古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

41 母娘を待つ間に、ちょっと気になったことを聞いただけなのです


「ところで魔王様。その腕輪って、それひと組っきりなんですか?」
 言っておくが、俺は別に責める目的でそう言った訳ではない。
 こんな時だからね。
 面白そうだから、つっついてみよう、とか、そんな不謹慎なこと、考え及びもしなかった。ただ、純粋な好奇心から、尋ねてみただけなのだ。

 本当に、本当だ。
 だが、その俺の問いを受けた小魔王様は青ざめ、その反応を見たウィストベルの目が、狩人のように細まったではないか。

「なるほどのぅ。ルデルフォウス。この腕輪と同じ効果のものは、あといくつある?」
 それは、確信に満ちた追及だった。

「どうせ、これ一つっきりではないのであろう? 他にいくつあるのじゃ?」
「……」
 小魔王様、アウアウしてる。
 あ、目をそらせた。
 狼狽えて黙ったところをみると、ほんとに他にもあるのか。

「勘違いするな、ルデルフォウス」
 だが、ウィストベルは冷静だった。
「私はなにも自らのことを棚に上げ、主の軽薄さを責めようというのではない。男女の仲のことではお互い様じゃ」
 確かに、この二人だとそうだろう。しかし、慈悲深いとさえ見えるウィストベルの笑みは、逆に怖い。

「で、でも……なら、なぜ、そんなことを聞く……の?」
「なぜ、じゃと?」
 ちなみに俺が聞いたのに意味は無い。小魔王様が追及されることになる、とも思っていなかった。
「では、逆に問うが、遠く離れた者と連絡が取れるという至極便利なものを、この非常事態に利用せぬ手があると思うか? その為であって、他意は無い」
「ああ、確かに!」

 っていうか、ほんと尤もだ!
 そりゃあそうだよな! 逆に、なぜ俺――ついでにベイルフォウスとプートも、その利用を思いつかなかった。
 まあ、実際にはそれどころじゃなかったけども。
 そもそも、まさか他にもこんな腕輪があるだなんて、疑ってもみなかったし……いや、ベイルフォウスはどうかな。考えついても兄のために、黙ってそうな気はする。

「なんじゃ。てっきり主もそのつもりで問うたのかと思うたのじゃが」
「いやぁ……思い至らず、申し訳ない」
「だったら余計なこと言うなよ」
 うん? 何か言ったかな、小魔王様。
 小声で言ったつもりだろうが、ウィストベルにはバッチリ聞こえたようだ。
「どうせ自作の品じゃろうが、今の主では新たに造り出すことはできまい。ならば、あるものを利用すればよい」

 ええ、マジで? 魔王様が造ったの?
 元からある魔道具を利用した、とかじゃなく?
 なに、魔王様って、物造りの才能でもあるの?

「で、いくつあり、誰が持っているのじゃ? 教えてくださらぬか、ルデルフォウス陛下?」
 ウィストベルの満面の笑みを受けて、見てもいないのに小魔王様の表情は再び凍り付いた。
 本当に、ウィストベルは責めるつもりはないのか?
 なんか声も怖いんだけど。

「わ……わかんない……」
 さっきまで大人口調だったのに!
 子供っぽくしたら誤魔化せるとでも思っているのだろうか?
「言ったであろう? 私は責めているのではない」
「で、でもほんとに覚えてないんだもん!」
 小魔王様はウィストベルに両手でがっしり頬を固定され、涙目になっている。
 ウィストベル……本当に責めているのではないのか?

「よかろう。どうせ奥の部屋にあるのじゃろうから、ジャーイル。主が陛下に付き添って、残らずその魔道具をとってまいれ」
「俺が? でも、ウィストベルは……」
「私は陛下の寵姫を招集し、その片割れを集めねばならぬ」
 そっちこそ、俺が担当した方がいいので……と思ったが、ウィストベルの笑顔が怖かったので黙って従うことにした。

 ――という流れのもと、俺と小魔王様は現在、魔王様の部屋にいる。前室ではない。寝室だ。それも、ウィストベルの指摘通り、一番奥の。
「やっぱりやましいから、こんな奥にしまい込んでるんですね」
「ちがうもん!」
 低い蹴りを、今度は悠々、かわしてみせる。

 ところで、その魔道具は、最初の腕輪を入れて合計八組あった。
 全てが腕輪ではない。腕輪、指輪、ネックレス、ピアス、その四種類が各二組ずつあったのだ。全て土台は蒼銀で、やはり鈍色の石がついているのだが、例えば同じ指輪でも、一組ごとにデザインは違っている。全く同じだと、どれを誰に渡したのか、浮気性の魔王様にはわからなくなるからに違いない。
 それを、奥の部屋の一箇所にではなく、あちこちに分散して置いてあったのだ。
 ますます怪しい。

「本当にこれで全部ですか?」
 俺が疑いの瞳を向けると、魔王様はぷっくりと頬を膨らませる。
「だから、覚えてないんだって……記憶全部、思い出した訳じゃ無いんだし」
「え? そうなんだ? ……え、俺のことは大丈夫ですよね? ちゃんと思い出してくれてますよね?」
 小魔王様は目つきも悪く、俺を見ながら舌打ちした。
 どうやら本当に、大人の記憶もいくらかは戻っているらしい。

「ちなみに、さっきウィストベルが言ってましたけど、この魔道具、ほんとに魔王様が造ったんですか?」
 黙ったまま、答えがない。
「わざわざ手造りして、あちこちの女性に配ってるんですか?」
「覚えてないって言ってるだろ!」
 絶対嘘だ! 完全に目が泳いでいるではないか!
 そうか。本当に自分で造ったのか、そうなのか。

「どっちにしても、便利ですよね。俺にも造れるかな?」
「絶対無理! そんなに簡単に造れるものじゃないからね!」
 覚えてるじゃないか。

「造型に特化した特殊魔術が必要だとか?」
「違う! まずもって、魔術で造型してるんじゃないし! ちゃんと、手造りだし!」
 へぇ、ちゃんと鋳造でもしてるのか。
 ウルムドガルムの錆を一心に磨いていた姿を思い出し、納得した。

「材料にボクの血を混ぜて、一つ一つ、心を込めて造ってるんだし! 魔術の付与に特殊魔術は必要ないけど、術式は複雑だし、かなりの根気と、微妙な魔力加減が……!」
 ふと、小魔王様は我に返ったように目を見開き、興味深げに頷く俺を見て固まる。
 ようやく、喋りすぎたことに気付いたようだ。

「なるほど。血と根気と微妙な魔力加減が必要、と」
「いや、造り方なんて知らないけどね!」
「へぇぇ……」
 なんか真っ赤になってプルプルしてるから、これ以上は勘弁しといてやろう。
 そして大人に戻ったら、造り方を教えてもらおう。

 とにかく、見つけた七組の魔道具を持って、俺と小魔王様は執務室に戻ったのだった。

 だが、部屋に入るなり――
「褐色のラディーリア」
 ウィストベルが補助机の前で、指輪を持ち上げた。

「榛のエリアス、風姫マーラ、姉のカーラ、秋津トリティア、冷眼のフォリオ」
 ウィストベルは一つ一つ装飾品を取り上げ、その都度、名をあげる。女性のものらしき名を……。

「最後の一つは、奥侍女のワイスワイズが持っておった」
 女王様は口調だけは穏やかに、そう言い切った。お互い様の精神はどこに……。
 それにしても、よくこの短時間で、全員から回収できたもんだ。ウィストベルの命令には、さぞや強制力がつきまとうのだろう。
 俺としては、ちょっと羨ましい。

「よかったですね、魔王様は覚えてなかったけど、こっちも全部見つかってたみたいですね!」
 俺は凍り付いた空気を溶かすべく、明るい声を上げた。
「偶然にも、今見つかったのが七組だから、大公全員に行き渡らせることができますね」
「そうだね! 潜在的な予知能力でも働いたのかな!」
「さ、じゃあ、さっそくどれを誰に渡すか、決めましょうか!」
「そ、そうだね! サクッとね!」
 子供のくせに、小魔王様の額には冷や汗が浮かんでいる。

 一方、ウィストベルは――
「どれを誰が持とうが、何ほどの違いがあろうか。とにかく、大公が一組ずつ持っておればそれでよかろう」
 その通りだが、容赦がなかった。
「それとも、モノによってそれ以上の付加効果があるとでもいうのか?」
「とんでもない! そんなもの、ない、です……」

 小魔王様は、青ざめた顔を激しく左右に振った。
 どうみても、いたずらが過ぎてお母さんに怒られている子供にしか見えない。
 魔王様……俺がいるのを忘れてるんじゃないだろうか。威厳も何もあったものじゃないんだけど。
 ああ、でも最初っから、魔王様って割とそんな感じだったっけ……。

 このとき、ミディリース母娘が無事に到着したという報せがなければ、いたたまれない空気はどこまで続いていたのだろうか。
 小魔王様は、今回ほんとに色々と、ミディリースに感謝すべきだと思う。


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