古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

43 とにかく、結界をなんとかしないと始まりません



「おお、いけるか?」
 土塊傀儡が二回目の強打をくらわせ、結界が再びたわむ。
 だが、それだけだった。
 二度目の殴打は、結界ではなく土塊傀儡の腕に破壊をもたらした。
 魔術で強化されているその野太い腕は、けれど無惨にも崩れ落ちたのだ。続いて全身が崩れたのは、プートが継続の意義を見限ったからに違いなかった。

「ぬぅ! おのれ、いつまでも結界に(こも)り続ける臆病者が! 守る魔術ばかり得意とみえる!」
 渾身の魔術を何度も跳ね返され、怒り心頭らしいプートは、苛立ったように吐き捨てる。
 その全身が、燃えているかのように輝いていた。

「実際、このままでは埒があかん」
 攻撃の手を止め、冷静な口調でそう言ったのはベイルフォウスだ。
「まあ、確かにそうだな」
 実際、これほどの結界を、闇雲に攻撃するだけでは意味がない。

「なぁ、ジャーイル。そこで提案だ」
 意味ありげな色を浮かべた蒼銀の瞳が、俺の腰辺りを捉える。
「お前のそいつで、この結界、手っ取り早くなんとかならんか?」

 今、俺の腰にあるのは二本。うち、ベイルフォウスの瞳が捉えているのは、もちろん付き合いの長い愛剣の方だろう。
 なるほど、悪い提案ではない。少なくとも、試してみる価値はある。

 レイブレイズ――魔断の剣、あるいは蒼の剣とも呼ばれる魔剣。世に存在する全てを切ると言われている、俺の愛剣。
 実際、術式まで切るのだから、あらゆる魔術を巧妙に跳ね返し、無効化するこの結界も、この剣でならもしや――
 ……あれ? 俺はレイブレイズを増強型だと思ってたんだが、これって特殊能力型かなぁ……。
 まあ、今はそんなこと、どうでもいいけど!

「いいだろう、やってみよう」

 だが試すにしても、ミディリースの隠蔽魔術が完成してからの方がいい。そのほうが、見えない敵を相手にするより合理的だろう。ただ、このせっかくの機会を利用しない手はない。

「その前に、プートの配下を荒れ地へ退かせた上で、プートかベイルフォウス、どちらか〈竜の生まれし窖城〉全体を囲む強力な結界を張ってくれないか」
「つまり、愚か者どもは一人も逃すつもりはない、ということだな」
 ベイルフォウスが嗜虐性に満ちた微笑みを浮かべる。
「え?」
 いや、確かに強奪者を逃すつもりはないよ? ないけども……。
 でも、結界を張れと言ったのは、そんなつもりからじゃない。

 そもそも正直なところ、プートの配下がいくらいたところで、何の役にもたたないからね! せいぜい賑やかしだよね!
 逆に、このままここにいれば、きっと無駄に数を減らすだけだからね!
 なにより、隠蔽魔術の目撃者は一人でも減らしたい!

「おい、プート!」
「攻撃を中止し、荒れ地の外で待機せよ!」
 かなり離れたところにいたプートだが、喧噪の中でもこちらの会話は聞こえていたらしい。俺の意図を勘違いしたベイルフォウスに促され、自らは宙に浮いて魔王立ちしたまま、大音声で号令を発した。
 その途端、よく統率が取れたもので、プートの麾下が瞬く間に退く。
 あれこれ聞かずにそうしてくれたってことは、プートもある程度、俺の判断を信頼してくれてるって事なのだろうか。
 単に、自身の思惑と合致しただけかもしれないが。

 とにかく、あっという間に俺たち大公三名と母娘――もっとも、娘は見えないが――だけになったところで、ベイルフォウスが城の敷地一帯を覆う強力な結界を張った。
 魔術の猛攻に晒されていた先ほどまでとはうって変わった静けさが、〈竜の生まれし窖城〉を包んでいる。
 攻撃の明かりで昼間のようだった一帯を、静寂同様に闇が包むかと思ったが、ベイルフォウスが結界の内側をほんのり発光させたせいで、困らない程度の視界が確保されていた。

「わざわざこの場に残したその娘が、卑怯者と同じ特殊魔術の使い手とやらであるなら、役に立ってみせるのだろうな」
 獅子の眼光を一身に受け、ダァルリースに緊張が走った。さすがの彼女も、大公一位のごつい迫力にはひるんだようだ。
 俺はプートの視界を阻むよう、ダァルリースとの間に歩を進める。

「心配しなくても、すでに対応を始めている」
 そうだとも。姿を消してこの場にいるミディリースは、隠蔽魔術の実行にかかってくれているはずだ。

 別になにも、ミディリースの姿を消したのは獅子の視線を避けるためではなかったが、却って正解だった。彼女がプートの視線をまともに受けていたら、自身の魔術に集中するどころではなかったろう。

 大公城は広い。かつて、ミディリースが築城途中の魔王城に隠蔽魔術をかけるのに、一日を要した。
 だが、ダァルリースの話では、彼女の厳しい指導の成果あって、ミディリースの体力と精神力は、以前より格段に向上しているらしい。
 そのおかげで、隠蔽魔術を一度に展開できる範囲も広まっているとのことだが……その説明を横で聞いていたミディリース本人が、「えっ! マジで!? 私できるの!?」みたいな顔をしていたのが若干気になる。
 ……うん、気のせいだろ。そんな意味の表情じゃなかったに違いない。

 とにかく、今は任せるしかない。
 俺は、俺のできることをするべきだ。
 だが、そうとしても、結界を破るならやはり隠蔽魔術が発動した後の方がいい。

「だから、その成果が現れるまで、少し待ってくれ」
「いいや、待たぬ!」
 ……え?
 え、今なんて言った?
 待たぬって言った?
 待たぬって?

「いや、少しだけでいいから、待ってくれないか。あんまり待たすようなら、その時は俺だってやってみるから――」
「いいや、待たぬ! そなたがその剣に頼って結界をなんとかする、などと申すのであれば、我は待たぬ! 試すなら、今すぐにするがよい!」
 えー。

「だが、なにも相手の術中にあるまま、戦いを始める必要は――」
「それが魔族の大公たる者の覚悟か!!!!」
 うお、耳いてぇ!
 結構離れてるってのに、どんだけ大声なんだよ!

「小細工の必要なし! 今すぐするか、せんのか! せんのなら、もはや待たぬ!」
 魔武具を毛嫌いするプートの、それが許容できるギリギリってことか。
 内心、どうせ無理だろ、とか思ってるのかもしれない。

「閣下、プート大公のおっしゃるとおりです。待つ理由など、どこにもございません!」
 ……プートばかりか、身内にまで脳筋が……。あろうことか、ダァルリースは大鉈を構え、すっかり交戦体制を整えている。
 ……うん、あろうことかっていうか、ぶっちゃけ、彼女が脳筋なのはある程度わかってたけどね!

「まあ、こっちはそもそも大公が雁首そろえてるしな。その上で万全を期す、というのも確かに格好悪いよな」
 ベイルフォウス……お前、俺の考えを理解した上でそっちか……。
 わかった、わかったよ……。

「なら、いくぞ」
 俺は深く息を吸い、レイブレイズをその黒い鞘から引き抜いた。
 その途端、刀身がうっすらと蒼く光る。まるで、鼓動が脈打っているかのような煌めき。
 二本目の剣をともに挿すようになってから、レイブレイズの状態にも、かすかな変化が起きているようだった。
 それがいいものなのかどうか、俺にはまだ判別がつかない。
 ともあれ――
「レイブレイズ。期待している」
 剣に囁いて、振り上げる。

 結界を破る――その一念を剣にのせ、力一杯振りおろした。
 結界を叩く甲高い音と共に生じた強い抵抗が、柄を握る手に跳ね返り、腕から全身に痺れを呼ぶ。
 だが、剣は跳ね返させない。俺は愛剣に自分の魔力を注いだ。

「ひぃぃぃ!」
「ミディリース! 手を!」
 背後から、恐怖に彩られた声と気配が立ち上る。
 せめぎ合う二つの魔力は、周囲を払う衝撃波を生んでいるようだった。
 風が荒れ、木が裂け、建物――崩れかけていた塔だろうか――の、崩壊する音が聞こえる。
 だが、振り返る余裕は今の俺にはない。
 せめてミディリースの集中の邪魔になっていなければいいのだが。

「俺の魔力を全て吸い取ってでも、持てる能力(ちから)を発揮してみろ!」
 普段の俺なら、剣に話しかけるなんてことはしないんだが、なぜだかテンション上がってたので許して欲しい。
 レイブレイズだって、俺の言葉に応えるように、さらなる破壊力をその身に纏ったのだから。……たぶん。

 ビシリ、と、強奪者の結界に亀裂が入る。一瞬後、亀裂は蜘蛛の巣のような広がりをみせ――

 ガラスが砕けるように強奪者の結界が崩壊したその時、俺の額には玉のような汗が浮かんでいた。


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