古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

13 魔族は急な滞在の申し出も、断らないのです


 翌朝も司書室に付随のテラスで、小魔王様とミディリースと俺、三人で朝食をとった。
 小魔王様はともかく、なぜミディリースも、だって?
 昨日と同じく、朝早くからやってきたのかって?

  うん……実はミディリースは、あれからちゃんと目を覚ましはしたのだが、変な時間に一度寝てしまって、帰るのが面倒くさくなったんだろう。
「泊まっていってもいいですか?」と聞いてきたのだ。
 雇い人とはいえ、魔族の大公たる俺が、突然の宿泊客を断る理由はない。
 心中では「子供か!」と突っ込んでいたとしても。

 その結果、「ミディリースとおとまり!」と喜んだ小魔王様が、長椅子を一つ明け渡し、二人はちょっと離したベッドに仲良く横になり、一夜を共に過ごしたのだった。
 ちなみに中身があれだから、二人きりでも気にせず放っておいた。

「今日も泊まっていきなよ。また、寝る前に奪爵ゲームして遊ぼうよ!」
「魔王様ったら、途中で寝ちゃったじゃないですか」
「今日は寝ないから……約束するから!」
「そうですね、考えておきます」

 ……小魔王様、ミディリースに懐きすぎじゃないか?
 ミディリースは小魔王様のことを「魔王様」と呼んでいるくせに、扱いは完全に見た目通りお子さまに対するそれだ。
 まあ……今となっては口調もすっかり子供そのものになっているし、気持ちはわかる。

 でも、ほら、ミディリース。明日は〈大公会議〉の日だよ? ウィストベルがやってくるよ?
 ウィストベルの前でも、やっぱり小魔王様はこのままなのだろうか。それとも、もうちょっとピシッと格好つけたりするのだろうか。

「……で、昨日の奪爵ゲームはどっちが勝ったんです?」
「ボク!」
 小魔王様は手をピンと伸ばし、目を輝かせながら立ち上がる。
「四戦四敗です。魔王様、小さいのにお強いです」
「えへへへへ」
 勝負にならなかったらしい。
 言葉遣いと表現方法は幼くなっても、記憶と思考能力はかつてのままのようだ。

「でも、ミディリースもなかなか強かったけど……」
 小魔王様は俺を上目遣いで見てくる。しかも、ちょっとモジモジしながら……。
「トイレ行きたいなら、我慢しなくていいですよ」
「違うよ!」

 違うのか。なんだろう……まさか、俺ともゲームをしたいというのだろうか。またコテンパンに負けてもいいのだろうか。
 今の小魔王様なら、絶対に泣くだろう。

「ジャーイルとも……一緒に遊びたいな……」
 うっわ。さっきからモジモジしすぎじゃないか?
 この性格で、どうしてああ育ったんだ、魔王様!
 いくら子供とはいえ、もうちょっとシャッキリしようよ、小魔王様!

「魔王様が大人になったら、またやりましょうねー」
「じゃあ、もうすぐだね!」
 ……そうだといいけどな。
 だいたい、大人に戻った魔王様は、俺との勝負なんて避けると思うのだが。

 事態の深刻さに反し、そんな長閑な朝食をすませた俺は、今日も謁見を中止し、昨日と同じ広間に向かった。
 そこで目にしたのは、山のような二種類の武器を前に、がっくりと床に手をついてうなだれるジブライールと、それに困惑し、オロオロしきりのキミーワヌスの姿だった。

「……えっと……?」
「閣下……申し訳ありません。見つけられませんでした」
 ジブライールが、震える声でそう言った。

「で、でも旦那様、ジブライール副司令官は、これだけのファイヴォルとエルダーを集めてこられたんですよ。昨日から見ていた私の記憶の中で、一番多い量です。しかもどれもピカピカの!」
 キミーワヌスが必死に取りなしてくる。
 うなだれる彼女の前には、確かにファイヴォルとエルダーの小山が築かれている。しかもキミーワヌスのいうとおり、ほんとにどれもピカピカだ。
 もしかして、全部磨いたのか、ジブライール。

「ですからその中に魔武具がないからといって、そんなに落ち込まれなくても……」
 キミーワヌスはジブライールに同情的だ。
 彼をはじめ、明日の〈大公会議〉の開催を知る我が城の家臣たちは、俺がファイヴォルとエルダーの〝魔武具〟を集めていると信じている。
 それでもわざわざ「魔武具を持ってこい」と命じなかったのは、そもそも魔族の大多数にその判別ができないからだと考えているのだ。

 ちなみに、理由についてはどうでもいいらしい。城主の気まぐれとでも捉えられているようだ。
 もっとも、俺が武器を集める、というのは自分自身が考える以上に、理由など言わなくとも納得されやすいらしい。
 しかも、一方的な命令をなんだか喜ばれている節さえある。
「大公閣下らしくおなりになって……」とか、イースに涙ぐまれたりもした。
 俺としては結構心外なのだが。

「キミーワヌスの言うとおりだ、ジブライール。例の魔武具かどうかは問題じゃない」
 キミーワヌスは「魔武具がなくても」と言ったが、実際にはジブライールの集めてきたものの中には、魔武具も数点、混じっている。
 ただ、ガルムシェルトではないというだけだ。

「頑張って集めてわざわざ持ってきてくれた。それだけで十分だよ」
 ジブライールは真相を知っているんだから、ガルムシェルト以外届けても仕方ないとわかっているはずだ。それでもこれだけの数を必死で集めて、無駄を承知で持ってきてくれた。しかも、ピカピカに磨きまでして。

「せめて……」
 ジブライールはそろそろと体を起こし、膝は床についたまま、両手を胸の前で組んで見上げてきた。
 一時うちの妹がよくやっていた、「お兄さま、お願い」のポーズを思い出すではないか。

「せめて、お忙しい閣下の代わりに、ここでの検分をお任せいただけないでしょうか。特長なら存じておりますし、絶対に見逃しません!」
 いや、まあ、見逃してもここにあるのなら、最終的には俺が見つけられるだろうから、いいんだけど。
「旦那様! ジブライール公爵の真摯なお気持ちに、不肖このわたくし、キミーワヌスめの心も震えました! ジブライール閣下に加勢いたします!」
 なぜか、キミーワヌスまでジブライールと並んで膝をつき、俺を見上げてきた。
 全然、萌えない。止めて欲しい。

「まあ、そこまで言ってくれるのなら、後はジブライールに任せるよ」
「っ、はいっ!」
 ジブライールの手を取り、立ち上がらせる。キミーワヌスは……自分で立って欲しい。

「例の魔武具が見つかったら、念のためすぐ呼んでくれ」
「はい。心得ております」
「それから、ティムレ伯がやって来たときも、そのまま帰さず俺に連絡をくれ」

 言っておくが、構って欲しいとかいう幼稚な理由からじゃない。
 なにせ、元々のウルムドガルムの持ち主は、ティムレ伯だ。参考までに、話を聞きたいじゃないか。
 だが今に至るまで、軍団長たる彼女はまだ大公城にやってきていなかった。
 一生懸命探してくれているからだと、信じたい……。

「……ティムレ軍団長……ですか……」
 喜びに輝いていたジブライールの瞳が、なぜかその一瞬で曇ったように見えた。

「元々あのウルムドが、彼女のものだったことはジブライールも知っているだろう?」
「ええ……そういえば、そうでしたね!」
 今度はホッとしたようだ。
 これってどういう反応なんだろう……いや、まさか。

「……もしかして、ジブライール。俺とティムレ伯が男女の仲にあるとか疑ってるわけじゃないよな?」
「……閣下がかつて、彼女の配下にいらしたことは、存じております。だから、他の軍団長は呼び捨てなのに、彼女だけティムレ伯と呼ばれるのも、仕方ないことだと……」
 お? そういえば、そうかもしれない。
「でも、あの……」
 でも? え? 今「でも」って言った?
 冗談のつもりだったのに、強ばった表情でうつむかれたんだけど。
 嘘だろ……おい。

「閣下は彼女とお話しになるとき、いつもなんていうか……とても嬉しそうですし……ロムレイド大公の例もございますし」
「うん、ジブライール、ちょっと待とう!」
 母がデヴィル族でさえない、かなり特殊な例を参考にされても! せめて、普通のデーモン・デヴィルの例を出して欲しい!

「そりゃあ俺は、ティムレ伯のことは結構」ほんとのところ、かなり――「好きだが、それはあくまで同じ魔族……同族として大きな括りの中で〝好き〟なのであって、異性……女性としてでは断じてない! だいたい俺、ベイルフォウスと違って、デーモン族の女性しか無理だから!」
「ほ……本当にそうなのでしょうか?」
 えええ!?
 本当にそうって、どういう意味!?

「手とか耳とか……よく、触られてますよね……」
 いや、よくっていうわけでもないけど! そんなに触らせてくれないけど!
「好きな人には誰だって、触れたい、触れられたいもの……です……」
 ジブライールは手をワキワキ握りしめだした。
 えっと……つまり今、ジブライールもそういう気持ちに?

「本当に、デヴィル族には興味がないとおっしゃるなら……」
 お、おう。
「しょ、証明してみせてください……い、今ここで……」
「は?」
 え、なに? なにこの無茶ぶり。
「今ここで、何をどう証明しろって?」
「つ、つまり……つまり、私を……」

 俺を見上げていた葵色の瞳が伏せられ、頬にサッと朱が走り、どこからかうっすらと、覚えのあるいい匂いが漂ってくる。
 そんな急に恥じらわれても!
 俺にどうしろと!

「えっと、じゃあ……やっぱり質問します」
「え? あ、うん……」
 どうやら方向転換があったらしい。
「昨日の私……どう、でしたか?」
 昨日のジブライール?
 どうって……まあ、可愛かったが……。
「俺、ロリコンじゃないんだが」
 デヴィル愛疑惑の次はロリコン疑惑!?

「そうじゃなくて、あの、その後……」
 その後? ……ああ、戻ったときのことか。
「ごめん、質問の意図が分からない……」
「つまりその……閣下は寝床につかれてから、私の下着姿を思い出されて……その……」
 自分が一体なにを口走っているのか、わかってるのか、ジブライール!
 俺に何を答えろって言うんだ、ジブライール!

 今、この広間には俺と彼女がいるだけではないというのに!
 キミーワヌスと宝物庫職員と記録官が、俺たちのやりとりを目撃しているということを、ジブライールは失念しているに違いない。
 いや、二人きりでも今の質問には絶対答えないけど!

 俺は助けを求めるように三人を見た。そうだとも。
 だが、あろうことか俺と目が合うや、キミーワヌスは視線をそらし、道連れとばかりに他二人の腕を引っ張って後ろを向かせたのだ。

「あー、次、そろそろ誰か、持ってきませんかね~」
 いや、そんな気遣い、いらないから!
 だが、いっそチャンスだ。
 みんな俺を見ていないのだから、いなくなったっていいはずだ!

 俺は忍び足で広間から退室した。


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