古酒の隠れ家

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魔族大公の平穏な日常

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【第十章 大祭 後夜祭編】

159.終わりよければすべてよし?



「ねえ、お兄さま。今日が何の日か、覚えてらっしゃる?」
 妹がわざわざ俺の執務室までやってきて、嬉しそうに尋ねてくる。
「何の日……? えっと……」
 何の日だっけ。
 両親の命日? 妹の誕生日? 俺の誕生日? どれも正確な日にちなんてわからない! だって魔族だもの!

 ちょっと待てよ。マーミルのこの様子……両手を後ろに回して、まるで何かを隠し持っているかのような、この仕草。
 いや、絶対隠し持ってる。前から見て、スカートのへこみが不自然だもんな! っていうか、若干四角い物がはみ出てるし。
 ……あ、わかった。

「もしかして、俺が大公に就いた日か?」
 今までのことを鑑みても、わざわざ尋ねてくるだなんて、それ以外に考えられないではないか。
「当たり! ようやくお兄さまも覚えられたのね。はい、記念日の贈り物!」
 妹は、きれいに包装された贈り物を、背後から大事そうに差し出した。

 大きい。
 二年前はペンダントで、一年前は万年筆だった。それぞれにマーミルの肖像画が描かれた。
 どちらも小ぶりだったのに、今年はそれに比べるとずいぶん大きい。厚みもまあある箱に入っているようだ。
 だが、受け取ってみると、想像よりはるかに軽い。
 なんだろう……。

「んふふ。開けてみて」
 果たして――箱には一枚のシャツが入っていた。
 白いシャツだ。
 だが、ただの白いシャツではない。背中の部分に、でかでかと――わかるだろう? そこになにが描かれていたのか、説明しなくとも!

「マーミル、これはさすがに……」
「中に着てくださいね。さすがにこれ一枚でお出かけしてね、とは言いませんわ」
 うん……お前の顔がでかでかと描かれたシャツなんて、さすがにお兄さま、城中でもちょっと……。

 しかし、そうか。丸三年がたったのか。
 今年はずいぶん、濃かったなぁ……。
 御前会議で始まり、成人式典があったり、俺の魔力がなくなる大ピンチも経験したし、覚えてもないけど公爵たちに挑戦されたりもした。後半は大祭で約百五十日もの間、ばたばたしたりして――。
 新たに知り合った相手も山といる。
 彼らを含めて関係性が変化したり、衝撃の事実が発覚したことも多かった。何人かは殺ったし。
 思い返してみれば、割と大変な一年だった……。

 そうして、これからもなかなか、大変そうだ。
 アディリーゼの成人がもう間もなくとも聞いている。俺の実子でも親戚でもないのだが、養っている立場上、全くなにもしないではいられないだろう。そうなるとフェオレスとの関係にも、進展がみられるだろうし……ばたばたしそうだ。
 セルクの方も、エミリーとはどうなっているのだろうか。近々――なんてことはないのかな。今度それとなく探ってみよう。
 マーミルの絵の指導役についても未決定だ。まだ先は長いのだから、と、うやむやにしている。他に適任者がいないか、探してみよう。

 図書館は完成間近で、ミディリースの復帰時期も決まった。彼女は通いで司書の仕事を続けてくれるそうだ。
 以前のような部屋ではなく、休憩室のような簡易部屋を作ることにした。もちろん、考慮はしつつも誰でも入室可能な。
 徐々に引きこもりと、対人恐怖症みたいなのが治るといいんだが。
 それに関係するウィストベルのお泊まりだが、まだ日程は決めてもいない。
 俺と誓約を交わしたアリネーゼも、なにか計画があるらしかったのに、まだやってこない。
 二人の女王の来訪が重なることのないよう、気をつけないと。

 あとはそろそろ会議でも開いて、〈修練所〉の運営についてもきちんと決めるべきだろう。
 この間の魔王様の配下とのやりとりは、ものすごく楽しかった。せめて自分の時の運営時期には、俺も積極的に関わっていきたい。

 会議と言えば、ウォクナンからも副司令官や軍団長を召集した大きな会議の開催を請われていたんだった。
 魔王大祭で流れた大演習や、その他のいろんなことについて、一度打ち合わせておきたいそうだ。

 うん……副司令官、な……。
 ジブライールとはあれ以来、まだ顔を合わせていない。
 以前はこの城に、二日と空けず来ていたようなのに……。
 一度、真剣に話をしてみないとな。それとも……俺の気持ちがもっとしっかりしてからの方がいいだろうか。
 とりあえず、今度ベイルフォウスに会ったら、どさくさ紛れに一発殴っとこう。

「……で、いいかしら? お兄さま? ……お兄さまってば!」
「……ん?」
「信じられない! 聞いていなかったのね!」
 妹が、頬を膨らませている。
「悪い、考え事をしていた」
「そりゃあ、お仕事中に押し掛けて悪かったけど……」

 おや。妹が殊勝だ。
 以前なら、俺が一方的に悪いと断言されていただろうに。
「でもお兄さまったら、最近はとりつかれたように仕事ばかりして、お食事もちっとも一緒になさらないんですもの」
 ああ……ちょっとな。ぼうっとしてしまうと、いろいろ悶々と考えてしまってな……。その割に、結論は出ないし。

「で、なんだって?」
「だから、ケルヴィスの……」
 その名を口にする瞬間は、ためらいと恥じらいとが浮かぶ。
 相変わらず、妹は少年に秘めた恋心を抱いているようだ。
 秘めた恋心……か。
 マーミルも苦労するのだろうか。ジブライールと同じように、鈍感な相手に――

「彼と彼の妹を、この間の野いちご館でのお茶にご招待していいかしら、っていう話」
「ケルヴィスには妹がいるのか」
「ええ。私より小さな子なの。それで、この間の大祭の時にはご両親のお許しがでなくって、野いちご館を体験できなかったんですって! かわいそうだから、せめて私とマストレーナたちで、できる範囲でも再現してあげましょうって言ってるの。ケルヴィスのお友達も何人かくるんだけど――お兄さまのお許しさえ、いただければ」

 なるほど。
 妹よ、まさにお前は『大公を滅さんと欲すれば先ず竜を滅せ』を、実行しようというわけだな。
 どうやらうちの妹は、思っていたより積極的だ。

「ああ、かまわない」
「嬉しい!」
 俺が頷いてやるとマーミルは、大きな瞳をさらに大きく見開き、口をお椀のように開け、思いっきり息を吸い込んだように胸を張って、体中で喜びを表現した。
 こんな妹を見れば、いくらケルヴィスが鈍感だって、なにかしら気づきそうなもんだが……いや、俺が言うな、か。

「ありがとう、お兄さま! きっと許してくださると思ったわ!」
 抱きつき、頬をこすり付けてくる。その柔らかさに、癒される。
 俺はどうやら、思った以上に疲れているらしい。
 ぎゅっと抱きしめてこちらからもスリスリしかえしてやると、珍しいことだと思ったのか、妹は驚いた表情でこちらを見てきた。

「なんだ?」
 俺が笑ってみせると、妹はまた微笑む。
「いいえ、なんでもないの。大好きよ、お兄さま」
 そういって、力一杯首筋に抱きついてきたのだった。
 その小さな身体を抱きしめながら、しみじみと思う。

 俺が描いていた将来設計図とは大きく外れてしまったが、これはこれでいいのかもしれない……。
 いつだってなるようにしか、ならないのだしな――
 だが願わくは――俺と妹と、それから周囲を囲む同胞たちに、これからもなるだけ平穏な人生が訪れますように――
 誰にかわからないが、そう願っておこう――


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