古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

恐怖大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第十三章 魔武具騒乱編】

48 耳障りな大声の正体


 めちゃくちゃビックリした!
 なに、今の耳障りな大声!
 いや、声よりむしろ、足に伝わるこの小刻みな振動が――

 魔王城との通信のため、ベイルフォウスには指輪、プートにはネックレスを渡したが、その用途で俺が渡されたのはピアスだ。
 もっとも今、震えているのはそれではない。そっちはちゃんと両耳についており、ぴくりともしていないからだ。
 っていうか、こんなに震えるなら、耳から外しておこうかな!
 いくら後で穴は医療班に塞いでもらう予定とは言え、耳たぶが千切れたりしたら嫌だもんね!!
 魔王様、もうちょっと考えた方がよかったんじゃないだろうか……。

 それはともかく、今、足に振動を伝えているのは、魔王様がミディリースに渡した、蒼銀に鈍色の宝石がはめ込まれた腕輪――
 ミディリースを呼びつけるときに、エンディオンに渡してきてくれと密かに頼んでおき、その片割れをコッソリ――とはいえ、さすがに黙認してくれてるだけだと思うけど――確保しておいたのだが、そいつがズボンのポケットに入っている。その腕輪が、震えていた。
 こんな夜中に通信してくると言うことは――

『旦那様、こちらの声は届いておりますでしょうか!?』
 通信具は呼びかけられた最初だけ震えるらしく、一旦つながった後はピクリともしない。
 そこから聞こえてくる声は、エンディオンというより……。

「セルクか?」
『ああ、よかった! 旦那様!』
 なんかミディリースの時にはそこまで思わなかったんだが、いつも直で聞いてる声と違う気がする。しかも割れてるっていうか……ちょっと聞きづらい。
 それに、随分切羽詰まったような声音に聞こえる。
 布越しだからだろうか?

「セルク、少しだけ待ってくれ。ダァルリース。ズボンのポケットに腕輪が入ってるから、出して俺の左手につけてくれないか?」
「えっ、あ、はい」
 娘を抱きかかえて不自由なので、母に頼むことにした。

「では、その……失礼致します」
 ダァルリースは緊張気味に腕輪を取り出し、俺の左手にくぐらせる。
 よし、これで少しは聞きやすくなればいいが。
「どうした、何かあったのか?」
 そもそも、こんな夜中の通信だ。何かなければ連絡はあるまい。

『ウォクナン公爵が奪爵されました!』
 ……は?
 ……え?

 ――ウォクナンが……ウォクナンが、奪爵された!?
 え、あのリスが!?  いや……声が割れているせいで、違う言葉を聞き間違えたのかもしれない。
「今、ウォクナンが奪爵されたって言った?」
『はい、そうです!』
 そうらしい!

 正直、かなり驚いている。
 ウザくてしかも普段はふざけた奴だけど、あれでも公爵としては相当強いのは間違いない。それに小ずるく、かつ他人の悪意には抜け目ないので、油断することはまずないだろう。
 そのウォクナンが奪爵された?
 ということは、かなりの強敵が現れたということか!
 ……いや、あいつのことだ。好みの美人が相手だったら、ウッカリ油断しそうだ。ま、なんにせよ、ジブライールじゃなくてよかった。

 ……違うからな! そういう意味じゃ無いんだからな!
 ジブライールじゃなくて、というのは、そうじゃなくて……好意以外のれっきとした理由からなんだからな!
 それというのも……。

「おい、ジャーイル! 配下の報告なら、移動しながらでも聞けるだろう。とっとと魔王城に帰るぞ」
「そうだな」
 確かに、ベイルフォウスの言うとおりだ。通信だけなら移動しながらでもできる。
 今はとにかく、ヨルドルとミディリースを、魔王様の元へ送り届けることが先決。
「じゃあ、ベイルフォウス。ミディリースを頼む」
「ああ」

 俺はベイルフォウスにミディリースを預け、ヨルドルに歩み寄る。彼はその手から大鉈を抜く時に呻きはしたが、目覚めることはなかった。
 抜いた大鉈をダァルリースに返し、ぐったりと気を失ったヨルドルの身体を担ぎ上げ、ベイルフォウスを追って、竜を()めた荒れ地向こうに向かって歩き出す。
 途中、プートが召集をかけたのだろう、一旦、前地外に離れていた彼の配下たちが、主の元に向かうのとすれ違った。

『違いますよ、セルクさん!』
 続いて通信機から聞こえたのは、よく知った女性の声――アレスディアか。
 彼女は焦りを前面に含ませた筆頭侍従と違って、冷静さを失ってはいないようだ。それでも声が固く聞こえるのは、やはり道具を通している影響なのだろうか?
 なんにせよ、獅子から離れた後でよかった。鼻息ふんふんかけられても困るからね!

『ウォクナン副司令官閣下は、奪爵されたのではなく』
『そうだった! 奪爵ではないんです!! でも、とにかく一大事なんです! もうどうすればよいのやら!』
 セルクがまくし立てる。
『とにかく、旦那様のご指示をと』
『セルク、ちょっと気を落ち着けて!』
『がふっ』

 ん? 今のはマーミルの声?
 セルク……今、マーミルに何された。「がふっ」ってなんだ、「がふっ」って!
 筆頭侍従になってからというもの、冷静な印象で上書きされつつあったのに、今、自分で台無しにしてるぞ。
 子供にまで諫められるなんて。っていうか、なぜマーミルがこんな時間に起きている?

「セルク、何があったのかはわからないが、落ち着いて報告してくれ。エンディオンがいないあの非常時を、なんとか乗り切った自分を信じるんだ! 今だって、彼に信頼されてその腕輪を預けられているんだろ?」
『旦那様こそ、落ち着いて聞いて下さい!』
 はい? どういうこと?
 別にリスが奪爵されたからって、何ほどのこともないんだけど。
 マーミルも無事なようだし?

『ウォクナン公爵は、奪爵されたのではないんですが、今現在、大公城に居座っています!』
『ですから、ウォクナン副司令官閣下のことなど、どうでもいいでしょう! そんなことより』
 苛立ったようなアレスディアの声が、かすかに聞こえる。
『どうでもよくない! 彼が全ての元凶なのだから!』

 まさか……〝ウォクナンは奪爵されたのではない〟かつ〝城に居座っている〟しかも〝全ての元凶〟、ときたら……。
「ウォクナンが俺に奪爵を宣言して、大公城に居座っているということか!」
『違います!』
 違うのかよ……。
「エンディオンはどうしたんだ? そこにいないのか?」
 セルクには悪いが、話が進まない。せめて家令に代わってもらおう。
 そもそも、腕輪はエンディオンに渡してあったのだ。もっとも、我が家令は現在通いでの勤務だから、夜になるといなくなってしまうのだが。
 それでも、今日は泊まり込んでくれているはず。

「プートの城が占拠された」……それを聞いて自身の城の警戒を怠るほど、俺は呑気ではない。腕輪を持っていることを幸いと、それなりの指示を出していたのだ。
 だというのに……。
『そうなんです! そのエンディオンが、行方不明なんです!』
 ……。
 一瞬、何を言われたのかわからなかった。
 それでも、足が止まる。
 今、筆頭侍従は何と言った?

「エンディオンが、ゆくえ、ふめい……?」
「ゆくえふめい」って、どういう意味だっけ?
「ゆくえふめい」って、まさか、どこにも居ないって意味じゃなかったよね?
「ゆくえふめい」って、エンディオンが我が城のどこにも居ないって意味じゃないよね!?
「ゆくえふめい」って……!

「ま、まさか、家令を辞めて実家に……帰っ……」
 背筋に震えが走る。言うまでもなく、恐怖のためだ。
『お兄さま!』
 今度は妹の、慌てた声が響いた。
 そうか! 妹がこんな時間まで起きているのは、わが家令がいないからなのか!
「マーミル! エンディオンがいなくなったって、どういうことだ!」
 俺の声は、誰より慌てていたかもしれない。

『さらわれたの! たぶん!』
「は!? さらわれた? 多分? さらわれたって!?」
 ではつまり、俺に愛想を尽かせた出て行った、とかではない?
「多分ってどういうことだ!」

『ウォクナン公爵がちっちゃくなったの! でも、その奪った相手は見えなくて、エンディオンがさらわれたの!』
 んんん?
 言ってることがわからない!
「なんだって?」
『だから!』
 妹は、いらついたように声を荒げる。

『ウォクナン公爵ったら、アレスディアに夜這いをかけようとしたのよ! でも、逆に誰かに襲われたみたいなの! その途端、小さくなって…… でも、その相手は見えなくて……ジブライール公爵が、それは魔力を奪われたせいだって! その見えない相手に、エンディオンがさらわれたのよ!』
 つまりウォクナンは今夜もアレスディアにつきまとうために、我が城にいたということなんだな!

 おかしいと思ったんだよ。
 俺が我が城の警護を頼んだのは、事情を知るジブライールであって、あのリスではないというのに!
 それにしても、アレスディアに夜這いだと?
 俺の妹に、そんな下品な言葉を使わせる事態に陥らせるだなんて、あのリス! いよいよ出禁にする必要があるんじゃないか?

 いいや、リスのことなど今はどうでもいい!
 見えない相手、小さくなったウォクナン。それをこれまでの流れを知るジブライールが、魔力を相手に奪われたせいだと断言した?
 しかも、そいつにエンディオンがさらわれたって!?
 見えない相手……ヨルドルやミディリースの他にもまだ、隠蔽魔術を使えるものがいたっていうのか!?
 それとも、ヨルドルが透明化した人間が、他にも多数いた?

 透明化した人間が、他にもいる可能性については考えなかったことじゃない。だからこそ、俺は自身が不在の間の警戒を、ジブライールに頼んだのだ。
 しかし、俺の城に人間が入り込んだとして、エンディオンがさらわれる、などという事態に陥るなど、予想の及ぶ範囲ではあるまい!
 一体誰が、うちの大事なエンディオンを!?


前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system