古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
5.うちのお城の名前は<断末魔轟き怨嗟満つる城>、という名前らしいです

 俺が引き継いだ城の名を聞いた後では、<暁に血濡れた地獄城>という名が可愛くすら響くから不思議だ。
 なに<断末魔轟き怨嗟満つる城>って!
 大公城を名付けた人のネーミングセンスって、いったいどうなってるんですか?
 勘弁してください。こんな名前、城主に呪いがかかりそうじゃないか!
「ふー」

 俺は大公城の謁見室に高々と君臨する(俺が、ではない)立派な椅子に座って一心地ついているところだ。
 城内が落ち着けば、この場所には毎日俺との面会を望む領民たちの列が伸びるのだろうが、未だ人員を再構成中の我が城においては、俺の知る範囲では唯一の、誰にも知られず一人になれる場所だと言っていい。

 正直に言おう。俺は疲れていた。
 そもそも、大公位を叙された一日目から、とんでもない疲労に見舞われるはめになったのは、言わずもがなである。魔王城では気まずくなるような場面を目撃して、三時間以上も正座させられるし、二回も頭を蹴られて頭蓋骨割れるし、ウィストベルの城は見た目が異様すぎて神経がガリガリ削られるし、人見知りだから初めての場所で緊張してるのに、その後やってきたベイルフォウスにはやたらめったら絡まれるし、で。
 最終的には、泊まっていけという誘いの手を、(初対面なのにとんでもない!)なんとか固辞して日の変わらないうちに男爵邸へ帰りつくも、マーミルはいないし。家付きの家臣に聞いたら、とっくに城から迎えがきて、出て行ったというし。なんとか城へたどり着くも、まったく引っ越しに役立たなかったからと、鬼のような形相で待ちかまえる妹につかまって、夜が明けるまで説教をくらい……

 正直、別に引っ越し作業といったって、俺の荷物なんて元々ほとんどない。家財道具は一式置いたままで何一つ運ばないんでいいんだし、従者領民だって住居に帰属しているわけだし、城から迎えが出ることは知っていたから、俺がいなかったところで困ることなんて、そうそうないはずなのに。

 むしろ妹の荷物なんて俺の十倍はあったではないか。慣れた侍女も連れていくと言い張るし、気に入った家具まで運搬すると宣言して、全部わがまま放題、思う通りにしたのは妹の方なのだ。
 初めての場所で、初対面の臣下に囲まれて心細いって、お前が本当にそんな玉なら、兄さんはもっと平穏な人生を歩めたと思うのですが。

 その後の日々は、ひたすら城内と所領内の人員と業務の再構成を、淡々とこなしつつ、わがままな妹が新しい城に興奮して、いつもに増した弾丸トークで口撃してくるのに、延々と堪え忍ぶ日々。
 幸い従者から腰パン一枚を渡されるようなことはなかったが、それでも俺が疲れる理由を察していただけたと思う。

「閣下、こちらにいらしたのですか」
 なんということでしょう! この安息の場所が、ついに見つかってしまいました!
 明日から俺は、どこで休息をとればいいというのでしょう!

「ああ……ジブライールか。何か問題でも?」
 俺のささやかな安穏の時間を邪魔したこの魔族、ジブライールは、この城で見かけるのは珍しいデーモン族である。もっとも、毎日いるわけではない。
 大公の指揮下にある五十の軍団に属する副司令官の一人で、つまりは俺の軍事における右腕の一人、ということになる。
 ちなみに俺は、軍略? 戦術? なにそれ、な状態です。餅は餅屋にお任せしたいと思います。口出ししません、傀儡で結構。そもそも、現状、魔族自体がトップからして傀儡……ゲフンゲフン。

 もとより、魔族の軍団は作戦など不必要なことが多いのだ。一対一での力と力のぶつかりあい、個人の力を誇示し、単純なる勝利を得ることが、すなわち全体の勝利につながる。そう信じて止まない脳筋――それとも魔術脳と呼ぶべきか――が、大多数を占めているからだ。
 人間が相手の場合は、それでまったく問題ない。力で勝っている上に、数でも勝っている。圧倒的戦力差があるのだから。
 だが魔族同士の戦争となるとことはそう単純には運ばない。もっともこの千年ほどは、全土を巻き込む争乱はなく、平和を享受しているから問題はない。

「先日具申いたしましたように、第七軍団と第十二軍団、それから第四十軍団以降全ての軍団長が不在ゆえ、早急に決めていただかねば軍の運営がなりたちません」
 このジブライールは女性、それもかなりの美人で且つ仕事は有能なのだが、ドのつく几帳面っぷりを発揮し、真面目で口調は厳しく、親しくなろうとしても、とりつく島もない。先日、勇気を出して冗談を言ってみたのだが、華麗にスルーされてしまった。俺はそれ以来、彼女がちょっぴり苦手だ。

「なんだって、そんなに一気に不在になるんだ」
「閣下。事実を申し上げれば、あなた様が先代の大公閣下を害された折に、ごっそりと軍団にも被害をお与えになったからです」
「うっ」
 それを言われると俺も黙るしかない。
 妹のことを言われてキレた俺に対し、大公ヴォーグリムはまずは配下の軍団長を俺にしかけてきたからだ。いくら平和主義の俺だって、喧嘩を売られておとなしく引き下がるわけには……いや、すみません。あの時は、ほんとにキレてたので、自制できませんでした。

「で、人事をいかがなさいますか、閣下」
「その……俺はこういっても、あれだ……新任の大公だし? 正直、それまでもとても高位とは言い難かったから、軍団人事についてはよくわからん……すまんが、副司令官たちで話し合って、決めておいてはくれないだろうか」
 ジブライールだって、ただの有象無象の魔族ではない。公爵位に叙せられた結構なご身分の魔族だ。大公の副司令官ともなれば、そのくらい高位の者が就くのが当然らしく、あと三人いるが全員が公爵か侯爵だった。そして軍団長は、伯爵までの地位にある支配下の魔族から選ばれるらしい。
 ちなみに、先日まで男爵だった俺は、軍団の小隊長までしか、経験したことがない。

「我々に一任してくださると」
「ああ、うん。一任する。すまんが、よろしく頼む」
 俺がそういうと、ジブライールはこめかみをぴくりとひきつらせた。
 怒ったのか、そうでないのか、よくわからない。どこぞの魔王様とちがって、彼女は瞳にすら感情を乗せないからだ。

「仰せのままに、閣下」
 優雅というよりは、きっちりとした手本のような敬礼をとる。
 ちなみに、魔族特有の敬礼を、俺は「だめー! こっちこないでー」の型、と呼んでいる。
 手のひらを相手に向けて、胸の前で交差させるのだ。
 初めて見たときは幼い子供だったが、全力で吹き出してしまった。しばらく冗談かと思っていたのだが、本当にそれが正式の敬礼だと知ったときは、あまりの格好悪さに絶望したものだ。
 今はすっかり慣れて、内心でプッと吹き出すだけにとどまっている。
 だがしかし、人がするのを見ているのはいいが、お前がやれといわれたら、断固拒否したい。土下座をする方がいくらもマシというものだ。

「では、閣下。私は退出いたしますが、エンディオンをこちらによこしてもよろしいでしょうか?」
「は? なんで?」
 エンディオンとはこの城付きの家令だ。妙に細くて背の高いデヴィルで、その鋭い猛禽類の嘴を見上げるたびに、いつか頭のてっぺんをつつかれるのではないかという恐怖におびえている。
「もう二時間も前から、閣下の行方を探しておるようですので」
 俺はあわてて立ち上がった。
「いい、俺のほうから出向くから、呼ばなくていい!」
 呼びつけてつつかれてはたまらない!
「御意」
 最後に一礼しつつジブライールが笑ったのを、俺は見逃さなかった。
 初めてみた笑顔が、そんな地獄のそこから湧き出るようないじわるな笑みって、アナタそれ女性としてどうなんですか、と、つっこんでやりたい。

 こうして俺のささやかな休息は、終わりを告げたのだった。

 ***

 そして、現在の俺。

 なんだか説教のような講義を受けています。
 見上げれば、いつもの三割り増しで鋭く光って見える嘴が、俺の目を的として降りてくるのではないかと冷や冷やしてしまいます。

「まさか初御披露目の儀もご存じないうちから、ウィストベル閣下の御招待をお受けになられ、その日のうちに城を御訪問なされるなど、この城に就いて数千年を数える間ですら、一度として耳にしたことがございません。それだけ大胆なことをなさるのだから、てっきりご存じの上での御勇断と考えておりましたのですが」
 確かに、初めてエンディオンにあったとき、ウィストベルの城に寄ってから自分の城へ帰ってきたのだ、と言った時に、息を呑まれたような気はしてた。
 が、それ以後なにも言わないから、それがそんなに問題なこととは思ってもみなかったんだよ。いや、言われたところで、後の祭りなんだけど。

「いや、だってさ。あの美女に誘われて、断ることなんてできるか? ほら、エンディオンだって、大公アリネーゼに誘われたと考えてみてくれよ。すげなくできないだろ?」
 正直に「怖かったので、ついて行きました」、などとはさすがにプライドが邪魔して言えるわけはない。それでこういう論法にしたわけだが、どのみち返ってきたのは軽蔑の視線だけだった。

「すでに旦那様は他の大公閣下の城を訪れてしまったのですから、意味もないことですが、せめてこれ以後、その行動がどのように周りに捉えられるかということを、重々ご承知なさっていただきとうございます」
 ねちねちとした嫌味が、俺の繊細な心をえぐる。
 最初はこの家令も遠慮があったのか、実に丁寧な対応をしてくれていたのだが、最近では顔を見るたびため息をつかれ、文句を言われているような気がする。

「そもそも、大公位に限らず、それなりの地位に就かれた折には、政情をまずはお調べになって、それからご自分の立場を明確になさるべきなのです。それだというのに、旦那様は、ウィストベル様が表明なさっている思想も、公的なお立場も、何一つ知らぬうちにその大公城をおたずねになった。二度目以降はよいとして、初めてご訪問されるお相手は、自分と同じ主義・主張をもち、それほど遠位でない御相手であることが好ましいのです。なにせ大公閣下の初御披露目、と呼ばれる初めてのご訪問は、その相手との同盟関係の締結意思を示すものに他ならぬからです。大公閣下がどの大公閣下と同盟なさるかは、世情に大きな影響を与えるのです。通常、下位のものが上位の主張に同意したとみなされますので、この場合はウィストベル様の主張に旦那様が同意なされたと、世間は解釈いたします。そのあたりはいかがお考えでありましょうや? 私は、いえ、大公閣下に従属する誰もが、それが旦那様の御意志の上であれば、自己の主義主張はさておいても従いましょうが、なにも知らず迂闊にご訪問なされたという事実がある上で、大公ウィストベル様と同盟関係を築かれるという状況には、疑問を抱かずにはおられません」
 な げ え よ。
 一気に話しきるなんて、鰓呼吸でもしてるんですか、アナタ。もしかして、その執事服の下は、魚の体になっているんですか。

 しかし、家令がそう注意を促してくるのも、おそらくウィストベルのデヴィル嫌いが、広く知れ渡っているからなのだろう。
「わかったよ。俺はなにも知らなかったんだし、今回の訪問はノーカンってことで、なんとか大公ウィストベルには了承してもらって……」
「正式に同盟を結ぶ前とはいえ、保留すらご承知なさるはずがございません。こう申し上げては身も蓋もございませんが、ウィストベル様は旦那様の不案内をご存じの上で、それを利用なさったのでしょうから。旦那様が万が一、ウィストベル様の主張に反対したいことがおありの場合は、説得をして思想を誘導なさるか、もしくは対決して上位に就かれるか、のどちらしかあり得ません」
 いやいやいや、無理ですから!
 さらっとおっしゃいますが、ウィストベルが大公の第四位だなんてのは嘘ですから、ホントはあの人が最強の魔王様ですから! 現魔王様にすら勝算があるとは全く思えない現状で、ウィストベルに勝つなんて、絶対無理に決まってますから!
「起こってしまったことは仕方ありません。我々としましては、ウィストベル様が魔族全体を巻き込む大騒動をでも起こさぬよう、祈るしかございませんでしょう。ですが今後は何事も、お立場に対する危機感と重責をよくよくご承知なさって、慎重を期した行動をなさるべきかと愚考いたしますが」
「はい、肝に銘じます」
 あれ、これ言うの、俺二回目じゃありませんでしたっけ。
 ああ、どこか誰にも見つからずに、一人になれる部屋がほしい。
 切実にほしい。

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