古酒の隠れ家

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恐怖大公の平穏な日常

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【第十三章 魔武具騒乱編】

49 一刻も早く、帰城する必要があるようです!


「まさか現状、見えない敵が大挙して城を占拠してる、というんじゃないだろうな!? エンディオンがその人質になっているとか」
『いいえ、お兄さま! 城内はジブライール公爵とか、他の有爵者の方がなんだか気持ち悪い魔術を駆使してくまなく調べてくれたけど、他に不審な者はいないって!』
〝気持ちの悪い魔術〟?
『そのうえでジブライール閣下が居住棟にのみ、外部との往来を遮断する強固な防御結界を張ってくださいました! 今、我々はその中にいるのです』
 セルクの声音からは、複雑そうな色がみてとれた。
『スメルスフォやマストレーナも一緒だから、そこは安心して!』

 通常、魔族の居城には、城主が結界を張っている。
 しかし結界と一口にいっても、プートの城で見たような、隔てた内外を完全に遮断する強力なものから、侵入を阻まず、単に施術者の存在を主張するごく弱い程度のものまで、様々な規模や効果のものがある。
 結界を張る者の技量と魔力量によるとはいえ、見た目もその目的に応じて透明にもできるし、濁らせたり完全に視界を遮断するよう、濃く色をつけることもできるのだ。

 城主が居城にかける結界は、よほどの理由が無い限り、最も緩い類のものだ。
 魔族であっても鈍い者ならプレッシャーはおろか、気配さえ感じないかもしれない。当然、目にも見えない。
 それも地位が上がれば上がるほど、弱くする傾向にある。
 なぜって、魔族にとって戦いは正面きって堂々、一対一で行われるものだし、強者の暴虐は許されるもの、そもそもが、弱者の結界では強者の攻撃を防ぎようがないからだ。

 さらにいうなら、その敷地内に役所をかまえ、成人魔族なら誰でも謁見を許す大公城は、常日頃から万魔に対して開かれている。
 だから大公城に強力な結界が張られるなど、今回のプートの城にそうされたのが数百年ぶりと聞くまでも無く、そうそうないことなのだった。
 あの猜疑心が強く、碌でもなかったネズミ大公ですら、自身の大公城にはさしたる結界も展開していなかったのだから。

 ジブライールが居住棟にのみ結界を張ったというのは、そういう事情を鑑みた上で、なお、マーミルの無事を案じてくれてのことだろう。気を回してくれて、本当に助かる。
 だが、逆にいうとマーミルばかりかセルクもその中だから、彼から家人に指示は出せない状況か……。
 ああ、ほんとこの魔王様の魔道具が、もっとあればなぁ!
 絶対、造り方教えてもらおう!

「ひとまずマーミルの無事は保証されてるってことだな」
 さっきは文句を言ったベイルフォウスも、我が城の危機がただ事で無いと知って、一緒に報告を聞いていたらしい。
 少し先を歩いていたはずなのに、いつの間にやら側で怖い顔をして立っていた。

「そのジブライールは? 彼女は今、どこにいる?」
『ええと……どこでしょう?』
『あ、えっと……アレスディア、知ってる?』
『さあ……』
 おいおいおい……マーミルやアレスディアはともかく、セルク!
 エンディオンがいない今、君だけが頼りだというのに!
 しかし、ジブライールが結界を張った中にいるとは思えない。おそらく外――本棟あたりで、陣頭指揮を取ってくれている……と、信じたい。

『とにかくお兄さま! 魔王様が大変なのはわかるわ! でも、お城も大変なの! 帰ってきて!』
 泣き出す一歩手前の声音だった。
 マーミルをはじめ、家人は俺がプート領にいるとは思っていないだろう。そこにいる理由も状況も、知るまい。
 だからって何だというんだ!

 ああ、確かに魔王様は大変だ。強奪者を確保したのだから、至急、魔王城に連れ帰らなければならない。
 だが、連れ帰りさえすれば――いや、ヨルドルをというより、今はミディリースをさえ無事に魔王様の元に送り届ければ、最大の不安は解消する状態ではないか。

 そもそも俺が、うちの家令が居なくなった、さらわれた、だなんて史上最大の大事件を、放っておけるわけがないだろう!!!
 俺の心も号泣手前なのだ! 今すぐ帰らないと!!

「急いで帰る! もしジブライールが居住棟にいたら、彼女から連絡を!」
『は、はい!』
 一旦、通信を遮断した。
 落ち着け……とにかく落ち着け、俺!!

「ベイルフォウス、ガルムシェルトは三つだよな!?」
「俺の知る限りでは」
 俺の知る限りでも!

 ウルムドガルムは、さっき目の前で砕け散った。
 エルダーガルムは袋に入れた状態で、腰に下げてある。ベイルフォウスが馬鹿なことをしたあと、取り上げてそのままなのだ。……大丈夫、砂にはなっていない。
 残るファイヴォルガルムは魔王城に。その魔王城には、ウィストベルがいる。奪われるとは考え難い。
 もしそんなことになっていれば、連絡だって来たはずだ。

 だったら、四本目があるということか?
 いいや、アルマジロちゃんだって、ガルムシェルトは三本だと言っていたじゃないか。
 とすると相手は他の方法で、ウォクナンの魔力を奪った?
 しかし魔力を奪い、奪われた者が子供になるような魔道具が、ガルムシェルトの他にもあるというのか?
 それも、このタイミングで使ってくる者がいた?

 ……ああ、考えたところでわかるまい。
 この場でハッキリさせる方法は、ただ一つ。
 俺は担いでいたヨルドルを、地面に投げ落とした。
「う……」
 手から大鉈を引き抜いた時にも意識を取り戻さなかったヨルドルだが、その胸元を踏みつけると、今度は苦しそうにうめいて薄目を開けた。
 ダァルリースが固唾をのんで見守っているのがわかる。だが、その心情を思いやるだけの余裕が、今の俺にはない。

「質問は一つ。俺の城に現れた姿の見えない者の正体を、お前は知っているか、否か?」
「ふ……」
 苦しそうな表情の下から、それでもヨルドルは歪んだ嘲笑を浮かべた。
 ああ、その反応だけで充分だ。
 こいつにはこのまま、俺の領地に付き合ってもらおうじゃないか。
 足をおろし、再び胸ぐらを掴もうと伸ばした手の前に、ダァルリースが飛び出てきた。

「まさかそんな……本当なの? 今、ジャーイル閣下の領地で起こっていることにまで、あなたが関係しているというの!?」
 俺を意図して遮ったのではないようだ。ただ単に、夫に詰め寄った結果らしい。
 そのダァルリースの動揺した声につられてか、ヨルドルの瞳も揺れる。やはり、彼は彼女に対する想いを、未だ持ち続けているように見て取れた。
 その証拠に――

「……そうだ」
 あっけなく、ヨルドルは口を割ったのだ。この調子で尋問をダァルリースに任せれば、案外簡単に全てを白状するかもしれない。だが、そうだとしても、ここで割くその時間すら惜しい。
 いや、いっそダァルリースも連れて行くか?
 彼女に協力してもらって、竜の上で全て吐かせればいい。
 俺がわずかの間、そんなことを思索していた隙に――

「けれどそれは」
「なんてことを!」
 ダァルリースはそう叫ぶや突然、大地を蹴り、元夫の胸に馬乗りになったのである。いいや、そればかりではない。

「恥を知るがいい!」
 力いっぱい握りしめたその小さな両の拳を、代わる代わる元夫の両頬にめり込ませたのだ。一度ならず、何度も何度も……。
 鈍い音が響き、白い歯が、宙に舞った。

「待て、ダァルリース。それ以上は口がきけなくなる」
 しばしあっけに取られてはしまったが、慌てて止めに入る。
「あ…………」
 ダァルリースはヨロヨロとヨルドルの上から退くや、全ての力を使い切ったかのようにその場にへたり込んだ。
「も、申し訳ありません……」
 だらりと降ろしたその拳は、夫の血に濡れている。
 一方のヨルドルは口や鼻からは血を流し、紫色に変じた顔を元の三倍に膨れさせ、目も口も埋もれて居場所すらわからない……ダァルリースの殴打は、それほど激しいものだったのだ。
 うん……とりあえず、ダァルリースと殴り合うのは絶対に止めておこう。

「ヨルドルの身柄は俺が引き受ける。異論ないな?」
「いいや待て、ジャーイル」
 完全に意識を失ったヨルドルを、再び俺が担ごうとしたその時、待ったをかけてきたのはベイルフォウスだ。

 弟の立場からすれば、兄の身は大事だろう。わからないでもない。だが……。
「俺が領地に帰るのを、邪魔するとでもいうのか?」
「いいや、お前が自分の城に帰るのは止めねぇよ」
 なんなら事を構える覚悟ですごんでみせたが、ベイルフォウスの方は予想に反して気を悪くした風さえなかった。

「大公にとっちゃ、自身の領地に勝るものはない。娘たちのことは俺に任せて、お前は自領のイザコザを解決してくるといい。そのために、俺から二つのものを貸してやる。まずは魔槍(こいつ)
 そう言うと、ベイルフォウスは魔槍ヴェストリプスを投げて寄越した。
「なぜ、ヴェストリプスを?」
「魔槍ヴェストリプスの魔武具としての能力……それは、穂先にかけられた魔術を一時とは言え、自身の能力とすることだ」
 やはりそうか……。うん、予想の範囲内ではあった。

「つまり、ミディリースが穂先に隠蔽魔術をかけた今」
「そう。この槍は今現在、その〝隠蔽魔術〟とやらの能力を持っている、ということになる。しかも、さっきコイツが自身の魔術でそれを解こうとしてできなかったように」
 ベイルフォウスがヨルドルを足蹴にする。
 顔を歪ませたのは身体の痛みのせいというよりは、ベイルフォウスの言った事実に苦痛を感じてのようだった。

「魔槍での効果は魔槍でしか打ち崩せない。しかも、その能力の保持期間は、次に新たな魔術が穂先にかけられるまで。先の能力を失うと同時に、その能力によって発現していた魔術が無効となる」
 つまりミディリースによって「隠蔽魔術をかける」という能力を付与されたヴェストリプスは、次に新たな魔術を穂先にかけられるまで、その使用者を「隠蔽魔術のかけ手」とするわけだ。
 しかも、元の能力者でも打ち崩せないとすると……それって、かなり便利な能力じゃ無いか?

「もっとも、その効果は無敵、というわけではない。例えば氷の魔術をかけられ魔槍が木を凍らせたとして、炎で焼けば、通常通り氷は溶け、木は燃え上がる」
 効力は魔術による、のか。
 それにしても、ヴェストリプスにそんな能力があるとは、露とも知らなかったんだけど!
 長らくこの槍は、俺の城にあったというのに。

 我が城の宝物庫の管理人だったヒンダリスは、鑑定魔術を持っていた。触れるだけでその物の歴史を知れるあの男が、ヴェストリプスの能力を知らなかったとは思えない。
 だが、管理簿にはそんなこと、何も書いていなかった。故意に隠していたということだろうか?
 まあ、別に書いてたからって俺は槍使いじゃないし、どうせ使わないからいいんだけど!

「ちなみに、効果があきらかに表に顕れるものでないと、有効とはならない。例えば自身の身体に備わった能力によって、相手の魔力が判別できる、というような便利な特殊魔術があるとして――」
 意味ありげに視線を合わせてくるベイルフォウス。いいや、合わせるというより、見られている感じだ。目を――もうこいつ、絶対わかってるよね?
「そういう類のものは無効だ」
 そうだろうな。そもそも、そういう身体的特殊魔術は、他にかけることもできないし。

「穂先で敵を貫け。それが、発動のための唯一の条件だ」
「理解した。ありがたく借りよう」
 ヨルドルを連れていくとはいえ、こちらの言うことを簡単に聞くはずもないから、その術を操る別の手をもてるのは、正直ありがたい。

「では、ダァルリース、君も俺と一緒に――」
「だから、強奪者(そいつ)は置いていけ」
 ベイルフォウスはきっぱりと、そう言った。


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