古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

29 さあ、楽しい実験の始まりです!


 岩肌の中央に親友が手を触れると、一枚岩と見えた面に扉のような線が現われ、内側の岩が消滅する。結界があって見えないが、どうやら内部は空洞になっているようだ。
 よかった。雨に濡れずに済む用件らしい。
「入るぞ」
 ベイルフォウスが結界に開けた穴に、続いて中に入る。

「おわっ!」
 その途端、襲ってきた岩の塊。
 防御を張るのが遅れていたら、人の顔ほどもある岩に腹パンされて、雨の中に飛ばされるところだったんだけど!

「おい、ベイルフォウス!」

 言えよ!
 なんか飛んでくるから気を付けろよ、くらい一言、言ってくれよ!
 文句を言おうと思ったが、その空洞中央の魔力源に、俺はたちまち意識を奪われた。

 立方体の内部中央に、鎖と魔術によって、四肢の自由を奪われ――ただし、右は手首より先がない――、磔にされた人間の姿があった。
 そこが魔力の根源――つまりその人間は、客観的にみて強大と認めてもいい力を、その身に宿していたのだ。

 脱力した四肢の様子から、また、口から泡を吹き、白目をむいたその様子からみても、意識はないようだ。
 頭髪はあらかた抜け落ちてあちこちに散らばり、頬はこけ、身体はげっそりと痩せ衰え、骨と皮が張り付いているだけに見える。その皮もあちこちささくれてめくれ、肌の色はほとんど紫と言っていいようなどす黒さを呈していた。手首をきつく縛る鎖からは血が滴り、股は濡れて……ちょっと臭う。

 口元で新しい気泡が生まれていなければ、または魔力がその全身から立ち上っているのが見えなければ、死んでいるのかと勘違いするほどの憔悴ぶりだった。
 そんな宿り主の意思など関係ないといいたげに、魔力は暴走を続けている。
 その縦横無尽に荒れ狂う魔術により、周囲を囲む内壁が削られ、それが屋内に嵐と渦巻いているのだ。

 俺たちの気配を察したのか、目が覚めたらしい男は恐ろしい勢いで顔を上げる。
「イギギギギ! イヒッイヒィッ!」
 意識を取り戻した男は天井に向かい、苦痛と快楽がない交ぜになった奇声を発する。
 歯の抜けた口から涎を垂らし、色を取り戻した黒眼を、ぐるぐるとあちこちに彷徨わせ、なんとか鎖から自由になろうとでもいうように、新しい血が流れるのも厭わず手足をばたつかせる。

「こいつ、最初はこんな姿じゃなかったんだぜ」
 ベイルフォウスが、淡々と言った。
「筋肉質で、髪も歯も、しっかり生えていた」
 ああ、うん。そうだろうね。あちこちに残骸が飛び散ってるもんね。
「魔族で試した時には、いくら無爵でもこうはならなかった。確かに最初は力を暴走させたが、姿は変わらなかったし、早くて半日、遅くとも二日後には、どいつもなんとか暴走を抑えられるようになっていたからな」
 ああ、そんなこと言ってたよな。無爵でもそんな早く慣れるのかとちょっと驚いたもんだ。

「だが、人間で試したところ、半時も経たずにこの有様だ」
 同じ無爵のごとき弱者と言っても、やはり人間と魔族とでは根本的に違う、ということらしい。
「この状態でも、死なないのか」
 人間も存外、丈夫ということなのだろうか。
「そんな訳は無い。生かしてあるんだ。自動回復の魔術をかけて、な。それでもこのザマだ」
 あっ、そう……生かしてあるってそういう意味なんだ。死なないようにしてあるのか。

「これを見てもまだ、人間が兄貴の力を奪ったのだと、そう言えるか? 仮にそうだとして、そいつが正気を保ったままいられると思うか? そしてその状態の人間を、人間が騒ぎも起こさず匿っていられると思うか? まして、生き延びられると?」
「いいや……」
 確かに……こうなった人間を、人間たちがなんとかできるとは思えない。もしかすると、魔王様の魔力を奪った者はすでにもう……。見つからないのは、そのせいか?
 だが、人間で試したのがたったの一例では……ん?

「おい、ベイルフォウス、あれ……」
 直撃すると肌が削れそうな岩が吹き荒れる中、目をこらしてみると、部屋の隅に丸いものが転がっているではないか。それも、そのものは魔力を纏っている。まさか……。
「ああ、元々の魔力の持ち主だ」
 えぇ……。この中に、非力になって子供化してる公爵を置いてきたっていうのか。ほんとに容赦ないな。
 だが、弱々しいとはいえ、魔力がその身を覆っているのだから、まだ生きているには違いはない。
 俺はその小さな丸いものに、歩み寄った。

 ベイルフォウスのことだから、てっきりデヴィル族をその標的に選んだのだと思ったのだが、その丸いものはデーモン族だった。
 子供ではあるが、魔力量はごく少ないのに、ジブライールがミディリースに魔力を奪われた時や、今の魔王様ほどは幼くない。それこそマーミルほどと見えるから、公爵までいったにしては遅咲きだったのだろう。

 性別は男性で、頭が……あれ? なんか、見覚えのある髪型だな……。
 左右の毛だけを伸ばして、今は後ろでひとくくりにし、他を剃ったこの変な髪型……子供に似合わぬ筋肉質な体つき……意識を失っていてもなお、「脳筋で間違いありません!」という主張を醸し出すこの雰囲気……。

「ちょっと待て、ベイルフォウス! これ、お前のところの副司令官じゃないか?」
「ああ。むさ苦しい筋肉バカの片割れだ」
 えええぇ……。
「最後には殺すつもりなのに、副司令官を実験台にしたのか」
 俺、ドン引き。
「いや、最初の五組の時には兄貴のことも秘密だったからそうしたが、今はある程度、情報公開された後だ。殺すまでは考えてない。それよりこの場合、お前が元の強さを知っている相手を実験の対象に選ばないと、意味がないからな」
 えっと……どういう意味だろう。

「それに、心配するな。そいつは死にかけてるとかじゃない。肉体を酷使しすぎて、ただ疲れて寝ているだけだ。筋肉を鍛えるとか言って、拳だけで岩を砕いて回ってたせいでな。言っとくが、ここに残ったのも俺の命令じゃないぜ」
「いやいやいや。いくら魔族といえ、子供なのにそんな馬鹿な……」

 否定しかけたその時、明らかないびきを耳にし、俺は黙った。
 そういえば確かに……身体も痣ばかりで致命傷どころか、切り傷さえほとんどない。
 え、どういうこと? この嵐の中じゃ、避けるか防御を張るかしなきゃ、無事ではいられないよな?
 それともなに。筋肉バカは、肉体の造りも普通より頑丈だってこと?
 ああしかし、プートを基準に考えると、その可能性を否定できないではないか!

「おい、起きろ!」
 ベイルフォウスは歩み寄ってくると、相手は少年の姿だというのに、その背中を容赦なく蹴り飛ばした。
 まるでボールのように、その丸い身体が壁に打ち付けられ、ほんとにボールのように、跳ね返ってくる。それでもかすり傷が、わずかに増えただけのようだ。
 ……どうなってるんだろう、あの身体。

「ん? ……あ、ベイルフォウス閣下! おはようございます!」
 一旦、壁まで吹き飛ばされたというのに、何事もないかのように立ち上がり、白い歯を煌めかせて笑う少年の姿に、成長後の脳筋の姿が重なって見えた。
「あ、しまった! 鍛錬の途中だったのに、寝てしまった! 筋肉を鍛えねば!!」
 突然、空気の束をめがけて走り出しかけた少年の、一つにまとめた長い髪を、ベイルフォウスが掴む。

「あれ、なぜだ、前に進まん!」
 えええ……髪の毛、掴まれてるからなんだけど!
「おい、チーゴ」
「ああ、ベイルフォウス閣下が握っていたからか!」
 名前を呼ばれてやっと、筋肉は振り返り、自分が前に進めない理由を理解したようだった。

「なあ、ベイルフォウス」
「なんだ?」
「このチーゴだけど、もしかして彼も魔王様と同じで、まだ大人の時の記憶が残っているのか?」
「いいや?」
 えー。子供の時からこれなの? 子供とか大人って言うより、もうただの筋肉としか言い表しようがないんだけど……。

 俺のガッカリに気付いてか気付かずか、ベイルフォウスはチーゴの頭をがっしり掴む。
「一、いいと言うまで動くな。二、話を聞け。わかったか?」
「はいっ」
 彼を見ていると、うちの副司令官、ウォクナンでもよかったと思えるから不思議だ。


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