないことだったのだから。
 なにせ、事が起こったのが昨日のこと。それに俺は今日の会議には、開催時間ギリギリで参加をしたからだった。

「そのアリネーゼですが、昨日、俺の領内で公爵位の奪爵を果たし、正式に我が配下となりましたことを、ここに報告申し上げます」
「な……!」
 驚きの声をあげたのは、メイヴェルだけだったが、デヴィル族の大公は全員が驚愕の表情を浮かべている。

 一方、デーモン族の反応は薄い。
 魔王様がこういう公的な席で平然としているのはいつものことだし、元大公が関わったことだから、紋章管理官からでもすでに報告が入っているのだろう。
 ウィストベルはもうずっと暫く氷ついたような表情だし、ベイルフォウスもプートの隣席のせいか、不機嫌さを崩さない。

「そんな――」
 一方、メイヴェルの瞳に俺への隠しきれない憎悪がわき起こるのが、はっきりと見えたようだった。
「そんなバカな話があるかっ! 私がこの数日、いったい何のために我慢をして――」
 ああ、何も言ってこなかったのは一応、我慢した結果だったのか。アリネーゼが早めに立場の安定を図ったのは、正解だったようだ。

「魔王陛下の御前である。大公メイヴェルは控えよ――」
 プートの重々しい警告に、メイヴェルは上げかけた腰を下ろした。
 自らを初めて大公と呼ぶ声に、わき上がる思いはあったろうか?
「陛下。選定会議はこれにて閉会としてよろしいでしょうか?」
 問いかける金獅子に、魔王様はしっかり頷いて許可を与える。
「それではこれで、選定会議を閉会といたします」
 過去の会議同様、メイヴェルの大公位はすんなり承認され、プートの宣言をもって会議は閉会となったのだ。

「ジャーイル大公に話がある」
 すぐさま水牛が、俺にヒタと視線を定めてくる。挑むようなその瞳からは、勝負師らしい気の強さが伺い知れた。
「ああ、そうだろうな……会議も終わったことだし、今ここで始めるか?」
「いや……正確には話、ではない」
「というと?」
 なぜかサーリスヴォルフがうきうきした表情で、先を促した。
「私は大公位七位。貴殿は二位だ」
「ああ、それが?」
 アリネーゼに関しての交渉でもしてくるかと思ったのに、わかりきった序列の確認から入るとはどういうことだろう?

「だが私はもちろん、七位という地位が、自分に相応しからぬものだと確信している。故に、大公二位の貴殿に、今日、この席で、序列をかけた挑戦を突きつけたい」
 彼女は自信満々でそう言った。
 その挑戦を聞いて、プートが厳しい表情で腕組みをし、我が親友はいつも通りの含みのある笑みを浮かべ、サーリスヴォルフは予想通りと頷き、デイセントローズが鼻息を荒くする。
 ウィストベルだけが無表情を貫いている。
 そして、魔王様は――

 本来なら全員の揃っているこの席で、俺には提案したいことがあったのだ。
 選定会議とは関係のないことだが、話し合いが必要な重要な議題だ。
 そんな思惑もむなしく、魔王様は「忙しい、忙しい」と言い訳のように独り言を言いながら、そそくさと出て行ってしまった。
 どうやら喧嘩は勝手にやれ、ということらしい。
 逆に、他の大公は一人として部屋を出ようというそぶりをみせない。

「爵位をかけての戦いには、通常なら魔武具は禁止せぬが、大公のうちで単に序列を競うとあっては、大公位争奪戦のように己が実力のみで戦うべきではあるまいか?」
 退出するどころか、プートがいつも通りの魔王立ちで、そう提案する。
「はぁ? あれは魔王大祭での主行事だったから、禁止しただけだ。今までだって序列のかけての戦いで、魔武具を禁止したことなんてなかったろうが! 今更そんなことを言い出す意味がわからねぇ」
 おい、ベイルフォウス。お前は俺の親友なのか? 本当に?

 もっとも、ベイルフォウスの魂胆はミエミエだ。
 いつか自分がプートに対戦を申し出るときに、魔槍ヴェストリプスを使用できないというのが許容できないのだろう。
「それともなにか――魔族ともあろうものが、たかが魔武具ごときに勝敗を左右されるとでもいうのか? 大公プートは魔武具を持った俺を相手にしては、勝算がないと白状していると取ればいいのか?」
 あきらかな挑発に、プートがギロリと流し目でベイルフォウスを睨みつけた。

 っていうか、ちょっと待て。
 俺、まだ受けるとは一言も言ってないんだけども、なぜお前たちが話を進める。
 ――まあ、受けるけども。
 しかし、主役は俺とメイヴェルというより、プートとベイルフォウスに移りそうだ――
 なぜって二人とも、もう限界だと言わんばかりの苛立ちを、その身から立ち上らせているのだから。

「よかろう、小僧。そこまで言うのなら――」
「いいぜ! いつでも」
「やめよ。二人とも」
 だが、突如響いたウィストベルの静かな低い声は、殺気立った二人の大公を黙らせるだけの、十分な迫力を帯びていた。
「せっかくの興味深い対戦を、見飽きた主らの喧嘩で邪魔いたすではない」

 ……ウィストベルが怖い。
 メイヴェルなんてどうでもいい。ウィストベルが怖い。
 魔力は弱いというのに、ここにきてやっぱり怖い。
 だが、この場においてそう思っているのはきっと俺だけではあるまい。
 その証拠にこの中では誰より強い、大公一位であるはずのプートも、三位のベイルフォウスも、騒がしいデイセントローズも――それからいつもはこんな時でも軽口を叩きそうなサーリスヴォルフでさえ、彼女の発言があった途端、息を殺したように口を噤んでしまったのだから。

 ウィストベルは俺とメイヴェルを見比べ、それからこう言った。
「魔武具の使用など、本人の裁量に任せるがよい。それも見誤るようでは、大公とはいえぬ」
「まあ、確かに――」
 ベイルフォウスが不満の残る声音で、それでもウィストベルの意見に同意する。
 だがウィストベルは他の者たちは全く眼中にないように、俺につと、視点を定め――それからこう言った。

「この勝負の判定役――私が承ろう」
 俺は魔剣レイブレイズの柄を、我知らず握りしめた。


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