古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

25 伯爵城の執事は無爵の男性でした


「じゃあ、ついでにその執事に協力を頼むこともできます?」
「当然だよ! 今回の魔王様のことに関係あるんでしょ? 大変な事件だよね!」

 そうなのだ。〈大公会議〉の後、魔王様の状態――ただし、内外共に子供化していることはのぞいて――が、各大公の号令のもと、各領の副司令官と軍団長を通して全土に発表された。
 強奪者が自ら現われないのであれば、あぶり出すべきであろう、という結論に達したためだ。

 俺は副司令官と軍団長を集めてその事実を発表したのだが、大多数の魔族の反応は、プートに近いものだった。つまり、強者たる副司令官や軍団長たちは、ガルムシェルトを「卑怯者の武器」と呼び、強奪者を「卑怯者」と決めつけたのだ。
 うん……プートの配下のことを云々言えない。俺の配下たちも、また唱和しだしたのだから。
 ロムレイドのような考え方をする者がいたとしても、少なくともその場では声をあげなかった。
 おかげで魔王様の魔力が無くなったと知っても、廃位や空位を叫ぶ声は、まだ一つとして挙がっていない。もっとも……挙げた奴は、世にも恐ろしい目にあわされたことだろう。だいたい、ウィストベルかベイルフォウスによって。

 魔王様の護衛には、相変わらずウィストベルがあたっている。これには一大公――それも、四位でしかない彼女がその任にあたることを、危惧する声がなかったわけではない。
 しかし、魔王様の魔力を奪った相手に対しては、そいつが力を使いこなせばプートですら力不足なのは変わらない。つまり、ある意味誰が側にいても同じと見なされたのだ。
 そもそも根本的な認識として、いくら不当な行いにより、魔王様が魔力を失ったのだとしても、護衛にすべて委ねる、などという思想自体、魔族にとっては受け入れがたいに違いない。

 加えて、魔王様とウィストベル、二人の関係が公になっていたことも大きいだろう。なんやかんや言って、魔族も純愛話は好きなのだから。
 ……いや、二人の関係をみて、純愛と思う者がいるかどうかは別として。
 それに大公第一位のプートには、むしろファイヴォルガルムの捜索に注力してもらわねばならない状態だ。  そうしてその成果は、ちゃんとあがってきているのだから。

「ねえ、結局その問題の武器……ファイヴォルガルム、だっけ。それが見つからなかった場合はどうなるの?」
 ティムレ伯と俺は、執事に接見するため、話しながら武器庫を出た。
「そうですね……」
 ファイヴォルガルムが見つからない場合、か。確かにそんなことが絶対にないとは断言できない。しかし問題は、ファイヴォルガルムよりむしろ魔王様の魔力を奪った者が、このまま全く姿を現さなかった場合だ。

「残った大公と、その挑戦者で魔王位を争うことになるわけ? 前魔王のときのように」
 サーリスヴォルフも言っていたように、やはり多くは今回の状況下で、前魔王が斃れた時代を連想するらしい。

「うん、まあ、そうなる以前に、別の解決方法が一つだけ、あるにはあるんですけどね。さすがにちょっと、今ここで言うわけには……」
 っていうか、今後も言うわけにはいかない。いくら相手がティムレ伯とはいえ。
 言わなくても、気付く者は気付いているだろうし、身内以外がその方法を採るという結論に至るとは思えない。
 魔王位はそもそも奪うもの。
 今だって、卑怯者の仕業ということで、とりあえずは魔王様の魔力を戻すという方向で動いてはいるが、元通りにするという最初の目論見がうまくいかなければ、それ以上、一個人の復権を志す魔族などいまい。

「まあ、方法はいいとして、解決策があるならよかったよ。また殺伐とするのはゴメンだからね。あ、モーデッド!」
「げ」
 げ?
 褐色の肌をしたその執事は、なぜか俺を見るなり小さく唸った。そうしてすぐに、目をそらす。

「ジャーイルくん……大公閣下が、お前の話を聞きたいってさ!」
「えぇ……お嬢がちゃんと話してくれたらいいじゃん……」
 あれ? 知り合いじゃないよな?
 なんでこんな、ちょっと怖がられてる感じなんだろう。
 まともに目も合わせてくれないどころか、脅えたように後退られたんだけども。
 デヴィル族ならともかく、彼はデーモン族だというのに?

「あーごめんね。こいつ、さっきも言ったとおり気配には聡いからさ、強い相手には過剰にビビるんだよね」
 ! そうか!
 そういえば俺、大公だし、無爵に怖がられる要素、あったよね、そういえば!
 あんまりにも普段、例えばうちの城のみんなとか、謁見にくる連中とか、慣れきったのか緊張感もなしに接してくるもんだから……こういう態度を取られるのって、なんか新鮮だ。
 ベイルフォウスとか他の大公って、いつもこんな感じなのかな。

「単に気配だけでビビッてるって訳じゃないし……」
「ん? 何だって?」
「あ、いえ、なんでも……」
 なんでもないって顔じゃないんだけど。
 まあ、今回には関係ないだろうし、いいか。

 とにかく俺はそのモーデッドという執事に、気配に聡いというその能力で、どこまで相手を特定できるのか、少なくとももう一度会えば判別できるのか、というようなことを聞いてみたのだが。

「いえ、申し訳ありませんが、私をその犯人の特定に役立てようとお考えなら、お力にはなれないと思います」
「なぜ? 君は他者の気配がわかるんだろ? ちゃんと一人一人、区別できるほど」
 なぜだかモーデッドは、絶対に視線を合わせてくれない。ずっと目をそらせたままだ。
 まあ、質問にはきちんと答えてくれるからいいけど。
「それはその……わかりますが、けれどこの能力が役に立つのは、〝ここ〟だからです」
「どういう意味だ?」

「つまり……普段から城に出入りする者を把握し、その気配を感じているからこそ、常にない気配が予定外だということ、その不審な動きに気づけるのであって、知らない気配ばかりの、ここより格段に人数の多いところで、たった一度探ったっきりの者たちを調べろと言われても……申し訳ありませんが、無理です」
 まあ、言わんとすることはわかる。

「ちなみに、俺の気配はわかったりする?」
「閣下の気配がわからない訳ありません!」
 まあ俺、ティムレ伯の配下の時には、用事が無くてもたまに遊びに来てたからな。もともと知っているだろう。
 だがそういえば、この城であんまり彼を見かけたことがない気がする……。
 かといって、全く見覚えが無いわけではないんだよな。記憶の片隅に、こう……駄目だ、やっぱり思い出せない。

「その気配で、相手の魔力の強さもわかるのか?」
「いえ、強さまでは……」
 ああ、そうなんだ。
「けれど、だいたい強い方は気配も怖いんで、ある程度見当はつくというか……」
 温厚な俺でも怖いんだろうか? さっきの態度だと、多分そうなんだろう。

「その盗人たちは三人といったな。有爵者だったか?」
 俺の質問に、モーデッドは眉を寄せた。
「いいえ、ありえません。相手の強さは測れなくても、さすがに魔族かそうでないかはわかります」

 その言い方で確信した。以前から疑っていたことだ。
「つまり、相手は人間の三人組だった、ということか」
「そうです……」
 モーデッドは、どこかティムレ伯を責めるような目で見ている。なんで言ってないんだよ、とでも思っているのかも知れない。
 だが、やはりそうか。無爵のごとき弱者といえば、無爵ばかりじゃなく、人間にだって当てはまるのだから。ということは、魔王様から魔力を奪った奴もやはり……?

「あぁ……」
 ティムレ伯は肉球で顔を覆った。
「やっぱり隠してはおけないよね。それ……」
 ゴニョゴニョ言ってごまかそうとしていたんだな、ティムレ伯。
 だが、彼女が憂鬱そうにため息をつく気持ちもわかる。だって同族ならともかく、軍団長が自らの城内深くへ人間の侵入を許したとなると、結構な不名誉だもんね!
「大丈夫。今回のことは魔王様の件に関わってくるし、公にはしませんよ」
 そうとも。ここでウルムドガルムが人間に盗られかけた、なんて言ったら、え、じゃあ魔王様の方も!? ってなるに決まってるからね。

「つまりそういう訳でして……人間の気配を探るなんて、それこそ無理があるというか……」
「まあ、君の主張はわかった。だが、万一それでもとお願いした時には、協力してほしい」
「あぁ……はい……まぁ……」
 あまり快い返答はもらえなかったが、よしとはしよう。

 最後にティムレ伯の肉球を揉ませてもらいながら――
「あ、このこと、言わないで下さいね、ジブライールに」
「このことって、この公然セクハラのこと? 急になんで?」
「俺とティムレ伯って、仲いいじゃないですか?」
 なぜか肯定の言葉ではなく、沈黙が返ってきた。頷くまでもないということだろうか。

「ジブライールが誤解してるみたいなんですよね。俺たちの仲」
「……今更、ようやくその話か……」
「え?」
 なにが今更?

「心配しなくても、言わないよ。絶対にね! 今この場を見てたって言われても、頑として否定するね! っていうか、しつこいわっ!」
「ああ……」
 癒やしの肉球が手から離れてしまった。
 まあ、仕方ない……強引に続けて嫌われても困るし、我慢しよう。


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