古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

16 この数日で、一番の衝撃的な出来事かも知れません


 念のためにサンドリミンにルーくんを診てもらったものの、診断結果は『異常なし』だった。
 どうやら子供になる、ということは、怪我をするわけでもなし、医療班の範疇ではないらしい。

 とはいえ医療班長には、彼の顔を見るなり泣き出したその子供が、魔王様だとは明かしていない。
 ミディリースの親戚の子が彼女についてきたのだが、急に頭が痛いと言い出したのだ、という嘘でやり過ごした。

 ちなみにルーくんは、泣き止まなかった。サンドリミンが近づこうとすると「いやー」と叫んで、俺にしがみつくのだ。その顔がなんというか、恐怖に満ちているように見えて……。
 もしやと思い、サンドリミンに仮面をかぶってもらったところ、ピタリと泣き止んだのだから、これはもう決まりだろう!
 元に戻ったら、「ハエ嫌いなんですか? 怖いんですか?」って聞いてみよう。
 ホントに、この子供が将来魔王様みたいになるところが想像できない。

 あと、サンドリミンのことで若干気になることといえば、「この子のことはみんなには内緒に頼むぞ」と言った後のサンドリミンの態度だ。彼は俺と完全防備のミディリースを見比べながら、なにやら意味ありげな視線を寄越して頷いてきたのだった。
 また変な誤解をしていなければいいんだが。

 とにかく、小魔王様がルーくんになってしまったからといって、俺の能力で何かできるわけでもない。
 サンドリミンを帰した後は、また小魔王様の世話をミディリースに任せ、役目を果たして戻ってきたウォクナンのいる応接へと向かったのだった。

「ふぉっほ。丁重にお越しいただきましたぞ、ふぉっほ」
 どうしたことだ、これは!
 一体何があったっていうんだ!?

「どうした、熱でもあるのか……それとも俺の抜いた歯が、そんなに痛むのか……」
 あろうことか、俺はオロオロしてしまった!

 だって! リスが! 頬袋を! 膨らませて! ないんだぞ!

 し ぼ ん で る ん だ ぞ !

 何年ぶりだろう、こんなリス!

「ふぉっほ。なにをおっしゃっておいでですかな、我が大公閣下は。ふぉっほ」
 しかも、苦みがかった渋い顔で!
 やっぱり治療がうまくいかなくて、歯が痛むのか、リス!
 俺、やりすぎた?

「すみません、我が閣下はちょっとしたお茶目さんでしてな。ふぉっほ」
「いえ、そんなぁん。かえって和みますぅん」
 ……リスの変化の理由を、俺はたちどころに理解した。リスが視線を向けた相手が、デヴィル族の――そう、美女であると推測できたためだ。
 彼女は俺と視線が合うと、緊張した面持ちで立ち上がる。

 ウォクナン、このやろう……。
「誰がお前好みの相手を連れてこいといった? もう一回抜くぞ」
「ち、違いますよ、閣下!」
 ウォクナンはごほん、と渋めに一つ咳払いをし、そのアルマジロの顔にクワガタの角を生やした女性を振り返ったのだ。

「こちら、メルフィルフィ殿です。ガルマロス殿の、たった一人の娘御でしてな」
 えっ! ガルマロスってデヴィルだったのか!
 俺はてっきりデーモンかと……いや、別になんの根拠もないんだが。

「俺は、関係者全員といったはずだが……」
「メルフィルフィ殿の他にはおりませんでしたので」
 ウォクナンはアルマジロちゃんの手を撫でだした。それを、あろうことかアルマジロちゃんの方も、まんざらではない表情で受け入れているのだ。
 なんということだろう……こんなスケベリスのどこがいいのだろう。

「あの、ジャーイル大公閣下様。本当なんです。父の知り合いと言っても、あの……確かに私と父は、以前はこちらの領地で暮らしておりましたけれども」
 アルマジロちゃんが過去の出来事を語り出す前に、リスは別室に追いやった。

 ガルマロスの娘であるアルマジロちゃん――じゃなくて、メルフィルフィ嬢の言葉によると、彼女の父は己と己の才能以外に全く興味のない、自己中心的な変人だったという。
 彼が自分の両親のことを語ることはなく、故に彼女は父方の祖父母のことは何も知らないらしい。
 母方のことは知ってはいるらしいが……そもそも彼女が生まれたのだって、ガルマロスが武器の製造に集中するため、身の回りの世話をする者を欲っした結果なのだとか。

 つまり、自分の造った武器とひきかえに、それを欲した者から娘を得、その女性にメルフィルフィ嬢を生ませ、アルマジロちゃんが父の世話ができるほど成長した後は、妻を家から追い出してしまったそうだ。
 そんな父とは父娘二人で暮らしていても、ほとんど親子らしい会話をしたこともなかったとか。
 当然、他に親しい者などいなかった。
 まあつまり、碌な奴じゃなかったってことらしい。
「自分がどれだけ抑圧されて育ったことか……今ならハッキリ、わかりますわ」
 メルフィルフィ嬢は父に対する明らかな恨みを込め、ハンカチを噛みしめ噛みちぎった。

 ガルマロスは野心家だった。自分の能力を、自分の造った武器を、世界中の魔族に認めさせたいという願望にとりつかれていた。
 それで手っ取り早く、強者であるネズミ大公に取り入ろうとし、その気まぐれにさらされ、飽きて前魔王に物のように譲渡され、両手を切り落とされて絶望し、失意のまま絶命したのだとか。
 うーん……どいつもこいつも、碌な奴に聞こえない。

「では、やはり亡くなってはいるのか」
「はい、それは間違いありません。私が看取りました」
 ちなみに、メルフィルフィ嬢がこの領地に戻ってきたのは、我が領の有爵者に見初められてそいつと結婚したかららしい。
 つまり、アルマジロちゃんは既婚者ってことだ。だというのに、リスもアルマジロも、隠す事無く堂々と、俺の前でいちゃいちゃしてたっていうのか……。
 まあ、魔族らしいっちゃ、らしいが。

「その君なら、彼が晩年に造ったガルムシェルトのことは知っているよな?」
「ガルムシェルト……ええ」
 メルフィルフィ嬢は小首を傾げた。

「知ってはおります……けれど、あんな出来損ないのただの武器の何が、ジャーイル大公閣下様のご興味をひいたのでしょうか? あれは父が造った武器の、最大の失敗作ですのに」
 なんだって?
 近くでその製造を見ていた娘が、その能力を知らない?
 ウィストベルや……人間までが、知っていたというのに?

「一つ聞くが、ガルムシェルトは人間のために造られたのか?」
「いいえ、まさか!」
 アルマジロちゃんは首をぷるぷると左右に振った。
「どうしてそんなことをおっしゃるのか、わかりません」

 俺は本に〝人間のために造られた〟と書かれていたことを、かいつまんでメルフィルフィ嬢に伝えた。
「そんな馬鹿な……いくら父が変わり者でも、人間とは口をきいたこともないはずです。そんな話、聞いたこともありません!」
 彼女が嘘をついているようには見えなかった。

「だって、あのガルムシェルトと呼ばれる武器は、父が手を失ってから造ったもので……でも、そういえば……どこにやったのかしら」
 ようやくその行方が気になったようで、メルフィルフィ嬢は独りごちる。
「けれど、そういえば、誰かのために造ったのだとは言っておりましたけど、誰のためかは教えてもらえなくて……でも、あんな何も能力もない武器ができあがったので、結局その人にも渡さなかったと思ったんですけど……でも、父が亡くなった時にはもう家にはなくて……あら? だとすると、その相手に渡したのかしら?」
 誰かに渡すため? 誰かのために造った?
 無爵のごとき弱者である、誰かのために?

 造っている最中、最も側にいたであろう実の娘の知識がこの程度だというのに、なぜ、ウィストベルがあれほど知っていた?
 魔武具だと知るのは、俺たちの目をもってすれば、他愛もないことだ。だが、その特殊な能力のことまで見通す力は無い。

 それに、人間たちに伝わっている話はどうだ。
 しかしあの本には、ガルムシェルトの具体的な能力までは書かれていなかった。だが、その存在を知る者は、確かにいるのだ。それでもそちらは偶然とみるべきなのだろうか?
 あの本を頼りに、その寺院に行ったところで無駄足だろうか?
 だが、発行されたのが四十日ほど前、という近さも気になる。むしろ、発行元を問い詰めるべきか?
 全て自分の領地であれば、俺自ら動くところなんだが……。

「最後に一つ聞くが、魔王領で親しくしていた相手に心当たりは?」
「いえ……申し訳ありません。私の知る限りでは、一人も……」
 アルマジロちゃんは本当に申し訳なさそうに、首を左右に振った。
 その、渡そうとした相手とも面識がないことはもちろん、心当たりさえないらしい。

「そうか。偶然とはいえ、君が我が領民で、話を聞かせてもらえて助かったよ」
「あのぅ……父の武器のことで、なにか……」
 そういえば、公にはガルマロスの武器を探しているとも言っていなかったしな。

「いや、もし存命なら、俺のために武器を造ってくれないかと頼んでみたくてな」
「ああ……ジャーイル大公閣下様が魔武具狂なのは、常々お噂で聞いております」
 えー。
 アルマジロちゃんの反応もそれなの?
 ってことは、ホントに世間的に、俺は『魔武具狂』とか言われてるの?

「それであのぅ……」
 今度は随分、甘い声を出された。
「帰りもまた、ウォクナン公爵閣下様に送っていただけるのでしょうか……」
「ああ、そのつもりだが……」
「うふふ……」

 うふふ!?
 え、うふふってなに!?
 既婚者なんだよね、既婚者なんだよね!?
 帰りに何をするつもりだ……。

 もちろんそんなことを問い詰めるられるはずもなく、俺は仲良く手をつないで去って行く、リスとアルマジロの背を見送ったのだった。

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