古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

3 災厄のガルムシェルト、なんて格好付けて言ってみる


「魔王奪位!?」
 俺とベイルフォウスの声が重なる。
 ウィストベルの雰囲気が、一気に冷え冷えとするものに変わった。
 ベイルフォウスはどうだかしらないが、久々に俺はヒュンとなっている。

「いいや、奪位の挑戦は受けておらぬ。そうなっておれば、むしろ問題は解決していたであろう」
 ……うん、聞かないけど、多分ウィストベルが相手を殺ってただろうってことなんだろうな……聞かないけど。

「けどそれでなぜ、若返るんだ? 逆にそっちが不思議なんだけど」
「まず、ファイヴォルガルムという武器は――」
「そんなことより、兄貴の状態の説明をしてくれ!」
 初めて見る、ベイルフォウスの心細げな表情だった。吐き出すような声すら、切羽詰まっている。
 最愛の兄の身に不可解なことが起きている、それも、弱体化を伴う要件、とあって、さすがに平静ではいられないのだろう。

「そのために、ファイヴォルガルムの説明が必要なのじゃ」
 ウィストベルの声にも苛立ちが大きくなる。
 二人の間に一瞬、不穏な空気が流れかけた。

「ベイルフォウス。ウィストベルの言うとおりだ。今回のことは私の落ち度以外のなにものでもない。お前が怒るのも無理はないが、こらえてくれ」
 敬愛する兄の言葉がきいたのか、ベイルフォウスは大きなため息を一つつくと、長椅子に乱暴に座る。俺もその隣に腰掛けた。

「ファイヴォルガルムは男爵位につけるような有爵者が持ったところで、ただの他愛のない武器止まりじゃ。それこそ、切れ味が同種の他に比べて格段いいわけでなし、魔族に特に効力があるわけでもなし、魔武具と思われることもないであろう」
 ウィストベルが淡々と語る。
 実際、その内容の通り、ガルムシェルトを認知するわずかな魔族たちも、それを普通の武器だと信じているだろう。

「これは、〝無爵のごとき弱者〟が持ったときにだけ、その能力を発揮させるのじゃ。弱者からの攻撃が強者を傷つけたその時、両者の差の分だけ、強者から魔力を奪い取って弱者に受け渡す。そして、魔力を奪われた者は、残った魔力にふさわしい姿……つまり、かつて自分がその魔力であった頃の姿に戻るのじゃ」
 つまり、若返りはむしろ副作用的な効果ということか。

「待ってくれ。だったら兄貴は、まさか無爵の奴に攻撃されて、怪我をしたっていうのか」
「その通りだ」
 そう言って小魔王様は小さな手のひらを、俺とベイルフォウスに向けてきた。
 親指と人差し指の間に、かすかな裂傷が認められる。
 おそらく、ファイヴォルガルムを受けようとして、とっさに手を出し、傷ついたのだろう。

「今の話だと、襲ってきた相手はもともとは、この、ちびっ子魔王様と同じくらいの魔力量しか持っていなかったってことだよな。それが今では、かつての魔王様と同じ魔力の強さになっている、と。うわ……反則的だな。俺でも勝てないじゃないか」
「その通りだ」
 普段なら絶対に俺の言い回しについてツッコミを入れてくるだろうに、今日は本当にとことん気力が無いのか、小魔王様は大人しく頷く。

「兄貴ともあろう者が、無爵を相手に遅れをとったってのか」
「返す言葉もない」
 弟が兄を責めるように言うのを、俺はこの兄弟と出会って初めて耳にした。
 ベイルフォウスにとって、兄の強さはそれだけ揺るぎないものだったのだろう。

 確かに、魔王様の強さは七大大公の誰と比べても飛び抜けている。だがそれでも、さらにそれを圧倒的に上回るウィストベルの強さを常々思い知らされている俺としては、魔王様の魔力における絶対的優位を、ベイルフォウスほど妄信することはできなかった。
 だいたい、ちょっとしたかすり傷だよ? 別にザックリやられたってわけじゃないし。そのくらい、誰でももらうだろう。

「魔王陛下ばかりを責められはせぬ。一緒にいた私も、同様にその攻撃を感知できなかったのじゃ」
 ウィストベルも、だって?
「二人が気づかなかったということは、相手に殺気がなかったということなんだろうか?」
「これだけのことをしておいて、か」
「魔力を奪うだけのつもりなら、殺気がなくてもおかしくはないんじゃないかな」

 それでも、弱者ならこんな大それたことをしでかすのに、緊張しないわけはない。その気配を二人ともに察知できなかった、というのも不自然といえば不自然だが。
 無爵なのに、肝だけは据わっているということなのだろうか。
 ……いや、待てよ。
 無爵のごとき弱者――というなら、当てはまる存在が魔族以外にもいる。
 人間だ。
 だが人間では、魔王様がいる場所まで、無事に侵入できるはずがない。その線はないだろう。
 しかし、たとえ誰だったにせよ――

「相手にたとえ殺気がなくても、魔王様の魔力を奪った相手なら、見つけるのは簡単だったはずだ」
 そうとも。
 仮に周囲に何人もいたとして、ウィストベルがその目で見れば、一目瞭然だろうに。

「陛下に傷を負わせたファイヴォルガルムは、すぐに投擲者の元に返ったと思われる。そしてその武器を手にしたその時、その者は魔力の簒奪者となったのじゃろう。同時に、陛下もこの姿に変じたのじゃ。だがその時、周囲には誰もおらなんだ。少なくとも、視認できる範囲にはの」
「そうはいうが、見逃しただけじゃないのか」
「それはない。見通しのよい場所におったのじゃ」
「一体どこにいたんだ」
「それは……!」
「陛下専用の露天風呂じゃ。敷地は広いが、隠れるところなど、どこにもない」

 小魔王様の焦りなど何一つ気にした風もなく、ウィストベルはきっぱりと言ってのける。
 ああ、なんか……うん。
 そりゃあ魔王様だって、ちょっとくらい油断しても仕方ないよね。
 さすがになんだか、同情心が沸いた。
 しかしちょっと待てよ。ってことは……ってことは、だ。そいつはつまり、魔王様だけじゃなく、ウィストベルの全裸もバッチリ目撃したと……。

「じゃあ、見えないほど遠くから狙われたってことか? こいつは投擲武器だよな?」
 動じないな、ベイルフォウス!
「わからぬ」
「わからねぇ、だと? 武器が持ち主の元に返ったってんなら、せめてその軌道を追えただろうが」
「見えればもちろん、追った。実際に、魔術を放ってそのものを捉えようとしたのじゃ」
「見えないってのは投擲速度が速すぎて……という意味で?」

 俺の質問に、ウィストベルは首を左右に振って応える。
「いいや。比喩などではなく、ほんとにその姿自体が見えなかったのじゃ。まるで此の世に存在せぬようにの」
 その苦々しい思いが、顰めた眉から察せられた。

「ファイヴォルガルムが見えたのは、陛下がイヤな気配に気づいてとっさに出した手に、それが触れた一瞬のみ。そして私の魔術でも、そのものを捕捉することはできなかった」
「つまり、ファイヴォルガルムそのものが、全く消えて見えなかったと……透明になっていた、とでも?」
「そうとしか思いようがない」
 その本体、そのものの姿形を消す能力……。

「それもファイヴォルガルムの特殊能力なんですか?」
「いいや、聞いたことがない」
 ということは、投擲者の特殊能力、あるいは特別な呪詛か何かの存在が考えられるわけか。
「とどのつまり、見失ったんだな。魔王と大公が揃って」

 ベイルフォウスの追求は、全く容赦がなかった。その全身から、炎が立ち上るのが見えるような苛烈さを含んでいる。
 だが、ウィストベルが見えなかったのなら、俺も見えるはずがない。その魔術が通じなかったのなら、誰の魔術も通じるはずなどないではないか。
 もっとも、その武器の姿が捉えられなかったというのは、単にウィストベルの魔術の展開速度が、ファイヴォルガルムの飛翔速度に追いつけなかっただけ、という可能性もある。

 それにしたって、なんか二人とも、怖いんだけど。
 大事な魔王様のことだからっていうのはわかるんだけど、さっきからウィストベルもベイルフォウスも、まるで自分たちがケンカしているみたいな雰囲気をかもしだしてるんだけど。
 席を外したい気分になってくるんだけど。
 っていうか、役に立ちそうにない俺は、帰っていいだろうか。


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