古酒の隠れ家

このサイトは古酒の創作活動などをまとめたサイトです
※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

魔族大公の平穏な日常

目次に戻る
前話へ 後話へ


【第九章 大公位争奪戦編】

143.我らが主は、いつだって気まぐれなのです!



 祝宴は夜更けまで続き、顔ぶれは種々様々に入り乱れ、入り交じる。
 中にはそっと手を取り合って闇の中に消えゆく恋人たちもいれば、火花を散らして殴り合う者たちもいる。
 月と明かりは煌々と輝き、あちこちで術式が発動され、不夜城と呼ぶに相応しいその賑わいは、魔族たちの体力同様、永遠に続くかと思われた。
 だが、何事にも終わりはやってくるのだ。

 俺は美女といちゃついていたベイルフォウスを引っ掴まえて、とある場所を訪れていた。
 そう、〈運営委員会本部〉だ。

「君たちがよくやってくれたおかげで、この〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉も、大事なく今日の日を迎えることができた。今日まで本当に、ご苦労様」
 頑張った運営委員たちを前に、最後の挨拶だ。
 気になってはいたものの、種々の用事でいろいろと忙しく、当初の予定ほど本部に顔は出せなかった。

「まあ、あれだ。せっかく顔を出したんだから、俺からもよくやったと誉めてやろう」
 ベイルフォウスはふんぞり返ってそう言った訳ではなかったが、それでも十分に偉そうだ。まあ、本当に大公だから偉いんだけどね!
 それに。

「ベイルフォウスも、お前が最初副祭主だとかいい出したときは、正直こいつ阿呆かと思ったが、本当に助かったよ」
「別に、お前のためじゃねえよ。兄貴の大祭だからな。不手際があっちゃ困るだろ。だが、阿呆は余計だ」
 意外ではあったが、自分から存在しない役を買って出たベイルフォウスが、本当に意外にも、しつこいが意外にも、俺が忙しくて捕まらないときには、副祭主としてあれやこれや相談事を引き受けてくれていたらしい。
 だというのに挨拶なんていい、というから、強引に引っ張ってきてやった。
 最初はベイルフォウスを迎えるたびに恐怖の面もちだった委員たちも、今では緊張はしてもその中には親しみも混じっている。
 え? 俺を迎えるときはどうだったかって……?
 ……聞かないでくれ。

「恩賞会では君たちへの授与はなかったが、大祭が終わった後には魔王様と俺とベイルフォウス、それぞれから褒賞を送ることになっている。ぜひ、快く受け取って欲しい」
 まあ、大したものではない。それぞれの家庭に一流料理人を派遣しての晩餐だとか、礼服一式だとか、勲章だとか、そういうものだ。
「では、あと少し、気を抜かずに頑張ってくれ」
 そう激励をして、本部を去ろうとしたときだった。
「少しよろしいでしょうか、閣下」
 委員会の一人が代表して、前に進み出てくる。
「なにか?」
「我々からも閣下方に一言よろしいでしょうか」
 改まってなんだというのだろう。

「私どもがこんなことを言うのもおこがましいのですが、大祭主がジャーイル閣下であられたこと、それからベイルフォウス閣下が副祭主として尽力くだすったこと、お二方がそろって運営委員を率いられたことが、この大祭の成功の何よりの要素であったと思われます。お忙しいなか、本当にご苦労様でした。これは、我々のつたない技で用意したものですが、よろしければお納めください」
 そう言って、委員の二人が俺とベイルフォウスに歩み寄る。そうして感謝の気持ちを彫り込んだ、楯を贈呈されたのだ。
 ぱちぱちと、拍手が沸く。こんな形でまさか委員たちから労われるとは思っていなかった俺は面食らったが、これほど嬉しいこともない。
 今日が最後ということも相まって、ちょっと感動してしまった。

「あの、最後にっ、もし許されるならっ、だ、だ、だ」
「頑張って!」
「抱きついていいですかっ!」
 女性委員たちが集団で、目を見開きながら歩み出てくるというおまけはあったが。
 ついでに、ベイルフォウスが許可を出していたことも付け加えておこう。
 え、俺?
 俺がそんな軽い男だと思われたのならショックだ!

 そんな予想外の嬉しい出来事を挟みつつ、いよいよ大祭の締めだ。
 おそらくほとんど同時刻の我が城では、魔王城の様子を写した転写幕を背景に、フェオレスがこの大祭の終了を宣言しにかかっているだろう。
 俺とベイルフォウスは楯をいったん別の場所に預け、魔王城本棟の露台へと再び足を向けた。
 すでに手前の控え室には、魔王様を始めとして他の四名の大公がそろっている。

 ちなみに大公位争奪戦の後、プートとベイルフォウスは当然、負傷を治療済みだ。のみならず、ちゃんと装いも改めている。
 プートはまたも分厚いゴリラ胸をはだけて野性味を放ちまくっているし、ベイルフォウスは相変わらず真っ赤で目が痛い。
 ついでに他についても言及しておくと、ウィストベルは戦いの間にざっくり切った髪のせいで、豊満な肢体から漂う色気がいつもより強調されて見えるし、デイセントローズは背中の羽を七色の飾りのついた派手な衣装をまとって誇らしげだ。

 ちなみに俺はというと、エンディオンと選んだ白い礼服に、蒼いマントを羽織り、きちんと髪もなでつけている。
 だが、どれだけみんなが宝飾をちりばめて着飾り、サーリスヴォルフが女性の格好で参加していると言っても、一方の女王の姿がないぶん、全体の雰囲気はどこか華やかさに欠けている気がした。

「やはり、最後までアリネーゼは来ないか」
 気だるそうに前髪をかきあげながら、ベイルフォウスがぽつり、と言った。
「体調が回復しないそうだ。魔王様には丁寧な詫び状が届いたらしいが……」
「まあ体調のせいというよりは、気分が乗らないんだろうがな」
「ああ……」
 ベイルフォウスがラマを非難じみた目で一瞥する。だが本人は、眼下の興奮にあてられているのか上機嫌だ。

「いいからほら、とっとと締めちまえ。大祭主としての、最後の役目だろ」
 俺はベイルフォウスに背を押され、一人露台に躍り出た。
 っていうか、押すなよ! もっと格好よく登場したかったのに!

「きゃあああああ! ジャーイル様あああああ!」
「ぎゃああああ! ジャーイルざばあああああ!」
 愛想とノリのよい女性たちが、またも歓声をあげてくれる。
 野太い声はきっと幻聴に違いない。
 よし、最後だし、ちょっと悪のりしてみるか。
 いや、やっぱり駄目だ。最後だからこそ、ちゃんとしないと!

「この百余日の間、諸君らは史上最も幸いなる自身を発見したことだろう」
「うおおおおおお!」
「なぜというにこの大祭は、我らが魔王、ルデルフォウス陛下の治世に生を受けたその幸運を、いつもに増して気づかせてくれたに違いないからだ!」
「うおおおおおお!」
「これを至上の幸福といわず、なんと言い表す!」
「うおおおおおお!」
「ルデルフォウス陛下の御代を永久に願うか?」
「うおおおおおお!」
「ならば、魔王陛下を歓喜の声で呼べ!」
「うおおおおおお! ルデルフォウス陛下ーーー!」
「きゃあああああ! 魔王様ーーーー!」

 俺としてはとてもいい前フリだったつもりなのだが、なぜか隣に立った魔王様には静かで深いため息をつかれた。
 せーの、は、ぐっと我慢したというのに。
 大公たちも出揃ったところで手をあげると、やはり観衆たちはピタリと叫びを止める。
 どう考えても裏で練習してるだろ、こいつら……。

「では今より、我らが魔王、ルデルフォウス陛下よりこの大祭最後の御言葉を賜る」
 そう宣言して、一歩退いた。

「我が臣民よ、よくぞこの百余日を盛り立ててくれた。我が在位を祝うための大祭を、生き残った者は誰も心より楽しんでくれたものと信じている」
 生き残った者……確かに実際、死んだ者もいるよな、そういえば。奪爵とかもめ事とかで!
「そなたらが幸いを得たように、余もそなたらの歓待を目にし、心底より有頂天外の喜びを感じた。故にそなたらは、今後の三百年も等しく我が治世を享受する資格を有するであろう」
 魔王様。もっとこう、素直に「嬉しかったよ、ありがとう、みんな長生きしてね!」って砕いて言ってもいいんじゃないでしょうか。

 まあなんにしても、これでお終いだ!
 俺は始めた時と同じく、今度は終わらせる宣言をするために、口を開きかけた。
 だがその時、魔王様から待ったがかかったのだ。

「だが、まだこの〈魔王ルデルフォウス大祝祭〉は終わりではない」
 ……ん?
 終わりではない?
 パレードは出迎えたし、大公の新しい順位も決まった。なのに、終わりではない?
 まさか、アリネーゼが来るまで待つ、七大大公が揃わないとダメ、とか、そういうことじゃないよね?
 まさか、楽しいから延長する、とか、そういうことじゃないよね?

「臣民たちにはさらに、この時において格別の計らいを与えることとする」
 え? なに、格別の計らいって?
 俺は他の大公を振り返る。
 大公位第一位のプートも、実の弟であるベイルフォウスも、勘の鋭いらしいサーリスヴォルフであっても、一様に首を傾げている。
 ただ一人、ウィストベルだけがなにもかも心得たというように、微笑んでいた。

「ジャーイル」
 え? なんで俺を名指し?
 あっ! もしかして、あれか!
 大祭主お疲れさま! ご苦労様! 君には特別褒美があるよ、とか、そういう……。

「約束があったな。今、果たしてやろう」
 やく……そく……? って、まさか……。
「この大祭中に魔王位への挑戦者が現れるものであろうと期待したが、一人としてなかった」
 や、確かにそれはそうですが……。
「しかも最後には、大公たちが見事な戦いを披露したというのに、その頂点に立つ我が力量を測れぬのでは、臣民もいっそ哀れであろう」
 えっと……あの……つまり……。

「一人でこいとは言わん」
 魔王様はそう言って、実弟に視線を向ける。
「俺!?」
 本気で驚くベイルフォウスは珍しい。だが、俺だって負けないほど驚いている。
 ちょっと待って。だって、どう考えてもこれって……。

「二人でかかってくるがよい。お前たちの戴く者の実力を、思い知らせてやろう」

 いやいやいや、魔王様!
 俺はちゃんといつもいつも、この目で思い知ってますからー!

前話へ 後話へ
目次に戻る
小説一覧に戻る
inserted by FC2 system