古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
2.なんとか、殺されずにはすんだみたいです

「と、いうわけで、決を採りたいと思います。彼、ジャーイルの大公位就任に反対の者はありますか?」
 まじめな顔でみんなに尋ねるのは、七大大公の一、プートだ。羊の角に獅子の顔、ゴリラの体躯、蛇とトカゲの尾をもった、デヴィル族においてはそこそこの美男子である。
 が、正直言って、俺にはわからない。
 デーモン族とデヴィル族を大きく隔てることになっている原因の一つが、その美的感覚の違いにある、と俺は思う。

 俺たちデーモン族は、いわゆる神に似せてつくられた、と言われる容貌をしている。具体的にいうと、数多いる人間とそれほど造形は変わらない姿のことだ。美的感覚も、不本意ながらまぁ似たようなものだろう。好みはおいておくにしても、人であれデーモンであれ、魔王陛下をクールな美青年だと思うだろうし、ウィストベル閣下を絶世の美女だと断言するだろう。
 一方のデヴィル族は、数種の動物を合わせたような姿をしていることが多かった。その姿は複雑であれば複雑であるほど……つまり、動物を基準にして言い表せば、掛け合わされた種類が多ければ多いほど、美しいとされている。

 たとえば、さっきプートの容貌を美男子と言ったが、彼は羊・獅子・ゴリラ・蛇・トカゲと、五つもの動物の特徴を備えている。よって、かなりの美男子らしい。
 七大大公にはあと三人、デヴィル族がいるが、皆五種以上混じっている。中でも、大公位にあってはデヴィル族唯一の女性魔族であるアリネーゼは、雌牛の体躯と乳、獅子の鬣、犀の顔に竜の蹄、猫の瞳をもっていて、かつ体は朽ち、爛れているが故に、“魔王公認の魔界ナンバーワン絶世の美女”と称えられているほどだ。

 だが、ちょっと待って欲しい。魔界ナンバーワンの美女、と公称されてはいるが、我々、デーモン族の誰もがそれに賛成しているわけではない。
 この魔界ナンバーワンを決めるにあたっては、千年ごとに全魔族の投票による、美男美女を決める日が設けられていて、我々デーモン族は、単純に数の上でデヴィル族に負けてしまっているということなのだ!
 だが、結果は結果。得票数により、男女ともに一位は魔王公認の美男美女、と称される。
 ちなみに第一位の美男子は、これまた七大大公の一人であるマストヴォーゼだ。雄牛の顔と角、蠍の尾とネズミのしっぽ、猿の体、鳥の翼、コウモリの羽をもっていて、これで爛れていればなお最高ということらしい。
 俺には理解不能だ。

 もし、我々デーモン族の数がデヴィル族のそれに勝っていたら、美女は大公ウィストベル、美男は魔王ルデルフォウスの弟君にして、やはり七大大公である、ベイルフォウスということになったろう。
 ベイルフォウスは、血濡れたような長い赤髪に、兄と同じ蒼銀の瞳をした、大変に好戦的な容貌の美青年だ。兄が氷なら、こちらは炎といった雰囲気を醸し出している。

 会議に話を戻すと、どの大公からも反対意見は出ず、俺はこの選出会議で予定通り大公に叙せられることになりそうだった。

「それにしても、随分急、かつ珍しいことだね。男爵位しか持たぬ、それまで何の噂も聞かなかった男が、七大大公の一を倒してその座に収まるとは」
 サーリスヴォルフという、人の体に鳥の鉤爪、犬の尾と蛇の牙を持つデヴィル族の大公の言葉に反応したのは、ベイルフォウスだ。
「急、なのは珍しくもあるまい。大公位は七と決まっている。欲しくば殺して奪い取るしかない。だが確かに、それまで何の権勢も振るわなかった男が、いきなりのし上がった例は、そう多くはないな。少なくとも、俺はウィストベルくらいしか、聞いたことがない。たいていはそれまでに、せめて伯爵位ぐらいにはあるか、何らかの噂や行為が目に付くものだ」
 挑むようにギラついた目線を俺に投げかけてくる。
 俺は気づかない振りをして、そっと視線をはずした。

 どこか妖艶な雰囲気を醸し出すサーリスヴォルフは、デヴィルでも珍しい雌雄同体だ。つまり、上も下も全部ついているのである。
 そのせいで、彼……彼女? は、美男美女どちらからもエントリー外だ。万が一、どちらもにエントリーできた場合は、一人で両方の称号を勝ち取るのだろうか?
 俺の食指はまったく動かないが。

 ちなみに、会議の席順は、円卓であっても実力順であるらしく、魔王を基点としてその右手が大公位第一位、左手に二位、また一位の横に三位、二位の横に四位、と、振り分けて座るらしい。
 それによると、大公位一位はプートで二位はベイルフォウス、三位がアリネーゼで四位がウィストベルということになり、五位がサーリスヴォルフで六位がマストヴォーゼ、そして俺が末席だ。
 俺が倒した七大大公は五位であったらしいが、新米はそれに取って代わる訳ではなく、最初は末席と決まっているらしい。実力でもって、席順を上がってこいという。
 まあ、無理に上がるつもりもないけれど。

「では、反対意見なしと見て、本日ここにジャーイルを七大大公の末席に迎えることといたします。これをもって、選出会議を閉会いたします」
 プートが宣言すると、待ちかまえたように、ベイルフォウスが席を立ち、ウィストベルの側に歩み寄った。

「ウィストベル、今日こそは、俺につきあってもらうぞ。お前のために、珍しい本を仕入れておいたのだからな!」
 弟までもが兄と同じ手で美女の気を惹こうとしているとは、驚きだ。だが、ベイルフォウスは知っているのだろうか、そのことを……つまり、後ろから平然とした表情で、瞳だけに弟への嫉妬の炎を煮えたぎらせた兄が、ウィストベルに恋慕しているという事実をだ。
 ……うん、たぶんそれは事実だ。
 なんたって俺は、嫉妬と思われるその感情のために、頭に二度も蹴りを受けることになったのだから。頭蓋骨を割られたのだから。

 そう、それに足……あの、大公の足へとりついていた魔王の表情を見るに……

 考えていたことを察したのだろうか。それまで弟をにらみつけていた魔王が、一瞬でターゲットを俺に移した。
 俺は今度も視線を合わせないように、間一髪で顔を逸らしてみせる。
 おお、怖い。なにあの人。読心術でもできるの?

「そうか。しかし我はこの者と」と言って、ウィストベルは俺に視線を向ける。「話がある」
 兄だけでなく、弟までもが俺を射殺そうと視線を向けてくる。
 やめてやめて怖い。
 ああ、なぜ俺は大公位就任一日目から、さっそく殺伐とした事件に巻き込まれているのだろう。平和に、つつがなく暮らそうという、ささやかな願いしか持っていないのに。

「お……俺のことはおかまいなく。どうぞ、ベイルフォウス大公閣下をご優先なさってください」
「まだ男爵位の癖がぬけぬのか? 我らは大公として同位なのだから、相手に敬称は必要ないし、敬語なぞも使わなくてよい。プートのように、体に染み着いている、というのならともかく」
 ウィストベルがゆったりと歩を進めてくる。やめてー。そんな妖艶な微笑みを浮かべながら、腰をくねらせて近寄ってきたりしないでー。
 後ろの二人がとても怖いです。

「く、く、く、癖ですっ。癖ですので、おかまいなく!」
 俺は青ざめて半ば叫び、後じさった。
 そうとも、兄弟からの脅威は置いておくにしても、あんな事実を知ってしまって、なおかつ平然としていられるほど、俺の心臓は強くはない。
 あと、頭蓋骨はすでに割れている。

 その事実とは、そう。
 
 本当は、大公ウィストベルこそが実力的にいって、真の魔王であるということ。

 魔王の座は、完全に実力で決められる。
 ルデルフォウス陛下は先の魔王亡き後(これも噂によれば誰かに暗殺されたのだとか、なんとか……)、当時の七大大公すべてと戦ってこれをなぎ倒し、魔王位についたのだ。
 ……と、さっきまでは俺もそう信じていた。
 だが、うっかり目撃してしまった場面は……まぁ、そういう性癖だと言ってしまえなくもないのだが、それだけではないということを、示していた。
 俺は……この俺の赤金の瞳は、魔力の総量や威力を知れるのだ。もしも、ウィストベルが同じ瞳をもってなければ、俺のその能力も知られず、ただの魔王と大公による性的な趣味としてごまかしたろうし、俺もそれにのっていられただろう。
 だが、俺の能力は、ウィストベルにはバレバレだった。

 あんなに近くで、見逃すはずがない。
 彼女の魔力総量は、魔王ルデルフォウスのそれを、遙かに上回っていたのだ。
 正直、魔王の魔力だって、彼女以外の七大大公とは比べるべくもない。圧倒的実力差で、彼は他の魔族を従えたのだろう。だが、ウィストベルには勝てなかった……はずだ。
 魔王位争奪戦は、言ってみれば魔術の間断無い応酬戦だ。魔力総量が多ければ多いほど、使える魔術は多く、強力で、かつ魔力の枯渇に対する心配も薄れる。

 だから絶対にウィストベルが勝ったはずだと思ったし、それを二人とも肯定した。
 そうなると本来は、ウィストベルが魔王位につくはずであるが、彼女は面倒なことを嫌い、かといって権力を疎んじているわけでもなく、他人にへりくだるつもりもない、というものすごく身勝手な理由のために、大公の第四位という、微妙な地位を欲し、ルデルフォウスを強引に魔王位につけたらしい。他の大公たちには内緒でだ。

 なぜ、こんなことがバレないのか。
 簡単である。
 赤金の瞳を持つ以外に、その魔力総量や実力を目だけで測れる者がいないからだ。

 俺のバカバカ! こんなことになるのなら、目なんてつぶしてしまえばよかった!
 そうでなくともせめて、隠密体質でさえなければ!
 近づく俺の気配に、二人は気づかなかったというのだ。確かに城に入った時点で、誰からも誰何されなかったのを、俺もおかしいと思うべきだったのかも知れない。
 だが、途中で謁見室はどこかと聞けば、別にとがめられることもなくすんなり教えてもらえたし、そうなるとそこに向かってしまうのは、仕方のないことじゃないか!
 ちなみに、魔王と大公の密会のために、謁見室の周囲は人払いがされていたらしい。どうりで儀仗兵の一人すらいなかったはずだ。

 七大大公に列せられるほどの魔族の存在が、薄いわけはない、どうやって気配を消したのか、と、大公ウィストベルは興味津々だ!
 俺がさっき、あの謁見室で、ルデルフォウス陛下に殺されなかったのは、それこそ俺に興味を持ったウィストベル大公の制止があったからだ。そうでなければ今頃、消し炭となっていただろう。

 ああ、俺が子供の頃に、「ジャーイルくんは、本当に存在感がないわねー。いてもいなくても、わからないわねー。まるで、隠密ね」などと言われて得意になって、その技に磨きなどかけなければっ!
 隠密かっけー! などと思った幼き日の俺を殴ってやりたい!
 ちなみに、極限まで磨いたこの存在感のなさは、前任の七大大公を倒すときにも大いに役立った。
 だがその時よりよほど、今の俺は窮地に立たされている。

「こんなパッとしない優男の、何に興味があるというんだ。ちっとも強そうには見えんぞ」
 どうやらベイルフォウスは遠慮のない性格のようだ。初対面の相手を前に、ずばずばと言ってくる。もっとも高位の魔族なぞ、実力でのしあがってきているのだから、高慢であるのが当然かもしれないが。
「そうは言え、大公の一人に加えられるほどの実力じゃ」
「それもどうなんだ。本当に、お前が七大大公の一人、ヴォーグリムを倒したのか?」
 ベイルフォウスが疑いの目を俺に向けてくる。それもこれも、俺の育ちがよすぎて、虫すら殺せないような紳士的な雰囲気をまとっているからに違いない。

「わかっておろう、ベイルフォウス。殺された者の魂は、殺した者の紋章に吸収される。それはどうやっても、偽装できるものではない。そして、倒れた大公の魂を持つ者が、次の大公位につくのじゃ。平時はの」
「もちろん、わかっている、ウィストベル。俺だってそれほど無知ではない」
「さあ、どうかの」
 ウィストベルは冷笑を浮かべている。
 俺は彼女が実は最強だと知っているからいいが、こんな態度をとって、ベイルフォウスの怒りを買わないのだろうか……と、心配したが、彼はウィストベルの微笑みに見惚れていた。
 兄弟揃ってドMの気があるのだろうか。愛らしい子供相手でも容赦しなさそうな、嗜虐心あふれる顔つきをしているくせに。

「とにかく、我はこの者を連れ帰るつもりじゃ。これ以上邪魔をするなら容赦はせんが、いかがか?」
 そういって、有無を言わせずウィストベルは俺の腕をつかんでくる。細腕に似合わぬ剛力でだ!
 その力強さは、逃さない、という意志表示のように思えて怖い。
 美人だからなにをされてもいい、という風に思い切れるほど、自虐的にはなれないのだ。
「いいだろう、じゃあ、俺もついていく。いいだろう?」
「そうよな……その稀少本とやらを持ってくるなら、許可しないでもない」

 ウィストベルの返答に、ベイルフォウスが満面の笑みを浮かべた後ろで、ルデルフォウスがショックのあまりからだろう、無表情を装うのも忘れて、泣きそうな顔をして立っている。
 さっきから、この魔王様は俺たちから少し離れた場所から、ずっとこちらの様子をうかがうばかりだ。会話には一切入ってこようとしない。
 だが、入りたくてうずうずしているのが見え見えなだけに、正直うっとおしい。
 他のみんなはこのあからさまな好意と嫉妬に気づかないのだろうか? と、思ったが、ウィストベルはもともと魔王の性格はよく知っているだろうし、ベイルフォウスは今は兄に背を向けている上、他人の心の機微などわかりそうもない。デヴィル族の大公たちはとっくに席を立っている。
 あちらはあちらで、デヴィル族紅一点のアリネーゼの隣を争うようにしていたのが、印象的だった。大公って案外みんな、男女関係にがっついてるんだなぁ、という感じだ。

 公には、ウィストベルと魔王の間に一線を引く、という、不文律があるようだった。
 まあ、性癖的に、じらされるのもご褒美のうちなのかもしれない。
 そんなことを考えていたら、また魔王に睨まれた。
 ホント、勘の良さには恐れ入る。

 とにかくそんなわけで、拒否権を全く持たない俺と、俺に興味津々のウィストベルと、ウィストベルに興味津々のベイルフォウスの三人は、隠しようもない嫉妬の炎を瞳に宿したルデルフォウス陛下を魔王城に残して、ウィストベルの大公城へと向かったのだった。

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