古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第一章 一年目の日常】
6.なにが気にくわないって、もう全てが気にくいません

 私が七大大公の位に就いたのは、今から五百年は昔のことだ。当時、力もありあまり、野望も抱いていた私は、当時伯爵位でしかなかったのに、若気の至りでいきなり大公に挑戦してこれを滅し、大公位に就いた。
 それから二百年、なんの問題も起こることなく、当時の魔王の許、順調に大公内での序列をあげていたのだ。
 そして大公のうちでは第一位、魔王に次ぐ全魔族第二位の地位まで昇りつめるに至った。その頃までには、何度も他の大公の顔ぶれは変わっていたが、そんなことは私の知るところではなかった。
 私は上しか見ていなかったのだし、今後三百年の間には、現在の魔王をも倒し、その地位に就こうと決意もしていた。

 だが、混乱は突然訪れたのだ。

 当時の魔王はデヴィル族で、その名をエルフォウンストと言った。
 その在位はあと少しで千年を迎えようかというほどで、これは魔族の歴史の中でも、長い方に数えられる。
 その魔王が、弑逆されたのだ。
 本来なら、その実行者が次代の魔王となるのだが、弑した者の姿を見た者はなく、剣でとどめを刺されたようだとしかわからないときてる。
 宮廷は混乱を極めた。
 弑した者を探さねばならず、私は大公の指揮をとって捜査に当たろうとしたが、そもそも血気さかんな他の大公が、それを承知するはずもない。犯人が不明なのをこれ幸いと、あわよくば自らが魔王の座についてやろうと考える野心ある者ばかりだったのだ。

 正直にいうと、私もその一人だ。
 事態を冷静に収拾するふりをしていたが、求めるのは魔王位だけであった。
 やがて当時の大公の間で魔王位を巡って争いが起き、それはやがて公爵までをも巻き込む争奪戦となった。
 私は大公の三人を屠り、十人からの挑戦を受けて退け、末に魔王位に手を伸ばした。そのころには私の実力はすでに知れ渡っていたし、誰もが我が軍門にくだっていたからだ。
 ……と、思われたそのときに、その女は現れたのだ。

 輝く白い髪を床につくほど伸ばし、珍しい赤金の瞳を爛々と輝かせた、残虐に満ちた笑みをこぼす女、ウィストベル。
 正直に言おう。私は彼女をみた瞬間に、恋に堕ちた。
 彼女に恋い焦がれ、彼女を我がものとすることしか考えなかった。
 当然、戦って負けるとは思っていなかったし、余裕をもって勝利しその命を助け、我が愛妾に迎えるべく決意をしていたのだった。
 それが、あっさりと負けてしまったのだ。
 彼女の繰り出す膨大で強力な魔術の前に、完膚なきまでの敗北だった。
 私は物理的にも殴られ、蹴られ、投げられ、ひっかかれしたが、それはもう途中からいっそ一種の快楽を呼び起こし……

 あ、いや。
 とにかく、私の顔を傷つけぬようにして、私に完勝したウィストベルだったが、彼女は最後に取引をもちかけてきた。
 曰く、「魔王位はお主にくれてやろう。その代わり、我は大公の四位に就く。平時は主の思うとおり、実行支配を楽しむがよい」、と。けれど、彼女の意思には従属し、決して叛意を翻すことはかなわぬと。
 私はそのときにはもう確信していた。先の魔王を倒したのが、誰なのかを。
 私に拒否権があろうはずもない。真の魔王の命令とあらば。

 そして私は新任の魔王に与えられた権限によって、当時公爵位まで上り詰めていた弟ベイルフォウスと、全く無名であり、爵位すら持っていなかった真の魔王ウィストベルを、欠けた大公位に据え、魔王として君臨することとなったのだ。

 そうしてこの三百年、時々王位を狙う挑戦者がやってくるのをなぎ倒し、頻繁にウィストベルに足蹴にされながら、平穏に暮らしていたのだが……

 その、平和を、打ち破るものが、現れたのだ!!

 ジャーイルである!
 あの、たった数百歳にしかならない若造が、私とウィストベルの秘密を偶然知ったのは、まだいい。だが、私と彼女との貴重な愛の抱擁を邪魔したばかりか、彼女に気に入られていい気になったそぶりを見せるなどとは、とても許しておけるものではない!
 弟が彼女にじゃれつくのを見るのも気にくわなかったが、アレはまだ身内で気心も知れているし、ウィストベルも相手にしていないのがわかっていたからかまわない。

 だが、あいつは駄目だ!
 同じ瞳の色を持っているというだけで、ウィストベルはもうなんだかご機嫌にあいつのことを構うのだ!
 あまつさえ、就任したその日のうちに、城へ招待するだなどと!
 私は立場上の制約から、他の目のある前では彼女に触れ、親しく話すことさえできないというのに! そんな状況だから、城にだって行ったことすらないのに!!

 だというのに……
 何故だ。
 何故、私はそのにっくき男から、相談を受けているのだ!!

「……というわけで、初御披露目なんてものは知らなかったわけなんですが、なんとかならないでしょうかね?」
 くそう、こいつ……
 うちの弟に遜色ない容色をしているくせに、態度が卑屈だからか、それともこの軽さのせいか、余計にムカつく。
「そんな些末事を、余に平気で相談するとは、お前の神経はいったいどうなっておる」
「え、些末事じゃありませんよ~。それに、ぜんぜん平気じゃありません。魔王陛下が恐ろしくて、ビクビクしてます。頭蓋骨が疼くぐらいです」
「ふてぶてしい奴よ」
 じろり、とにらみつけると、奴は泣きそうな顔をした。なにが悲しいといって、気にくわない男の百面相を見せられるほどばかばかしいことはない。

「余は忙しいのだ。そなた、わかっておるのか?」
「わかってますよ。重々承知の上ですが、他にこんなこと相談できる人いないんだから仕方ありません。それに、何とかできるとしたら、陛下だけなんですから」
 とても魔王の威厳を知るものの態度と発言とは思えない。
 そもそも、相談なんてものはまず魔王にするものではなかろう。
 バカにしているのか、バカなのか、どちらなのだ、この男は。
 ……まあ、後者なのだろうな。

「困ったなぁ……今日も朝から使者がきて、大公の城に寄るようにとお誘いがあってですね。これから行かなきゃいけないんですよ。でも行ったところで、他愛ない話をするだけなんです。これって、俺の方から同盟を申し出るのを、大公はじっと待っているってことですよね?」
 なんだと!?
 この男、いまさらっと何度もウィストベルの城に招待されていることを、告白しやがった! しかも、それがなんでもないことである、どころか、迷惑であるかのように!
 招待されて他愛のない話をする仲だと、くそう!!
 こいつ、殺したい!!
 今すぐ斬って捨ててしまいたい!!

 私の殺意に気がついたのか、ジャーイルはじり、と後ろにさがった。
 だが、なんとか怒りを抑える。今のところ、悔しいが、こいつはウィストベルのお気に入りだ。だが、いつまでもそうとは限らない。
 そうだ、いいことを思いついた。

「同盟は結ばずにはおれぬだろう」
「やっぱりそうですか~」
 ウィストベルと関係を結べるというのが、何故そんなに不満なのだコノヤロウ。魔王である私は、誰とも同盟を結ぶことなどできないというのに。
「だが、なにも同盟を結ぶ相手は一人しか選べぬというわけでもない。そなたがウィストベルの主義を気にするというのであれば、それに対極する者とも同盟を結び、自らの主張は公平であると、示せばよいではないか」
 そう言ってやると、ジャーイルははじかれたように顔を上げ、やたらキラキラと輝く瞳で私を見つめた。
 くそう、この王子面め! このさわやかな笑顔で、ウィストベルをたぶらかしたのだな!

「なるほど! そういう手もあるのですね! さすが、魔王陛下!」
 あまつさえ我が手を握りしめようとしてくるので、それは弾いてやった。
「そうすると、大公アリネーゼあたりがよろしいでしょうか?」
 相手まで選べというのか、このボンクラ。
「なぜ女ばかりを選ぶ。貴様、デヴィルもデーモンも関係ないただの女好きか」
「いや、そういうことじゃなくてですね」
「二番手を選ぶなら、今度こそ慎重に吟味したらどうなのだ。相談するに相応しい相手は、余の他におろう」
 そういうと、誰か思いついた相手がいたようで、ジャーイルは大きくうなずいた。
「そもそもまずは己の見識を深めるべきではないのか? そなたが同じ愚を犯そうというのなら、勝手に人の意見に右往左往するがよいが」
「それもそうですね。さすがはお兄ちゃん」
 あ!?

 今なんと言った、このバカは。
 誰がお兄ちゃんだ、誰が!

「貴様、また頭を砕かれたいのか?」
 怒気をはらんで脅せば、ジャーイルは青ざめて数歩後じさる。
「いや、すみません! なんだかんだいいつつ、魔王様がとても親切なので、やっぱりお兄ちゃん気質なんだなぁ、と」
 貴様それでフォローのつもりか!

 私は無言で足を蹴り上げ、奴の頭を壁にめり込ませてやったのだった。

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