古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

28 〈不浄なり苔生す墓石城〉って、ホントに遠いのです


「なぜだと思う?」
「知るか。物珍しいからだろ」
「お前はロムレイドが物珍しいからといって、同盟を結ぼうと思うのか?」
「俺は大公ベイルフォウス様だぞ。誰が男なんかと……待てよ」
 そう言って、ベイルフォウスは口元に差し出された肉を、片手を振って追いやる。

「そういえば、心当たりなら一つある」
「どんな? ……うわっ」
 おい! 葡萄酒が頬にかかったんだけど!
「ああ、すみません! 今すぐ舐めとってさしあげますから! フゥ、ハァ、ハァ」
「いや、舐めなくていいから!」
 近づいてきた女性の頬を、力一杯押し返してしまったが、突き飛ばさなかっただけマシだと思って欲しい。

 俺は今、ちょっと遅い昼食を、〈不浄なり苔生す墓石城〉で、そこの城主と一緒にとっていた。
 ここでは家扶の代わりに、侍女……だかどうだかもわからない、「露出狂ですか?」と思わず聞きたくなるようなお姉さんたちが、給仕をしてくれるのだ。

 一人はベイルフォウスの右手に立って、皿から料理を取り上げる係、一人は左手に立って、パンをねっとりちぎっては差し出す係、一人は膝の上に座って、飲み物を口移しで飲ませる係、だ!
 俺も同じような係を付けようかと言われたが、断固として拒否した。それでもなぜか、右横にハァハァ息づかいの荒い巨乳のお姉さんが立っていて、時々柔らかい部位を、後頭部なんかに強引に押しつけてくる。
 主に飲み物をついでくれるのだが、手がぷるぷる震えていて、こぼれるんじゃないかと気が気じゃない。実際、さっき頬にかかったし。
 あと、たまにすすり上げてる涎がグラスの中に垂れそうで、ハラハラする。

 病気ですか、と言ってやりたいが、魔族の女性にそんなことを言ったが最後、「ええ、病気です! 看病して!」とか言いながら抱きつかれないとは言い切れない。
 それで俺は、ただ黙って耐えているのだった。

 そんな歓待を受けて、一応こいつ、ホントにマーミルがいるときには気を配ってくれてるんだなぁ、とわかったところで、感謝する気にもなれない。

「で、ロムレイドがなんだって?」
「あいつに姉貴がいるって聞いたか?」
「ああ……」
 そういえば、姉さんの話がしたいとか言ってたな。二人……いるんだっけ?
 もっとも、それより妻帯者だったことの方が、俺としては衝撃的だったわけだが。

「二人いるが、どちらもウィストベルの配下だ」
「えっ」
 ウィストベルの配下!?

「じゃあもしかして、ロムレイドも元々ウィストベルの配下だったのか!?」
「公爵時代は違うようだが、それ以前はもしかすると、そうだった時期もあるのかもな」
 ベイルフォウスもさすがにそこまでは知らないらしい。

 しかしだとすると、まさかメイちゃんの奪爵には、ウィストベルの意思が反映されていたのだろうか?
 だからあの時……メイヴェルの首を持って会議に乱入したあの時、ロムレイドはウィストベルと話をしたそうだったのか?
 でも、あの時のウィストベルの反応からして、そんな雰囲気は全くなかったのだが……それに、ウィストベルがアリネーゼを長年の良きライバルとして、配下の、しかもその弟を通じて仇を討たせたとは考えにくい。

「ちょっと待て、ベイルフォウス。ロムレイドと初対面の時、お前だって彼のことはよく知らなそうだったよな?」
 素性……というか、両親のことを聞いて、俺と同じように驚いてぐらいだし。
「当たり前だ。男のことなんて、俺が知るか」
「なら、最近、そのことを知ったのか?」
「ああ。その姉から直接、ロムレイドのことを聞いた。お前もそのうち、会う機会があるだろうよ。というか、顔はすでに知っているはずだ。彼女はウィストベルの副司令官の一人だからな」

 ああ、そういえば最近、ウィストベルの副司令官は女性ばかりに変わっていたっけ。
 ウィストベルの強さとついつい比較してしまって、たいしたことはないように思いがちだが、四人中一人だけ、大公位についてもおかしくないような魔力の持ち主がいたんだった。まさか、その女性が……。
 いや、魔力の強弱は血に依るものではない。弟が大公だからといって、姉もそのレベルだとは限らないではないか。

 どちらにしても、彼女らの中には一人として、虎耳の者などいなかったはず。
 ということは、母違いなのか?
 ……いやまあ、ロムレイドのことはどうでもいいんだけども!
 そんなことを話しに来たのでもないしな!

「それより、残りのエルダーガルムが見つかったんだって?」
「ああ、そうだ」
 そう言って、ベイルフォウスはどこかに合図をする。
 それでようやく、家僕らしい男性が、布のかかった盆を持ってやってきた。

 俺の横に差し出されたので布を払うと……確かにエルダーガルムと思われる、〈真円を四つに分ける十字と鏃〉の流血版が刻まれた二本の鎖が出てきたのだ。それをがっしり握る、血の気の引いたシワシワの手首とともに……。
 食事時だぜ、ベイルフォウスくん。ちょっとは気を遣ってくれてもいいんじゃないだろうか。

「昨日、身の程知らずの人間が、俺にそいつを投げてこようとしてな」
 うん、それで、エルダーガルムがそいつの手から離れる前に、腕ごと切り落としたんだよね。
 それはわかったけど、揃ったっていうのなら手首はとって、エルダーガルムを元の形に戻してやったらどうかな?

 だって、昨日の話だよね? 今日さっきの話じゃないもんね?
 なんでそのままにしておいたのかな? 十分、時間はあったよね?
 なんなら、俺に見せる直前にでも、手なんか簡単に外せたはずだよね?
 ロムレイドといい、今日の俺は屍肉と縁があるというのだろうか。全然嬉しくない。

 俺はエルダーガルムを持ち上げようとした。しかし屍肉さんの指が、執念とばかりにしっかり掴んで離さない。
 諦めた。

「自分で持っておかないのか? ほら、一応色々、心配じゃないか?」
 盆を持ってきたのは無爵の家僕だ。彼が万一、いけない妄想にかられたらどうするというのだろう。

「心配しなきゃいけないほど気概のある奴が、俺の領地の無爵にいるってんなら、逆に歓迎してやるぜ」
 ベイルフォウスはそう言って、飲み物を飲んだ。相手の女性が、艶めかしい声をもらす。
 マーミルだけじゃなくて、俺にも遠慮してくれって頼んでみようかな。

「会議でも言ったが、俺は別にガルムシェルトを消滅させてしまえばいいと思ってるわけじゃない」
 ベイルフォウスは口元を拭う。
「正々堂々、正面からなら、そいつを使って挑戦してくりゃいい。本心からそう考えてるんだぜ」
 家僕はベイルフォウスから挑発するような瞳を向けられて、ブルブルと震え出す。
 ついでに膝上のお姉さんも、モジモジ悶えながら、違う意味でブルブル震えている。
 あと、首筋にかかる息がゾワゾワする。
 ほんと遠慮して欲しい。

「だが、今回の奴の仕業はどうだ。コソコソと、兄貴の魔力を姿も見せずに奪いやがった。そんな奴は許しておけねぇ」
 まあ、プートと違ってベイルフォウスは魔武具賛成派だもんな。らしいといえば、らしい考え方だ。
「絶対にそいつを見つけ出して、魔王様の魔力を元に戻さないとなっ!」
 淫靡な雰囲気を振り払うよう、ちょっと熱血っぽく言ってみる。

「その通りだ。でだ、そのためにも、お前には実験に協力してもらいたい」
「実験?」
「ああ」
 ベイルフォウスは残虐大公の名にふさわしい笑みを浮かべた。

 ロムレイドの領地ではあんなに晴れ渡っていた空も、ベイルフォウスの城の辺りではひどい荒れ模様だ。
 もちろん魔術による防護は施すので、外に出たところで雨になど濡れるはずもない。
 そんな視界の悪い横殴りの雨の中、わざわざ荒れ地に出て、ベイルフォウスは何の実験を行おうというのだろうか。

「無爵の者に、公爵の力を奪わせたことは言っただろう?」
「ああ」
 すすんで協力する強者はいないだろうから、ベイルフォウスがその公爵を羽交い締め――魔術で――にでもしたのだろうと思っている。

「五組で試し、それぞれ時間はおいたが、すでに戻して片付けた」
 あ、うん。片付けたんだよね。

「ところで昨日、人間が襲ってきたといったろ?」
「……まだ、生きてるのか?」
 手首を落とされて?
「ああ。生かしてある」
 ベイルフォウスなのに!?
「そこで、ウルムドガルムを借りたい」
 おい、まさかその人間にウルムドガルムを渡して、俺の魔力を奪わせようとでもいうんじゃないだろうな!

「ここだ」
 ベイルフォウスは、荒れ地に建てた岩の箱に俺を案内した。
 そこは、各辺五mほどの立方体。中にベイルフォウスの結界が張ってあるのが、感覚でわかった。


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