古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

15 もう一度、現状を把握しましょう


「ボク、ルーくん。父上はユーくんで、母上はファルファルっていうの。弟はベールだよ」
 その発言自体は、確かに昨日と同じだった。
 なぜ、改めてこんな確認をしたかというと――

 ミディリースと二人で姿の見えない小魔王様を捜し、見つけた場所が子供向けの本が置いてある一角だったからだ。
 そこで小魔王様は薄く大きな地図本を膝に乗せ、それとは別の大きな絵本に、一心不乱にかじりついていた。まるで本物の子供のように――

「お年はいくつかな?」
 念のため、続いて年齢を聞いてみる。
「えっと……わかんない。ベールが生まれたばっかりだから、ボクもそんなに大きくないとおもう」
 なんだと! 昨日と答えが違う!

 弟が生まれたばっかりって……。
 あなたの弟、六百歳以上になりますから!
 俺の倍以上の年ですから!
 なんだったらうちの死んだ両親より年上ですから!
 ミディリースより……あれ? それはミディリースの方が年上じゃないか?
 あれ? ひょっとすると、もしかして、魔王様と比べても、ミディリースの方が……。

「閣下、これ、どういうこと……です?」
 そんな年上のお姉さん、ミディリースも不安を感じたのか、俺の服の裾を握ってくる。年上らしさは全然無い。皆無だ。
「魔王様。もちろん俺のこと、分かりますよね?」
「わ、私のことは? 魔王様」
 群がる俺たちに、小魔王様は大変可愛らしくにっこり笑って無邪気に言った。
「しらない!」
 おい……!

「冗談は止めて下さい。ホントは俺のこと、わかってるんでしょ? からかってるだけですよね?」
 そうであってくれ!
 だが、小魔王様は首を傾げるのだ。
「ここ、どこ? おじちゃんのおうち? ご本しかないね。変な人?」
 おい!
 中身も子供になったっぽいくせに、結構失礼だった! 二重に失礼だった!

「お姉ちゃんは、おじちゃんの子供?」
 三重に失礼だった!
「いえ、お姉ちゃんは、違いますよ。おじちゃんとは親子じゃないですよ」
 ミディリース! つられて「おじちゃん」呼びはないだろう! 自分の方がだいぶ年上のくせに!

「ねえ、閣下。つまり魔王様、中身も子供になっちゃった、です?」
「なっちゃった……みたいだな」
「記憶、なくなっちゃった、です?」
「なくなっちゃった……みたいだな」
 俺とミディリースは困惑の視線を見合わせた。

「さすがにやばい……」
 どうする、これ。
「よ……予想外?」
「予想外だ、もちろん」
 だってそもそも、ガルムシェルトが魔武具だってことすら、俺もベイルフォウスも知らなかったもん!
 子供になるだけでビックリなのに、中身までとか!

「ウィストベル……」
 彼女はこのことを知っていたのか? 外見だけでなく、いずれ中身も子供に戻るということを。
 だが、知っていたらさすがに教えておいてくれるのではないだろうか。

 どうする? 彼女は今、魔王城にいるはずだ。
 会いに行くか? この魔王様を連れて……。
 いや、明日にはどうせこちらへ来る。今連れて行って、何か変わるわけではなし。

「えーっと、じゃあ、ルーくん」
 自分が魔王であるということすら忘れているに違いない黒髪の子供に、俺は呼びかける。
「なに、おじちゃん」
「……とりあえず、おじちゃんじゃなくてお兄さんと呼ぼうか。それか、ジャーイルお兄ちゃんでもいいよ」

「うっわ、閣下……」
「うっわ」ってなんだよ、「うっわ」って!  そりゃあ君は「お姉ちゃん」って呼ばれてるんだから、不満もないだろうよ!

「えと……お兄ちゃん……?」
「そうそう、お兄ちゃん」
「それって、ボクの兄上ってこと!?」

 えっ!
 ルーくんは銀色の瞳をキラキラと、期待に輝かせているではないか!
「ち、違います、違います! 単なる年上の男の人ってことです! なんのつながりもない、赤の他人です!」
 なぜかミディリースが必死に否定した。
 まあ、いいけど。

「なぁんだ……兄上じゃないのか」
 しょんぼりルーくん……。お兄さんが欲しかったのか……。

「ルーくん、ここはね、図書館だ。図書館、わかるかな? 本がいっぱいあるのは当たり前なんだよ」
「としょかん?」
 どうやらルーくんは、図書館の存在自体、知らないようだ。脳筋魔族の子供、そのものなのだろう。

「お兄ちゃんはね、しばらくルーくんを預かっているんだ」
「父上と母上から?」
「あー……うん、そうかな……」
 両親からではないのだが、現状を説明したところで、理解できないだろうし。
 ところが俺の答えを聞いたルーくんは、瞳を潤ませながら、うつむいてしまった。

「父上……まだボクにおこってるんだ……」
「うん? なにかいたずらでもしたのかな?」
 とてもいたずらっ子には見えないが。
「いたずらじゃないよ。ボク、ただ見てただけだよ……。父上と母上が、仲よくしてるのを見てたの。でも、と中で二人ともしんどうそうにしてね、だいじょうぶって言ったら、そしたら父上、子どもが見るんじゃありませんって……」
 ……何を見たのかは聞かないでおこう。

「それでボクのこと、見たくなくなっちゃったのかな……」
「そ、そんなことありませんよ! ナニを見たくらいで! だいたい、子供に見られるようなところでナニしてたご両親が悪いんです!」
 ミディリースはナニが行われていたのか、しっかり理解しているようだ。
「ベールは? ベールもいっしょ?」
「あー、いや。ベイルくん……」
うわ、気持ち悪い。「は、自分の城だ。でも、明日には会えるさ」
「ほんと!?」
 小さなルーくんは、弟のことが可愛いらしい。一気に笑顔が花開く。
「ホントホント」
 もっとも、会ったところで、この間生まれた弟だと理解(わか)るかどうか、疑問だがな!

「明日、お家に帰れるの?」
「いや、ベイル……くんが来るんだよ」
「そっかぁ。たのしみだな!」
 ルーくんはほっぺを真っ赤にしながら、ぴょんぴょんと跳ね出した。
 子供ってなんですぐ跳ねるんだろ。

「ねえ、なにで?」
 なにで? なにが?
「ベール、なにでくるの?」
「あー何で来るのかな。竜だと思うけど」
 何がおかしいのか、ルーくんは小さな両手を広げて口元を覆い、身体を折ってふふふと笑う。

「だれと来るの? 父上? 母上?」
「どっちも違うと思うけど」
 だって一人でくるからね! 生まれたての赤ん坊じゃなくて、いい大人だからね!

「じゃあ、メリサとかかなぁ」
 誰だそれ。
「いつくるの? あとちょっと?」
 だから明日だって。
「なにでくるの?」
 ……。

「ところでルーくん、その本、お兄ちゃんがもらってもいいかな?」
 俺はルーくんの話し相手になるのを諦め、彼が膝の上に置いた地図本を指さす。
「いいよ」
 あれ?
 いいと言ったくせに、なぜかぎゅっと本を抱きしめたのだが?
「竜さんして」
 ……はい?
「竜さんしてくれたら、あげる」
 …………はい?

「ほら、閣下。竜さんですよ、竜さん」
「何それ」
「ええっ! 竜さんですよ!?」
 ミディリースが何を言ってるんだこいつ、と言わんばかりの呆れた表情を向けてくる。まるで俺が世間知らずのようではないか。
「だから、それ何」
「四つん這いになって、背中に乗せて歩き回ってあげるんですよ! 子供の頃にやってもらったでしょう?」

 なんだと!
 つまり、俺に床を這いずり回れというのか?
 そんな遊び、ホントに全く知らない!
 土下座で床に這いつくばることはあっても、そんなことはゴメンだ!
 俺はにっこり微笑むと、魔王様の脇の下に手を入れた。
「ほら、高い高いー」
「きゃはははは!」
 おお、笑った。単純だな。これでもいいんじゃないか。

「じゃあ、次、竜さん!」
 どうしたって大人を床に這いつくばらせたいのか。子供ってなんて残酷なんだ。
「竜は空を飛ぶんですよ。だからこれが新しい竜さんです。ほら、ごぉーー」
「えーウソだぁ!」
 なんだと! 竜の翼が空を切る音までやってみせたというのに!
 妹のこともあって薄々感づいていたが、俺に子供の世話は無理かも知れない。

「ミディリース、頼む」
 俺はルーくんをミディリースに渡す。
「えっ!!」
 ちょっとだけフラリとしたミディリースは、ルーくんを抱っこすることなく、すぐに地面に下ろした。
「地図の奪還は、君に任せた。俺はちょっと別件で……」
 だが、席を外そうとした俺の腕を、ミディリースは掴んで離そうとしないではないか。
 ルーくんのことは離したのに!

「閣下、ちょっと、ずるいです!」
「いや、ホントに! さすがにこの状況はまずいと思うんだ!」
「だからって、なんで逃げるんです!」
「違う、逃げるんじゃない! サンドリミンを呼びにいくだけだって!」
 そうだとも。さすがにこうなったら、誰にも内緒とはいかないだろう。せめて医療班の診察くらいは受けさせないと!

「それとも、ミディリース。君が呼びに行ってきてくれるとでも?」
「う……」
 人見知りの彼女がうんと言うはずがない。そう目論んだのだが……。
「い……いいです、よ……」
 なんだって!?
「意味わかってるのか? サンドリミンを呼んでくるんだぞ? 医療棟まで一人で行って、医療長官を呼び出して、用件を言って、来てもらうんだぞ!?」
 ミディリースにそんな高度なことが可能だろうか!?

「閣下、馬鹿にしすぎ! わ、私だって別に! 人を呼んでくるくらい……できるし…………」
 その割に、だんだん声が自信なさげに、小さくなっていくではないか。
「だから、行ってきます……閣下は魔お……ルーくんを、お願いします」

 ミディリースはちょっとだけ力強くそう言うと、本当に出て行ってしまったのだった。
 もちろん、一旦司書室に戻ってローブをはおり、灰色のフードをかぶり、仮面をつけ、手袋をはめた姿でのことではあったのだが。


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