古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

42 占領された土地は奪還するが当然です


 魔王城に到着したミディリースとダァルリースを伴って、〈竜の生まれし窖城〉に到着したとき、意外にもまだ戦いは始まっていなかった。
 いいや、始まっていない、というのは正確ではない。
 プートの居城は、それはもう精一杯の攻撃を受けていたのだから。

 七大大公の城は、どこもそれはそれは広い。
 俺の〈断末魔轟き怨嗟満つる城〉だって、城主たる俺でもどんな場所があって、どんな建物が建っているのか、もう住み着いて三年以上も経つのに、未だにまだ全てを把握できないほど広いのだ。
 当然、〈竜の生まれし窖城〉も広い。馬鹿みたいに広い。

 その中央に本棟はポツンと建っていて、周囲は普段からプートが暴れるためか、殺風景な均されたむき出しの大地が広がっていた。
 他の建物や手入れのされた庭園なんかは、空地をぐるり囲んだ向こうにしか建っていない。

 その広い敷地のうち、強奪者の結界が張られているのは、堅牢そのものといった佇まいの本棟に限られている。
 そこへ、「破壊し尽くしてかまわん」というプートの許可のもと、自身にベイルフォウスを加えた大公二名、それに続くプート麾下、副司令官・軍団長――ただし、全員集合ではない――が、強力な魔術を放っているのだ。

 到着した時にはもうとっくに深夜だったというのに、その一帯だけは日が落ちることがないと思えるほどの明るさを呈していたことからも、その攻撃のすさまじさが窺える。
 俺の服を掴むミディリースの手が、震えだしたほどの、苛烈な攻撃の数々――
 それでもその総攻撃を受けてなお、〈竜の生まれし窖城〉は威容を誇っていた。強固な結界によって。

 範囲を本棟に絞っているとはいえ、さすがは魔王様の魔力を利用した結界――簡単に打ち破れそうにはない。
 逆に、ベイルフォウスやプートが放った魔術が結界に跳ね返り、傷ついた同胞たちがいたとかいなかったとか……。

 いいや、傷ついているのは同胞だけじゃないようだ。
 あっちに建つ屋敷の屋根は無くなってるし、そっちの屋敷の塔は折れている。もとは綺麗に整えられていただろう木々も、無惨に折れて葉を散らしていた。
 離れた場所でも結構な被害が出ているのだ。

 ああ、俺は言わなかったよ?
「あれ、俺が着くまでに終わってるんじゃなかったっけ?」とか、そんなベイルフォウスとプートを挑発するようなことは言わなかったよ?
 だって、見るからに二人とも、イライラしてるからね。ちょっと触っただけで殴りかかられそうなほど、ピリピリした雰囲気になってるからね!

「おのれ卑怯者が! 姿を見せるがいい!」
 プートが牙をむく。だが、その挑発にも、答える声はない。
 カーテンを引き、あるいは鎧戸を落としたその窓に近づく者さえいないと見えて、〈竜の生まれし窖城〉の本棟は、無人であるかのように静まり返っていた。
 外の猛攻撃など、城内には届いていないかのよう……いや――実際、そうなのだろう。

 なぜって、その結界たるや、外からの一切を遮断する代わりに、中から外への干渉も全て拒む――それほどの、内外を隔絶する結界だったのだから。
 それも、単に魔力を尽くして強力にした、というだけの結界ではない。そうであれば、とっくにプートかベイルフォウスが打ち砕いていただろう。

 だがその結界は、頑丈な上に特殊な効果も備えているようだった。どうやら、ありとあらゆる魔術の威力をさえ、いくぶんか薄め、一部は無効化する効果もあるようなのだ。
 これだけのものを構築する術式は、さぞ複雑であるに違いない。やはり相手は相当、魔術に造詣が深いようだ。

 俺がそんな感想を洩らすと――
「ねえ、閣下、だったら――」
 隣にいるだろうミディリースが、ツンツンと袖を引っ張ってきた。
 もっとも、その姿は見えず、声だけが聞こえる。
 なぜって、ミディリースには自身にだけ、隠蔽魔術を施すように指示してあったからだ。

「いっそこのまま、気が済むまで籠城してもらったら、いいんじゃないです? せめて食料が、無くなるまで……」
 ああ、確かに。
 中にいるほとんどは人間だ。結界のせいで中から外にも出れないというのであれば、城内の食料が潰えた時点で、飢えて死ぬしかない。
 だが、結局それで減るのは、ベイルフォウスやプートが数にも入れていない人間だけ。魔族たる強奪者はそうはいくまい。
 強奪者は人間と協力関係にあるのだから、彼らが飢える前に結界を解くかもしれないが、そもそも、こうして籠城するのが目的なら、その対処をしていないなんてことがあるだろうか?

 それに、何十日も待つ時間的猶予はこちらにはない。
 何より魔族の本質――さらに言うなれば、城主たるプートが、その消極的な策を許容するはずがなかった。
 俺がそう応じる前に、「それが魔族の考えですか! 情けない! だからあなたは弱いままなのです!」と母が娘を叱咤した。
 同行させた母娘には、当然、これまでの事実と予測の全てを説明してある。つまりこの中にいる、魔王様から魔力を奪い、プートから城を奪ったその強奪者が、自分の夫や父である可能性を承知の上で、彼女たちは今ここに立っているのだった。

 ちなみに、一人は愛用の大鉈を手に持ち、魔武具である鎧で完全武装しての参戦だ。詳細を語らず呼びつけたというのに、ダァルリースはそうすべき何かを感じたようだった。
 一方で娘の方は、母とは対照的な格好――簡単にいうと、いつも通りだ。仮面はつけていないまでも、お決まりの裾まで長いローブを頭からすっぽりかぶっている。
 まあ、どのみち今は見えないけども。

「ミディリース、やれるか?」
「はい……」
 応じる声は緊張のせいかガチガチだ。声が具現化されるなら、それこそ硬い岩となって大地を穿つに違いない。
 しかし緊張はまた、ミディリースの強い決意を表してもいたのだ。
 俺はなにも、彼女たちを漫然と連れてきたわけではない。母には母の、娘には娘の、果たしてもらわねばならない役割がある。

 娘が果たす役割とは、〈竜の生まれし窖城〉の敷地全体に、隠蔽魔術を施すこと。
 相手がいくらその身に隠蔽魔術をかけていても、敷地全体を覆ってしまえば、それも無駄なこととなる。なにせ、隠蔽魔術の中で展開された隠蔽魔術は、無効されたに等しいのだから。
 隠蔽魔術の施された図書館では、隠蔽魔術をかけられた小魔王様の姿が見えていたように。

「ベイルフォウス、プート!」
 俺はベイルフォウスに向かって指輪を、プートに向かってネックレスを投げて渡す。
「なんだ、これは」
 まさか俺からの贈り物と思った訳じゃなかろうが、プートが不審顔を浮かべている。
 それに対し、さすがにベイルフォウスはその造型に思い当たるものがあったのだろう。「ああ」というような表情を浮かべ、女性の細指に合うその指輪を、自身の小指に滑り込ませた。

「対になる相手と会話ができる、魔王様の造った装飾品だ。片方は魔王様が持っている」
 ちなみに、四種二組のこの装飾品は、〈魔王八秘宝〉――そういうのが魔王ごとに、元々あるらしい――に加えられることとなった。
 魔王様は拒否の表情を浮かべていたが、ウィストベルが黙殺し、そういうことに決まったのだ。
 つまり、公となったこの魔道具を、魔王様は二度とコッソリ使えないのである。
 まあ、どうでもいいけどね!

「水をかけるのだったか。兄貴、聞こえるか?」
 さっそく弟は実践し、兄との会話を試みたが、応じる声はない。
 それもそのはず。

「水は腕輪で、指輪は火、ネックレスは土だそうだ」
 マメなことに、魔王様は装飾品によって、かける魔術を変えていたのだ。
「それはまた、用心深いことだ」
 ベイルフォウスは兄がそうした意図を理解したらしく、苦笑いを浮かべたが、今度は試そうとしなかった。

 プートの方も自分の首には回らないネックレスを、興味もなさげに懐にしまうと、再び攻撃魔術を展開する。
 大公位争奪戦の俺との戦いで披露した、馬鹿でかい土塊傀儡だ。

「さすがは大公閣下……お見事な傀儡人形です!」
 ダァルリースが心底感極まったように熱のこもった賛辞を独りごちる。
 案外、種族の違いを許し合えるのなら、プートとダァルリースは気が合うのかも知れない。

 俺たちの見守る中、ただでさえ雲を衝く巨躯が、おもむろに両腕を挙げた。
 でかい。ほんとでかい。
 こっちを向いていないというのに、圧迫感が半端ない。
 俺、よくこんなのの拳に握られて、無事だったなぁ。
 感心したのも束の間、目にも止まらぬ速さで両腕が振り下ろされる。
 そのごつい拳が、結界を力任せに強打した。
 グワァン、という、低く鈍い打音が響く。

 さすがの結界が、たわんだ。


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