古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

12 おや? ちびっ子魔王様の様子が……


 俺と魔王様とミディリースは、夜は図書館二階の読書机の片隅で、食事を取りながら今日の成果を報告し合うことにした。

「すみませんね、夜もこんな簡単な食事で。なにせ、俺とミディリースが調べ物をしながらつまむ軽食、という風に頼んであるので」
 給仕がいないので、夕食とはいえコース料理ではない。
 まさか料理人たちだって、魔王様が食べるとは思ってもいまいし、贅沢でもなかった。

 とはいえ、バスケットにはちゃんと酒も入っているし、量は多く、栄養のバランスも考えられている。そして当然、味は美味いにきまっている。

「これで十分だ」
 それはそうだろう。体も小さいし、そんなに食べられないだろうし。
 ミディリースと一日中一緒だったせいで影響されたのか、小魔王様の雰囲気が随分柔らかい。
 おいしそうにジュースを飲み、野菜と肉の挟まったサンドイッチを食べている。
 口の周りをソースで汚している姿は、どこからどう見ても、ただのちびっ子だ。

「あ、ほら、魔王様」
 それを紙ナプキンで拭いてやるミディリースは、どこからどう見ても、面倒見のいいお姉さんだった。
 ……待てよ。傍から見たら、俺が二人のお父さんに見えたりしないだろうな……。
 いいや、まさか!

「ところで、ガルマロスはもともとネズミ大公の配下だったそうだが、ミディリース知ってたか?」
 そうとも。なにせミディリースは、六百年ほどこの城に引きこもっているのだ。ヴォーグリムが大公になったのは、確か魔王様が魔王位につく直前、先の魔王の晩年のはず。
 だが、彼女は首を左右に振った。

「知らない、です。私……図書館から出たことない……」
 だよね! 侍女に顔見知りがいる風だったのも、あっちから訪ねてくるばかりだったそうだしね!
「魔族の武器製造人の伝記は、ガルマロスが登場する前の時代のものだし」
 えっ。武器製造人の伝記?
 そんな本があるのか……魔王だとか大公だとか、高位の者の伝記っぽいものなら、読んだことはあるのだが。
 面白そうだから、今度借りてみよう。

「エンディオンさんなら知ってるんじゃないです?」
 よく言ってくれた、ミディリース!
「ああ、俺もそう思う。だから聞いてみようとは思ってるんだよ」
 ちらり、と、小魔王様を見てみる。
 ほら、小魔王様。〝エンディオンならきっと知ってる〟んですよ!
 だがちびっ子は、食事に夢中だ。

「聞いてます? 魔王様」
「き、聞いてるよ」
 ……。
 ……うん?
 聞いてる『よ』?

「……食事、おいしいですか?」
「うん、おいしい!」
『うん、おいしい! にぱー』だと!?

「冗談やめてください、小魔王様」
「冗談? だって、ほんとうにおいしいよ。冗談なんて言ってないよ」
 ……。
 …………?

「おい、ミディリース。なんだこの魔王様」
 俺は司書にこっそり耳打ちした。
「え? なにが?」
「君が言ったのか? 外見に合わせた言葉遣いをしろって……」
「え? 言ってないですよ?」
「ならなんで、しゃべり方がこんな子供なんだ」
 小魔王様って呼んでも怒らないし! 蹴ってこないし!

「いつもこうじゃないんです?」
 えー。
「魔王様だぞ! もっと偉そうに喋るだろう! 昨日だってそうだったろう?」
 俺は思わず机を叩いてしまう。

「え、てっきり警戒心が解かれたせいかと……」
「ボク、そんなに偉そうにしないよ!」
 ボ ク !?
 今、ボクって言ったか?
 ……おい、まさか……。

「ボク、自分のお名前、わかるかな?」
 一応、確認だ。
「ボク、ルーくん。父上はユーくんで、母上はファルファルっていうの。弟はベールだよ」

 魔王様ってちっさい頃は自分のことルーくんって呼んでたのか! ……じゃなくて!
 魔王様の脳内子供化、ヒドくなってる!

「おい、ミディリース! 今のを聞いたか!」
「えぇ……さっきまではここまでじゃ……」
 ミディリースは困惑の表情を浮かべている。
 ちょっと待て。
 ちょっと待て。

「ボク、お年はいくつかな?」
「うんと……たぶん、七百さいくらい!」
 一応、記憶は無事なようだ。
 それにしても……。

「俺に映像記憶の能力があったらなぁ!! そうしたら、元に戻った魔王様に見せてやれるのに! 絶対、恥ずかしがるに決まってるのに!」
「閣下……」
 素直な気持ちを口にしたら、なぜかミディリースから冷え冷えとした視線を向けられた。

 こちらの気持ちなどおかまいなしに、小魔王様はコップを両手で持ち、ジュースをぐびぐび飲むと、ぷはーっと息を吐く。
「こないだの、お誕生日会も、楽しかったねぇ! またやってよ、ジャーイル」
 お誕生日会ってサーリスヴォルフのところの双子のじゃなく、自分の在位祭のことか?
 誕生日とは関係ないのに!
 楽しかったんだ……またやって欲しいと思うくらい!
 ああ、ホントに映像記憶の能力が欲しい!

「三百年後に、またしましょうね」
 やばい……そろそろ笑いがこらえられなくなってきた。
「笑い事じゃないですよ、閣下! もしこのまま魔王様が元に戻らなかったら、どうするです!」
「最悪、リリアニースタに育ててもらうか。喜んで引き取ってくれるそうだから」
「もう、閣下!」
 震える肩を弱々しい力で叩かれ、怒られた。

 まあ、確かにそうだ。
 このままファイヴォルガルムが見つからなければ、その心配は冗談ではすまない。
 だが「どうしても」というのなら、実は方法がないわけではないんだよな。
 なにせここには、〝弱者が持った時にのみ、その能力を発揮する〟もう一つのガルムシェルト、ウルムドガルムがあるのだ。
 もっともその解決方法には、必ず一名の犠牲がつきまとう。それも、強者の。

 ……うーん……。

「試しに、ウルムドガルムで俺のこと、傷つけてみますか、魔王様」
「何言ってるんです、閣下!」
 ミディリースが青ざめ、机を叩いて立ち上がる。
「馬鹿なこと言わないでください! 閣下まで子供に戻るだなんて!」
「俺までって、俺がそうなったら逆に魔王様は元に戻るんだから、また新しい大公を任命してくれるだろう」
 そう言ってから、間違いに気がついた。

「あ、いや待てよ。俺の魔力じゃ元の魔王様まで戻るには足らないか……その場合どうなるんだろう? でもさすがに成人はしてるはずだし、そもそも魔力の過多なんてバレないはずだから、うまくごまかせるかも……」
「閣下、冗談はやめて!」
 ミディリースはもう一度、悲鳴のように叫んでテーブルを叩いた。

「閣下が子供に戻っちゃったら、私……私たち、この大公城の住人は、この大公領の領民は、どうなると思ってるんですか!」
 ミディリースが涙目になっている。やばい。ホントに冗談が過ぎたようだ。

「ごめん、ミディリース。そんなことしないから、泣かないでくれ」
「なっ、泣いてないっ」
 ミディリースは今度は机に突っ伏した。
「ジャーイル、女の子を泣かせちゃダメだぞ! めっ!」
 幼い魔王様は俺に向かって眉を逆立てると、一転、優しげにミディリースの頭を撫でる。

 正直なところ、まさかそこまで本気にされるとは思ってなかったんだ、とは空気を読んで言わないことにした。実際、ミディリースが俺のことをそんなに買っていてくれているとは思ってもいなかったし。

 それに――実はやってみたところで、何も変わりはしないだろう、とも思っている。
 なぜって、ガルムシェルトの能力を聞いてて思ったんだが、ガルムシェルトが強者からその魔力を奪うには、奪われる者がかつてその弱者と同じ弱さだった時期がなければいけないということじゃないか?

 俺、今の魔王様ほど弱かったことって、一度もないもん。
 もっとも、さすがに赤ん坊のときはどうだったかわからないから、その位まで戻ってしまっては、さすがにまずいが。
 万一、それ以前だと、しゃれにならない!

「えっと……それで、二人の方は何かわかったか?」
 つとめて明るく言ってみたが、ミディリースは顔をあげなかった。
 そこまでショックを受けてくれてるだなんて……!
 ちょっと感動しかけた、その時だ。
「ぐー」

 明らかなイビ……ささやかな寝息が、ミディリースの方から聞こえてきたのだった。
「あ、あの……」
 なぜか、上目遣いになる小魔王様。
「きょう、早起きしたっていってたし……」
 なぜか、俺に気を遣うように言う小魔王様。

 まあ、確かにな。
 ダァルリースが俺に思わず愚痴を言うくらい、動きたがらないミディリースが、朝からせっせと徒歩で通ってきたんだもんな。それも、魔王様の服をリュックに詰め込んで。
 それは疲れるだろう。そうとも、大きな寝息だって、普段ならかかないに違いない。

「あの……許してあげて?」
 ミディリースをかばうように隣に立ちながら、こちらを上目遣いで見上げてくる小魔王様。
「大丈夫、怒ってませんよ」

 試しに頭を撫でてみる。
 すると、昨日までなら考えられないことに、なんと成功したのだ!
 それどころか、小魔王様は照れた様子で「えへへ」などと言いながら、嬉しそうに笑って返したのだから!
 中身がちょっぴり大人よりなのと、完全に近いほど子供に添っているのと……反応がこれほど違うとは。
 これはこれで確かに可愛いが……ちょっと後が怖いな。


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