古酒の隠れ家

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※一部、一次創作同人活動などを含みますので
苦手なかたはご注意ください

静かに旅をしたいのに

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2.かけら
 氷刃の魔王、リダールの父親の城の片隅にある倉は、彼(女)のいい遊び場だった。
 地上の小さな国ならまるまるすっぽりと収まってしまうぐらいに広いその倉には、金銀財宝やあらゆる生き物の標本、不要な家具や魔法の薬など、とにかくありとあらゆるものが収納されていた。
 ほとんどのものは勝手に使用してよかったが、青い札で封がしてあるものだけは触ってはいけないと、父からきつく言い渡されており、リダ一ルも決して触れぬと誓いを立てていた。

 ある日、リダールが倉の中を歩いていると、どこからか女のか細い歌声が響いて来るではないか。声を辿ってみると、そこには青い封のなされた彼の身長ほどある緑の壺があった。
 歌声は哀しい声音で、一人の人間の運命を歌っていた。
 人の身でありながら、かつて不死の魔王に愛され、しかしその妻に不義の現場を見とがめられて、無残に殺された女の話を。死してなお、魂を壺に閉じ込められ、永遠の時をそこで過ごさなければならなくなった、女の悲劇を。
 歌い終わると、声は泣きだした。
「ああ、冷たいお方……その名の通り、まるで氷のような……」

 リダールは別にその話の女性に同情したわけでもなかったのだが、仲むつまじい両親にもそんな過去があったのかと、好奇心にかられてその壺に話しかけてしまったのだ。
「今のは真実か?」

 訊ねる彼(女)に、声は「あなた様は?」と返してきた。
 正体を明かすと声はいっそう激しく泣きだし、自分をここから出してくれるよう、彼(女)に頼んできたのだ。
 壺から出られさえすれば、自分は成仏できるのだ。千年もこうして狭い壺の中で罰を受けた。もう十分ではないか、と。

 重ねて言うが、別にリダールは彼(女)に情けを覚えた訳ではない。ただ、母一筋に見える父の心を、一瞬でもとらえたというその女の姿に興味が湧いたにすぎない。
 それに彼(女)は慢心していた。
 その話がたとえ嘘であって、別の何かが出てきたとしても、もう一度すぐに壺に封じ込めてしまえばいいだけだ、と。

 そして、彼(女)は封印を破り、壺の栓を開けた。
 しかし、中から出てきたのは女ではなかった。
 色とりどりの44の“かけら”が飛び出してきて、彼を一笑すると、どこかへ飛び去ってしまったのだ。

 彼が呆然としていると、異変を察した魔王がやってきて、彼と開け放たれた壺をその氷のような目でじっと見つめた。
 父は彼にいった。

「青い札を貼ったものには触れてはいけないと、あれほどきつく言い渡しておいたはずだ。お前も決して触らぬと誓ったのを、忘れたはずはあるまい? いま、この壺から飛び出していったのは、千年の昔に『破壊者』を名乗って、人間界はおろか、この魔界までをも自らの支配下に置こうとした、愚かな一党の魔人たちの魂だ。我々にとってはたいした災厄ではないが、それでも私は友人たちに奴らの魂が消えてなくなるまで、この壺に封じ込めておくことを約束したのだ。2万あった魂が、ようやく44まで減っていた。あと百年もすれば、すべて消え去るはずであった。お前は自らの引き起こした罪を償わなければならない。おそらく“かけら”は人間界に向かうであろう。この魔界ではそれほどの力を持たぬやつらも、かの弱々しい世界ではそれなりの災厄となり得るからだ。逃げおおせた“かけら”を集めて参れ。すべて揃うまで、何年かかろうが戻り帰ることはゆるさん」

 激しく怒鳴られた方が、リダールにとってはどれほど楽だったか。
 しかし、魔王の声は彼につけられた尊称が表すように、氷のように冷たく、静かだった。
 そして彼(女)はラゴスを同伴者に選んで、人間たちの闊歩する、雑多な世界に降りてきたのだった。

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