古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

44 協力関係にあるのだから、譲り合いの精神が欲しいところです


「よくやった!」
 ベイルフォウスの声に、一息つこうとしたのも束の間――レイブレイズを鞘に収める余裕もなく、轟音と圧が頭上よりのしかかる。
 とっさに母娘を含むよう張った結界が、周囲の状況を理解する間もなく暗闇に覆われるや、衝撃にたわんだ。

 一瞬の後――
「は?」
 視界が晴れ、辺りの風景が一変しつつあることを知る。
 最大直径八十メートルはありそうな岩が、〈竜の生まれし窖城〉のすべてを破壊しつくさんとでもいうように、すさまじい速度で雨あられと降り注いでいるのだった。
 誰あろう、プートの魔術だ。
 その激しさは、大公位争奪戦の初戦で魔王城を壊滅状態に追いやった、ウィストベルの魔術を思わせる。

 いいや、あれをさらに強力にしたようなものだ。
 なにせその岩石ときたら、対象物に当たってそれを粉々に破壊するや、自身も爆ぜて礫となり、さらなる塵と爆風を起こすからだった。

 っていうか!
 咄嗟に結界を張ったからいいものの、こっちもやばかったんだが!
 状況を把握してからの対応では、とても間に合わなかったんだが!
 俺の結界じゃ無きゃ、母娘ともども死んでたんだが!
 せめてプート!
 今から強力なの、やるからね、とか、教えてくれないだろうか!
 俺たちって一応、協力関係にあるよね!?

「ひゃいいいいいいい!」
 ほら見ろ! ミディリースが変な声をあげながら、母に抱きついて号泣してるじゃないか。
 気丈な母のほうでさえ、さすがに間断なく結界を叩く岩石の勢いに、言葉を失い青ざめずにはいられないようだった。

 ……うん?
 ミディリースが母に抱きついて?
 あれ? 見える……ミディリースが見える……ってことは……!

 隠蔽魔術の中で、隠蔽魔術のかかったものは、その効力を失ったかのように顕れる。
 隠蔽魔術を自身にかけていたミディリースが見えるようになっている、ということは、彼女が隠蔽魔術を展開し終えた、ということではないか?

「結界内に隠蔽魔術がかかったのか!」
「はい、そうです!」
 青ざめつつも、答えたのは母の方だ。娘は脅えるあまり、そんな余裕もないようだった。

 しかし、これは予想より随分早い。
 だって、高さもあるとはいえ、十平方キロメートルの築城中の魔王城に隠蔽魔術を施した時は、分割して丸一日かかったんだぞ?
〈竜の生まれし窖城〉は平地に建っているから今の魔王城ほどの高さはないが、その分、単純な広さでいうとまだ広い。
 それなのに、こんな短時間で終わったって?

「ミディリース、鍛錬の成果が出てるじゃないか!」
「ありがとうございます!」
 今度も答えたのは、やはり母だった。しかも、娘を褒められて嬉しいのか、血色が戻るを通り越して良くなっている!
「そうなのです! ですので、これからもビシバシいきたいと思います!」
「これだけ結果がみえるなら、やる気にもなるっていうものだな、ミディリース!」
「そんな呑気な会話してる場合じゃない! 周りを見て!」

 ミディリースの悲鳴が轟く。
 ああ、確かに!
 隕石の如き岩石が本棟を襲うたび、無数の怒号と悲鳴があがる。
 しかしそれも、ほんのわずかの間のことだった。

 かつて〈竜の生まれし窖城〉だった場所には、何もかもが巨大な岩石の下敷きとなり、へしゃげて破裂し、あるいはすでに原形を留めず塵芥となった物や人の(あと)が、無惨にも展開されていたのだ。
 家人や家来が避難し、無人だった他の場所と違い、本棟だけは血と肉に染まった姿をさらしていた。

 広大な〈竜の生まれし窖城〉は、こうして塵芥と化した。そこに立てこもった人間たちが生き延びられたとは、到底思えない。
 何人いたのか、推測することさえできない。
 魔族の大公が力を振るった末路にふさわしい光景が、そこには広がっていたのだった。

 なぁ、プート! 気持ちはわかるけど、いきなりの殲滅ってどうなの!?
 だって、見てご覧! 荒れ地まで続く大公城の敷地で動いていたのは、俺と母娘、プート、ベイルフォウスの五人だけなのだから!

 ……あれ?
 ちょっと待て。五人?
 俺、ミディリース、ダァルリース、プート、ベイルフォウス……動いているのは、確かにこの五人だけだよな。
 ってことは……ってことはまさか!
 ……強奪者まで……。
 だって、五人の他に動く者はないもんね!?
 隠蔽魔術はかかってるわけだから、城にいた者たちだって、生きていればちゃんと見えているはずだもんね!?

 いやいやいや、それはまずいだろ!
 強奪者まで塵芥にしたらまずいだろ!
 魔王様の魔力を持ったまま相手が死ねば、もう二度と奪われた魔力は返らないんだぞ!
 プートも知っているはずじゃないのか!
 大丈夫! きっと、強奪者も生きている!
 瓦礫に隠れて見えないだけだ、きっと!

「おい、まさか敵まで()ったんじゃないだろうな!」
 ベイルフォウスも俺と同じ危惧を抱いたらしい。若干青ざめた表情で、本棟の瓦礫の上に踏み出した、その途端――

「ベイル様、うしろ!」
 悲鳴のようなミディリースの声が響く。
 誰かのたてたらしい砂埃が、ベイルフォウスの後ろで立ち上る。
 大きく背後に振られたヴェストリプスが、甲高い音を立ててそれを弾いた。
「ちっ! しまった!」
 見事な反応を見せたベイルフォウスだが、自身の対応のまずさを反省するように、舌打ちをする。

 ヴェストリプスは確かに何かを防いだ。それも、ベイルフォウスの反応からして、魔術での攻撃ではなく、武器を振るっての攻撃だったのだろう。
 だが、相手の姿は誰にも見えなかったのだ。
 ――いいや、警告を発したミディリース以外には。

「ミディリース、どういうことだ? 隠蔽魔術は〈竜の生まれし窖城〉全体にかかったんじゃないのか?」
 やはり、分割する必要があったのか? まだ、一部にしか有効じゃないのだろうか?

「隠蔽魔術は、結界を越えてはかけられない! だから、私が魔術を展開できたのは、荒れ地から本棟まで、結界と結界の間だけ!」
 なるほど!
 確かに、ミディリースの姿が現れたと思われるのは、俺が結界を打ち破る前――ダァルリースが「手を!」とか言っていた、あの辺りだろう。
 その時、本棟を守る強奪者の結界は、まだ健在だった。
 つまり本棟の建っていた辺りでは、未だ隠蔽魔術は有効だということか。

「引き続き、本棟の場所も対処できるか?」
「で……できる……です、多分」
 でも、しんどい、疲れた……結構頑張ったもん。正直眠りたい……その瞳が、雄弁にそう語っていた。
 うん……気持ちはわかるけど、そんな場合じゃないよね。君がさっき言ってた通り。
 だが、ミディリースにはまだ活躍してもらわなければならない。体力を残しておくにこしたことはないが……。

 だいいち、魔術をぶつけての戦いなら、相手の姿が見えるかどうかは最重要項目ではない。どっちかといえば、術式が見える方がありがたい。
 もっとも、隠蔽魔術はそれさえも隠すのだから、さすがにちょっと辟易とする。
 それでも命を懸けての戦いで重要なのは、要は相手の攻撃に対する反応速度だ。

 それに、姿は見えないとはいえ、相手のたてた砂埃はこの目にも見えた。
 近接しての戦いであれば、奴の形跡が、多少は反応の助けとなるだろう。
 もっとも、それですませられるのは、ここにいるのが紛れもない強者たるプートとベイルフォウスだからなのだが。

「ちなみに、何人残っている?」
「ひ……一人……ま、魔族が……たったの、一人」
 ミディリースが動揺も露わに答える。その目は母を気遣うように、不安に揺れていた。
 ああ――相手の姿が見えるとして、ミディリースにはわかるまい。それが自分の父かどうかなど――
 なにせ、彼女は生まれてこのかた、自身の父親に会ったことすらないのだ。
 だが、ミディリースにはとにかく見えるのだ。彼女の視線の先に、男がいるには違いなかった。
 ならば――

「プート、ベイルフォウス! 相手は未だ、本棟の範囲では姿を失ったままだ! だが、ミディリースにはそれが見える!」
 強奪者、と言わなかったのは、母娘を気遣ったからに外ならない。

「本棟の中では、だと?」
 ベイルフォウスがそこから退く。
「つまりその外では、姿を隠してはおけないということか?」
「その通りだ!」
「なら、引きずり出してやるか!」
 ベイルフォウスが舌なめずりをし、ヴェストリプスを握る手に力を込める。
 だが、先に動いたのはまたもやプートだった。

「些末事である!」
 金獅子は、彼からは急に出現したように見えるだろうミディリースに一瞥を与えてから、かつて自身の誇る本棟があった瓦礫の中に突進した。
「待て、ミディリースが位置を――」
「不要!」
 ほんとコイツ、人の話聞かないな!

 プートは彼の得意な肉弾魔術……いや、そんな風にいうのかどうかはわからないが――とにかく、争奪戦で俺を相手にそうしたように、肉体に魔術をまとわせ、本棟敷地の中央に躍り出るや――

「ふんっ!」
 瓦礫を砕きでもするかのように、拳を突き立てたのだ。

 その途端、プートを中心に、本棟の敷地全体が(またた)き一つの間にすり鉢状に陥没する。まるで、プートの腕力で大地がへこんだかのように。
 それは、奈落を思わせるほどの落差だった。
 沈下が俺たちの立っている空地にまで及んでいれば、獅子に向かって、俺と母娘は俺の結界の端まで滑り落ちずにいられなかっただろう。
 けれど空地は平らなままだった。
 さらに間髪入れず、その鉢内を、大地から吹き出したマグマが埋め尽くす。

 在りし日には威容を誇っていた本棟の全て、それから、そこを一時であれ、我が物と占領していた者たちの血と肉――その全てが煮えたぎる高温の中、すでに影も形も無いに違いなかった。

 ああ――一体人間たちは、なんのために魔族と手を組み、自らの命を無駄に散らしたというのだろう。
 そんな感傷を覚える間もなく、マグマから絶え間なく立ち上る火柱、そのうちの一つの頂点に魔王立ちで立っていたプートが、次の手に出る。彼はゴリラの逞しい胸の前で、やはり同じく逞しい野太い両手を叩き合わせたのだ。

「きゃ!」
「うわっ!」
 足下がグラリと揺れる。俺の張った結界ごと、今度は大地全体が、本棟のあった場所に向かって急速に横滑りしているのだった。

 次に襲ってきたのは、衝突の衝撃だ。
 レイブレイズを鞘に収め、つんのめった母娘を抱きとめる。
「ひ、ひたい……」
 ミディリースが口元を押さえて涙目になっていた。
 どうやら、口の中を切ったらしい。

 穿たれた大地が中央に向かって収縮し、岸がぶつかり合ってマグマを再びその身の内に隠したのだ。
 奈落は全てを飲み込み、閉じられた。

 本棟の建物や屍、その全てを抱いて。
 まるで、最初からそこには何も建っていなかったかのような、そんな殺風景な大地がただ、広がっているばかり。
 確かにプートにとって、本棟の場所だけ相手が見えない、だなんてことは些末時だったようだ。
 どのみち、力業で解決してしまうのだから!

 そうして――

「ヨルドル……」
 ダァルリースが絶望に満ちて名を呼んだ六人目の男が、ようやく姿を現したのだった。


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