古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

34 結局、僕が面倒を引き受けることになるのです


「あーわかったわかった。結局、俺が世界中を血眼で、汗だくになって駆けずり回ればそれでいいんでしょ! 全く非効率な!」
 俺はもう一度、わざと大きなため息をついてやる。

 実はちょっと前から目が覚めていて、二人のやりとりを聞いていたのだった。
 ウィストベルもベイルフォウスも、放っておくと何を深刻な顔で馬鹿やり出すのだか、わかりはしない。
 あまりにもツッコミどころ満載で、さすがに心中でせわしなくツッコミ続けるのにも疲れたので、口を挟むことにした。

「だけど俺一人が頑張るんじゃ不公平だから、ウィストベル……それからベイルフォウス、お前も付き合えよ」
「……」
 ん?
 どうしたことだろう。ウィストベルとベイルフォウスが、なんだか強ばった表情でこちらを見たまま固まっているではないか。
 うーん、とりあえず。

「よし、ベイルフォウス。一回殴らせろ」
 俺は冷たい床から立ち上がり、手をにぎにぎしながらベイルフォウスに歩み寄った。
「ちょ……ちょっと待て、ジャーイル! お前、あの酒を飲んだんだよな?」
 ここまで焦る様子のベイルフォウスを見たのは、これで二度目だ。

「ああ、飲んだとも。ちょっとだけな」
 匂いも味も違ったが、口に入れた瞬間、あの酒だとピンときた。
 いくら恋愛には鈍感でも、命の危機にまで本能が反応しないようでは、魔族として到底、生き残れまい。

「だから殴らせろ、と言ってるんだ」
「殴るのはいいが、飲んだなら、なぜ」
 それ以上、有無を言わせず胸ぐらを掴み、殴りつける。
 ベイルフォウスは執務机の上に乗っていた燭台を道連れに、派手に倒れた。

「自分の弱点がわかっていて、放っておく馬鹿がどこにいる!」
 そうだとも! うちには優秀な医療班が控えているんだぞ!
 彼らに例の酒の分析を頼んだ結果、酩酊状態を即座に緩和し、状態を回復する薬を作ってくれたのだ!
 外出時にはその薬を、常に持ち歩いている。
 なにせ、なんといっても相手は魔族。倒れたり、記憶を失うのが例えがわずかな時間であったとしても、その間にあんなことやこんなことをされたのでは、取り返しがつかない!
 この酒は、と理解した時点で、その薬を飲むに決まっている。
 だが結局、しばらくは気を失っていたようだから、もうちょっと改良してもらわないとダメだな。

 それとも、飲むタイミングが遅すぎたのだろうか?
 正直なところ、薬を飲むかどうかは最後まで迷った。
 まさかベイルフォウスが俺を相手にそんな手段を採ってくるとは、気を失う直前まで信じられなかったからだ。

 いや、今の状態がものすごく大変だってのは、わかってる。重大な事件が起こっているのだというのは、重々承知しているんだ。
 それでもまさか、ベイルフォウスが兄の魔力弱体化に対して、最後といっていいような手段を今の段階でとるだなんて、そこまで危機感を抱いているとまでは思い至らなかったのだ。
 その点、俺の見通しが甘かったのは認めよう。

「いってぇ……」
 ベイルフォウスは中を切ったのか、口の端から滴る血を拭う。
「そのくらいで済ませてやる俺の寛大さに感謝しろ」
 異論などあろうか。
 魔族の全てともいえる魔力を無理矢理奪おうとした相手へのけじめとしては、軽すぎるくらいだ。

「だいたい、俺にはマーミルがいるからってどういう理屈だ! 無責任にもほどがある! 俺が脳内お花畑の天然ボケに育ったら、一体どう責任をとってくれるんだ!」
「そんなところから聞いてたんなら、もっと早くに止めてくれよ」
 ベイルフォウスは立つ気もないらしく、執務机にもたれ座ったまま、苦笑を浮かべて俺を見上げた。

「まだ頭がボーッとしてたんだよ!」
 殴った頬は二,三日腫れるがいい! なんならもう一回殴ってやろう!
 本当のところ、我ながらホントに寛大だと思う。もっとも、ガルムシェルトでは俺の魔力は奪われないだろう、とあらかじめ予想していたからこその、心の余裕なのだが。
 ……うん、本当になんともなくてよかった。

「……これで済ませてくれるのか?」
「お前がまともな魔族なら」
 俺はベイルフォウスに冷え冷えとした視線を向ける。
「自分のしたことが、いかに卑怯な手段だったかという自覚があるだろうからな」

 もう一度、殴られでもしたかのような表情を浮かべ、ベイルフォウスは押し黙る。
 自業自得だ! 魔王様の魔力をコソコソと奪った相手を、さんざん非難していたのは誰か、よぉく思い出して猛省するがいい!

「お前の企みがうまくいって、魔王様が最強の魔力を得て、強者に戻ったとして、誰がその魔王位を認める? 魔武具を使って不意に相手から魔力を奪ったという点に関して、お前が非難した強奪者と、これはどう違うんだ! それとも、公にさえならなければ、どんな手段を講じてもいいってのか?」
「……返す言葉もない」
 返してるじゃん!

「だいたい二人とも、当事者の気持ちはおかまいなしか! ルーくんを見てみろ。泣いてるじゃないか」
 そうだとも。結界の中、大人たちの言い争いを耳にして、ルーくんは大きな瞳からポロポロと涙をこぼしていたのだ。しかも、あの手を見ろ。
 ウルムドガルムを無理矢理、握らされている手は、それでもウィストベルに精一杯の抵抗をみせ、真っ赤になっている。
 彼女が本気になれば無意味だとしても、せめて気づいてやったらどうだというんだ。
 だいたい、ガルムシェルトでコロコロ大人になったり子供になったりして、魔王様の体調とか記憶とかに影響はないのだろうか?
 そんな心配は、二人ともしていないのか?

「ルデルフォウス……」
「やだ……ボク、ウィストベルをきずつけたくない……ボクはウィストベルを守るんだ。弟も……ベールもウィストベルも、みんなボクが守るんだ!」
 ルーくん…………俺は?

「ルデルフォウス……主は……」
 小魔王様の瞳から流れ出る大粒の涙を手の甲に受け、ウィストベルは手に込めた力を緩めたようだった。
「思い出したのか、私を」

 んん? あれ、小魔王様、そういえばウィストベルのことちゃんとわかった風に呼んだ?
 あれ、もしかして、ホントに記憶が戻ってる?
 でも「ボク」って、中身もルーくんに戻った時の口調だが……。
 まあ、いいか!

 ウィストベルが結界を解く。
 それと同時に、彼女は目にも止まらぬ速さで小魔王様の手からウルムドガルムを奪い取ると、それを投げ捨て――うおお、危ない! 足に刺さるところだった!! ――小魔王様の小さな身体をヒッシと抱きしめたのだ。

「しかし、二種類のガルムシェルトを使うことで、二人から同時に魔力を奪うこともできるとはな」
 それを確かめるために、こいつを貸してくれといった訳か。
 ベイルフォウスはちゃんと自分の考えを、俺に話すべきだったのだ。企てが明らかになった後、ウィストベルに頭を下げて頼んだように。真実、俺のことを親友だと思っているのならば。
 まあ、実際には頼まれたとしても、たぶん断るけどね!

 俺は足下に落ちたウルムドガルムを拾い、自分の血を拭って、ハンカチに包んで懐にしまう。ついでにエルダーガルムも、一旦、俺が引き取って、ベイルフォウスの紋章が入った布で縛った。
 また二人が馬鹿なことを言い出す可能性がないわけじゃない。とっとと回収してしまうに限る。

「兄貴から魔力を奪った奴を見つけ出し、元に戻った後は、ガルムシェルトも全て手に入れて破壊する」
 どうやらベイルフォウスは、方針をやや変えたらしい。力強くそう言うと、ようやく立ち上がった。
 あと少しで腰でも抜けたのかと聞くところだったよ。

「先ほどの、ジャーイルの提案じゃが」
 ウィストベルは小魔王様を自身の谷間から離すと、こちらに向き直る。
「魔王領は私が調べる。こうなっては、我らの能力に不審の念を抱かれたとしても、手段は問うておられぬ」
「なら、俺とジャーイルはプートのところだな」
 確かに俺はお前にも付き合ってもらうといったが、なにサラッと今までの流れを忘れたようなすまし顔で提案してるんだよ!

「とにかく、ちょっと休ませてくれ。薬を飲んで回復したとはいえ、まだ頭痛がするし、床が歪んでるような気も……」
 実はちょっとだけ、吐き気もする。なんならウィストベルの谷間にとか生足に、いつも以上に目が行く。
 つまり……たぶん、やばい。
「俺も子供になった後遺症か、身体がだるいがそんな泣き言は言わんぞ」
「お前は自業自得だろうが!」
 もう二、三発、殴ってやろうかな、こいつ!
 俺は思わず拳を握りしめる。

 弟の危機を察してか、長いズボンの裾をたくし上げながら、小魔王様がウィストベルから離れて俺に駆け寄り、手を握ってきた。
「あのねぇ、下におねんねできるおへやがあるよ。だから……」

 こんなの、苦笑するしかないじゃないか。
 当然、この魔王城の間取りは把握している。俺が責任者として、建築を請け負ったんだからな。
 それでもわざわざこう言ってくるからには、休みに行っていいからベイルフォウスを殴らないで、ということなのだろう。

「お言葉に甘えさせていただきます」
 俺は小さな兄の頭を撫で、大きな弟に視線を向けた。
「おい、ベイルフォウス。大事な兄上に、これ以上、気苦労かけるなよ」
「ああ……」
 殊勝な返事を聞いて、本当に少し寝るつもりで、執務室を出る。城主の強い勧めあってのことなのだから、誰も反対すまい。

「ジャーイル」
 執務室を出たその後を、ベイルフォウスが追ってきた。
 俺が足を止めると、ベイルフォウスも一定の距離を保って立ち止まる。
 まさか、本当に殴られると警戒しているのだろうか。

「悪かった。すまない」
 心底反省して聞こえる声音で、ベイルフォウスは素直に謝った。
「全くだ! 俺を裏切るかもしれないから、同盟を申し出なかった、だって? 最初からいつだって何か企んでるような顔してるくせに、今更なんだよ」
「そうか……」
 俺の寛容な言葉に、ベイルフォウスは拍子抜けしたような表情を浮かべる。
「だが、裏切るにしても、せめて筋を通せ。お前の今回のやり方は、最悪だった」
「ああ……全くだ……」
「少なくとも向こう百年、お前が望んだって、俺は同盟を受け入れないからな。反省してろ!」
 睨み付けてそう言ってやると、ベイルフォウスは苦笑を返してきた。

「百年か。短いな」
「その間、俺の城にも立ち入り禁止だ」
「それは……」
 おい、待て。なんで俺との同盟禁止より、城への立入禁止にショックを受けたような顔してるんだよ!
 お前の判断基準は、一体どうなってるんだ!

「とにかく、ちょっと休んでくる。ホントに今日、プートの領土まで行くつもりなら、その城主への説明くらい、お前が考えておいてくれ」
 ハッキリ言うと、嫌がらせだった。それでもベイルフォウスは殊勝な顔で頷く。
「ああ。そうしよう」

 ……なんかぶっちゃけ、ちょっと素直すぎて気持ち悪い。ベイルフォウスだというのに、いつもの不貞不貞しさはどこにいったというのだろう!

 だが結局のところ、俺もベイルフォウスもウィストベルも、とりあえずはそんな苦労をする必要もなくなったのだ。もっとも、別の苦労をする羽目になったというだけだが。

 それというのも、俺の寝ている間に、当のプートが魔王城へ、事件の続報を持ってやってきたからだった。


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