古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十二章 家内安全編】

43 始終穏やかな一日も、たまにはよいものなのです



 魔王大祭の折、野いちご館と呼ばれていたその城は、本棟や居住棟から少し離れた西にある。
 正面の東には館と平行して横に長い楕円の噴水のある、南北を花園に囲まれた、柔らかな外観の小城だ。
 南は春から夏にかけての花が、北は秋から冬にかけての花が、それぞれの季節になると咲き誇るよう造られた花園だった。

 今日はその南の花園で、内々の宴が張られている。それというのも、いつか決意した通り、マストレーナが主役の宴を開いているからだ。
 この間エンディオンに調べてもらったところ、どうやら彼女たちと暮らすようになって、ほぼ二年になるらしい、つまりはマストヴォーゼが奪爵されて、それだけ経つということでもある。
 今日はよき同盟者であった彼のことをその妻や娘たちと偲びながら、それでも前向きに楽しむ日にしたのだった。

「ああ、そう。この果物いっぱいの焼き菓子。お父さまの好物だった」
「ええ、この緑の冷製麺も」
 それ自体も花と見まがうあちこちの円卓に並ぶのは、娘たちの評すとおり、どれもマストヴォーゼの好物ばかり、花に紛れて身を隠した管弦楽団が奏でる曲は、彼の愛した曲ばかり。
 愛する父を思い出しながら、娘たちはあちこちで泣いたり、穏やかな会話に興じたりしている。
 今日ばかりはマーミルと三つ子のような四女五女も、姉妹たちと思い出を楽しんでいた。
 そんなわけで我が妹は、今俺の隣にいる。

「マストレーナは二十五人もいて……いいわね」
 妹は小さな手で俺の服の裾をぎゅっとつかんでくる。
「私なんて、一人なのに……」
 うん? 一人?
「マーミル、まさかお前、俺を入れないって事は、俺が死んだ後の心配でもしてるんじゃないだろうな」
 苦笑する俺を、妹はキッと見上げてきた。

「お兄さまなんて、大公就任から一年も経たないうちから自分が死んだらって手紙を書いてらしたくせに、そりゃあ心配しますわよ! それに最近は、立て続けに奪爵があったし……」
 そういや、手紙とか書いてたな……あれ、どこにしまったっけ? エンディオンに預けたんだっけ?
 まあしかしそう言われてみれば、妹の心配ももっともだとは想う。アリネーゼに続いてその簒奪者であるメイヴェルまで、短期間の間に奪爵されたのだから。

「お前、ミールナって覚えてるか?」
 ふと思いついた名を言ってみるが、妹には聞き覚えがないようで、小首をかしげている。
「誰ですの?」
「俺たちの伯母だよ」
「伯母様?」
「ああ、父上の姉だ」
「お父さまのお姉さま……」

 やはり覚えがないようだ。
 両親のところにいた妹ならと想ったんだが、会っていたとしてももっと小さかった頃だし、覚えてないのも無理はないか。

 伯母のミールナは、弟エージャンの妻である母カレンを、実の妹のように可愛いがっていた。当時別の大公領に属していたはずだが、割とよく訪ねてきていたのを覚えている。ちなみに母似と言われる俺だが、伯母にはそんなに可愛がられた記憶がない。
 問題は顔ではないらしい。むしろどちらかというと、避けられていたような気さえするのだが……。

「今どちらにいらっしゃるんですの?」
「俺が知ってる頃は多分、アリネーゼ領の子爵だった……と思う。でも今はどうだろう……別の領地にいるか、それとももう亡くなっているか……」
 伯母は父より年の功か、若干強かった。けれど自分の能力を内緒にしていた俺が、伯母にそれを告げることはできなかったから、彼女が力に頼んで奪爵したかどうかはわからない。同様に、誰かに奪爵されているかもしれないが、それも不明なのだ。
 もちろん今は大公だから、その権限を使えば調べることはできるだろうが……。

「……もしかして、その方って藍色の長い髪をくるんくるんに巻いた、背のすらっとした、お母さまとは正反対の感じの、大人の女性って感じの……」
「覚えてるのか」
 確かに、ミールナの外見はそんな感じだった。付け加えると、笑わないとちょっと怖く見える、若干目力の強くて威圧感のある人だった。あの姉がいたからこそ、父はあんな風だったのかなぁと思えるような……。

「ハッキリじゃありませんけど、でも、なんとなくは覚えてますわ。たぶん、あの人……頭を思いっきりがしがし乱暴に撫でられるの」
 あれ……俺、撫でられた覚えもないんだけど。別にいいけど、ちょっとひっかかる。……まさかとは思うが、メイヴェルと同じ性癖ってことはないだろうな?

「居場所を知りたいか?」
「べ……別に……お兄さまに何かあるわけはないもの」
 マーミルは自分に言い聞かせるようにそういった。
 俺も正直、彼女の足跡や居所を知りたいという気持ちはない。

 しかしそうはいっても、検討はしてみることにしよう。
 なぜって、妹が子供の間に俺が奪爵されたとしたら、面倒を頼める同盟者は今のままではウィストベル一人――彼女は子供が苦手といっていたし、そうなるとやはり血縁者の存在があったほうが心強くないだろうか。

 もっとも実際のところ、自分が奪爵されることについてはあまり心配していない。自分でいうのも何だが、ほんとにそれなりに強いからな、俺。
 もちろん世に隠れた強者の存在も、考えられないわけではない。それに……大公同士で争うことだって、絶対無いとは言い切れないし。

「さあさ、小さいお嬢さまから順番に並んでくださいね」
 少し真面目に考え込んでいると、元気のいい声が響いた。
 キミーワヌスが二十五人のマストレーナに整列を促しているのだ。
 娘たちはあちこちの花の間から何事かという表情で現れて、それでも副家令の指示通りに家扶の前に整列していった。

「我らが旦那様、ジャーイル大公閣下から、お嬢様がたと暮らすようになって二年が経った記念にと、お一人お一人への贈り物です」
 さっきまでどこかしんみりしていた空気が、明るいものに変わる。よかった、喜んで受け入れてはもらえるようだ。
 小さな子供たちにはそれぞれの好みそうなおもちゃや絵本などを、中くらいの子供たちには身を飾る小さな宝飾類や服飾類を、大きな娘たちには香水や化粧道具を、といったものを用意した。
 もちろん、誰にどの贈り物をと選択したのは俺ではなく、彼女たちのことを一番よく知っているであろうスメルスフォだ。

「本当にありがとうございます、ジャーイル大公閣下」
 そのスメルスフォは俺の元へやってきて、丁寧に頭をさげる。それから娘たちが全員贈り物を受け取ったのを見ると、母は娘たちを横一列に整列させた。
「さああなたたち、ジャーイル閣下にお礼を」
「ありがとうございます、ジャーイル閣下」
 子供たちはまるで練習したかのように、揃って明るい声をあげる。

「さあ、今からはマストヴォーゼを偲ぶばかりじゃなく、ここに来てからのことと将来のこと、楽しいことも考えて明るい笑顔をみせてくれ」
 そう言ったのが合図となって、マストヴォーゼを思い起こす懐かしい曲から、近頃人気の新しい弾んだ曲へと、演奏が変わる。
 花の影から曲芸を披露する者たちが様々出てきて、娘たちの歓声を浴びた。
 あっという間に花園は賑やかな空気に一転する。

「ジャーイル閣下、ありがとうございます」
 四女五女がやってきて、改めて礼を述べた。彼女らは包みをあけ、早速中に入っていた色違いのブローチをつけている。
「気に入ってくれたならいいが」
「もちろんです」
「大事にいたします」
 二人は顔を見合わせ、交互にそう言った。
「それで、マーミルを連れて行ってもいいですか?」
「ああ、もちろんだ。仲良く遊んでおいで」
 言うやいなやいつもの通り、妹たちは三つ子のように連れ立って、駆けていった。

 入れ違いにやってきたのは、フェオレスだ。
 彼は今からこの宴に参加をする。呼んだのはもちろんアディリーゼのためだ。
「本日は内々のお楽しみに招待いただき、ありがとうございます」
「今日はマストレーナたちのための催しだ。君はすぐにも彼女たちの身内になるんだから、当然だよ」
 実はこの機会を利用して、フェオレスとアディリーゼとの挙式についての予定が姉妹たちに発表されることになっていた。婚約についてはすでに誰もが知るところだったが、二人が一緒になる日にちにまでは明らかにしていなかったのだ。

「あ、あの、ジャーイル閣下……このたびは……色々と、本当にありがとうございます。このネックレスとイヤリングも……」
 フェオレスがいるからか、アディリーゼが珍しく一人でやってくる。
 彼女は妹たちとは違って包装は解いたものの、贈り物は身につけずに箱に入れたままだった。
 なにせ彼女に贈ったものはとびきり豪華……これだけは俺が提案して、結婚式に身につけてもらえればいいと、汎用性の高い一式を贈ったのだから。

「こんな立派なものを……」
 アディリーゼは箱の蓋を開け、半ば戸惑ったような表情を浮かべた。
「父親代わりにはならないだろうが、身内と等しい立場として、君の幸せを祝いたいと思っている。喜んでもらえればいいんだが」
「……もちろんです、ありがとうございます!」
 アディリーゼははにかみながらも笑顔で喜びを表してくれた。

「せっかくだ。発表も済ませてしまおう」
「はい」
 フェオレスとアディリーゼは手をしっかり握り合い、頷き合う。その姿は幸せそのもので……なんというか、ちょっと胸に迫るものがあった。
 俺はそんな憧憬にも似た気持ちを振り払うように、大声をあげる。

「みんな、ちょっといいか?」
 一度離れていたスメルスフォが、それを合図と受け取ったのか、こちらにやってくる。そうして娘の横に並び立った。
 その様子を見て、小さな子以外のほとんどが用件を察したらしい。どの顔も、その発表を切望していたと言わんばかりに輝いていた。
 彼女たちは俺たちを――いいや、長姉とその婚約者を、輪を描くように取り囲む。
 アディリーゼは最初に母と視線を合わせて頷き合い、それからフェオレスと見つめ合って頷き合った。
 フェオレスが励ますように、握りしめる手に力を込め――アディリーゼが勇気を振り絞るように、口を開いた。

「わ、私、フェオレス様と結婚するの! 私が成人する、その日に――」
 それが彼女の、精一杯のたどたどしい発表だった。
 だが、妹たちにとってはそれで十分だったらしい。
 続いて言葉を述べるはずだったフェオレスの声は、妹たちの祝辞によってかき消された。
「おめでとう、アディリーゼお姉様!」
「おめでとう!」
「おめでとう!」
「やっとなのね!」
「フェオレス様もおめでとう!」

 妹たちはその全身で祝賀を表すように、次々と長姉に抱きついている。
 俺は再び一人になった妹と並んで、少し離れた位置からその幸福に満ちた一団を眺める。

「お前はいいのか?」
「もうちょっと後でいいんですの」
 マーミルは幸せが伝染したかのような穏やかな表情でそう言うと、俺の手をぎゅっと握りしめてきた。
「幸せそうですわね……お二人とも」
「そうだな」
「私もいつか、あんな風に……」
 マーミル……相変わらず、お花畑だな。

 だが妹は急に夢から覚めたような表情を浮かべ、俺を仰ぎ見る。
「お……お兄さま……も、まさかそのうち……こんな発表を……?」
 はい?
「お、お相手は……お相手は……」
 俺はマーミルの頭をポンポンと叩く。
「残念ながら、今のところその予定はない」
 そう言うと、妹はあからさまにホッとしてみせた。

「ふっふん。もしかすると、私が誰かと結婚する方が早いかもしれませんわね!」
 マーミルは何を根拠にか、自信満々、どころか確定事項を予言するように、胸を張って力強くそう言った。
 さっきは心配でたまらないという態度だったくせに!
 俺は妹の頬をぎゅっと挟む。

「そういうことは、せめてあと四十年ほどたって、俺がまだ一人だった時に言うんだな」
「ぶー」
「マーミル! こっちへいらっしゃいよ!」
「一緒に踊りましょう」
 いつの間にかマストレーナたちは陽気な音楽にのって、長姉とその婚約者を輪に囲み、踊りに興じている。
「お兄さま」
「ああ、行っておいで」
 マーミルは輪に駆け寄り、踊りに加わった。
 無邪気なその姿を見ていると、いつまでもこのままなのじゃないかと思えるってのに。

「子供の成長というのは、思ったより早いものですわ」
 スメルスフォが俺の心中を察したような言葉をかけてくる。
「二年前にはまさかあのアディリーゼが、誰よりも早く運命の相手を見つけるだなんて、とても想像しておりませんでした。私も……あの人も……」
 運命の相手、か。普段はしっかりした肝っ玉母さんらしいスメルスフォも、内心はやっぱり夢見る乙女なのだろうか。

「一番に結婚するなら、シーナリーゼあたりだと思っていた?」
「ええ。そうですわね。でも、あの子は逆に……」
 スメルスフォは表情を曇らせた。
 なんだろう……シーナリーゼは逆に全く恋愛に興味を示さないとか、そういう感じなのだろうか。確かに彼女は強くなることに意欲的なようだ。〈修練所〉にも魔王様・プートと続けて通っているようなのだから。

「まあ、焦って相手を見つける必要も無いのじゃないかな。魔族は寿命も長いんだし」
「それは、強者の……認識ですわね」
 スメルスフォは口に出してからしまったとでも思ったのか、ためらいながら言葉を継いだ。俺はその込められた不安にあえて気づかないふりをする。
 子供が美しい娘ばかり二十五名、父もいないとなると不安になる気持ちもわかる。相手がフェオレスほどの強者でも、夫が大公でありながら奪爵された彼女にとって、副司令官という地位が安心感の裏付けにならないのは当然だ。

「お母さま、お母さまも一緒に!」
「ほら!」
「あらあら」
 母の元気がないのを察知してか、子供たちが次々とやってくる。そうして自分たちの輪に彼女を引き込もうと、数人がかりで引っ張っていった。

「お兄さま、お兄さまも一緒に!」
「……」
 俺は断固として拒否した。
 踊りが変だったからに他ならない。

  【家内安全編】 了
  次章【魔武具騒乱編】


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