古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

46 どうやら父親としての自覚は多少、あるらしいです


 ベイルフォウスは、横抱きにしていたミディリースを、そっと地面に下ろすような仕草をする。
 してやったりとでも言わんばかりの銀の瞳と素早く視線を交わし、初手は俺が引き受けることにした。

 触れる者を貫き凍り付かせる柱を広範囲で生やし、上空に向け、鋼鉄さえ貫く勢いで一気に伸長させる。
 さらに上空からは鎌首をもたげた大蛇が、牙をむきだし、急降下しつつあった。
 上下からの挟撃。

 当然、相手も甘んじて攻撃を受ける気など皆無だろう。
 頭上から襲いかかる大蛇に向かって、ヨルドルはいくつもの鎌鼬を放ち――俺は造型魔術をリアルに作りすぎた。蛇は痛みを感じたようにのけぞったのだ――残る氷柱はその手に持った剣でだろう、払って降下してくるのが、姿は見えずとも一目瞭然だった。

 俺の造った氷柱は、もちろん自然にできたものとは強度が違う。それをなんなく絶つのだから、ヨルドルの持つガルマロスの魔剣は、武器としてかなり役に立つ部類のものらしい。
 氷柱は相手を貫き捕えるには及ばずとも、居場所を知らせるのには一役買ったのだ。
 もっとも――

「ダァルリース!」
 ヨルドルは、さっきと同様、真っ正直に叫びをあげた。情感たっぷりの、震える声で。
 隠れるつもりがないなら、いっそもう隠蔽魔術を解けばいいのに!
 強奪者は俺たちから少し離れた場所へと、無事に降り立ったようだ。

「ヨルドル! なぜ、あなたはこんな馬鹿なことを!」
 相手からは愛おしげに名を呼ばれながら、けれどダァルリースは大鉈を手に構える。
 以前、ミディリースのためとはいいながらも、ヨルドルに向けて手紙を書いていた彼女のことだ。かつての夫に対する愛情が、全くないとは思わない。
 それでも、ダァルリースは敵対心を露わに、強奪者として現れた夫に対峙したのだった。

「ダァルリース、君を助けたいんだ! それから……」
 間があった。
 察するばかりだが、恐らく父は娘を見たのだろう。その視線がかち合ったのかは、父娘、お互いにしかわからない。

「私を助けたいですって! 今更……」
 ほんと、今更だ!
 ダァルリースはとっくに助かっている。すでにもう、虜囚の身では無い。
 だというのに、この男は何から彼女を「助けたい」と言うのだろう!

「おい、ジャーイル。接近戦に持ち込め」
 元夫婦の会話に隠れ、ベイルフォウスが囁く。どうやら俺に任せるのは初手だけではないらしい。
 そりゃあ炎は控える方がいいかもしれないが、お前、他の魔術だって使えるじゃん。
 まあ、ヴェストリプスを使うタイミングを計りたいんだろうから、仕方ない。

 ヨルドルが一歩を踏み出そうとしたところへ、鎌鼬に皮膚を裂かれ、激怒したふうの大蛇が体液をまき散らしながら襲いかかる。
 その鋭い牙は、成人男性を脳天から足の先まで串刺しにして、まだ余りあるほど長かった。

「私たちのことはお気になさらず!」
 ダァルリースの言葉に頷いて、大地を蹴る。
 間合いを一気に詰め――

 大蛇が、ヨルドルを口内に食む。しかし咀嚼に移る前に、ガルマロスの魔剣によって牙ごと裂かれ、顎が落ちた。
 残った喉がヨルドルの視界を塞いだ一瞬を逃さず、レイブレイズを振りかぶり、大蛇の首ごと右から薙ぐ。
「ぐっ!」
 骨を断ったと思われる、手応えがあった。

 しかし、腕を落としたという感覚はなかった。おそらく、薄皮一枚でヨルドルの左腕はつながっていることだろう。俺としたことが、断ち切り損ねたのだ。
 さらにとって返した二撃目を、防御盾と後方への跳躍で躱された。
 やはり、反応は悪くない。

「くそ! お前がっ!」
 表情は見えないものの、その憎悪に満ちた声は、さっき垣間見た無爵らしい気の弱そうな印象を覆すものだった。
 百式の気配――術式は見えないが、おそらく二陣は下るまい。見えていれば解明できたろうに――
 もどかしい思いを抱きながらも、レイブレイズを手早く鞘にしまい、こちらも百式三陣を展開する。

 魔術の勝負による勝敗を決定づけるものは、たいていの場合、単純明快だ。ただただ、相手の術式を上回る術式を。

 茨のような細かく鋭い刃が、激風に後押しされ、正面から百と向かってくる。
 それを、前進する分厚い氷の壁で受け止めた。

 氷壁は、攻撃を跳ね返すのでは無い。むしろ、その刃を受けて削られ、薄くなる。だが、砕け散ると引き替えに相手の刃をも細かく砕いて取り込み、自身も鋭利さを備えた美しくも恐ろしい盾となって、敵に肉迫するのだ。
 出現させた姿より、薄く広く――その広がりと鏡面のような煌めきは、ヨルドルの視界を奪ったに違いない。

「くっ!」
 ヨルドルは、自身を守る防御盾を前方に展開したのだろう。氷の加速度が、緩む。
 なんとか氷幕から主を守り切った防御盾は、しかし、レイブレイズの一閃で消滅する。
 さすがにそれは予想の上だったのか、それでもヨルドルは続く俺の一撃を、ガルマロスの魔剣でだろう、受け止めたのだ。
 正直、驚いた!
 俺の剣筋が読まれたことにではない。そのくらい、うちのマーミルにだって予想できよう。
 俺が驚いたのは彼と彼の魔剣が、俺とレイブレイズの一撃にちゃんと反応し、かつ、後退り手を震えさせてとはいえ、耐えてみせたことだ。
 それほど筋力がありそうには思えないが、脱ぐと意外にマッチョだったりするのだろうか。

 いいや――ガルマロスの魔剣、そのおかげか。
 高名な武器製造人の造ったそれは、レイブレイズの一撃を、なんとか受け止めたのだ。もっとも、魔王様の魔力による強化がなければ、とっくに砕け折れていたことだろう。

 ヨルドルは、プートやベイルフォウスが認めたように、間近で起こる危機に対する反応は悪くなかった。だが、それ以外の予想となるとどうか。
 魔力量がいくら多かろうが、術式にいくら詳しかろうが、戦い慣れていないせいか、前方だけに気を取られたヨルドルの背はがら空きだった。

 それとも、何らかの仕掛けはしていたのかもしれない。炎に備えた塵を巻いたように、魔術に対する仕掛けは。
 けれど、ベイルフォウスがその後背から、肩めがけて突きつけたのは、純粋な物理攻撃――ヴェストリプスの穂先だったのだ。

 悪いが、いくらミディリースとダァルリースの身内だろうと、手心を加える訳にはいかない。
 俺ですらそうだし、ベイルフォウスなら一層手加減の理由を持たない。首を狙わなかったのは、殺してしまっては魔王様へその強大な魔術を返すことができなくなるからという理由のみに違いなかった。

「がっ!」
 長い刺先が、ヨルドルの身体に深々と刺さって貫通する。
 その途端のことだ。
 右後背から貫かれたヨルドルの姿が現れ、俺たちの視界に再び捉えられるようになったのは。

「隠蔽魔術が解けた?」
「いいや、かけたのさ」
 ベイルフォウスがニヤリと笑い、ヴェストリプスを振り回す。
 突き出た刺先ごと、ヨルドルの身体が宙を舞った。
 ベイルフォウスは、そのまま大きく右手を振りかぶり、首が落ちた後も残っていた大蛇の身体目がけて投擲したのである。

 しかし、かけた?
 とすると、隠蔽魔術は物体そのものにかける場合――つまり二重がけの場合は、範囲にかけた時と同じように、無効に等しい効果をもたらすのか?

「あがあああああ!!」
 打ち付けられた衝撃で、ヨルドルは悲鳴をあげ、その手にあったガルマロスの魔剣を取り落とす。
 そこへ――
「ふんっ!」

 ヨルドルが磔にされたまさにその場所から、拳を固く握りしめた金獅子が登場したのだ。
 大蛇の身体が砕かれた衝撃で、ヴェストリプスがヨルドルの右肩から抜け落ちる。

「この考えなしが!」
 ベイルフォウスが忌々しげに呟いて、落下する愛槍の救出に走った。
 俺は俺で、強奪者捕縛のため、駆ける。
 大地に衝突する瞬間、ヨルドルは自身のために衝撃を緩和する魔術を使ったようだった。
 けれど腹ばいに降りた彼は、この局面にあって、初めてささやかな驚きの声をあげる。

「……何!?」
 自問自答するような表情は、試みた何かがうまくいかなかったことを物語っていた。
 だが、左足首から先を失い、左腕を不能にされてなお、彼は呻きもあげず、覇気を衰えさせもしなかった。
 落下しつつも殺気でギラつく目で俺を睨み返し、次々と百式を展開してきたのである。
 先ほどまでの凝った文様は、全く見られない。ただ単純に、威力ばかりにこだわった術式の数々――

 炎が舞い、爆ぜ、氷柱が、豪風が、光や鉄の刃が、これでもかと言わんばかりの量と強さで襲いかかってくる。
 その術式の展開速度は、まさに大公に比すほど――解くどころか、近づくことさえ憚られた。

 這いつくばり、血走った目をむき、歯をくいしばり、血が流れるほど右手の爪を手の平に食い込ませて肩で息をする姿は、とても魔力を使いこなしている、とは言いがたい。むしろ、ヨルドルは命がけで術式を、盲滅法に展開しているだけにみえた。

 それだけに、攻撃力が増したのかもしれない。彼が放った魔術の威力は、かつて対峙した魔王様のそれに近かったからだ。
 それが他の誰にでもない――俺だけを標的として、放たれたのだった。

 間断なく続く攻撃の数々。
 その場にいたのが俺だけならば、いずれ押し負けていたかも知れない。
 だが、この場において、彼の相手は俺一人ではないのだ。

 強力な攻撃の手を、ベイルフォウスが仕掛けた無効化と防御魔術が遮り、プートの造型した木のうねりが胴体に巻き付いて自由を奪う。
 そこへ、俺の造型した黄金の大猫の右足が、ヨルドルの背中目がけて振り下ろされた。

「ぐっ! くそ!」
 胸を踏み潰され、吐血しながらも、ヨルドルは黄金猫へと攻撃を放った。
 命がけの衝撃波を受け、黄金猫が消滅する。
 腹ばいになったまま、再びこちらに魔術を放とうとしたヨルドルは、けれどその瞬間、凍り付いた。
 いいや、誰かが氷の魔術を使ったのでは無い。

「ヨルドル……あなた……」
 彼の目前に、ダァルリースが膝をついていたのである。
「ダ……ダァル……」
 喜びとも悲しみともつかない表情を浮かべるヨルドルに、ダァルリースは寂しげに微笑みながら――

「や、やめっ」
 大鉈を、右手の甲に突き立てた。
「ぐあああああ!」
 その、他愛のない攻撃は、今まで彼が受けたどの攻撃より効果的だった――そう思えるような、絶望に満ちた悲鳴。
 ダァルリースの青ざめた呟きが削いだのは、彼の体力でも魔力でもなく、気力だったに違いない。

「ダァルリース……」
 それでもまだ、ヨルドルの返す震えた呟きには、捨てきれない愛おしさがあふれ出していた。

 薄皮一枚でしかつながっていない左腕が、執念のためかダァルリースに向かって差し伸べられる。
 だが、彼女を求めた手は、あっけなく空を掴んだ。
 ダァルリースが大鉈の柄から手を離し、大きく後退したためだ。彼女はかつての夫が自らに触れることを拒んだのだった。

「ミディリース!」
 ダァルリースが叫ぶ。
 いつの間にか姿を現し、母の後ろに隠れるよう控えていた娘は、父に近寄り、手に持ったウルムドガルムを振り下ろした。
 ここにやってくるまでの竜の背の上で、俺が彼女に渡しておいたものだ。

「駄目だ! 馬鹿なことをするな!」
 ヨルドルの言葉は命乞いというより、むしろ悲劇を憂う悲鳴のように響いた。
 だが、ミディリースは止まらない。
「ごめんなさい、お父さん!」
 彼女は大きな瞳から大粒の涙をこぼし、母が突き立てた父の傷近くに、ウルムドガルムを突き立て――――抜いたのだった。


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