古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

47 父娘による、魔力の交換


「うああああああ!」
「きゃあああああ!」

 父娘の叫びが、広い大地を貫く。

「閣下、娘をお願いします!」
 母はそう叫んで娘を俺に向かって突き飛ばし、自らは大地に縫い付けられた夫に覆い被さった。
 その周囲に結界が張られるのと、ミディリースが魔術を暴走させたのは、ほぼ同時のこと。

 ジブライールの魔力を得た時でさえ、あれほど脅えていた彼女が、その何倍もの強さを誇る魔王様の魔力を身のうちにして、恐怖に支配されないわけがない。
 風の魔術が嵐となって、一帯に吹き荒れる。それは、プートが崩落させていなければ、〈竜の生まれし窖城〉もろともを消し去ったであろう威力のものだった。
 なにせ、その嵐はベイルフォウスの構築した荒れ地とを分かつ強力な結界を、打ち破ったのである。
 辺りを闇が支配する。

 ベイルフォウスが飛び退き、プートが自身に防御を張る。
 ヨルドル近くに駆け寄った俺は、ミディリースを抱きとめ、同時に吹き荒れる烈風を弾く結界を張った。
 だが、やや間に合わず、身体や頬を裂かれる。特に頬がかなりざっくりいったようで、結構痛い。血が流れているのが、肌の感触でわかった。
 プートが見ていたら、おそらくニヤリとしたに違いない!

「閣下、怖い!」
 泣きながら首筋にしがみついてくるミディリースを、しっかり抱きとめる。
 ああ、髪に頬の血がつかないといいが。
「大丈夫だ! 俺がなんとかしてやる」
 そうは言ったものの、ぶっちゃけ、どうしよう。正直、すぐには何も思いつかない。
 薄く強力な防御魔術を張れるのがせいぜいだ。

 だって、魔王様の魔力ときたら、すさまじいんだもん!
 それを得たミディリースによる魔術の展開速度だって、この俺でも目で追えないくらいなんだもん!
 その速度と威力たるや、必死で立ち向かってきた彼女の父のそれよりはるかに!

 ホントしまった!
 うちの図書館から、本を三冊くらい持参するよう言っておくんだった!
 せめて一冊でもあれば、ミディリースの本能がなんとかしてくれたかもしれないのに!

 そんな状況では、無効化は到底無理だった。
 さらにいうと、俺の防御魔術は圧倒的な破壊力を誇る魔術の前に、いつ敗れるかしれない。今だって、正直かなり苦しい。
 さっきまでのヨルドルとの戦いで、かなり頑張った上に、弱い防御しか張れないダァルリースのために、強化魔術を張りめぐらせるため、力を分散させているせいもある。

 明らかに手一杯の俺に変わって、ベイルフォウスかプートがなんとかしてくれないだろうか!
 お前たち大公だろ、頑張れ!

 だが、その時――
 俺の腰にある、もう一本の剣――洞窟で見出した反った剣が、振動し出したのである。

 剣は、自分を抜けと訴える声のつもりか、甲高い音を発する。
 ロギダームとは別の不快さに眉を顰め、降参するように抜いた。

 波打った刃文が滲むかのように――

 解き放たれた剣から音は消え、今度は心地よい波動が流れ出す。優しい細波のようなそれが――
 それと共に、かつて洞窟の中、有爵者すら脅えさせたその姿からは想像もできぬほど、剣は清麗に輝いてみせたのだ。

 その途端――時を置かずして、ミディリースがしっかり手に握りしめていた鋼鉄のウルムドガルムが、砂のように粉々に崩れ落ちたのである。
 まるで、その清らかさに耐えかねる、とでもいうように。
 レイブレイズと違った意味でこの剣もまた、あらゆるものを特別に打ち砕く力を持っているかのようだった。

〝打ち砕く? いいや、滅ぼすのだ〟
 何かがそう、囁いた気がした。
 その時、本能で思い知る。
 偶然にも手に入れた片刃の剣が、此の世のものでないことを。
 レイブレイズがまた、対抗心のためか震えたようだった。

 気がつくと――ミディリースは俺の腕の中で気を失い、魔力の暴走は止んでいた。
 だが、吹き荒ぶ烈風が凪いだのは、彼女が失神したせいではない。暴走は意識の有無に関わらず、とはベイルフォウスの実験で証明されていたのだから。
 その上、全ての防御魔術が、結界が、無効解除されていた。
 俺自身、それがいつ失われていたのか、気付くこともできないうちに。

 荒れた世界を、凍り付いたような静寂が支配する――
 遠慮がちに届いた月光が照らす世界は、時間が止まっているかにみえた。

「ヨルドル!」
 ダァルリースの声で、誰もが我に返ったようだった。
 彼女は崩れ落ちたヨルドルに、今度は触れるのも触れられるのも拒む事無く、すがりついている。
 俺は静まり返った反った剣――そのうち、名前を付けないと面倒だ――を鞘にしまい、ミディリースを横抱きにして、その母と父に歩み寄った。

「馬鹿な人……なんて、馬鹿なことを……」
 近づくにつれ聞こえてきたダァルリースの囁きは、悲痛としか言いようのない響きを含んでいた。
「ごめん……ごめんよ、ダァルリース……君を助けられなかった僕を……」
 ヨルドルはそれ以上言葉を紡ぐ事無く、気を失った。

「あなたは弱い。私よりずっと……私はそれを知っていた。助けなんて、期待してもいなかった……なのに、なぜ、今更……」
 ダァルリースがどんな表情をしてそう言ったのか、その小さな背と呟くような声からはわからない。
 その時――

「そこをどけ」
 冷え冷えとするベイルフォウスの声が、感傷を打ち破る。
 兄を傷つけられた弟は、ヴェストリプスを手に怒りに燃えていた。
 ダァルリースにもその声は聞こえていたはずだが、彼女は小さな背を向けたまま動かない。

「いい度胸だ」
 ベイルフォウスの声は冷徹そのものだった。
 残虐大公と呼ばれるだけあって、なにもベイルフォウスは女性の全てを許すわけではない。

「待て、ベイルフォウス。魔王様は生きたまま連れ帰れと言ったんだぞ」
「それは兄貴が直接、そいつから魔力を取り戻すつもりだったからだろう。だが、今はその必要もない。その野郎を生かしておく理由がない」
 確かに魔王様の魔力がミディリースにある今――待てよ。それだと、ミディリースはどうなるんだ?

 えっと……魔王様の魔力をミディリースが、ミディリースの魔力をヨルドルが、ヨルドルの魔力を魔王様が得ているのだから、ミディリースから直接魔王様に魔力を返すとすると、彼女はヨルドルの魔力を手に入れることになる。
 そうなるとミディリースとヨルドルは弱者同士だから、魔力の交換もできない訳で……。その上さらにヨルドルが命を落とすと、娘と父の魔力は入れ替わったままということにならないか?

 弱者同士とはいえ、ミディリースとヨルドルの魔力にも差がある。俺からすれば誤差程度だが、ミディリースにとってはそうじゃないだろう。
 それに、彼女はまだ、父とはまともに話もしていないのだ。
 もっとも、そうすることが良いのかどうかはわからないが。

「ベイルフォウス。城を占拠していた人間が全滅したと考えられる今、この男までここで殺してしまえば、全ては闇の中だ。それでもいいのか?」
 まあ実際には、この件に関わった人間全員が、この場にいたとも言い切れないが。
 それに魔族と人間が組んだ真相など、大多数は一片の興味すら抱くまい。とにかく、その場の争いが決着すればいいのだから。
 でも、ベイルフォウス……お前はそうじゃないだろ? ちゃんと、背後関係とか知りたいよな?
 ……いや、どうだろう。

「ジャーイルのいうとおりだ。その卑怯者を生首にするのもよいが、それでは事の顛末がわからぬ。その娘が意識を失っている間に急ぎ魔王城へ連れ帰り、あとの判断は、力を取り戻した魔王陛下に委ねるべきであろう」
 え!? プートが!?
 プートがそんな意見を!?
 ええ!?
 プートがそんな理性的な意見で俺に賛成を!?
「そもそも、その者を殺る権利を持っているのは、お前より我、あるいは魔王陛下であろう!」
 あ、うん……そうだよね。それでだよね。

「……いいだろう。今は、殺さないでおいてやる」
 プートの援護が効いたのかどうかはわからないが、ベイルフォウスはとにかく鉾先を収めた。炎の宿る蒼銀の瞳を閉じ、不満を吐き出すように大きなため息をつく。

「ダァルリース、ひとまずそれでいいか?」
 夫の傍らに俯いて膝をついていたダァルリースは、ようやくこちらを振り返る。
「大公閣下方のご判断に、異存なぞあろうはずがございません」
 俺が抱く娘を見上げる顔は、青ざめ、一気に老け込んで見えた。確かに外見はいつも通り、幼い少女のものであるというのに。

「では、我は我が領での始末をしてから、参城することとしよう」
 プートの意見は尤もだ。
 住む城が無くなってしまったのだから、色々、対処が必要だろう。魔王城に同行するどころじゃないよな。
「その者の身は陛下のご判断に任せはするが、我としては参城を待っていただきたい、とは……陛下に直接伝えることにしよう」
 ネックレスに話しかけるんだな、プート。その姿を見たい気もする。

「ならば俺がそいつを引き受ける」
 ベイルフォウスの言う〝そいつ〟が指すのは、もちろんヨルドルだ。
「賛成できない」
 俺は即座に反対した。二人きりで竜に乗ったが最後、ベイルフォウスの短気が爆発しないとも限らないじゃないか。

「ベイルフォウスには、女性陣を頼む」
「……なんのつもりだ」
 ベイルフォウスがそう言ったのは、俺の言葉に対してではなく、反った剣を彼に向かって差し出したからだろう。
「いや、万一帰る最中に、ミディリースがまた暴走したらと考えると、これを持っておいた方がいいかと思って……」
 どう考えても、さっきミディリースの魔力が収まったのは、この剣の仕業(おかげ)だろうから。

「兄貴の元に戻った魔力ならともかく、別の未熟な相手の暴走を、俺が止められないと思うのか」
「だがさっきは実際――」
 俺が反論しようとしたその時――

『旦那様!!』
 耳をつんざく大声が、轟いたのである。


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