古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

魔族大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第四章 大公受難編】

28.はい注目ー!それではここで、マーミルちゃんを囲む会を開催したいと思いまーす!



 話はベイルフォウスやジブライール公爵と、<断末魔轟き怨嗟満つる城>に戻る、その数時間前にさかのぼります。

「では、<第一回 マーミルちゃんと、愉快な仲間たちの語らい>をはじめまーす。はい、ぱちぱちーー」

 あら?
 なぜだれも拍手しないのかしら。私の司会進行は、完璧なはず。

「ちょっと、お二人とも。なんですの、ぼーっとして! 拍手、ほら、拍手ですわ!」
 二人とも、拍手という言葉を知らないのかしら?
 そんなバカな。

「おい、マーミル」
 憮然とした声が私の名を呼びます。
「なんですの、ベイルフォウス様」
「何って、聞きたいのはこっちだ。訳の分からん会議を宣言する前に、まずはここに俺と」
 そう言って、ベイルフォウスは同じ粗末な木のテーブルを囲む、もう一人の女性に目を向けました。
「ジブライールを呼んだ理由を答えてもらおうか? お前が“ものすごく困っている、助けてくれないと身がもたない”だなんて意味深な手紙をよこすもんだから、俺はてっきりまた、ジャーイルに折檻でもされたのかと……」
「はい? 意味がわかりませんわ?」
 大丈夫かしら、この人。あの優しいお兄さまが私を折檻?

「違うなら違うで、理由を説明しろ。なんだって俺とジブライールは、こんな辺鄙な場所に呼び出されなきゃいけなかったんだ?」
 ジブライール公爵までもがベイルフォウスの言葉なんぞに、こくこくと頷いています。
 確かにここは辺鄙です。ええそう、辺鄙ですとも。私たちがいるこの場所は、人間の群生する町なのですもの。
 建物は魔族の住居に比べればどれも手狭で、町並み……というのかしら、住まいが隙間なく建ち並ぶさまは、ものすごくごちゃごちゃしています。

 私だって、故無くこんなところにお二人を呼び出したりはしません。でも仕方ないのです。どうしたって、お兄さまに聞かせたくない相談事だったのですから。
 もっとも、正確にいうと、私がお二人を呼び出したのはこの近辺の森であって、この町ではないのですけれど。

「ですから、それを今から説明するのですわ。こらえ性のない方ですわね!」
 私が立ち上がり、両手を腰にベイルフォウスをにらみつけた、その瞬間。
「あ、あの……ご注文は、おきまりでしょうか?」
 人間の娘が、空気をよまずに声をかけてきました。
 頬が真っ赤です。人間は弱いというから、熱でもあるのかもしれません。ええ、ベイルフォウスに見惚れているのでは、決してありませんとも!

「注文? 注文って、なんですの?」
「あの……ここは食べ物や飲み物を提供する場所なので、ただ座っていられるだけだと困るんです。何か、頼んでいただかないと……」
 あら、この娘は侍女のようなものなのかしら。そう言えば、さっきからあちこちに給仕をしているようだけど。

「食べたいものや飲みたいものを伝えればいいんですのね? なら、私は赤い薔薇を乗せたさっぱり味のアイスクリームと、あまーーいリンゴジュースが飲みたいですわ」
 まあ、希望を言わないといけなかったのね。どうりでいくら待っても、何も運ばれてこないと思ったわ。

「そんなもの、あるわけないでしょ? ここは大衆食堂なんだから……」
 私の言葉に、どういうわけだか娘は呆れ顔で頬をひきつらせます。
「たいしゅうしょくどう? それってなんですの? ベイルフォウス様、ご存じ?」
 ここは談話室ではなかったのかしら?
 どのテーブルにも人間が座っていて、軽食をとりつつ会話を楽しんでいるようなので、てっきりそうだと思ったのですが。

「俺が知るわけないだろ。呼び出されてやってきただけなんだから。むしろ、ここにつれてきたのはマーミル、お前だろうが」
「あら、私じゃありませんわ。寝ぼけてらっしゃるの? 私たちははずれの森で会ったはずですわ。どこか座って、ゆっくりお話がしたいと言ったら、ジブライール公爵がここに案内してくれたのですわ」
 私とベイルフォウスはジブライール公爵に視線を向けました。
 ちなみにアレスディアには、森で竜の番をしてもらっています。

「あ、あの……実は私も、ここにはジャーイル閣下のご案内で、一度訪れたことがあるばかりでして。そのときの印象から、座ってゆっくりお話しするには、この場所が最適なのではと思いついただけで……その、たいしゅうしょくどう、とやらがどういう場所であるのか、正確には知っておらず……」
 私たちの視線を受けたジブライール公爵は、困惑顔です。
「もしかして……あなた。あの、ものすごく綺麗なお兄さんと一緒に来た人よね?」
 娘が急に嬉しそうにはしゃぎだします。
 そう言えば、ジブライール公爵はお兄さまとこの町で一泊したのでしたわね……。一泊……一泊………………ぐぎぎ。まさか、寝顔をこっそり見たりはしていないでしょうね!
 それにしても、綺麗なお兄さんとは……ええ、まあ、うちの兄は顔だけはいいですが! そうですとも、ベイルフォウスにだって負けないくらいには!

「今日はあの人、一緒じゃないの? もしかして、そのジャーイルってあの人のこと?」
「人間ごときが馴れ馴れしく、閣下のことを……」
 どこか遠くを見るように目を潤ませる娘に対して、殺気を漂わせるジブライール公爵。
 お兄さまからいつも無表情だと聞いていたのですが、全くそんなことはないんですけれども。私と関わる時はいつもお兄さまに関係した時ばかりだからかもしれませんが、ものすごくくるくる表情が変わるんですけれども、この方。

 公爵とちゃんとお話をしたのは、私を成人式典に出席させるために味方をしてくれた、あの時が初めてです。あの後、私は後押しのお礼にと、お兄さまがキンモクセイの香りを好まれていることをお教えしたのですが、それを知ったときの彼女の子供のように無邪気な笑顔と言ったら……教えたのを後悔したほどです。
 なぜって、わかるでしょう?
 自分の兄がもてるのはうれしいですが、嫉妬もしてしまうのですよ!! それが可愛い妹の心境というものなのです!!

「ジャーイルと一緒に?」
 ベイルフォウスが眉を寄せます。
「ああ……そういえばあいつ、俺が人間どもを全滅させた時のことを調べに、ジブライールと町を訪れたんだったか。てことは、この町があいつらを森によこした奴がいる場所ってことか」
 ベイルフォウスに、つかの間、剣呑な雰囲気が漂います。
「しかし、あいつも物好きだよな。人間のことなんて知って、何になるってんだ。まあそうはいっても……」
 そうして一転、いつもの下品な視線を、給仕娘の上に這わせます。
「女はどんな種族でも、深く知る価値はあるかもしれないがな」
 うげえええ。

「何言ってるの、あなたたち……人間ごときとか、全滅させた、とか……そんな言い方、まるで…………」
 給仕娘は何かを察したのでしょうか。さっきまでベイルフォウスを見て赤くなっていたのに、今は表情をこわばらせて木の盆を胸に、後じさろうとしています。
 他の席に座っていたむさくるしい男たちが、娘の不穏な空気を感じ取ったのでしょう。こちらを注視しだしました。

「どうした、イーディス。何か問題か?」
「マグダブさん……」
 一人の筋肉だるまが席を立ち、私たちの席に近づいてきます。
「ああ、よく見りゃ、この間のべっぴんさんじゃないか。今日はまた、この間とは違う色男と一緒……」
 下品な視線でジブライール公爵を一瞥した筋肉だるまでしたが、ベイルフォウスを見てびくりと身体を震わせます。

「なんだ、おまえたち……その雰囲気、まるで魔物」
 魔物? 魔物ですって?
「……いや……人間ではあり得ないその目の色……」
 ベイルフォウスを見つめる筋肉だるまの額から、脂汗が吹き出します。
「まさか…………まさか、ま、魔族……」
 あら、見かけによらず、ずいぶん勘のいい筋肉だるまです。

「ま……魔族……だって……?」
「まさか……」
「魔族……?」
 男の呟きを耳にして、人間たちが急にざわつきだします。
「バカ言うな、マグダブ。こんなところに魔族がいるはずがないだろう!」
 一人の男が、怯えを声音ににじませながらも、そう強がります。
「俺だってそう思いたい。だが、この身のすくむような威圧感は……魔物を前にした時と、比べものにならないこの恐怖は……」
 筋肉だるまはもじゃもじゃの手の甲で、額の汗を拭っています。もっとも、拭う端からまた汗がにじみ出てくるようです。
 それにしても、イライラします。なんなんでしょう、この人間たちは。

「ええ、魔族です。魔族だから、なんだというのです? 口にするまでもないことでしょう。これほど愛らしい女児が、人間に存在するとでも思うので」
 阿鼻叫喚というのはこういう場面をいうのでしょうか。
 私が言い終える間もなく、人間たちは全員が席を立ち、持ち物を放り出し、叫び声をあげながら、もつれる足を動かして、この“たいしゅうしょくどう”から争うように出て行きました。

 後に残ったのは、私たち三人だけ。
「まあ、人間というのはなんとお行儀の悪いものなんでしょう。しつけを受ける機会がないのかしら? 食事の途中で、そのお料理をひっくり返して逃げ出すだなんて……エンディオンに見られでもしたら、説教されますわよ! 二時間ほど!!」
 私の憤怒の声が、その“たいしゅうしょくどう”を震わせました。

「おい、マーミル。人間のことなんてどうでもいいから、説明をしろ。今すぐに」
 机に肘をついて、ブーたれるベイルフォウス。
「今からしますってば!」
 こんな子供みたいなのに、お兄さまの倍ほどの年齢だというのだから、びっくりです。

「お二人をわざわざ屋敷外にお呼びしたのだから、もちろんお兄さまに聞かれたくない、デリケートな相談ごとがあるからに決まってるでしょう!」
「ジャーイルに聞かれたくないこと?」
 あ、ベイルフォウス。ちょっとイライラが減った。興味がわいたようです。

「そうですわ! 今、お兄さまは大ピンチですのよ!」
「ほう、大ピンチ。ジャーイルがどうした? なにかあったのか?」
 あ、楽しそうで意地悪そうな顔になった。
「閣下がどうされたというのです!?」
 ジブライール公爵は、いつもの無表情をかなぐり捨て、不安をにじませています。

「まさか、この間の……私の……私のせいで」
「ジブライールのせい? どういうことだ?」
 ジブライール公爵が青ざめる一方、ベイルフォウスは興味津々です。さっきまであんなに面倒くさそうだったのに、今は銀の瞳をきらきらと輝かせ、身を乗り出して質問してきます。
「この間ってまさか、成人式典の時のことか? やっぱり、噂通りにおまえたち……」
「噂? 噂って、なんですの?」

 私の問いかけに、ベイルフォウスは私をちらりと見ただけです。そうして、何事かをジブライール公爵に短い言葉をささやきました。
 するとどうでしょう、公爵はあっという間に頬を赤らめたではありませんか!
 またか、ベイルフォウス!
 子供の前で、卑猥なことをいうのはやめてほしいものです!!
 聞こえてはこなかったけれども。

「ち……違います、そんな……」
「違うのか。なら、この間のことってなんだよ?」
「つ……つまりその……私はあのとき、気を失ってしまって……。意識を取り戻したら介抱してくださっていた、ジャーイル閣下のお顔が間近に……それで、驚いて……その…………つい、足を……」
「足を?」
「蹴ったのですわ。お兄さまの、大事なところを。力の限り」
 私がジブライール公爵の代わりにそう答えると、ベイルフォウスは一瞬ビクッと眉を震わせました。

「…………蹴った?」
 ジブライール公爵がベイルフォウスの質問に、控えめに頷いて……というか、うなだれています。

「お前、それはいくらなんでも……」
 一気にベイルフォウスのテンションはだだ下がりです。どうしたというのでしょう。まるで自分が蹴られでもしたかのように、痛そうな顔をしています。
「あのときのお兄さまは、おかわいそうでしたわ。あんなお兄さまを見たのは初めてですもの。ベッドの上にうずくまって、脂汗をかいて……私、お兄さまが死んでしまうのではないかと、本気で心配しましたもの」
「……聞くんじゃなかったぜ……もっと面白い話が聞けるかと思ったのに、俺までなんか痛い」
 あら。ベイルフォウスなのにどうしたというのでしょう。
「かわいそうにな……さすがの俺でも、同情する」
「す……すみません……」
 あら、私ちょっと言い過ぎたかしら。ジブライール公爵が涙声になっています。別に彼女を責めたつもりはないのですが。

「私が相談したかったことを察していただけましたかしら?」
 私は苦々しい顔のベイルフォウスと、しゅんとうなだれるジブライール公爵を見比べました。
「あれ以来、お兄さまは不安で夜も眠れないご様子。せめて医療班に相談すればいいと思うのに、なさらないの。きっと、恥ずかしいんだと思いますわ。それで、やっていることが読書ですのよ。気を紛らわせるためならいいですけど、きっとお兄さまのことだから、本には役立つ知識が詰まっているとかなんとかいって、解決法を探してらっしゃるんだと思うの」
「閣下がそんな……」
 顔をあげたジブライール公爵の瞳が、少し潤んでいます。

「……それで、マーミルは俺にどうしてほしいんだ?」
「決まってますわ! ベイルフォウス様は、大事なところの専門家なのでしょう? たらしなのですから! 私だって、それくらい知っているんですのよ!」
「たらし……お前の前では発言にも気をつけているし、女に手を出したこともないはずなんだが……」
 嘘をつけ! 今さっき、給仕の娘を変な目で見ていたくせに。

「とにかく、なんとかできますの? できませんの?」
 私ばかりか、ジブライール公爵まで縋るような視線をベイルフォウスに向けています。 「まあ……そりゃあ、同じ男として、相談にはのってやらないこともない。……あいつが俺に、素直に悩みを打ち明けるならな」
「私ももちろん、協力できることがあれば、なんでもします! どんなことでも……そもそも、私のせいなのですから……」
 二人とも、協力はしてくださるようです。当然ですがね。一人は自称親友で、一人はお兄さまのことを……ぐぎぎ。

「では、ベイルフォウス様はご一緒に城へ来てくださいます?」
「ああ、いいぜ」
「もちろんですけど、デリケートな問題なので、お兄さまが打ち明けるまでは知らないそぶりをしてくださいね」
「おい、マーミル。俺を誰だと思ってるんだ?」
 私の言葉に、ベイルフォウスはいつもの根拠のわからない、自信に満ちた笑みをこぼしました。
 結果は、私が裏切りという言葉を覚えただけでしたけれどもね!!

「ジブライール公爵は、どうなさいます?」
「わ、私もぜひご同行を! 閣下の一大事とあらば、お顔を拝見せずには……」
 いえ、公爵はいざというときに協力してくだされば、それでいいんですけれども。

 そうして私たちは“たいしゅうしょくどう”の粗末な扉をくぐりました。

 するとどうでしょう。この小さな建物を、人間たちの集団が、取り囲んでいたのです。

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system