古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
3.大公ウィストベルのお城はある意味アレなたたずまいでした

 ウィストベルとベイルフォウスに連行される俺。
 心情的には、それが真実だ。
 本当なら引っ越しの作業で忙しい身なのだが、そんなこと誰も考慮してくれない。
 そう、今日から俺は晴れて大公城の主なのだ。俺の倒したヴォーグリムの住んでいた居城が、今日からの俺の住まいとなるのだ。
 早く家に帰って引っ越しの手伝いをしないと、妹に後からグチグチやられるのは必定というのに……
 とはいえ、正直なところ、ウィストベルに同行すれば、例の<世界残虐大全>を貸してもらえるという約束も、無抵抗で従っている要因の一つを占めている。
 俺たちはそれぞれの騎竜の手綱をもって、王城を同時に飛び立ったが、途中でベイルフォウスとは分かれた。彼は例の稀少本をとりに、自分の大公城へと帰って行ったのだ。

 いればいたでプレッシャーだが、いなければいないで別の心配がある。
 もし、二人きりになって、俺も陛下のように、足蹴にされることを強要されてしまったら……
 確かに美女の生足にすがりつけるのはご褒美かもしれないが、正直、足蹴にされて喜ぶ趣味はない。俺はおおむね平和主義だが、性的にはMというよりはSだ。どちらかと言えば。

 そんなことをつらつらと考えているうちに、いつの間にか立派な城が間近に迫っていた。

 正直に言おう。俺はその城を見たとき、眉が自然と寄り、口を開けて絶句してしまうのを、自制できなかった。
 なにせその、大きな石を組んで建造された、見るからに重厚そうな構えのその城。だが、その立派な壁石は、薄茶を下地として花や動植物の絵がパステル調で描かれ、果ては数多ある屋根瓦は薄桃、という、魔族には全く不似合いなファンシーな色合いの建物だったからだ。

「どうした? 具合でも悪くなったか?」
「……あの、本当にあれが、閣下の城なので?」
「閣下は止せというたはずじゃが、まあ慣れるまでは許してやろう。いかにも、あれが我が城、<暁に血濡れた地獄城>じゃ。どうよ、威容を誇っておろうが」
(威容というより、むしろ異様……)
 とても大公の住む城とは思えない。

「あの、あの彩色は……」
「あれは先代の大公の趣味じゃ。我のではない。通常、手に入れた城はいかように変容させてもよいのじゃ。故に、先代はもともと血で塗れたようなどす黒く赤い城だったものを、あのように変えてしまったのじゃ」
「閣下は変容されないので?」
「変えるといえば、デザインを考えねばならぬし、考えろと部下に命じれば、案ばかり持ってきおって決定権をゆだねられる。これほど面倒なことがあろうか」
 俺からすれば、その面倒よりも、この城の異様さで受ける精神的苦痛の方が、よっぽど耐え難い。造形がよいだけに、もったいなくてたまらない。
「では、先々代の外装にもどせと一言おっしゃれば、相談を受ける必要もなく、面倒はないのではありませんか?」
 血濡れた外見の方がまだましだ。そう提案してみると、ウィストベルは瞳を瞬かせた。
「確かに、それなら簡単にすみそうじゃの」
 別に人の住まいなのだから、放っておけばいいのだろうが、なんというか……目にするだけでも不快すぎて、むしろ放っておきたくないというか……
「では、さっそくそう申しつけてみるかの」
 ウィストベルはそういいながら、竜を広い屋上に向けて下降させた。

 広い石畳の屋上では、大勢の魔族がそれぞれの役割を果たすために、待機していた。
 下降した竜から降りる大公に手を貸す係、手綱を受け取る係、その係からまた手綱を受け取って、竜舎へ戻す係、背から降りた主人に手を洗う水の入ったボウルを持つ係、手を拭く布を差し出す係、それを受け取る係……
 きりがないのでこの辺でやめておくが、とにかくその屋上には百を越える家臣が揃っていたのではないだろうか。
 俺だって一応男爵だった訳だから、自分の領地や城を持ってはいたが、それにしたってたかが帰城しただけで、この騒ぎとは恐れ入った。
 連絡もしてあったのだろう、主人であるウィストベルの用事を引き受けるのと、まったく同じ人数だけ、俺の方にも係がいた。

 細々した係とは別に、近従たちなのだろう、少しばかり上等な衣類に身を包んだ一団が、主人から離れるごとに広がるきれいな三角形を築くように、立ち並んでいた。
「我が君、お帰りを一同、お待ち申しておりました」
「お帰りなさいませ、我が君」
 先頭の一人が音頭をとると、後ろに立つ全ての者が異口同音、一糸乱れぬ動作で深々と腰を折る。
 俺は内心ビビっていた。大公とはこれほど大げさなものかと。
 主人であるウィストベルが城をあけたのはおそらく数時間、王との関係を考えれば日を跨いで滞在したかもしれないが、それだって一日二日だろうに。
 他の七大大公のところも、同じような感じなのだろうか。自分の城がこうだったらイヤだなぁ……

「また、お客人であらせられます大公ジャーイル閣下におかれましても、初御披露目に我らが主の麗しき城、この<暁に血濡れた地獄城>をお選びいただいたこと、光栄至極に存じます」
「あ、いや……ああ、どうも」
 初御披露目? なんか、今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気が、しないでもないぞ……
 ちょっと待て……俺が生まれてこの三百年。その間に大公の選定が行われたこともあったはず……あのときも確か、初御披露目といったような言葉を、聞いたような聞かなかったような気が……

「城の外見を、先々代の当時に戻すことに決めた。そう、取りはからえ」
「御意にござりまする」
 俺の困惑などおかまいなく、ウィストベルはそれだけ言うと、さっさと踵を返す。
 俺は慌ててその後を追い、さらに三角形から分裂した近従の一部が、俺の後を追ってきた。

 ウィストベルの案内で城内に入った俺は、応接のためだろう広間に通される。
 どうやら今のところ、内装は外装に準じてはいないようで、ホッとしている。
 百人はゆうに収容できそうなその広間には、めいめいくつろぎ、歓談できるよう、いくつもの豪奢で上品なテーブルセットが並んでいた。
 なにも、こんな広いところに通してもらわなくても、もっと狭い部屋でいいのに、かえって落ちつかない。だが、俺はともかく、ウィストベルがすすめるままに、彼女が腰掛けた椅子の真正面の長椅子に、腰を下ろした。
 俺の後ろをぞろぞろついてきていた近従たちだが、入室したのはたったの四人だけだ。彼らがこの城で上位の役職にあるのは、間違いないだろう。

「それで、そなたはどこで生まれ、どのようにして育ち、どんな経緯から先代の大公を殺すに至ったのだ?」
 うわぁ。いきなりそんな深いところ、ついてくるか。
 しかも生まれ育ちまで訊ねてくるとは。

「いやぁ、そんなお話しするようなことは何もありませんよ。平凡な魔族の一家の、平凡な長男として生まれ、平凡に家族と暮らしてきただけです」
「長男。では、兄弟がおるのか?」
「ええ、妹が一人おります。あいにくと、両親は亡くなってしまいましたので」
 俺の家族は、気の強くて口うるさい、怒るともっと口うるさくなる妹が一人いるだけだ。
 たぶん現時点で、俺の帰りが遅いことに、イライラしていると思う。

「その妹も、お主と同じ瞳をもっておるのか?」
「いいえ、わが家に赤金の瞳は、俺……私一人です」
 なんだろう、なんだかとても、取り調べを受けている気分です。

「もとより、男爵ではあったのだろう? 何をしてその爵位を得た?」
 魔族に世襲制はない。よって、生まれた瞬間から爵位を得ているものなどは、この世界に一人もいないのだ。有爵者となるには誰もがみな、なんらかの功績を挙げて取り立てられるか、あるいはその爵位を持つものを殺して奪い取るか、である。
「何って、そんな大したことじゃありません。領主であった伯爵さまの、命を救ったことがありまして、その褒美にと男爵位をいただきました」
「ほう、命をな……どのようにして?」
「いや……たまたま、俺が暗殺者の話を聞いてしまったのです。進言するには時間がかかりすぎますし、なにより期限がせまっていたので、直接阻止しただけのことです。幸い、相手の手もわかっておりましたから、先手をとって奇襲をしかけ、暗殺者を先に始末したまでで……」
 これはマジで、尋問だな。
「その伯爵が素直でよかったのう。お主が手柄のために全てを仕組んだと、邪推するような男でなくて」
「それは、本当にそうです」
 俺が素直にうなずくと、ウィストベルは邪悪ともとれる笑いを浮かべた。

「運がよかったのは伯爵もじゃの。救われて命を長らえるとは。我がお主の立場にあらば、暗殺者どもより早く、その座を持つ者を殺してその地位を奪ったであろうからな」
 ごくり、と唾を飲み込む音が、部屋中に響きわたった気がした。
 この大公閣下……いや、本当の意味での魔王陛下は、やはりかなり危ない方であると認識する。もっとも、彼女の言っていることが、魔族として飛び抜けて残酷だからおそれた、という訳ではない。そうやってのし上がっていく者は、むしろ正統派と呼ばれるだろう。
 だが、いかんせん……その笑顔の迫力が、他に比べてありすぎる。こんなに美人なのに……いや、美人だからよけいなのかもしれないが、おぞましささえ感じるほどの恐怖を相手に与えるのだ。

「それで、ヴォーグリムはいかような理由から、お前の剣を受けることになったのじゃ?」
 俺はその質問に本能的な恐れをなし、思わず椅子の上で後じさった。
「あの、もしや、閣下は大公ヴォーグリムのご親族や関係者であられるとか……」
「まさか。お主も知っておろうが、あやつはデヴィルじゃ。我と血のつながりようがないし、そのようなものと関係は築かぬ」
 えっと……つまり、ウィストベルはデヴィルが嫌い、だと……
 やはり、数の上で美女に選ばれなかった恨みとか、そういう……
 いや、大公だぞ! 大公が、美男美女コンテストごときを恨みに思うはずがない!

「まだ質問に答えておらぬぞ。そなたは何が目的で、男爵位であったものを、いきなり大公を蹴落としてのし上がることにしたのじゃ?」
「のし上がるつもりはありませんでした。ただ、ちょっとイザコザがあって、こうなってしまっただけで……ちょっとしたアクシデントの結果です」
 これは本当だ。俺はずっと、男爵位に平和的に留まっているつもりだった。他の魔族のような上昇志向は持ち合わせていないのだ。
「簡単に言うのう。大公位は決してアクシデントなどで手に入る地位ではあるまいに」
 いや、ほんと、単なるアクシデントだったんだって。俺が困惑の末ににへら、と笑ってみせると、ウィストベルは微笑を浮かべた。

「まあよい。今は無理に聞き出そうとは思わぬ。しかし、これからそなたは苦労しような。殺した者は、殺された者の、領土と、臣下と、住居と、所持品の全てを受け継ぐ。奴の配下にはデヴィルが圧倒的多数だったはずじゃ」
 そう言われて思い出してみれば、ウィストベルの城で見かける者のほとんどはデーモンだ。
 この城の先代も、デーモンだったのだろうか。

 正直言って、俺たち魔族は、忠誠心だとか、義理だとかを声高に叫び、大恩をもって自らのアイデンティティを得るような種族ではない。だから主君が倒されたといって、殺した相手を恨んだり、憎んだりするような感情は、よほどの関係でなければ覚えない。
 よほどというのは、共に暮らした血縁者であったり、血はつながっていなくとも、特別な絆で結ばれた間柄であったり、といったことだ。

 先代の大公ヴォーグリムは、彼のみが長寿であったようで、家族はすでになかったし、愛妾は多かったがその誰もが進んでなった訳でもなく、特に臣下から親愛を寄せられていたとも聞かず、実際その気配もなかった。わずかにいたかもしれないそんな相手は、たぶん俺の手にかかって、主君と同様の場で果てている。
 従って、そのまま残った臣下を雇い入れるといっても、仇討ちなどということは心配していなかった。
 だが、デヴィルが多いというのは、確かに心配の種である。我ら魔族は実力主義だから、表だって反発してはこないだろうが、なにせ美的感覚の著しい違いから、齟齬を生みかねない。
 たとえば第一従者に、こちらが本日のお召し物です、などと出された洋服が腰パン一枚だったら、俺は泣いて引きこもるだろう。
 うん、万が一そんな目にあったら、洋服は自分でそろえて自分で選ぼう。

「何事も、最初が肝心じゃ。大公に就ける者は大公を滅せられる者だけと、頭ではわかっていても、愚かな大衆のこと。己の実力と相手の実力を推し量り損ねて、そなたを害しようと襲って来ぬとも限らぬ。故に、そなたは周囲を凪ぐ威容を誇って、臣下に重圧を与え、服従を強いて慈悲を供与せねばならぬ」
「はい、肝に銘じます」
 ウィストベルの語る内容は容赦ないが、声音は優しい。もしかして、これは俺に七大大公の心構えのようなものを、教授しようとしてくれているのだろうか。
 それはとてもありがたいのだが、しかし俺は正直なところ、続きは後日にでもして、帰宅させていただきたいのだ。なにせ、引っ越しが……

「なぜそう落ち着きなく、招待をうけておられぬ? 何か気がかりでもあるのか?」
 あ、バレてる。
 俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。
 大公になったその日のうちに、無礼うちとかされたらたまらない。

「ああ、いいえ……その、頭蓋骨が……」
「頭蓋骨?」
「はい、あの……一応、割れているので、まあ……できれば帰って治療したいかな……と」
 俺は体調のせいにして、曖昧に笑って見せた。
「ああ、こらえ性のないルデルフォウスのせいじゃな。よかろう、医療魔術を使える者をつれて参れ」
 ウィストベルの命令に近従の一人がすぐさま一礼すると、音もなく部屋を退出した。

「ああ、いえ、おかまいなく……お手間をおかけするには及びません」
「だが、頭蓋骨の粉砕のせいで落ち着かぬのだろう?」
 え、粉砕!? ちょっと大きめに割れてるだけだと思うんだけど、粉砕されてるの、俺の頭! もしかして、外から見ると形がゆがんでるとか!?
 俺は自分の頭に手をやりかけて、思いとどまった。万が一、その衝撃で頭蓋骨ががらがらと音を立てて崩れてしまってはいけない。
 死なないとわかっていても、さすがにそれは怖い。しかも、想像するだけで痛いではないか。俺は痛いのにも弱かった。なにせ、繊細だから。
 ビビった俺は、おとなしく、その城で医療魔術を受けて帰ることにしたのだった。

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