古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

35 ファイヴォルガルムと強奪者


 少し寝てスッキリした気分で目覚め、顔を洗って執務室に戻ると、室内の顔ぶれに大きなゴリラマッチョ金獅子が増えていた。
 間違っても狭いとは言えない魔王城の執務室だというのに、プート一人が混じるだけで、途端に窮屈さを感じるから不思議だ。

 というか、空気が重苦しい。
 ベイルフォウスとプートが睨み合っているからか?
 それとも、ウィストベルとプートが目も合わせないからか?

 現状、小魔王様がどっしりとした執務椅子にちょこんと座り、他は誰も椅子には腰掛けず、三人の大公が補助机をぐるりと取り囲んでいる。

「あ、ジャーイル、おはよう!」
 息苦しさに耐えかねたのか、小魔王様が執務椅子から飛び降り、駆け寄ってくる。一旦、着せられていたブカブカの大人の服から、ちゃんと子供用の服に着替えなおしていたため、裾をたくしあげる必要もないようだ。

「おはようございます」
 別に朝でもないのだが、昼寝でもおはようというのはなぜなのだろう。あと、昼じゃ無くてもちょっと寝たのは昼寝って言っていいのだろうか。
「気分、よくなった?」
「ありがとうございます、もう大丈夫ですよ」

 それでもクイクイと手を引っ張るので、俺はその場にしゃがみ込み、耳を貸した。
「あのね、みんなこわいんだ。なんとかできない?」
 こっそり相談される。
 俺に何とかしろと言ってくる辺り、指示の方法が違うだけで、中身は本当にいつもの魔王様っぽいじゃないか。

「プート、何かわかったのか?」
 魔王様を抱き上げ、努めて朗らかな声を出しながら、補助机を囲む大公たちに向かう。魔王様を抱きかかえたのは、子供の姿が常に目に入る方が、みんなの気持ちも視線も和らぐかと思ったからだ。
 盾にしようとか考えたわけでは、断じてない。

「ファイヴォルガルムだ」
 答えはプートからではなく、ベイルフォウスから返ってきた。それも、苦々しさの充満した口調で。
「無事に見つかったのか!?」

 俺は補助机へと、足早に歩み寄る。
 その机上には黒い布が広げられており、物々しいごつい武器が置いてあった。
 流血する〈真円を四つに分ける十字と鏃〉の紋章が焼き付けられた、直径五〇センチ強のファイヴォル。それは正に、探し求めたファイヴォルガルムに違いなかった。

「プート、もう一回、ジャーイルにいってあげて?」
 魔王様が小首を傾げながらお願いすると、プートは不機嫌な表情のまま、口を開いた。

「そなたの情報に基づき、我は領地で人間の寺院とやらを探し、そこにこのファイヴォルガルムが、かつてあったことを突き止めた」
 うん、そこまではみんなにも手紙で知らせてくれてたもんね。

「我はすぐさま配下を総動員し、ファイヴォルガルムの行方を追った。だが、手がかりを知るのは人間、それも、追う相手も人間とあって、捜査は面倒ではあった。なにせ、奴らはすぐに息絶えるのでな」
 ああ、ベイルフォウスの予想は外れて、やはりファイヴォルガルムを奪ったのは人間だったのか。
 しかし、すぐに息絶えるって……なにしたんだろう。

「だが、臣下たちの苦労の結果、その武器と使用者――つまり、ファイヴォルガルムと強奪者とみられる相手の居所を、我はようやく突き止めたのだ」
 おお、やるじゃないか、プート!
「ということは、魔王様の魔力を奪った相手が、まだプートの領土にいたっていうのか」
 それは意外だった。
「そうだ。我が領内の森にある小屋――人間どもの建てた脆弱なその建物の中で、我は魔王陛下の魔力を持つそ奴と対峙した」

 人間の建物か。ならばプートの言う〝小屋〟はあてにならない。
 本当に〝小屋〟であろうが、まあまあ立派な城や屋敷であろうが、人間のものは全て〝小屋〟と言い表す魔族も少なくはないからだ。

 しかし、プートの領地内から武器を得て、未だプートの領内にいたのならば、なぜ、そのままプートではなく、魔王様を狙ったのだろう。
 いや、これもあくまで魔族の考え方。相手は人間なのだ。
 彼らが魔族の領境など、気にするはずがない。プートの領内とはいえ、場所によっては〈竜の生まれし窖城〉より魔王城の方が近い場合もあるのだから。

「しかし、人間がよくあの魔王様の魔力に耐えられたな」
「そんな訳はあるまい」
 え?
「でも今、人間を追って、彼らの小屋で魔王様の魔力を奪った奴と対峙したって……」
「〝小屋〟には、砂糖に群がる蟻のごとき人間どもがいた。だが、ファイヴォルガルムを持つその者のみは、魔族であったのだ」
「え……?」
 魔族? 人間の〝小屋〟に?
 魔族が人間といた?

「そいつはデヴィル族……だったとか?」
 きっぱり魔族と言い切るのだから、一目でわかる容貌だったのだろうか。
「いや、デーモン族だ」
「ならなぜ、魔族だと言い切れる。もしかして人間だったかもしれないじゃないか」
 例えば俺とマーミルは金髪だが、それは人間たちにだってある髪色だ。ベイルフォウスのような真っ赤はいないが、彼らの中で赤毛と評される髪色はある。魔王様の黒は言うに及ばず――

「そなたはデヴィル族と動物とを見紛うというのか!」
 ゴリラの胸が、怒りに膨らんで見えた。
「悪い、失言だった」
 ああ、確かに。さすがに魔族が同胞を見て、そうと判らぬはずはない。例え相手がデーモン族で、人間と区別がつかない髪色や瞳の色をしていたとしても。

「もっとも、その男は魔族にしかあり得ないような髪色をしていたらしいがな」
 ベイルフォウスが補足する。なんだよ、それならプートも怒らずちゃんと教えてくれたらいいじゃん!

「卑怯者の強奪者めは、我を認めるや否や、人間たちへの防御結界と、我への攻撃を同時にしかけてきたのだ」
 プートが説明を続けた。

「それは、百式であった」
 へぇ。もともと無爵だった者が、百式をつかったっていうのか。
「当然、小屋は崩壊した。立つ床は崩れ、我は大地を踏みしめた」
 瓦礫を吹き飛ばし、地を穿って立つ金獅子が容易に想像できた。
「ちなみに、小屋っていっても石造りの三階建てで、森の中に建っていたんだって」とは小魔王様がコッソリ教えてくれたことだ。

「我とその強奪者の戦いは、そこから始まり、辺りを薙いで終わるはずであった。勝者として立つのは当然、我、大公プート! 卑怯者など、地に伏せて屍体をさらすはずであったのだ!」
 いや、魔王様に魔力を戻す前に屍体になったらまずいよね! 相手が強奪者だというのなら、ちょっとそこは考えようよ、プート!

 やる気満々のプートに反し、相手は応戦に乗り気ではなかったらしい。まあ不意に急襲されたのだろうから、それはそうだろう。
 プートはいつものように、自身の肉体に魔力を纏わせ、肉弾戦をしかけた。
「いかに百式の知識はあろうと、所詮は弱者。その性質が身にしみておるのであろう。奴は我に怯え、瞬時に逃走を選択したのだ」

 ファイヴォルガルムを放ってきたのは、脅えるあまりの反射的な反応だったと思われるそうだ。
 自身の目の前に差し出された武器を、プートが捉え損なうはずはない。今度はちゃんと見えているのだから。
 プートがファイヴォルガルムの捕獲に気を取られた一瞬の隙――

「その卑怯者は、その一瞬をのがさなかったのだ。奴は突如として、特殊魔術を発動させた」
「特殊魔術?」
「消えたそうじゃ」
 ウィストベルが、意味ありげに俺を見る。

「その者は術式を展開することもなく、プートの前から姿そのもの――そればかりかその一帯全てを、露と消し去ったそうなのじゃ」
「一帯……? 周囲の人間を?」
「そう。人間も含め、その場にあった木々の全て――つまり、森を一つ消し去ったそうじゃ」
 森一つを?

「そいつがプート以外を転移させたということか」
「いいや。特殊魔術と申したであろう。転移はただの、技だ」
 ああ、確かに。転移魔術は術式を覚えさえすれば、誰でも使える魔術だ。もっとも、プートがそれを使えないことを、俺は知っている。言わないけど。
 それに、さすがに森一つをもろとも転移、だなんて大がかりな魔術、俺だって実現可能と考えてみたことすらない。

「奴らは、瓦礫を含めてそこから消滅した訳ではない。我が拳は其奴がいるであろう場所を叩き、空を裂いたが、しかしそれは上手く避けられただけのこと。その証拠に、この拳は周囲が消えた後も、そこにあったはずの木々を砕いたのだからな」
 木は打たれて倒れた瞬間、倒木となった姿をプートの前にさらしたらしい。
 つまり、ティムレ伯の城に侵入した人間が、屍体となった途端に姿を現したのと同じということか。

 ちなみに、その後プートは連中を逃がすまいと、サクッとその一帯をまきこむ巨大な破壊魔術を発動させたとか。
 森一帯は再び荒れた姿を見せたが、その中に人間やその男の屍体はなかったそうだ。

「つまり、逃げ切られたってことだ」
 ベイルフォウスくん。ついさっき反省したはずの身で、プートを煽るのはやめたまえ。

「だが、相手が魔族というのなら、素性が知れたんだな?」
 なぜって、その魔族の男が魔王様の魔力を奪ってプートの領地に移動したというのなら、それを領主たる二人が把握できないはずはないからだ。
「いいや。それが未だその男の名も身分も、所属する領地も、我は把握しておらぬのだ」
 そんな馬鹿な!


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