古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

0 プロローグ



 それは間近に迫った〈修練所〉の運営会議の折、もたらされた。

「なに、それ。子供のおもちゃ?」
 どんな仕掛けをするか、誰がどこを担当するか、その話し合いが白熱し、煮詰まったタイミングで、気分を変えるために挟んだ休憩中のことだ。とある伯爵が、キラキラ光る一枚の円盤を机上に置き、同位の軍団長たちに披露していたのだ。

「いや、それがさ。武器らしいんだよね」
「武器? これが?」
「今はさび付いてるけどさ、磨けば外縁が、キレッキレの刃なんだってさ」
「ふぅん」
「へぇ」
 説明を受けた軍団長たちは、怪訝な表情でその直径十五センチほどの円盤を見つめている。

 魔術を誇る魔族のたいていは、武器になどほとんど興味を持たない。たとえそれが魔力を帯びた武器の類――魔剣などと呼ばれる特別なものであったとしても。
 それでもある程度便利な消耗品・装飾品としての認識はあるから、腰に剣くらい挿している者は多い。しかし少し変わった武器になると、その存在自体が知られていないのも無理は無かった。
 中心に円の空いた、直径二十センチ弱のその武器もそうだ。

「ウルムドじゃないか」
 持ち主がティムレ伯だった上、それ自体、この城の宝物庫で一つ見たきりの珍しい武器であったことに純粋な興味をひかれ、その話題に混じることにした。

「ジャーイルく……閣下、この武器のこと、知ってるんですか?」
「ああ、一度見たことがある」
「どうやって使うんです?」
 ティムレ伯が興味深げに聞いてくる。
 珍しいこともあるもんだと、俺は少し浮かれていた。

「中心の円に手を入れて、回すんだよ」
「こうですか?」
 ティムレ伯と並んで説明を聞いていたうちの一人、ノーランという伯爵が、俺の説明に従ってすぐに輪の中に自分の人差指を入れ、クルクルとやりだした。
「で、回してどうするんです?」
「そのまま攻撃対象に向かって飛ばすんだが、今は止め……」
「こうか!」

 俺の注意は一歩遅かった。
 ノーランはウルムドをその持ち主に向けて、飛ばしたのである。

「ちょ!」
 だが、さすがにティムレ伯爵!
 自分の顔をめがけて飛来した円盤を、彼女は咄嗟にその肉球ぷにぷにの手で受け止めたのだ。
 二人は位は同じとはいえ、その魔力と実力は、飛ばした方よりも飛ばされた方が若干上だ。不意打ちをされたところで、彼女に対処できないはずはなかった。

「ちょっと、いきなり何するんだよ! 危ないじゃないか!」
 まったくだ!
「軍団長たるもの、いついかなる時も気を抜いちゃいけないって教訓だよ」
 悪びれもせず、デーモン族のその伯爵がうそぶく。
「へぇ……」
 笑顔のティムレ伯の瞳に、剣呑な光が浮かんだ。

「ふん!」
 ティムレ伯は手首を翻した。その素早さたるや――
 円盤が、今度も一直線にデーモン族の伯爵に向かう。
「いっ!」
 自分のしたことを返された格好のノーランは、けれどティムレ伯のようにはうまく受けきれなかった。わずかに刃が手に当たったのだ。
 その瞬間――
「ん……?」

 姿が――いま、一瞬、姿がぶれなかっただろうか?
 俺は目をこすって、もう一度ノーランを見てみる。
 だが彼に変わりはなかった。その容姿も魔力も――
 ただ、かすかに指を切った以外。

「いってぇなぁ! 切ったじゃねぇか!」
「そんなかすり傷で大げさなんだよ! だいたい、軍団長たるもの、いついかなる時も気を抜いちゃいけないんじゃなかったのかい?」
 ティムレ伯は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「言ってろ!」
 再び彼が彼女に円盤を投げつける。
 それが肉球の手に吸い込まれる前に、俺は穴の中に手を差し入れ、二人から円盤を奪い取った。

「まったく……子供じゃないんだから、二人とも!」
「すみません……」
 二人はニヘラ、と笑う。
 畜生、仲よさそうだなぁ、この二人!

「そもそも魔武具ってのは、こんな風に軽々しく扱うもんじゃない!」
「え、魔武具なの、それ!?」
 えええ、ティムレ伯……知らなかったんですか……。
「おい、ティムレ! お前、俺、怪我したじゃねぇか! 何かあったらどうするんだよ! 危ねぇな!」
「お前が言うかね、それを」
 ティムレ伯は冷たい視線を同僚に向けた。

「だいたい、そんなかすり傷一つで何があるっていうんだ。魔武具ってのは普通の武器に比べて魔族に対して効力が大きいってだけで、他に何かあるわけじゃないだろ?」
 うん……その認識、間違ってますよ、ティムレ伯。何かある武具もありますよ。

 それというのも、魔武具は大きく二つに分類されるのだ。
 魔族に対し有効度が高い、という、単に武器としての能力が強化されたものと、特殊魔術のように、それ自体に何らかの効果があるものだ。
 たとえば、レイブレイズは実は前者の極まったものだし、ベイルフォウスがこだわった魔槍ヴェストリプスも、おそらくそうだろう。
 一方、俺がこの間の争奪戦で折ってしまった〈死をもたらす幸い〉なんかは後者に分類される。ロギダームは……一応、後者かな。うん……あれはあの下品なうるさささえなければ、能力的にもいい剣だったのに……。ケルヴィスが使いこなしてくれていることを、願おう。

 このウルムドもおそらく前者……他に何も効力はなさそうだ。
 ……いや、本当にそうだろうか?
 さっき一瞬、ノーランの姿がブレたように見えたのは、気のせいだったのだろうか?
 ……。

「ティムレ伯」
「あ、はい」
「このウルムド、預からせてもらえないかな?」
 なんだろう。なにかが気になった。
「ああ、どうぞ。どうせ使わないし、よければ差し上げますよ」
「献上品……」
 殺気のこもったような低い呟きが真後ろから聞こえ、ギョッとして振り返る。

「なんだびっくりした、ジブライールか!」
 すぐ真後ろに、我が副司令官どのが立っていた。
 彼女はニコリともせずに、俺が手に持ったウルムドを見つめている。
 もしかして……。
「ジブライールも、これが欲しい……とか?」
 俺の問いかけに、ジブライールはハッとしたように顔を上げる。その葵色の瞳には、もちろん殺気などこもっていない。

「いえ、そういう訳では……」
「あ、じゃあ、あたしたち、これで……」
 そそくさと、軍団長たちが去ろうとしたが――
「閣下、そろそろ会議を再開いたしませんと」
 ジブライールのその言葉で、揃ったように動きを止めたのだ。
「ああ、そうだな。休憩は終わりにするか」
 そうして会議は再開され、来たるべき〈修練所〉の運営当日に向け、担当と仕掛けの内容が、決定されたのだった。

 ところで余談ではあるが、会議の再開に、たった一人、遅れた者がいた。
 誰あろう、ジブライールの父・ドレンディオだ。
 彼は休憩時間の間に、トイレに立ったらしい。だが、すませて戻るその途中で、侍女が倒れ込むのを見てしまったのだとか。
 周囲に誰もいなかったため、介抱しようと寄っていった彼を、その侍女は「悪いようにはしませんから!」とか言いながら、あろうことか個室に連れ込もうとしたのだとか。

「何が目的なのか分らないが、とにかくその鬼気迫る必死さに、年甲斐もなくぞっとしてしまい……」
 無爵の女性だとわかっていながら、突き飛ばしてしまった、と、みんなの前でやや落ち込みながら語る彼の姿は哀れを誘った。

 あとでユリアーナに厳重注意しておかないとな!!


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