恐怖大公の平穏な日常
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2 生意気なお子さまの正体
その子供の髪は漆黒で、瞳はベイルフォウスと同じ蒼銀。椅子に座って足が床についていないところを見ても、今のマーミルよりかなり幼いようだった。マーミルがだいたい五十歳くらいのはずだから、その半分……二、三十歳の間というところだろうか。
そのくせ、俺たちに対して命令口調だったように、その態度はどこか尊大だ。けれどなぜか、怒りはわいてこない。
だが、ベイルフォウスは違ったようだ。親友は部屋の中に駆け込むなり、いきなり子供に掴みかかったのだから。
「おい、ベイルフォウス。子供なんだから、勘弁してやれよ」
「兄貴……」
「は?」
いきなり何言ってるんだ、ベイルフォウスの奴。……いや、この黒髪、蒼みがかった銀の双眸……もしかして……。
「え、まさか魔王様の子供?」
俺は心底驚いて、ウィストベルを見る。
「いつの間に!」
しかしそういえば、二人の関係はついこの間まで秘されていたのだ。子供がいたとするなら、隠して育てていたとしても無理はないじゃないか。
そうか! 隠し子のことを明かすつもりで、ウィストベルは忠臣の俺と〝魔王様の弟〟であるベイルフォウスを呼びだしてきたのか。
でもそんな告白、急ぐ必要なんてどこにも――
「ジャーイル。まさか主は、この子が私と魔王陛下の御子だと考えておるのではないだろうな」
なぜかウィストベルから白い目を向けられた。
「え? そうだろ。だって、魔王様にどこか似てるし……」
「馬鹿をいうな、ジャーイル。これは兄貴だ!」
ベイルフォウスがまた訳のわからないことを言う。
「馬鹿を言ってるのはお前だ、ベイルフォウス。お前の兄上はこんなちんちくりんじゃないだろ」
それに、こんなちっちゃな魔力じゃないし。
これじゃあ今のマーミルより、ちょっと強いだけじゃないか。
「ほう、ちんちくりん……」
その子は精一杯、低い声を出してみたようだった。だが、声帯も育っていないので、大して迫力は無い。
「お父さんとお母さんが偉いからって、君までそんな無理に偉ぶらなくてもいいんだぞ」
俺は小児男子に対してにっこり笑って見せ、頭を撫でてやる。
だが、すぐに手を弾かれた。なんて生意気なお子様なんだ!
「……ジャーイル。ベイルフォウスが正しい」
ウィストベルが、ため息交じりにそういった。
「……は?」
「ほら見ろ、俺が兄貴を見間違うはずがないだろ!」
言うなり、ベイルフォウスくんは満面の笑みを浮かべて、がっしりとその子をかき抱いたではないか。
俺が頭を撫でた手は乱暴に弾いたというのに、今度は小児男子もされるがままになっている。
なに、この態度の差。
それもこれも、ベイルフォウスは叔父だから!
……いや、そんなことより、今、ウィストベルはなんて言った?
この偉そうな小児男子が〈魔王様〉だとか、言わなかったか?
「いやいやいや、だって……」
「信じがたいかもしれんが、確かに予は魔王ルデルフォウスだ」
「……は?」
俺は三人の顔を順に見る。ウィストベル、ベイルフォウス、魔王様を自称する子供……。
最後の人物を、じっくり観察した。
確かに、魔王様に似てる。むしろウィストベルの要素はない。全く。
それどころか、魔王様をちっさくしたらこんな感じかな、という外見ではある。
でも、そんな馬鹿な……。あの魔王様が、この目の前の子供に?
まさか……これは、あれか!
三人で共謀して、俺をからかっているとか、そういう流れか。
ここで信じてしまうと、「やーい、引っかかったー。実は二人の子供でしたー」とか言われるんだな? そうに違いない!
「その手には乗らないからな!」
俺は見破ってやったぞ、と得意げに言い放つ。
「ベイル、そろそろ離してくれないか? やや苦しいのだが……」
「ああ、すまん、兄貴」
ベイルフォウスの芝居も堂に入っている。
よほど俺を騙したいらしい。
小児男子は叔父さんの抱擁から自由になると、つかつかと俺に歩み寄ってきた。そうして手を伸ばして俺のシャツを掴み、自分に引き寄せるように、ぐいっと引っ張ってきたのだ。
「初めて会ったとき、お前は土下座を披露したのだったな。予がウィストベルの太ももを……かき抱いているところを目撃し、何も見ていない、と」
弟に聞こえないようにするためか、小児男子は小声で、しかも若干恥じらっているような様子を見せて囁いた。
「まさか本当に魔王様!?」
いや、でも二人の子供だったとしたら、その話を聞かされてたとしても……でも子供にそんなことまで言うだろうか!? 言ってたとしたら、逆に非道いじゃないか!
我が子の教育をどう考えているんですか、と両親に意見してやらねば!
「ことは急を要するといったはず。お主の理解を待っている暇はないのじゃ。見るがよい」
けだるげに身を起こしたウィストベルは、机に置かれた一枚の紙を指さす。
その、どこか古びた厚い紙には、武器らしきものの絵が描かれていた。
中央に穴が穿たれた姿は、どこかウルムドに似ている。ただ、かの武器と大きく違い、それの外縁は完全な円にはなっていない。
こちらは一目見て武器と知れる形状――鎌のように鋭い刃が、外縁を四等分に分っているのだった。
それに、大きさだ。
ここに実物があるとしたら、その全長もウルムドとは段違いに違うはず。あちらはせいぜい、最大でも三〇センチほどだが、この武器の大きさたるやその倍、直径で六十センチ前後になるのだ。
その名は――
「ファイヴォルじゃねえか」
魔族には数少ない武器愛好家であるベイルフォウスが、その描かれた武器一般の名を呼ばわった。
「ただの、ではない。魔武具……かつて武器製造人として高名であった、ガルマロスの造ったガルムシェルトと呼ばれる魔武具の一つ、ファイヴォルガルムじゃ」
他の魔族ならいざ知らず、聞いているのが俺とベイルフォウスなのだから、その造り手の名に聞き覚えがないと言うはずがない。
ウィストベルの言うとおり、ガルマロスは魔族の武器製造人――ちなみに、人間たちは武器職人とか呼ぶらしい――として、高名なうちの一人だ。
そもそも、魔族で武器を造ろう、などと思う者自体、少数なのは言うまでもない。
魔族全体の傾向として、武器自体にほとんど興味がないからだ。
だから魔武具の造り手であっても、武器製造に携わる者は、圧倒的に人間が多数だった。彼らは自身がひ弱で物に頼るしか術がないためかもしれないが、強力な武器を造るのに命させ賭すのだ。
だが、魔族にだって、武器製造人が全く存在しないわけでもない。
そのほとんどはどういう訳か無爵で、ガルマロスもその例に漏れてはいなかった。そして、今はすでに亡くなっていると聞く。
造る武器は強くても、人間同様、自身は弱かったからだ。
しかし特殊魔術でもあったらしく、彼の造る武器はほぼ全てが特別な力を持った魔武具となったという。
ただ、その中で――
「ガルムシェルトなら聞いたことがある。だが、俺が知っている話では、最後に造ったその一連の武器だけ魔武具にならなかった、というか、普通の武器になったので、逆に他と区別するために〈ガルムシェルト〉と名付けられた、とかいうことだったはず」
俺が知るガルムシェルトも、ベイルフォウスの言うとおり、何の力も無い武器のことだった。
ウルムドとエルダーとファイヴォルと呼ばれる、三つの投擲武器。その全てが無力であったため、彼の職人はその特殊能力を失ったと言われている。
「ああ、そのとおり。多くの認識ではそうであろう。その魔武具としての能力が、かなり特殊なためにそう誤解されているのじゃ。それが故に、魔族には珍しい武具収集家にとってもつまらぬ物と見なされ、その存在は無視されてきた。おかげで今もまだ世にあるはずの、三つの投擲武器、全てが行方不明の状態じゃ。じゃが、ガルムシェルトがただの武器でないことは、その目で実物を確かめればわかるはず」
ウィストベルが意味ありげな視線をよこす。
どう考えても、最後のは俺にだけ向けられた言葉だった。つまり、お前の目で見れば一目瞭然だろう、と、彼女はいうのだ。
ウィストベルも見たことがあるのだろうか、実物を。
それにしたって、俺の目のことは魔王様にはもうバレているだろうからいいとして、ベイルフォウスは不審に思わなかっただろうか?
ちらりと親友の様子を探ってみたが、何かひっかかっているという雰囲気でもない。
まあ、ベイルフォウスのことだ。知っていて、知らないフリをしている可能性もあるが……。
「つまり特殊な能力ってのは、今の兄貴のように……ファイヴォルガルムに触れた者を若返らせる、というようなものだってのか?」
単にお兄さんのことで頭がいっぱいだという可能性もある。
「それが能力なら、ガルムシェルトはすぐに魔武具と世に知れたであろう」
もっともだ。特にロリコン・ショタコンが放っておかないに違いない。なんならあの、ロリコン候が所有していたっておかしくなかったろう。
「このファイヴォルガルムには、攻撃された者の魔力を奪い取り、攻撃した者に与える能力があるのじゃ」
「なんだと!?」
ベイルフォウスは驚愕の瞳で小魔王様――その説明で、さすがに俺も子供が魔王様だと納得した――を見た。
そうか。俺とウィストベル以外はその魔力のことまでわからないから、ベイルフォウスは兄の姿だけが変わったと思っていたんだな。
っていうか、結構な事態だけど、サラッと受け入れてたんだな、ベイルフォウス!
「兄貴、攻撃を受けたのか?」
「……そうだ」
「単に挑戦されたんじゃなくて、その武器で負傷した、ってことですよね? ってことは、相当強い相手っ……ん?」
攻撃を受けて、こうなった? まさか!
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