恐怖大公の平穏な日常
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38 魔王様の秘策――本人は内緒を希望
「ちょっとすまない……」
俺は小魔王様を抱きかかえたまま、他の大公から離れ、部屋の隅に移動した。そこで小魔王様を下ろしてしゃがみこみ、視線の高さを合わせる。
「今の、どういう意味です?」
「だから~!」
短い眉を寄せ、ちょっとイライラしたように肩をパンパン叩いてくる。
なんだろう、この、ちょっと意地悪したくなる感じ。
「ボク、いつまでもジャーイルのところにいられなかったでしょ?」
「まあ、あんな調子でずっといられちゃ、正直困りますしね」
ふくれっ面で、また叩かれた。幼い子供の乱暴さときたら!
「せっかくミディリースとなかよくなったのに、またすぐおわかれしちゃうのざんねんだから、これ、わたしてきたんだよ!」
そう言って小魔王様は、服のポケットから細い輪っかを取り出し、俺に手渡してきた。
それは、自身の瞳に似せたような、蒼銀色の腕輪――ぐるりを細かい金剛石で敷き詰めた中、たった一つだけ、幅一杯に鈍色の宝石が埋め込まれている。今の小魔王様には大きすぎるが、元々の魔王様の手首になら、ちょうどよさそうなサイズだ。
だが、それは単なる装飾用の腕輪ではないようだった。というのも、その姿からはほんのり魔力が立ち上っているのだから。
「……なんです、これ」
「えっとね……」
ちらり、と離れた場所に居る大公たちを――いいや、ウィストベルを気にしたように一瞥する。目が合ったらしく、わざとらしい愛想笑いを浮かべた。子供のくせに!
「お耳かして」
大人の時の記憶がない純真な子供の身でも、心やましい事があるらしい。
「これね、同じのが二つあって、わたした人と、コッソリおはなしできるの」
おいおい……いつの段階で渡したんだ?
記憶を失う前か? 失った後か?
どちらにしても、さすが〝若干女好き〟の魔王様。しかも、この態度を見るに、ウィストベルには内緒の品のようだ。
まぁ、こんな感じの腕輪なら、魔王様が付けていてもおかしくはないもんな。魔道具であることは、ウィストベルには一目瞭然だろうが、その効果まではわからないのだから、身に着けていても不信の念は抱かれまいし。
「魔王様……やりますね」
「ち、ちがうよ! そういうつもりじゃないよ! お友だちになったとおもったから……」
「はいはい。お友達お友達。お友達の証しですよねー」
「もう!」
ふっ……叩かれても全然痛くない。
俺は大きく息を吸い込んだ。
「ウィストベル! 危険を冒して召喚なんぞしなくても、魔王様がいい手段を講じてくれてたぞ!」
俺は腕輪を高々と挙げた。
「あっ! ジャーイル!!」
小魔王様は俺から腕輪を取り戻そうとでもいうのか、慌てた様子で大きく跳ねてきた。それをひょいと交わして、他の大公たちの元に戻り、腕輪を机上に置く。
「同じ腕輪を持っている相手と、離れていても会話ができる便利な魔道具だそうだ。それで今、幸いなことに、彼女がこの片割れを持っているらしいんだ!」
「ほう……」
ウィストベルの目がスッと細まり、小さな魔王様を捉える。
だが、その視線が合うことはなかった。小魔王様は俺を睨み付けているからだ。
「おい、ジャーイル! 大きくなったらおぼえてろよ!」
ああ、嘆かわしい! とうとう口まで悪くなってしまったじゃないか!
さらには蹴ってくるのだからたまらない。
さっきまでの可愛いルーくんはどこに。
「そうじゃの、覚えておいていただこうか」
だが、ウィストベルが慈悲深い笑みでにっこりと微笑んだ途端、小魔王様の蹴りは止んだ。
「今はとにかくルデルフォウス陛下に実践していただき、使用法を知ることにしようぞ」
有無を言わさぬ口調だった。
「兄貴、どうやって使うんだ?」
ベイルフォウスが同情に満ちた瞳と声音で、兄に問いかける。
「……えっと……こういうこともあるかなとおもって……だから、その……そなえあれば……」
なんか、ごにょごにょ言ってる!
だが、誰も反応を返さないでいると、小魔王様はとうとう諦めたように腕輪をいじりだした。
「えっとね……いっこだけ、大きさも色もちがう宝石があるでしょ。それに、ちょっとだけ魔力をふくんだ水をかけて……」
たった一滴。魔術で創りだした霧の粒にも近い水滴を、鈍色の宝石に落とす。
それは未だ術式を知らない子供でも容易に展開できるような、一式にもならないささやかな魔術だった。
それはともかく、チラチラと、ウィストベルを窺うその態度に哀愁を感じる。
「そうすると、もう一つをもってるあいてとつながって、この石から声が」
『わわっ!』
確かに、鈍色の宝石から、ミディリースの驚いたような声が聞こえてきたではないか。とはいえ、一応、素性は確認しておかないと。
「ミディリースか?」
『あ、はい。……ジャーイル閣下、です?』
姿が見えないからか、声に警戒心が混じっている。
「ああ。ジャーイルだ。小さい魔王様やウィストベルもいる」
ベイルフォウスとプートは省略した。言うと、脅えるかもしれないからな。二人も今のところ、黙って俺の動向を見守ってくれていることだし。
ちなみにベイルフォウスは、やはり話題の相手がミディリースだと察していたようで、彼女の声を聞いてもプートのように怪訝な表情も、驚いた様子もみせなかった。
「ミディリース」
ウィストベルが呼びかける。
「その腕輪を何と言って渡された?」
魔王様の表情に、緊張の色が走ったのを、俺は見逃さなかった。
『え? ……それは、今回の件で……閣下たちが、会議中に、急に、私の知識とか意見が必要になる、可能性があるから、そんな時のためにも、いつでも連絡を取れるようにって……』
「ほ、ほら! ね!」
ミディリースの言葉に、魔王様はやましいことなど何もないのだと言いたげに、小さな胸を張る。でも、「そんな時のために〝も〟」の、〝も〟が気になるよね。
だいたい魔王様! 明らかにホッとしたのが表情に出てしまってますよ! やましさを隠しきれてませんよ!
『あの、ビックリしました……魔王様には、あらかじめ、聞いていましたけど、本当に急に、震えだしたので』
へえ、震えるんだ。
腕輪を渡された時のことを、さらに追及したいところだが、重要事項を前に、好奇心はグッとこらえる。
「ところで、ミディリース。君に聞きたいことがあって、こうして連絡を取っているんだが」
『あ、はい……なんでしょう』
「君の特殊魔術だが……血統隠術だよな?」
ただの思い込みでないことを、確かめておかないと。
『あの……はい……』
返答にためらいがあるのは当然だろう。なにせ、血統隠術はできるだけ隠しておきたいものなのだ。
それもミディリースのような魔術だと余計に。それでも応と答えてくれたのは、俺を信頼してのことだろう。
「母方の、だよな?」
この点も、考えてみれば勝手に俺が決めつけていただけで、本人やダァルリースに確認したことはなかったのだ。
『え? ……いえ、あの……父方……の、能力、と、聞いていますが……』
俺はウィストベルと顔を見合わせる。ウィストベルの目が、「そら見ろ」と言って見えた。
「すぐにこちらへ参るのじゃ。母ともども」
『え? ……あの……?』
ウィストベルの声は、今までに彼女がミディリースにかけたどの言葉より厳しく響いた。
召喚魔術では無理でも、今度は俺も拒否するわけにはいかない。
「聞いての通りだ、事情はこちらに着いてから話す。とにかく大至急、母君と一緒に魔王城へ来てくれ」
『あの…………はい…………』
ミディリースは戸惑っているようだった。それはそうだろう。
特殊魔術のことを確認されたと思ったら、急に来いと言われるのだから。それも、母親と共に。
「この件は急を要す。エンディオンに相談して、最速の方法を講じてくれ」
『エンディオンさんに……』
引きこもり精神が発揮されたのか、彼女が息を呑んだのが知れた。
それからこっそりと、こう、伝えておくのも忘れなかった。
『その腕輪はつけてこずに、エンディオンに渡しておいてくれないか』
まだなにか、緊急の要件があるかもしれないもんね!
通信は、それで終了した。
だが、ウィストベルのいうとおり、俺たちには母娘の到着を悠長に待っている暇はなかったのだ。
またしてもプートの大公城――〈竜の生まれし窖城〉から、世界を揺るがすほどの驚くべき続報がもたらされたのだから。
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