古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第九章 大公位争奪戦編】

138.誰か癒しをください!



「お帰りなさいませ、旦那様」
 意気消沈しながら帰城した俺を、エンディオンがいつもと変わらない暖かい態度で迎えてくれる。それだけのことで、傷心が和らいだ。
「お体の具合はいかがですか?」
 今日初めて、優しい言葉をかけられた気がする!
 やばい、ちょっと泣きそうだ。

「ああ、うん、大丈夫。別になんともない。念のため、医療棟には行こうと思ってるが」
「それがよろしゅうございますね」
 いつまでもずっと、エンディオンがこの城にいてくれますように。俺の家令でいてくれますように!
 よし。万が一、他城で働きたい、とか言われたら、土下座してでも思いとどまってもらえるよう頑張ろう!
 俺は家令に外套を預け、医療棟へ向かった。

「お待ちしておりました、旦那様」
 サンドリミンが玄関ホールで迎えてくれる。
 昨日今日の俺の対戦を見て、きっと診察を受けにくるだろうと予想してのことか。これはこれで、ありがたい。

「昨日のプート大公との戦いは、さすがでございましたね。お二人の対戦の、そのあまりの恐ろしさに、医療員一同、転写幕の前でぶるぶる震えておりましたよ! 中には旦那様の奪爵の時のなさりようを思い出して、吐いた者もいるような次第で」
 俺に対する恐怖など微塵も感じていないような明るい態度で、ハエリーダーがそうのたまった。

「吐いたと言えば、気分はどうです? 今日はどうしてまた、勝っておきながらあんな醜態を?」
 し……しゅう……態……。いや、そうだけど! そうだけども!
 サンドリミン……君って、そんなに思いやりのない質問をなげかけてくる奴だったっけ?

「まあ、立ち話もなんです。ささ、診察室へどうぞ」
 答えないでいると、さすがに空気を読んだのか、サンドリミンはようやく診察室へ案内してくれた。
 俺はひとまず、前日のプートとの戦いのあらましを、彼に話したのだった。

「ほう……。では旦那様は、昨日のあの恐怖の所行を、覚えていらっしゃらない、と」
 ちょっとひっかかる言いぐさだが、とりあえず頷いておこう。
「それも実は、その状態になったのは初めてじゃないんだ……」
「え? 今までにもあるのですか? まさか、朝目が覚めたら知らない女性が裸で隣にいた、とか?」
「いや、それはないが……」
 嘘ではない。アリネーゼは知らない女性でないし! 裸でもなかったし! それにあれは酒のせいだし!
 俺は過ぎし日のこととして、プート配下の六公爵との間に起きたであろう一件を、サンドリミンに説明した。
 とはいえもちろん、魔力が減っていた云々は伏せて。

「なるほど……そうですね。ではプート大公との一戦で傷ついたお体の治療もまだ残っているとのことですし、まずは全身をさぐってまいりましょうか」
「頼む」

 医療班長は例の象手から出るもやのようなもので俺の全身を触診する。そうして多少の怪我や体内の異常部を見つけると、それに見合った能力を持つ医療員の手を借りつつも、治療を完了してくれたのだった。
 だが、結局対戦による負傷の他に、異常な点は認められなかったらしい。

「夢遊病のたぐいでしょうかね。だとすると、我らの関与するところでもないですしね……」
 うーん。まあ魔族の医療班だからな。熱や明らかな負傷・異常にしか対応できないのは仕方がない。
 人間たちには性格だとか精神だとか、もっとあいまいな部分を診る役割の医療員たちもいるようだが、まさか魔族の大公がそんなのに頼るわけにもいかないし……。

「たとえば、ですが、その……閣下があのとき握ってらしたという魔剣……あれが原因、ということはないのでしょうか?」
「レイブレイズか? 俺も無意識にあれの力を最大限引き出したのか、とも勘ぐったが、どうもそれも違うらしい」
「いえ、引き出すというか……逆に剣が旦那様の身を操るというか……」
「は? 剣が俺を操る?」
 思わず素で驚いてしまった。
 サンドリミンともあろう者が、また突拍子もないことを思いつくものだ。

「それはない。魔術の発動時には、俺はまだ魔剣を召喚していなかったそうだし」
 もちろん冗談なのだろうが、一応は否定してみせる。
「だいたい、仮にその時レイブレイズ持っていたとしても、だ。魔剣が魔族を操れる訳はないだろう。魔族が魔剣を操るというのに」
 たとえその黒い魔術とやらの発動時に魔剣を握っていたとして、それが俺の行動を主導できるはずもない。
 いくら意識がない状態とはいえ、弱者が強者に影響を及ぼせるはずなどないからだ。人間が、魔族の寝首をかこうとしてできないのと同様に。

「いえ、まあ…………ええ、旦那様でしたらそうなのかもしれません」
 まるで弱ければ魔族でも魔剣に操られることがあるかのような反応だな。
 ……いや、弱ければあるのか?
 そういや無爵の者の中にはあまりに弱すぎて、人間の魔術師にも劣る者すらいるんだっけ。森で襲われたシルムスだって、相手が複数とはいえ、危機一髪だったしな。
 それにやはりサンドリミン同様、伯爵であったかつての宝物庫管理人のヒンダリスも、やはりレイブレイズを恐れていたではないか。
 伯爵ぐらいまでだと、そんなものなのか?
 ……正直、俺はそんな微弱な魔力であったことがないからわからない。

「まあとにかく医療班からみて、今の俺には異常がもはやない、ということだな」
「はい。それは間違いなく」
 ふむ。ならきっかけは、極度の疲労なのかもしれないな。それとも俺の本能が、自身の危機に反して内なる力を目覚めさす……とか!
 …………いや、忘れてほしい。言った後でなんだが、ちょっと恥ずかしい思想だった。

 しかしこの場で解決しないのなら、うだうだ考えていても仕方ない。また今度ああなったら、その時、なんとかするようにしよう。
 ……いや、自分ではどうにもできないかもしれないが。
 とりあえず俺が意識を失ったりした時は、容易に近づかないように、と、マーミルに厳命しておくようにしよう。

「それにしても、まさか今日の旦那様の醜態が、あの美酒のせいであったとは」
 あれが美酒……だと?
 いや、今回は一滴も口に含んでないし、以前は飲んだ瞬間に意識が飛んだから、味は覚えてないんだけど。
「まさかサンドリミンはあの酒を飲んでも、なんともないのか?」
「ええ、ほろ酔い……といいますか、少し気分がよくなる程度でございますね」
 待て……まさか俺って、魔族に利く酒には弱いほうだったりするのか? そういえばアリネーゼだって、少し陽気ではあったが、我を失ったりはしていなかったな……。
 ちょっと待って。酒に弱いなんて、割とショックなんだけど。

「これが、勝者の気分……まさか旦那様より、私の方が強いものがあるとは……ふっふっふ」
 いや、サンドリミン。なに浸ってんの。
 別に俺は悔しくないからな!
 雲行きが怪しくなってきたので、俺はさっさと医療棟を後にしたのだった。

 その、自室に向かう途中で。
「あ、旦那様」
 マーミルの部屋から出てきたのであろうユリアーナと、ばったり廊下で出くわした。
 あろうことか、侍女はその場から三、四歩、後退ったのである。
 ちょっと待て、その反応。俺が傷つくとは考えないのか。

「あ、別に、そういう意味じゃありませんよ」
「そういう意味ってどういう意味だ」
「いや、別に、旦那様が臭うとか、そうじゃなくて……ほらこれはあの、恐れ多い気持ちが……ですね」
「今更か!」
「いえいえいえ、今までももちろん、抱いておりましたけれども、けいあ……けいあ……けい……けい……け……け……」
 いや別にそんな無理矢理、敬愛とか言おうとしなくていいから!
 っていうか、その絶対口にしたくないと言わんばかりの態度で、余計傷つくから!

「とにかく、旦那様もお疲れでしょ! さあ、ここでお見送りいたしますので、どうぞどうぞ、ご自分のお部屋に!」
「……ああ」
 不審に思いながらもユリアーナの前を過ぎ去った後だ。
 背後で霧吹きを吹くような音が聞こえたのでキッと振り向くと、ユリアーナが慌てて何かを背後に隠すのが見えた。満面の笑顔が胡散臭い。
「いえいえいえ。何でもありません」
 追求すれば余計傷つくのがわかっていた俺は、そのまま彼女を無視して自室に戻り――それから一人、枕を濡らしたのだった。

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