古酒の隠れ家

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※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

静かに旅をしたいのに

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1.合流

 褐色の肌をした大柄な娘が、辺りを見透か見通す崖の上から望遠鏡を覗きながら、長い黒髪を揺らしつつ黄色い声を挙げた。

「あ、いたいた。姫サマ発見!」
「違うっ! 姫サマじゃなくて、王子さまだよっ」
 抗議の声をあげながら娘の手から望遠鏡を奪ったのは、白い肌に金髪碧眼の青年だ。
「なんだよ、どこにいらっしゃるんだよ。バカみたいに背の高い、どっかで見たようなバカ面しか……げ」

 低くうめいて望遠鏡を目から離したのは、その“どっかで見たバカ面”が、じろりと青年の方を睨みつけてきたからだ。

「ばかね。あんたのせいで、完全に感付かれたわよ。あいつ、目と耳だけはいいんだから。追いつく前に、逃げられたらどうするのよ!」
 女が再び望遠鏡を奪い取る。
「はるばる魔界から、こんな面白味に欠ける世界にやってきたのは、ひとえに姫サマにお会いするため! そうでしょう?」
「姫サマじゃなくて、王子だけどなっ!」
「どっちでもいいから、とにかく行くわよ! これ以上、あのバカ男にだけ、いい思いをさせてやらないんだから」
 女は望遠鏡を腰から下げた袋に入れると、男をその場に置いて高い崖を滑り降りた。
 固い岩盤が砂煙を上げて削れていくというのに、不思議なことに女の靴は傷みもしていないようだ。

「あっ、待てよバカ女!」
 青年は彼女に続こうと身を乗り出しかけ、ためらった後に踵を返し、背後のなだらかな坂を降りていった。

 二人組に「バカ面」と酷評された男、ラゴス・ベリオスは、彼らに「姫サマ」とも「王子さま」とも呼ばれていたリダールと、クラエンサの雑踏に紛れて歩いていた。
 クラエンサは町としてはそれほど大きくない。そうでなくとも、彼は頭一つ抜き出た長身のせいで、雑踏の間にあっても目立っていた。
 二人組を目撃しなければよかったのだが、あいにくと彼の耳は地獄耳だ。人の声ならば、一キロぐらい先の距離まで、特に注意しなくても聞き分けられる。それも、嫌っている者の声ならなおさらだ。

 いやな予感を抱きつつ、声のした方向――八百メートルほど向こうの岩山を見てみると、いた。
 彼が最も面倒に思っている二人組が、頂きからこちらをうかがっている姿が目に入る。
 二人組の言うように、彼は視力も人一倍よかった。望遠鏡などなくとも、二人の目の色まで見分けられる程に。

 なぜならば、彼らは人間ではない。
 魔界に棲む魔人たち……しかも、彼の前に立つリダールなどは、ただの魔人ではない。魔界三大魔王の一、「氷刃の魔王」の御子だ。すっぽりとラゴスの影に隠れてしまうリダールの外見は、人間の基準では十歳前後に見えるが、実年令は優に三百歳を超えている。
 そしてラゴスはその魔王の部下の一人で、リダールの従者を務めている魔人だった。

「どうした、ラゴス」
 外見の幼さに反した冷静な声で、リダールが尋ねる。
「なにか見えたのか」
「あ、いや、リダール様。何でもありません。さあ、行きましょう」
 面倒な奴らがやってくる前に、さっさとここを離れてしまおう。
 ラゴスは内心少し焦りつつ、主を肩に抱き上げようとした。
 だが、少し遅かったことを、彼は知る。
「姫サマ―!」
「ばか、王子さまだって言ってるだろ!」
 騒がしい声が、後から近付いてくる。
 ラゴスは舌打ちして振り返った。

「あの声は、チャルとファルエマーヌか」
 リダールの声がやや弾む。彼(あるいは彼女)はあまり喜怒哀楽のない子供だったから、それだけで二人を好ましく思っていることが知れた。
 だが主の思いとは別に、ラゴスの気分は下がっていくばかりだ。
 彼は騒がしい二人の魔人を、好んではいなかった。

「姫サマ!」
「王子さまだってば!」
 あっという間に二人組はリダールの前にやってきた。
 金髪の青年がチャル。あまり背も高くないが、騒がしいのでよく目立つ。
 黒髪の娘がファルエマーヌ。ラゴスよりは低いにしても、長身で、筋肉質だ。動作はチャルに負けずに大きい。
 その目立つ、騒がしい二人がリダールの前にやってきて、往来のど真ん中であるにもかかわらず、大仰に跪いてみせたのだ。
 当然、嫌という程人々の注目を浴びた。

「嬉しゅうございます。あたしの可愛いお嬢サマ。ようやくお会いできました」
「坊ちゃま、坊ちゃまにお会いできない間、チャルは本当に寂しくて……」
 チャルがリダールの右手、ファルが左手をとって、それぞれの頬にすりすりとこすりつける。
 周囲の人々は遠巻きに円を描いて、四人を物珍しそうに見ていた。
「おい、いい加減にしろ、変態ども。見世物になってるぞ」
 ラゴスは二人の首ねっこをつかみ、強引にリダールから引き離した。
 本当なら、二人に対してこうして世話を焼くのも面倒だ。
 だが、リダールに馴れ馴れしくしているのを見たまま放置することも、苦痛なのだった。

「ちょっと、アンタだけずるいのよ。ずっと姫サマと一緒にいたくせに」
「お前なぁ、何度王子だっていやぁわかるんだよ」
 チャルがファルにくってかかる。
「もういいから、二人ともこっちへこい」
 さすがにあきれたラゴスは、二人を引きずるようにして、手近な宿に入っていく。
 あっけに取られる宿屋の受付嬢を相手に、手早く宿泊の手配をすませてしまうと、二人の魔人を乱暴に部屋に放り込んだ。

「お父さまに似てらっしゃるんだから、坊ちゃんに決まってるっ!」
「ばかね、父親に似るのは女の子って相場が決まってんのよ!」

 部屋に入っても、二人はまだやっている。
 だがどれだけ二人がそれぞれの主張を声高に宣言しようとも、結論が出るはずもない。それというのも、リダールには性別がないからなのだが。

「いいから、お前ら。なんで来たんだよ」
 不毛な争いを終わらすべく、ラゴスが口を挟んだ。
 ちなみに彼はチャルと主張を同じくしている。
「なぁんでってことはないんじゃないの?」
 部屋は二人部屋で、ベッドが二台並んでいる他、二人がけの椅子が置かれたテーブルセットがある。その長椅子にリダールが腰掛け、後にラゴスが立ち、前にチャルとファルの二人が跪いていた。

「魔王さまが、ラゴス一人じゃ頼りないから、このしっかり者のチャルさまにリダールさまをお助けするようにとお命じになったのさ」
 胸を張るチャルの様子に、ラゴスはため息をついた。
「うそをつけ。どうせ泣いて魔王様にお願いしたんだろ」
「うるせぇよ、この木偶の坊っ!」
 チャルは立ち上がり、ラゴスとの間に火花を散らせた。

「で、嬢サマ。“かけら”は後いくつですの?」
 にらみ合う男二人を尻目に、ファルはリダールの手をとり、彼(女)にすり寄った。
「この二年で8つ集めた。父上はまだお怒りか?」
 リダールの目に一瞬不安な色がよぎる。それを察して、チャルとラゴスは空しいにらみ合いをやめ、彼(女)をみた。

「リダールさま。ご心配なさらないでくださいな。魔王サマは何もリダールさまが憎くて、旅に出されたのではないのです。すべて、あなたサマのことを思ってのこと……最初から怒ってなど、いらっしゃいません」
「そうですよ、リダール坊ちゃま! 坊ちゃまとは仲のいい、この俺をお寄越しくださったのが、なによりの証拠ですよ!」
 チャルが慌ててフォローに入る。
「あと36の“かけら”、44コすべてを集めるまで、これからはこの頼りがいのあるファルエマーヌと、それより数段劣るチャルがお力になりますわ」
「ファル、てめぇ!」
「頼りにしている、二人とも」
 柔和な笑顔が浮かぶ。それを見て、三人の従者はそれぞれの不満を呑み込み、目尻を下げた。

「ラゴス、いいだろう?」
「もちろん、リダール様がそうお望みでしたら」
 ラゴスはリダールに優しくほほえんだ。この長身の青年が、主の意志を拒否することは絶対にないといっていい。それが、たとえどんな理不尽なことであろうとも。
「それで、次の“かけら”の居場所の目星はついてるんですの?」
「この町から東に三キロほどいったところに、魔物の棲む森があるという。今までは大人しかったその魔物が、二年ほどまえから急に凶暴になり、近隣の町や村から生け贄を要求するようになったという。おそらく、“かけら”の影響ではないかと思うのだが」
「2年前か。時期としては合うな」
「そうね。十分怪しいわね」
「というわけで、今日はもう休む。明日出発するから、お前たちはとっととこの部屋から出て行け」
 ラゴスは真面目ぶる二人に冷たく言い放つと、犬でも追い払うかのように手を振った。

「ちょっと、待ちなさいよ! 出てけって、嬢サマの同室はあたしに決まってるでしょ!」
「ばか、俺だっ」
「うるさい。騒がしい。同室は俺だ」
 ラゴスは耳をふさいでみせる。
「アンタねぇ、当たり前みたいにいうけど、ずっと嬢サマと一緒にいたんだから、少しは遠慮したらどうなのよ!」
「俺はお前らと違って、リダール様が生まれたときからお世話してるんだ。お前らみたいな新参者に、ウチの大事な御子様を任せられるか」
「ああっ! やないい方! そりゃあ、俺らは魔王さまにずっと仕えてきたわけじゃないよ! でも、もうお仕えして五百年にもなるんだ。認めてくれたっていいだろ」
「チャルはともかく、あたしは奥方サマにずっとお仕えしてんのよっ! アンタにそんなこといわれる筋合いないわよっ!」

 三人が頭上でにらみ合ったのをうけて、リダールは静かな声を発する。
「三人とも。ケンカはいけない。これからみんな一緒に旅をするのだから、仲良くしないと」
 三人の大人たちは、一人の子供にたしなめられ、肩を落とした。
「すみません、坊ちゃん」
「ごめんなさい」
「善処します」
 リダールは満足げに頷く。
「一日交代にしよう。今日はラゴスと泊まる。明日はファル。明後日はチャル。それでいいではないか」
「リダールさまがそう仰せでしたら」
 三人の大人たちは、声をそろえて首肯した。

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