古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第七章 魔王大祭 中編】

99.獅子が無茶ぶりしてくるんですけど



 魔王様の前地から場所を移したここは〈竜の生まれし窖城〉の前地だ。
 コンテストの開始を午前中にすませた俺は、午後はプートの城にやってきていた。
 というのも、四十日目である今日はコンテストの開始日であると同時に、爵位争奪戦の最終日でもあるからだ。
 とはいっても俺がすることは何もない。ただ、開始日に開催の宣言を見守ったのと同様、今回も閉会の宣言を見守るだけの役目だ。

 四十日間に及んで行われた爵位争奪戦の参加者は挑戦者・応戦者を合わせて千四百八十二人。対戦は八百二十八戦に及ぶそうだ。
 戦闘数が参加人数より多いのは、複数人が複数回に及んで挑戦・応戦したからに他ならない。
 例えばある無爵の者は、初日に男爵位に挑戦し、あっさりと勝ってしまったがために、一つずつ爵位をあげて参加し、最終的に侯爵の地位を勝ち取ったという。また、上位であったにも関わらず挑戦者に敗れた者は、再度別の者に挑戦して以前の地位を再び得たという。
 死者は九十九名。対戦数の多さの割に死者が百に満たなかったのは、医療班の優秀さを褒めたたえるべきか。なにせ、爵位の争奪は、いかに試合形式を取っているとは言っても、熾烈を極めるからだ。

 俺とプートは円形の物見台に並べられた八つの椅子に、間に二つの空席を置くように並んで腰掛けている。

 ついにこの席に魔王さまと大公が並ぶことはなかったが、一応ウィストベルとベイルフォウス以外はこの場に観戦にやってきたそうだ。
 とにもかくにも、そうして四十日に及んで激戦が繰り広げられた前地では、今、最後の戦いが始まろうとしていた。
 俺たちの見下ろす前地で、こちらに向かって敬礼を捧げているのは一組の対戦者。挑戦者はどこかの侯爵、そうして応戦者はプート配下の公爵。
 ――そう、この爵位争奪戦の担当者である副司令官のマッチョデヴィル君だった。

「七大大公の筆頭であられる誉れ高き我が主、プート大公閣下。同じく、七大大公にその名を連ねられ、この〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉においては大祭主という重責を名誉と共に負われたジャーイル大公閣下」
 開会の時と同じ台詞を口にして、マッチョ副司令官はまたも恭しく頭を下げた。
「我が戦いが、挑戦者・応戦者ともに死力を尽くした爵位争奪戦の、最後のものとなります! 私に対する挑戦のこの結果を、それがいかなるものであれ、御両人に献上いたしますことを、ここに誓約いたします」
「うむ」

 プートは仰々しく頷くとその場を立ち上がり、逞しい右手を挙げた。最後の戦いの火蓋を切るために。
 彼ら二人を囲む大観衆も、今は息を呑んでその瞬間を待ちかまえている。
 二人の対戦者が向かい合い、プートの豪腕が振り下ろされるや否や――最後の戦いが始まった。

「なに? では結局そなたは投票をすませなかったというのか」
 轟く歓声を縫って、プートの呆れたような声が耳に届く。

 最後の戦いを見守る観衆は、口々に手を打ち、歓声をあげ、双方を応援している。
 だがさすがに実力重視主義者らしいプートの選んだ副司令官だ。マッチョな体はお飾りではないらしく、魔術一方の相手の攻撃に対して片刃の剣を振るって隙を誘い、そこに魔術での攻撃を加える。相手はかわす間もなく、その餌食となって着衣ばかりか身を削り続けていた。
 どうやら四十日に及んだ爵位争奪戦の最後を飾るとあって、副司令官のほうが少しでも観衆を楽しませようと、戦いをわざと長引かせているように見える。

「投票口のあれほど近くにいて、なぜそんな手抜かりを? それともまだ誰に投票するか決めかねていて、吟味中だとでもいうのか?」
 プートは結果の分かり切った勝負に興味はないのだろう。一応視線は試合に向けているが、一度としてその内容に触れようとはしない。
「まあね……」
 さすがに先頭に立つ獅子の迫力にビビって逃げました、とは口が裂けても言えない。

「我が誰に投票したかはもちろん、言うまでもなくわかっていると思うが」
「それにしても、あなたの配下はなかなかのものだな」
 俺はプートの言葉を遮った。
 アレスディアに対する想いをつらつらと語りたいのだろうが、こちらに聞く気はさらさらない。

「魔術の腕はもちろんだが、剣の方も得意と見える」
「さもありなん。我が副司令官を務める者には魔術の強力なことはもちろんのこと、それが万一封じられた場でも、相手に劣らぬ腕をもっているかどうか、という点も重視しておる故な」
 そう語るプートはどこか誇らしげだ。
「だが、それでもそなたには敵うまいな。サーリスヴォルフの城で見た、そなたの剣の腕を思い起こせば」
「まあね。確かにその通りではある」
 ここで謙遜なんぞはしない。
 いかに豪腕の副司令官が相手とは言え、武具をもっての戦いでは負ける気なんて全くしないのに、否定しても白々しいだけだろう。

 そんな会話を楽しんでいるうちに、ほとんど一方的に見える戦いにも決着がつきかけていた。挑戦者である侯爵は戦意を喪失したように、地に伏している。
 いいや。喪失したのは戦意だけではない。意識と肉体のほとんども、だ。
 審判者の勝利判定とほとんど同時に医療班が駆けつけたが、あれだけやられていては虫の息だろう。実際に、侯爵の魔力はほとんどもう身体から消えかけていた。
 敗者が運び出される光景を背に、まごうことなき勝者であるマッチョ副司令官はこちらに向き直り、誇らしげに胸を張る。

「七大大公の筆頭であられる誉れ高き我が主、プート大公閣下。同じく、七大大公にその名を連ねられ、この〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉においては大祭主という重責を名誉と共に負われたジャーイル大公閣下」
 優雅に腰を折るまでが、どうやら彼の中でのお決まりになっているようだ。
「我が勝利を大公閣下がた――とりわけ、我が主にして偉大なる大公の筆頭であられるプート閣下に――」
 それからまた、長々と主への賛辞が続くかと思ったのだが、意外にもそれを制止したのは他ならぬプートだった。

「皆も知っての通り、この爵位争奪戦で勝利した挑戦者には、数日後の叙爵に加え、大恩賞会において魔王陛下よりの報償が与えられる」
 いきなりどうした、プート。
「だが、我としては我が副司令官が最後に見せた、殊更見事な戦いに、今この場で褒美を与えてやりたいと思う。そなたを選んだ我が目の確かさを、その実力をもって証明せしめたそなたにな」
「これは……なんと光栄な」
 観衆が期待にどよめき、マッチョ副司令官は突然の幸運に頬を紅潮させた。
 急に褒美だなんて、一体なにを与えるつもりなんだ、プート。そんなものを用意していた様子はなかったのだが。
 腰に佩した剣でも下賜するつもりだろうか。

「その褒美とはつまり」
 え? 何?
 何でこっち見てるのかな?
 え? まさか……。
「レイブレイズはダメ――」
 俺が自分の腰の剣をしっかりと握りしめた時だった。

「このジャーイル大公に挑戦する権利を与えよう」
 ……。
 ……は?
 待て。
 今、なんて言った?

「とはいえ、もちろん大公位争奪戦が先に控えている以上、爵位を賭けての挑戦ではあり得ない。故に今回は魔術を禁じ、武具をもっての戦いに限り、勝敗の結果よりもその内容を重んじ、命のやりとりはないものとする――さて、ジャーイル大公。我はこのように、そなたの胸を借りたいと願うのだが、いかがか?」
 何が「いかがか」だ!
 ここで俺が断ったら、さっきはあんなに自信満々に負けないと断言しておいて、と言ってくるのだろう、どうせ。
 当のマッチョ副司令官はというと、自信があるのだろう。俺に向けられた瞳は挑戦的な色を秘めて爛々と輝いている。

「我が副司令官への労いのためにも、我が意をぜひ、お受けいただきたい」
 労いが目的なら、自分で報いてやれよ!
「そのためであらば、この大公位の頂点に燦然と君臨する、この我の鬣を切り取って、そなたに捧げてもよい」
 獅子の鬣を切る、だと?
 たかが一部下のためにそこまですると言われてしまえば、俺が否と拒絶できるはずもない。

「よかろう。その意を汲んで、この申し出を許諾する」
 それまで息を呑むように成り行きを見守っていた観衆は、俺の返答に天まで届く大歓声をあげた。

「ただ、挑戦を受けるにあたって、一つ頼みがあるんだが」
 俺は立ち上がり、プートに向き直る。
「なんなりと」
「剣をお借りしたい」
 プートは、おや、という表情で俺の佩剣に視線を置いた。
「これは強力な魔剣だ。そのせいで勝ったのだと言われたのでは、俺としても立つ瀬がない。武芸を競っての勝負だというのなら、尚更」
「これは、潔い。よかろう、剣はこちらで用意しよう。誰か、この場にジャーイル大公にただの剣を差しだそうという者はおらぬか?」
 プートがニヤリと微笑み、聴衆に声をかける。すぐに一人のデーモン族の青年が進み出て、大地に膝をついた。

「我が剣は、魔剣の類ではございませんが、その身の頑丈なこと、切れ味のよいことについては他に並ぶもののないものと自負しております」
 彼はやや上擦ったような高い、けれど堂々とした声音で断言する。
「手入れを怠ったこともなく、また、我が手にあって以後は一度として他の者に貸与したこともございません。どうか、お使いください」

 その青年は剣帯を外すと、頭はさげたまま、剣を両手に掲げ持った。
 その仕草をやや仰々しくは感じたが、とにかく俺は物見台から飛び降りてその青年に近づき、剣を手に取った。
 黒地に白で縁取りとトネリコの木が彫られた鞘は、細かい傷はあるものの、まるで新品のような輝きを放っており、本人の手入れの良さを物語っていた。
 対して柄は黒一色、唯一柄頭にはめ込んだ碧玉が、明るい色彩で存在感を主張している。握りは俺の手にちょうど良い太さで、不思議と手に馴染む。
 鞘から抜くと、これまた今鍛えたばかりのように磨かれた頑強な諸刃の、荒々しくも雄々しい姿に素直に感嘆を覚えた。
「いい剣だ。借りよう」
 鞘を青年の手に返すと、彼は一度も顔をあげることなく、そのまま空鞘を胸に掻き抱くようにして後退した。

 諸刃の剣を右手に、振り返る。
 そこには同じく手に剣を握りしめたマッチョ副司令官の、覇気にあふれた姿があった。
 先ほどの侯爵との戦いでは右手に握った細身の長剣、その一本しか使用していなかったようだが、今は左手にもフォインを握りしめている。どうやら二刀剣法のようだ。もっとも、両腰に剣を吊していたことから、ある程度は予想していた。

「魔族でフォインを使う者がいるとは思わなかった。珍しいな」
 俺が心からの感嘆を述べると、相手はニヤリと笑った。
「二剣目を出すことは、ほとんどございません。実戦で使用するのは、五十年ぶりでございます」
 どうやら、俺を不足のない相手として認めてあげたよ、と言いたいようだ。

「では、始めようか」

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