古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

23 とにかく、会議が無事に終わればいいのです


「なるほど。つまり君たちは、こんな魔族にとっての大事を、たった三名のみの密会で議論し、我々、同位の大公にまで秘匿しようとしたわけね」
 説明が終わるや、サーリスヴォルフが机に肘をつき、グラスの縁を指で撫でながら、皮肉たっぷりの口ぶりを披露する。
 実際には魔王様の決定あってのことなのだが、ウィストベルもベイルフォウスも、そう主張しようとはしない。

「それは、これを奪位と認められては困るから、かしら?」
「議論にもならねぇ。正々堂々、正面から戦った訳でもなく、奪位の宣言すらなかったんだぞ! 奪位なんぞ論外だ!!」
 イライラを隠す気もないのか、ベイルフォウスの貧乏揺すりがひどい。

「だけど現状、何が違うのかしら? 先のエルフォウンスト魔王の時と」
 サーリスヴォルフの口元には、嘲笑ともとれるような笑みが浮かんでいた。
「あのときだって、前魔王を倒した者が誰かもわからず、残った大公の中から実力でのし上がったルデルフォウス陛下が」
 彼女はそう言って、小さな魔王様に視線を向けた。
 強力な魔力を怖がっていた魔王様は、視線を逸らさないまでも、眉尻を下げる。

「魔王位についたはずでしょ。今とどう違うの?」
「兄貴は倒されてねぇ! 生きていて、今、ここにいる! どこが同じだ!」
 ベイルフォウスがとうとう立ち上がる。そうしていつも以上にギラついた瞳で、周囲を睨め付けた。

「いいだろう。サーリスヴォルフに賛同し、これを廃位と認めるという者は、いっそ自らが奪位の名乗りをあげるがいい! 兄貴の代わりに、俺が相手をしてやる!」
 さっきからベイルフォウスの血管が心配なので、俺は主催者の責任としても、割って入ることにする。

「まあ、落ち着け、ベイルフォウス」
「ジャーイル! まさかお前までサーリスヴォルフの意見に一理あるとか言い出すつもりじゃねぇだろうな!」
 全方位に噛みつくな。八つ当たりは止めて欲しい。

「俺の意見は明快だ。俺たちが元々〝企てていた通り〟魔王様の魔力を取り戻す。それ以外の考えはない。お前と同じく、今回の経緯を知った上で、これを廃位や奪位とみなすはずがないだろう」
 キッパリ宣言すると、ベイルフォウスも眉間の皺を少し減らしたようだった。

「だが、サーリスヴォルフだって、魔王位が空位となっているだなんて、本気で言っているわけじゃないだろう?」
「どうかしら?」
 俺が水を向けると、サーリスヴォルフは軽薄ともとれる笑みを浮かべた。
 全く、確かに食えない人物だ。

「では、ここで議題を改めたいと思う。今回の〈大公会議〉の主題は、『魔王ルデルフォウス陛下の現状への対処について』としたい」
 当然、反対などあるはずはなかった。もっとも、会議途中で議題が変わらざるを得なかったことについては、各人思うところはあるだろうが。

「うーん、正直……サーリスヴォルフのいうとおり、一旦、魔王位を空位とみて、誰かが奪うのもありだとは思うんですよね」
 ロムレイド……ちゃんと聞いてるのはわかったんだが、なんかワンテンポ遅いんだよな。
「それをお前がやるってのか?」
 案の定、ベイルフォウスが炎に彩られた視線を新任の大公に向ける。
「いや、僕は正直、まだその実力にないと思うし……でも……」
 彼はそう言って、意味ありげにプートを見た。

 大公第一位――サーリスヴォルフやロムレイドの言ったとおり、今を空位とみなすのならば、魔王の地位にもっともふさわしいとされるのは紛れもなくその獅子だろう。
 だが、当の本人は何をどう考えているのか、今は落ち着いた表情で黙りこくっている。
 それでも、ベイルフォウスがロムレイドの発言を看過できるわけはなかった。

「そんなことは」
「許さぬ」
 しかしベイルフォウスの発言を遮るように、ウィストベルの低く、強い声音が轟く。

「ルデルフォウス陛下の魔力は戻る。私がなんとしても、戻してみせる。それまでの間に、魔王位に就くという者がおるならば、就いてみせるがよい」
 あれ? 許さないんじゃ……。
「陛下の魔力が戻るその前に、私がその命もろとも、奪ってみせよう」
 ウィストベルは本気だった。
 ヒュンヒュンしたのは俺だけじゃないはずだ。きっと……。

「あ、えーっと……僕だってね、協力しないと言ってるわけじゃないんだけど」
 女王様の視線を真っ向から受けて、絶対縮み上がったに違いないロムレイドが、背筋を伸ばしながら弁明する。
「もちろん、ジャーイルと同じく、武器の捜索にも魔王様の魔力の復元にも、お力を添えるつもり、です、もちろん……。だいたい、僕の立場は誰よりウィストベルが、一番よくご存じだと思うんだけど……」
 意味ありげなことをいうじゃないか。
 しかしそういえば、こいつだってウィストベルの同盟者だもんな。

「そなたらの方針に異論は無い」
 プートの発言は、唐突だった。
「むしろ、これ以上話し合う必要すら、認めぬ。ルデルフォウス陛下の魔力を元に戻す。それ以外に必要な措置などあるものか」
 キッパリと、そう立場を表明されて、ベイルフォウスが苦虫を噛み潰したような顔をする。
 プートの決意を聞いてか、サーリスヴォルフもそれ以上の別案は出してこなかった。

「ああ、私も皆さんのご意見に賛成です。この場合、皆さんのご意見というのは」
 ラマの意見には、誰も耳を傾けていないようだ。

「では方針に対する結論は出たようだが、一応、決を採ろう。これを魔王奪位とみて、現状を空位とみなし、あらためて魔王を決定する必要があると思う者は挙手してくれ」
 心中はどうあれ、誰一人手を挙げない。
「では、大公として、魔王ルデルフォウス陛下の魔力の奪還を、全会一致の決定事項とする」
 あらためての異議は問わなかった。

「よ……」
 ルーくんが、ウィストベルの膝からすべり降り――
「よろしくおねがいしましゅ」
 噛んだ!

 ちっさな魔王様が大かぶりに頭を下げるのを見て、サーリスヴォルフが苦笑を浮かべている。
 他の者は――目元の緩んだベイルフォウスを除いて――表情一つ動かさなかったが、それでも場の空気が緩んだように感じた。

「では、陛下はこれからどうなさる。事が我ら大公に明らかとなった以上、ジャーイルの元に留まる必要もあるまい」
 相手の可愛らしさにもかかわらず、プートがいつもと変わらない口調で問いかける。
「ボクに聞いてる?」
 急に迫力満点のマッチョに話を振られて、魔王様は目を白黒させた。
「我が頂に抱くは魔王ルデルフォウス陛下のみ。他の者の意見など、聞くに値せぬ」
 獅子が子供の魔王様にそう言い切ったのは、さすがに意外だ。

「陛下」
 ウィストベルが優しく、この日初めて、慈悲深いとも思える優しい微笑を浮かべ、姿勢正しく立つ子供に笑いかける。
「ご自身の居城に帰られるか?」
「……うん……あ、えと、はい……」
 魔王様は小さな頭を縦に振る。
 だが、その脳裏にあるのは両親……ユーくんがかつて所有していた城のことなのかもしれない。そう思ったが、その場でいちいち確かめはしまい。

「では、全土をあげてファイヴォルガルムを探すということで、いいな。それ以外に、何か関係ありそうなことは、逐一、報告書を出すか、魔王城に参城の上、報告すること」

 こうして俺たちは、例の本の内容についても吟味し、あらためて必要な対処を話し合った上で、〈大公会議〉を終えたのだった。

 ***

 ――のは、いいのだが。

 ベイルフォウスが、どうしたことか帰らない。
 魔王様はウィストベルが魔王城へと伴って帰り、ロムレイドを追い返し、プートでさえ、アレスディアを諦めて帰ったというのに、ベイルフォウス一人が帰ってくれない。
 ヴェストリプスを撫でながら、特にそれで俺に挑んでくることもなく、ただただ居座っている。
 仕方ないので談話室に移って、一緒に酒を飲んでやっていた。

「俺の気持ちも察してくれよ。兄貴のためとこの数日、寝る間も女を抱く間も惜しんでガルムシェルトを求め、エルダーガルムで実験を繰り返し――」
 出窓に座って夕暮れの空を見上げながら、独りごちている。

「それなのに、俺のところに駆け寄って来るとばかり思っていた兄貴が、女のところにいったんだぜ? 記憶もないのに! 俺の方は見向きもせず……ウィストベルの方へ……。兄弟って、なんなんだろうな」
 なんだか珍しく、落ち込んでいるようだ。
 さっきからグラスに入れた酒を飲むこともなく、グダグダいいながら、クルクル回している。

「それにしたって、お前はプートにキレすぎだろう。結局全て明かすことになったから無駄だったにしても、俺との打ち合わせはなんだったんだよ」
「あれは――わざとだ」
 ベイルフォウスは、ようやく酒をあおった。

「もちろん、お前との打ち合わせ通りやるつもりだったさ。だが、実際会議が始まってみると……」
 ベイルフォウスは、今度は空になったグラスを回しだした。大丈夫か、こいつ。まだ中身が入ってると思ってるんじゃないだろうな。

「自分でも意外なほど、冷静になれなくてな。それで方針を変えたんだ。俺とプートの諍いなら、いつものことだ。動揺を隠し、かつサーリスヴォルフの疑いを兄貴に向けないためにも、ああするよりなかった。……悪かったよ」
 そうなのか、結構動揺してたのか!
 すっかり今の現状を、平然と受け入れてると思ってたのに!

「晩飯、食っていくか?」
 いやまあ、どうせそのつもりだろうけど。
「明日の朝飯も食っていく」
 ああ、そう言うと思った。だが、言わなくてもエンディオンは、離れでも用意してくれているだろう。

「お兄さま! 今日は久しぶりに、晩ご飯をご一緒できるんでしょう!」
 マーミルが部屋に飛び込んでくる。
「こら、マーミル。またそんなお行儀の悪い!」
「あら、だって……ベイルフォウス様だけだっていうから……」
 どうやらベイルフォウスは、客扱いされていないらしい。

「……お前だって、今のうちだからな」
 は? 何が?
「どうせマーミルだって、そのうち他所の男めがけて一目散に走り去っていくようになるんだ。兄貴だからって、一番に想ってもらえるのも今のうちだけだからな」
 おい、まさか酔ってるんじゃないだろうな、ベイルフォウス!
 いくらなんでも、感傷的すぎやしないか? ベイルフォウスにしちゃ。

「なんのお話し?」
「酔っ払いの戯言だ。気にしなくていい」
「俺は酔ってねぇ。珍しく、繊細な気分なだけさ」
 そう言って、ベイルフォウスは視線を空から地平に移し、ため息をつく。

 だが、そんなどこか心細げなベイルフォウスが、長く続くはずもなかった。

 マーミルにさんざんかまって、晩餐につく頃にはすっかりいつもの調子を取り戻したベイルフォウスは、用意した離れに侍女をこっそり連れ込み、ちゃっかり遅い朝食を食べてから、自分の城へとやっと帰って行ったのだから。


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