古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

恐怖大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第十三章 魔武具騒乱編】

51 大事な家令を取り戻しましょう!


 俺は今、自身の所有する竜の背にあった。リンクは自領の移動に利用するには速すぎるからだ。

「恐れながら、大公閣下。私には無理です。きっとお役に立てません。どうか、ご勘弁を……!」
「うん?」
 背後から、脅えたような声があがる。
 実は俺は今、一人で竜に乗っているのではない。珍しく、供がいる。

 同乗するのはモーデッド。そう、ティムレ伯の軍団城につとめる、他人の気配がわかるという特殊魔術を持った家令だ。
 その彼は後ろで跪き、脅えの多分に含まれた懇願の姿勢をみせていた。
 こんな態度なのは、きっと前の大公――ネズミめの配下に対する扱いがひどかったせいに違いない。よし、俺はそれとは違うと安心させてやろう。
「心配するな。万一、役に立たないからって、後でひどい目にあわせたりはしないから」
 うむ。黙ったところをみると、どうやら彼も一安心したようだ。

 俺とモーデッドの向かう先は、もちろんエンディオン、そして、我が家令をさらったであろう者のいる場所。
 そうだとも――その目星が、俺にはすでについている。なぜって、犯行に及んでは姿を消しておきながら、その相手はいくつものわかりやすい手がかりを残していたのだ。まるで、正体を隠すつもりなどないと言わんばかりに。
 そうはいえもちろん、その正体をこうも早く突き止められたのは、ジブライールの冷静で無駄ない的確な対処があってこそではあるのだが。

 セルクの報告によって判明した事実はこうだった。
 俺が留守であることをいいことに、アレスディアの寝所に忍び込もうとした――さすがに初めてのことらしい。だからといって、許す気はないが――ウォクナン。それを、これまた俺の不在のせいで居住棟に留まってくれていたエンディオンが見咎めたのが、事件の発端なのだとか。

 事が事だけに、エンディオンもウォクナンの行動に目を瞑るわけにはいかず、けれどウォクナンの立場を慮って、自身の館に戻って大人しく俺の沙汰を待つよう説得したそうだ。ところが半ば錯乱したリスが、「話が違う」だの「見えるはずがない」だのと意味不明の言葉をわめき立て、結局は居住棟全体の眠りを妨げる事態となり、本棟のセルクが駆けつける騒ぎに発展したのだとか。

 ――ロクなリスじゃないのはわかってたが、ここまでとはな!

 とはいえリスは俺に対する畏怖と恐怖のため――セルクがそう言った――力尽くでも、というような強引な態度で横暴を働こうとはしなかった。
 そう、逆に俺に対する恐怖のため――しつこいが、セルクがそう言ったんだ――情けなくも「この件はジャーイル閣下に内緒にしてくれ!」と膝をつき、泣く勢いで頼み込んだのだそうだ。野次馬と集まった目撃者が山といるというのに!!

 さらに野次馬の中に妹と目当てのアレスディアを発見したリスめは、「マーミル様~!」とまるで弱者のようなひ弱な声をあげ、その視線と開いた腕はアレスディアを目指して突進したのだとか。
 俺がいたら、間違いなく前歯を抜いてやったのに!

 二人がかりで慌てて止めに入るエンディオンとセルク。
 しかしリスは公爵。それも、ただの一公爵ではない。副司令官までつとめるかなりの実力者――信じがたいだろうが――なのだ。その上、体はゴリラで逞しい。
 一方、エンディオンとセルクは有爵者とはいえ、子爵。しかも、マッチョでもない。

 魔術の戦いではないにしても、エンディオンが前から押しとどめ、セルクが後ろから羽交い締めにしたところで、ゴリラの体躯は結構力強いときてる! お腹ぽよんぽよんのくせに!!
 二人がかりでもジリジリと押し負け、引きずられるエンディオンとセルク。逃げまどう家人たち。青筋を浮かべ、四本の腕、すべての中指をたてるアレスディア。とっさに床に氷を張るうちの妹!

 ところがその氷が悪かった!
 つるんと足を滑らせたリスが、前方に向かってつんのめる。
 後ろ向きに一人倒れたセルクはよかったが、前にいたエンディオンはリスに巻き込まれる形で共に氷を滑り、そのゴリラ胸と壁に挟まれることになったのだそうだ。

 その時、エンディオンを押しつぶして倒れるゴリラの背へ、なにかが突き立てられたらしい。
 そうと知れるのは、リスが刺されたことに激怒し、振り向きざまに誰何した事実があってのこと。さらに、まだ記憶の残っていたリスから得た「刺された。間違いない」という証言、それから実際に確認できた背の刺し傷跡によってだった。
 とにかく、誰何するうちにもリスの体は縮んでいったらしい。

 しかしその時、リスとエンディオンの周囲には、誓って誰の人影もなかったという。突き立てられたそれがなんなのかは、誰一人、目撃していないのだ。
 頼りになる家令はリスの下敷きだったし、筆頭侍従は後ろ向きに倒れており、妹と妹に引きずられていたアレスディアを含め、家人は逃げる態勢にあった。

 とっさに強力な魔術を放とうとし、それが発動できなったことも含め、混乱するウォクナン。
 その小リスが騒ぎ立てる最中、押しつぶされてぐったりしていたエンディオンが急に立ち上がるや、氷の上を滑り、居住棟から颯爽と出て行ったのだとか。
 その時も、エンディオンが黙ってその場を辞したこと、それからその動作の不自然なことを、セルクは頭の片隅でいぶかしんだそうだ。だがすぐにジブライールがやってきたので、彼女を呼びに行ってくれたのだろうと納得したらしい。

 大公城の警戒にあたってくれていたジブライールは、俺が帰らないというので、そのまま城に留まってくれていた。だが、彼女のために用意された部屋は本棟にあった。
 騒ぎが持ち上がったとき、ジブライールとセルクのどちらが様子を見に行くか、ということになったらしい。が、居住棟は大公にとってもごくごく私的な空間ということで、ジブライールは遠慮したのだとか。

 ともかく居住棟に駆けつけた彼女は、まずはマーミルを護る結界を張ると、すぐさまウォクナンを捕縛。もっとも、子供化した彼を抑えることは、今や誰であっても容易だったのだが。
 続いて逃げまどう人々を一喝することで沈静化をはかり、マーミルの言っていた「気持ち悪い魔術」を使って、まずはその場に不審者がいないことを確かめたのだとか。
 その後も彼女の対処は冷静で迅速だった、とセルクは落ち込んだように独白する。

「最初からジブライール閣下にお任せするべきでした。こちらには他ならぬマーミル様がいらっしゃるのですから」
 先述のとおり、そのジブライールを呼んできたのはエンディオンだとセルクは思い込んでいた。ところが実際には別の家人――居住棟から避難した侍女の要請によって、ジブライールは駆けつけたのだ。
 では、エンディオンはどこに行ったのか?
 その姿を目撃した家僕がいた。

 彼は洗濯係の恋人につけられた背中の傷を癒してもらいに医療棟を訪れ、再び恋人のところへ戻るために医療棟を出たすぐの場所で、家令にすれ違ったのだという。
「エンディオンさんが医療棟なんて珍しいですね」というその家僕の言葉を無視し、顔を逸らすようにして急ぐエンディオンの足取りは、その場においてもやはり氷の上を滑るような不自然な歩き方だったのだとか。

 その目撃情報を最後に、エンディオンは所在不明となった。一人の医療員と共に。
 エンディオンと共に姿をくらませたその医療員、そしてジブライールの尋問により、未だ記憶を保持していたリスが口にした誘拐犯と思われる者の名は――

『ジャーイル!』
 おっと、この声は――ようやくベイルフォウスくんが約束を果たす気になってくれたようだ。
「なにかわかったか?」
 もうとっくに大公城には帰り着いていて、それどころかお出かけ中なんですけど。しかも、ティムレ伯の城にまで寄った後だよ――などという嫌味は口にせず、俺はヴェストリプスを肩に担ぎなおした。

『隠蔽魔術をかけられたものの姿形を見ることができるのは、隠蔽魔術のかけ手だけだ』
 え、第一報がそれ!?
 え、そんなこと知ってるけども……。
『だが、隠蔽魔術にかかっている者同士は、お互いを視認できるらしい』
「ああ……なるほど……」
 もたらされた報告に、俺、ちょっとがっかり。
 確かにそれは知らなかった。けれど、わざわざ教わらなくとも、容易に予測できる事実だ。
 だってそうじゃなきゃ透明化した人間たちが集団で行動できるはずはないからね!

「それで?」
 まさかそれだけじゃないよね。
『今、お前の城を騒がせている相手の正体が判明した』
 お! いきなり情報の重要度があがったじゃないか。
「ヨルドルが吐いたのか」
『ああ。知っている限りのことは、なにもかもべらべらとな』
 ダァルリースのおかげかな。それともベイルフォウスがかなり痛めつけたりしたのだろうか。
「つまり、ヨルドルには協力者がいたんだな。それも魔族の――」
『そうだ』
 さて、では答え合わせができるだろうか。とはいえ――

「悪いがベイルフォウス。ゆっくり報告を聞いている暇がない。俺のほうでもそいつの目星がついていて、追っている最中なんだ。詳細は後で聞く。だから今はそいつの名前と、お前がどうしてもと思う情報だけ伝えてくれ」
『そうか――』
 予想を超えて俺の行動が速かったことにか、それとも正体の目星がついているということにか、ベイルフォウスは少し驚いたような声をあげた。
『ヨルドルを“そそのかした者”は女で――』
 うん。予想通りだ。
『名をヴォーグルア、というそうだ』
 うん…………え? あれ?
 けれどベイルフォウスが告げた名は、俺にとって全く聞き覚えのないものだったのだ。

「ヴォーグルア? ヴォーグルア、だって? 本当に?」
『……おもしろくねぇ。その反応じゃ、本当に目星がついているんだな』
 ベイルフォウス……ガッカリ声ってどういうことだ。
「つまり、それは本名ではないんだな」
『ああ、俺の予想ではな。だが、お前の考えも一致しているようだ。そうだろう?』
 ベイルフォウスの予想? ヨルドルが本名まで吐いたのではなく?
 確かに俺は確信に近い予想を立ててはいるが、それは彼女が俺の領民であり、かつて迷惑を被ったこともある相手だったからこそ可能だったことだ。
 その相手の名を、正体を――ベイルフォウスも予想した? というか、予想できた?

『彼女の名は――』
 新たな疑問の湧き上がる中、ベイルフォウスは俺が目星をつけていた、正にその相手の名を口にしたのだった。


前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system