古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

30 ベイルフォウスくんが確かめたかったこと


「ジャーイル、ウルムドガルムをこいつに渡してくれ」
 ベイルフォウスの考えは、だいたいわかった。
 俺は親友の望み通り、ウルムドガルムを懐から取り出して、布を外した状態でチーゴに渡そうとした。だが、目の前に差し出しているというのに、少年チーゴは一向に手を出してこないのだ。
 ちなみに、ウルムドガルムに隠蔽魔術はかかっていない。つまり、目に見えないわけではない。

「とっとと受け取れ」
「はいっ」
 えー……。
「あの人間を、そのウルムドで攻撃しろ」
「はいっ!」
 ベイルフォウスがそう命じるやいなや、少年チーゴは飛び交う岩を拳で砕きつつ、磔の人間に駆け寄り、その腹にぶすりとウルムドガルムを突き立てたのだ。
 せっかくの投擲武器なのに、投げないだなんて……。

「うぎゃあああああああああ!」
「おおおおおお!」
 人間はかすれた声で叫びをあげる。
 だが、チーゴの吠え声が大きく野太くなるにつれ、その叫び声はかき消されていった。
 そして――

 ああ、なんということでしょう! あの、少しはかわいげのあった少年が、あっという間に元の筋肉だるまに!
 対して人間は、最後に断末魔の叫びをあげ、今度こそ本当に事切れてしまったようだった。

 すっかり全身から魔力と生気を失い、今度こそただの骨と皮になった屍体を前に、今更ながら焦燥に駆られる。
 だが、まさか……ベイルフォウスに限ってそんな……。

「……なあ、ベイルフォウス」
「ぁあ?」
「もちろん、人間に色々聞いておいたんだよな?」
「何を?」
「いや、だから……エルダーガルムをどこでどうやって、手に入れたのか、とか、仲間はいるのか、とか、どうしてお前を狙ったのか、とか、魔王様の件と関係があるのか、とか、何を企んでいるのか、とか……」

 訝しげに問う俺に、ベイルフォウスは残虐大公の名にふさわしい嘲笑を返してきた。
「お前なぁ、俺を誰だと思っている。大公ベイルフォウス閣下だぞ?」
 ああ、そうだよね。大公だもんね!
 俺が子供の頃からずっと大公やってる、経験豊富な大公様だもんね!

 同じ大公っていっても、あんな、ロムレイドみたいにサボってる大公とは違うよね!
 これだけ色々、やってみたりもしてるんだもんね!
 お兄ちゃんの事に関係あるんだし、抜かりないよね!

「人間なんかとまともに話をすると思うのか? それも男なんかと!」
 えー。
「だいたい、人間ごときが何かを企んでいたとして、何の問題がある。なんなら全滅させてやればすむだけだろうが」

 ……なるほど。まあ、大丈夫。想定の範囲内だ。
 結局、ロムレイドやベイルフォウス、魔族の強者にとって人間は、それほど取るに足らない存在でしかないということなのだ。
 それに、ベイルフォウスの考えでは強奪者はあくまで魔族――であれば、いかに人間が同じような件で動いているようにみえても、そこから情報を得ようなんて考えは皆無なわけだ。
 まあ、心情は理解できない訳じゃないが……。

「それより、見ろ。チーゴを」
「ふんっ! ふんっ!」
 筋肉だるまは鏡を造りだし、それに向かって一人やたらとポーズを取っている。自分の筋肉に酔いしれているのだろうか。
「すっかり元通りだろ?」
「ああ、確かに……」

 ベイルフォウス……お前が聞いてきているのは、チーゴの様子だと思っていいよな? 『魔力量が』とは聞いてこなかったもんな。
 実際は魔力を見ても、ベイルフォウスのいうとおり、さっきまで人間に宿っていた魔力と、今のチーゴのそれは同量だ。そして、俺の記憶にあるチーゴの魔力とも、一致する。
 だが、どうしたことだろう。筋肉だるまは、唐突に肩を落としたではないか。

「どうした、チーゴ。まさか記憶が戻らなかったんじゃ……」
「いえ! 子供になっていた間の記憶も含め、残っております!」
 そうなんだ。大人の記憶を忘れた後に起こったことでも、ちゃんとその間の記憶は保持されてるのか。
 ってことは、魔王様もあれやこれや、ちゃんと覚えてる……っていうか、思い出すってことだよな!
 やっぱり早く戻してあげないと!

「じゃあなぜ、そんなに落ち込んでいるんだ?」
 ベイルフォウスはチーゴの気分などどうでもよさそうにしているが、俺は気になった。だって、後遺症とかだったら困るだろ?
 チーゴはいつもの彼に似せず、憂えたような深いため息をつく。
「子供になった間の記憶があるだけに、その時に鍛えたせっかくの筋肉が、何一つ身になっておらんのがっ!」
 ……よし、ほっとこう。

「これで最初とは別のガルムシェルトを利用しても、魔力が元通りになることは証明できたわけだ」
「ああ、確かに」
「これで確実に、まだ無事かどうかもわからないファイヴォルガルム云々より、強奪者さえ見つけ出せばいいことになる。その方が、たかが武器一つを見つけるより、遙かに早く簡単な方法だと思わないか?」
 え、なに。どういうこと?
 なんでそんな意味ありげな視線を寄越してくるのかな?

「ここまで、俺も辛抱強く待った。だが、それも限界だ。未だ第二報を寄越さないプートなんぞをあてにするより、お前が世界の隅々まで見て回る方が早いんじゃないか?」
「……すまん、意味がわからん」

 俺は視線をそらせた。
 以前からそうじゃないかと思っていたが、多分ベイルフォウスは俺の能力にある程度気づいているのだ。だが、ハッキリ問われた訳ではない以上、こちらから明かすつもりはない。
 だいたい、隅々まで俺が走り回るなんて、非効率だよね! 脳筋の極みみたいな考え方だよね!
 早くもないし、簡単でもないよね! 意味がわからない!

「どういう意味で言ってるのかは知らないが、そもそも一大公が、各大公城を訪ねるくらいならともかく、他領を隅々まで回るとか、どういう理由をつけても無理だし無茶だろ。それこそ」
「魔王でもなければ、か」
 そうか。魔王様なら問題ないわけだけど……。

「いっそ、ホントに魔王様が各領地を回るってのはどうだ? もちろん、ウィストベル――俺やお前、他の大公を連れてでもいい。その方が相手をおびき出せるかもしれないし、なによりそいつを見つけ次第すぐ、魔力を元に戻せる」

 もしも魔王様の魔力を奪った相手がベイルフォウスの考えるように魔族で、今頃はその魔力を使いこなしてしまっている場合、確実に対処できるのは、それに上回る魔力を保持しているウィストベルただ一人、ということになる。だから、ウィストベルは絶対だ。
 もっとも、あの強大な魔力を無爵が手に入れたとして、暴走に慣れるのはまだしも、簡単に使いこなせるとは思えないのだが。

「お前、ふざけんな! 兄貴に全土をくまなく回れだと? どれだけ大変だと思ってるんだ!」
 ベイルフォウス、お前がふざけるな!
「それに、あの状態の兄貴を外に出してみろ! あの可愛さだぞ。万一、さらわれたらどうするつもりだ!」
 外出反対の理由が、俺の想像してたのとは違った危機によるものだった!
 兄馬鹿丸出しすぎる……。

「まあいい。実はもう一つ、試したいことがあるんだ。ウルムドガルムを借りておいてもいいか?」
「ああ、構わないが……今、この場で試せないことなのか?」
「まあな」
 今度はベイルフォウスが目をそらせた。怪しい……。

「二、三日でお前の城まで返しに行く。その時には、さっきの提案を考えておいてくれ。そうするためのうまい言い訳と一緒にな」
「ああ、わかった」
 まあ、考えてみるくらいはいいだろう。やるとは言わないけど!

「ちなみに、奪われた者に魔力を返さず、強奪者を殺した場合も試したか?」
「……ああ」
 ベイルフォウスの声が、一気に沈む。それだけでも予想は確信となったが、ちゃんと聞いておくことにした。

「強奪者が死んだ後、奪われた魔力はどうなった?」
「……戻らずそのままだ」
 ああ、やっぱりそうなのか。
 ベイルフォウスが相手が魔族だと、頑なに信じる気持ちもわかるではないか。

 そうして俺は、その日はベイルフォウスにウルムドガルムを預け、自領に帰還したのだ。


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