古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

27 さあまずは、〈水面に爆ぜる肉塊城〉です


 不幸にも、『君は知っているか!?』シリーズの出版元は俺の領地ではなく、近隣の……ハッキリいうと、ロムレイドの領地にある人間の町に存在した。
 出版社があるのが自分の領土なら、自ら足を運んで調べるところだが、さすがに他領までずかずか入り込んで、そうするわけにはいかない。
 他領には他領のやり方があるだろう。だからこうして、とりあえずはその任を担ったロムレイドを訪ねてきたのだが……。

「わー。嬉しいなぁ……ジャーイル大公が遊びにきてくれたー」
 だから! その気の抜けるしゃべり方、なんとかならないか!
 っていうか遊びにきてない!
「朝早くから、すまないな」
「ぜぇんぜん、いいよー。気にしないでー」

 彼の城は言うまでもなく、かつてのアリネーゼの城――〈水面に爆ぜる肉塊城〉である。
 誓約を結んだあの時に、一度きり訪れたことのある城だ。
 外観はその時そのままだったが、内装はメイヴェル、ロムレイドを経て、大きく変わっていた。
 以前は外光溢れて室内は明るく、涼やかかつ清潔感に溢れていたのだが、今は全ての窓が閉じられ、分厚いカーテンがかかって室内は薄暗く、無骨で陰惨な空気が広がっている。

 そんなことになっていると思っていなかった俺は、本棟に招き入れられた一歩目で、足を止めてしまった。
 だって、玄関入るなり、本当にメイちゃんの頭部が花とともに壁に飾られていたんだぞ!

「以前に比べて、素敵になってるでしょう?」
 はい?

 真っ暗な室内を、燭台の陰気な炎が照らす中、ぼんやりと浮かびあがる水牛の頭――どこが素敵だ!
 悪趣味にもほどがある!

 だいたい、まだ昼前なのに、なんでわざわざ部屋を真っ暗にして、蝋燭灯してるんだよ?
 非効率にもほどがあるだろう!

『こんにちは。ようこそ、ロムのお城へ!』
 ……今の裏声、なに?
 白い目で音源たる城主を見ると、彼は脱力感八割の力ない笑みを浮かべていた。
「メイちゃんからのご挨拶です」
 ……こいつとはきっと、生涯、仲良くなれそうにない。ラマとは違う意味で、避けたい相手だ。そう直感した。

「ささ、奥へどうぞー。名前にふさわしいお城に仕上げてるんですよー。ぜひ、あちこち案内したいなぁ」
 えー。名前にふさわしいってまさか、肉塊があちこちにゴロゴロ転がってるとかじゃないよな?。
 だから、魔族が残虐を好むのは見た目じゃないんだってば!
「いや、ここでいい。用件を手短に話すが」
 俺はそれ以上、彼にも館にも、踏み込むことを止めたのである。

「え、遊びに来たんじゃ……」
「現状をみてそう言える君の脳内の構造が知りたい」
「えー、花瓶にはなりたくないなぁ……」
 お前じゃあるまいし、誰が首をはねるか!
「ここに挿されるのかなぁ」とかいいながら、虎の耳をいじるのを止めろ。そして、くすぐったいとか言いながら笑うな!

 なにこの、今までに会ったことのない不思議な生物感。
 やっぱりあれか……お母さんが動物だと、感性も独特になるのだろうか?
 っていうか、本気でメイヴェルの首、花瓶のつもりで飾ってるっていうのか。
 さっさと用件を伝えて、とっとと去ろう!

「調査の進展具合を尋ねに来た」
「進展? とは?」
 ロムレイドは何のことやら、と首を傾げる。
 なんだろう、湧き上がるこのイライラ。

「この間の〈大公会議〉で、ガルムシェルトについて記載のある、人間が書いた本を見せたと思うが」
「あー」
「その出版社が、君の領内にあると言っておいたよな?」
「ああ、えっと……」

 まさか覚えてない!?
 単に説明しただけじゃない。
 ロムレイドにはガルムシェルトについての説明文はもちろん、出版社名からその会社のある町、大雑把な場所までを、ちゃんと紙に書き記した上で渡しておいたというのに!
 なのに、「ああ、えっと」ってなんだよ!

 やむを得ず、俺は念のために持ってきていた『君は知っているか!? 幻の聖宝具~武器編~』を、ロムレイドに差し出す。
「あ~、ごめんなさい。せっかくなんだけど、僕、本とか読まない人なんで、いらないです」
 誰がお前への贈り物だと言った!
 だが、口に出しては突っ込むまい。ロムレイドの反応に、いちいち付き合わないと決めたのだ。

「昨日、速達で知らせたと思うが、俺の領地にあったウルムドガルムが人間たちにより、盗難にあうところだったんだ」
 他領へ向けて書いた報告書が、昨晩のうちにもそれぞれの領主の元へと届いているはずだった。

「ああ、さすがに読みました」
「なら、わかるだろう。魔王様の魔力を奪った件にも、おそらく人間が関わっている。そうなると、この本が無関係とも思えない」
「なるほど~そうかもですね~そうかなぁ~」
 イライラっ。

「君はその調査を担ったはずだが?」
 そう決まったとき、力なく胸を叩いて「任せてください~」と笑っていたはずだ。
「ああ、覚えてますけど、人間の本なんかがそんなに重要だと思わなかったので、もうちょっとゆっくりでいいかなと……」
 こいつ……つまり、何もしてないんだな!

 確かに、〈大公会議〉で俺が本のことを伝えたときも、周りの反応は鈍かった。魔王大祭に武具展を提案したときと同じくらいの反応の無さだった!
 魔族にとっては人間の存在や意思など、こんな事が起こった今であってすら、わざわざ気にかけるほどのものではない、という意識の表れなのだろう。

 唯一、ウィストベルだけが、興味深そうに本のページをめくっていたばかり。さすがに彼女でも、あんなふざけた内容のシリーズは集めていないらしい。
 ちなみに、なぜうちに揃ってあるかというと、ミディリースがあのシリーズを気に入ってるらしく、定期購読までしているからなのだ。
 確かに、嬉々として本を持ってきたもんなぁ。
 しかし、定期購読って……配達とか、一体どうなってるんだろう。
 まさか人間が大公城まで届けにくるわけないよな。

 いや、じゃなくて!
「じゃあ、今から頑張りますね」
「ぜひ、早急に! そのためにも現物が手元にあった方がいいだろう。もちろん、用が済んだら要返却だ」
 本が戻ってこないと、ミディリースに怒られるからな。

「あ~そういうことか~」
 ロムレイドは今度は大人しく、俺から本を受け取った。
 その動作を見て、やっぱり俺はイライラする。
 動きや口調が緩慢だからか? それとも…………わかった! このイライラ、ユリアーナに感じるのと同じ種類のものだ!
 きっと、生理的に合わないと本能が感じた相手に湧き上がるものに違いない!
 よし、去ろう!

「何かわかったら、俺やプートがやってるように、速達で連絡をくれ」
「速達ぅ?」
「言うまでもなくわかってるとは思うが、俺だけにじゃなくて、魔王城を含め、他の大公全員に報せは出すんだぞ」
「はーい」
「それじゃあ、そういうことで」
「あ、ちょっと待って!」

 ロムレイドは急に大声を上げると、なぜかメイヴェルの頭部を壁から取り外し、自身の眼前におもむろに掲げたのだ。
 すっかり眼球を取り除かれ、スッキリした眼窩から花をのぞかせ、立派な水牛の角に繊細な緑のツタを巻き付けている、かつての強者の生首を。
 それをみて、その首が七大大公まで上り詰めた者の末路だとは、誰も思うまい。

『ジャーイルくんと仲良くなりたいって、ロムが言ってるよ! ゆっくりしていって欲しいなぁ』
 また裏声……。
 仲良くだなんて冗談じゃない、お断りだ! いくらなんでも、個性がドギツすぎる。

「悪いが、このあとベイルフォウスの城へ行かないといけないんだ。ゆっくりするのは、また今度」
 嘘やでたらめじゃない。ベイルフォウスに呼び出されているのは、本当のことだった。ここにはそのついでに寄ったに過ぎない。
 もっとも、機会があっても、もう二度と来ないがな!

「え~そうなんだ。残念だなぁ……。実はお城の名前を変えたくて、その相談とかもあったのに」
 え、城の名前って、一大公が勝手に変えていいの?
 じゃあ俺も、〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉を〈住んだみんなが幸せになれる城〉とかに変えてもいいってことか?
 いや、さすがにそんな名前にはしないけど!

「他にも、姉さんのこととか、色々話したかったのに……二人もいるのに……」
 こっちは見も知らないお前の姉さんの話なんて、聞きたくもないわ!
 ……見も、知らない、よな……?
 大丈夫だ、俺。いくらなんでも、虎の耳を生やしたデーモンだかデヴィルだかわからない女性に心当たりはない!

「悪いが、そういう話は身内でしてくれ」
「う~ん……じゃあ、ウィストベルにでも話すかな……」
 イライラした女王様に、ボロボロにされるがいい!
「せっかくだし、奥さんのことも紹介したかったのになぁ……」

 えっ!
 今なんて?
 奥さん!? 今、奥さんって言った!?
 まさか、家臣の奥さんとかじゃないよね!?
 つまりそれって自分の奥さんってこと!?
 奥さん!? コイツが!? コイツに!?

「じゃあ、何かわかったら、僕から遊びがてら、報告にいきますね~」
「いや、ホントに手紙でいいから! っていうか、速達を寄越してくれ!」
 それ以前に、遊びにってなんだよ!
 突っ込まないけど!

 ウィストベルはなぜ、あんな奇妙な奴と同盟を結んだりしたのだろう? ひたすら首をひねりながら、俺は〈不浄なり苔生す墓石城〉に向けて竜を駆ったのだった。


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