古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
10.あれ、これってコメディーでしたよね? なんちゃってコメディーだったのかよ!?

 対決は、たいていは城外で行われる。双方が持てる魔術をすべて出し切るため、周囲に甚大な被害をもたらすからだ。
 大公城の前方広範囲は、そのスペースの確保のためか、荒れ地のままおいてあることが多い。
 <死して甦りし城>の正面も、開けた荒野になっており、今、そこにマストヴォーゼとデイセントローズが対峙していた。

 マストヴォーゼは魔王城を辞した時のままの正装、相手はそれより格段に動きやすそうなラフな格好だ。二人とも腰に細身の剣を吊している。
 俺は対決を見守る他の家臣たちと一緒に、城壁上の歩行通路にいた。
 奥方と娘たちはその大半が城内で待機しているが、次女と四・五女の双子だけ、俺の隣で体を寄せ合い、立っている。父の運命を、この三人だけは見守るつもりらしい。

「では、始めようかな?」
 マストヴォーゼがマントを脱ぎ捨てる。
 それが合図だった。

 大公位を賭けての決闘は、百式魔術のオンパレードだ。同じ百式でも元素のどれを基準にするか、また真円の文様によって、効果・効力が変わってくる。それに加え、当人の魔力の強さによって、威力に差が表れるのだ。

 戦場は地上のみならず、空中までをも含んだ。
 マストヴォーゼには鳥と蝙蝠の四枚羽根、デイセントローズには羽虫の一対翅が備わっていたからだ。
 まずは空中で剣が交わされ、術式が展開される。

 だが、彼らが使うのは、剣と魔術だけではなかった。マストヴォーゼの二本ある尻尾のうちの一本は、毒のある鋭いサソリの尾だ。それを相手の身体に突き刺そうと、攻撃魔術の間を縫ってすさまじい早さで繰り出している。
 一方のデイセントローズはトカゲのしっぽでそのサソリの尾をなんとかはじこうと頑張っているが、なにせデヴィル族第一の美男と言われるマストヴォーゼにはもう一つ、ネズミの尾もある。そちらに邪魔をされて、サソリの攻撃を避けるのが精一杯のようだった。

 実はデヴィル同士の戦闘をみるのは初めてだ。対戦は経験があるが、身体的特徴を駆使した戦いを挑まれたことはない。相手が何かしかけてくる前に、剣と魔術でケリをつけてきたからだ。
 だから俺にとってこの対決は、デヴィル族との戦い方の可能性を、教え、気づかせてくれるものにもなったのだ。

 二人の間合いは時間を経て遠ざかり、それに比例して直接攻撃の数は減って、やがては魔術の応酬が主となった。
 マストヴォーゼはさすがに大公の一角だけあって、攻撃のみに留まらず防御・補助的な効果もある多彩な術式を展開し、相手を翻弄しにかかっている。
 いや、むしろ力押しで小細工の少ないだろう大公にあっては、彼のような戦い方は珍しいのかもしれない。相手が無爵では力はあっても経験値に劣り、応用への対応に乏しいだろうと判断した故の決断だと思う。
 実際に、デイセントローズの魔術は、単純な攻撃と防御のみに限られた。

 その結果、一旦はデイセントローズが劣勢に見えた。前方からと見せかけたマストヴォーゼの攻撃が、いきなり術式もない背面から発せられた時には、デイセントローズの表情にあきらかな焦燥感が浮かんでさえいた。
 だが、マストヴォーゼの多彩な攻撃も、デイセントローズの強大な魔力による防御と攻撃の前に、だんだんと通じなくなり、結果は予想した通りだ。

 マストヴォーゼは善戦したが、デイセントローズの前に破れた。
 経験値不足を疑われた若者は、単調な攻撃ながら、百式魔術を二陣三陣と展開して、マストヴォーゼの反撃の手を封じてしまったのだ。
 そしてとどめは、彼独自の特殊魔術と思われる、剣に付帯した能力によってもたらされた。デイセントローズの腰から抜かれ、奇妙に歪んだ気を放つ剣は、マストヴォーゼの脳を貫くやそのすべての力を吸い込むかのように脈動しはじめた。そしてマストヴォーゼは徐々に干からびて絶命し、デイセントローズがその紙のような薄っぺらい体から、剣を抜いたのだ。
 それで、勝負は終わりだった。

 同盟者として助けてやればよかろうと思われるかもしれないが、爵位をかけての対決で他者が止めに入ったり、どちらかに味方するようなことは絶対に許されない。たとえ挑戦されたのがマストヴォーゼでなくベイルフォウスだったとしても、俺は黙ってみているだろう。
 当然のことだが、俺自身が挑戦されたとしても、誰かに助けを求めることもない。
 魔族にとって、それが爵位を争うということなのだ。
 ちなみに、俺がヴォーグリムと戦った時にはまず彼の配下が大挙して襲ってきたが、それは大公位をかけた戦いではなかったからだ。

 俺の横ではマストヴォーゼの三人の娘たちが、父の死を目にして震え、青ざめていた。
 だが、彼女たちは泣いてはいなかった。
 どれだけ残酷な結末だと思ってはいても、魔族として生まれたからには受け入れるべき結果だと知っているからだ。
 俺は次女の肩に手をおいた。
「シーナリーゼ。この結果を母君や妹たちに伝えられるか?」
「もちろんです、ジャーイル大公」
 彼女の声は震えていたが、瞳には強い光が浮かんでいた。
「退城の用意をしておきなさい。新任の大公が城の主となるには、十日ほどの猶予がある。二、三日のうちには、迎えをよこすから」
「あ……ありがとう、ございます……」
 彼女は深々と俺に頭を下げると、双子の妹たちを連れて城へ帰って行った。

 俺は再び荒れ地に目を向けた。
「マストヴォーゼの遺体を引き取りにいくぞ」
 そう言って荒野に踏み出すと、家臣の数人が後を追いかけてきた。

 デイセントローズは別段周囲に勝ち誇るわけでなく、ただ静かに剣を収めて立っていた。
 マストヴォーゼの遺体の移送は彼の臣下に任せ、俺はデイセントローズに向き合う。
「見事な勝ちだった、デイセントローズ」
 俺の静かな言葉に、デイセントローズは胸に手を置き、軽く腰を折った。
「ありがとう存じます、ジャーイル大公」
「この対決については、魔王城に使者が向かうだろうが、俺からも陛下に報告しておく。選定会議はおそらく十日ほど後に開かれるだろう。お前は一旦、現地所に帰って、魔王城よりの指示を待て」
「承知」
 デイセントローズはゆっくりと頷いた後、俺に強い視線を送ってきた。

「これで、ジャーイル大公は六位にあがられる訳ですね」
 今の今まで冷静なだけだった相手から、挑発にも似た不穏な空気を感じる。
「そうだな。それが、何か?」
「いいえ、何も。……それよりも、ジャーイル大公がご覧になって、どうでした?」
「どう、とは?」
「私と貴方では、どちらが上位でありましょう?」
 俺はデイセントローズに冷たい視線を送る。
「俺にまで挑戦する気か? せっかく得た大公位を、実質手にする暇もなく失いたければ、そうするがいい」
 珍しく本気で睨みつけた俺に、さすがにデイセントローズがひるんだのがわかる。
 爵位への挑戦がいくら魔族の習いとはいえ、友人を害した相手に挑発されて、大人しく流すというのはさすがの俺にも無理だ。
「いえ、そのように自惚れてはおりません」
 初めてデイセントローズの声に恐怖が滲んだ。
「では、私はジャーイル大公のご指示通り、地所に戻ることといたします」
「待て。ちなみに、お前の現地所は?」
「<明けぬ夜の森>を越えた平野に居を構えてございます、閣下」
 そう言って、彼は姿を消した。
 俺はマストヴォーゼが残したマントを拾い、彼の奥方に手渡すために城へ戻っていった。

 ***

「そなたの沈痛な面もちというのは、初めて見る」
 魔王陛下が王座の高みから、俺を見下ろしつつ言った。
「いつも脳天気な顔で城にやってくる故な」
「そりゃあ兄貴、一応マストヴォーゼはジャーイルの同盟者で、こいつ、割と親しくしてたからな」
 階段の途中で腰掛けたベイルフォウスが、手に持った酒瓶を直接ぐいっとあおぐ。

 こいつ、まだ帰ってなかったのか。っていうか、あれからずっと飲んでるのか? おいおい、横に空瓶が何本もあるよ?
「奴には地所で陛下の使者を待つよう言っておきました」
「なんだっけ、デイセントローズ、だっけ? プートの臣下のデヴィルか」
「知ってたのか、ベイルフォウス」
「いや、知らない。そうだろうと思っただけだ。当たったみたいだな」
「<明けぬ夜の森>を越えた平野に、居を構えているそうだ」
「へえ」
 ベイルフォウスの蒼銀の瞳が、意味ありげに煌めいたように見えた。コイツ、いったい何を知ってるんだ? ただの脳筋だと思ってたのに、ちょっと認識を改めないといけないかもしれないな。
「あ、お前、今俺のこと疑った? それとも、ちょっと見直した?」
 ニッカリと白い歯を見せて笑いかけてくる様子は、いつもの脳天気なベイルフォウスだ。

 そう、<明けぬ夜の森>というのは、プートの領内にある森だった。無爵だから直属でないとはいえ、プートの軍団のいずれかに属しているはずだ。なんといっても、成人以後の魔族は誰であれ、軍団に組み込まれるのだから。
 そして爵位の挑戦には、領地の縛りはない。現在所属しているのとは別の領地へ赴いて挑戦する者は、むしろ多かった。家族以外には割と酷薄な魔族であっても、多少のしがらみは感じるのかもしれない。
 だから、爵位を他者から奪って得ようというものが、自分の居住区から遠方まで出向くのはそう珍しいことではない。ことに、大公は七人しかいないのだから、挑戦する相手を選ぶには相性を考えもするだろう。

「とりあえず、ここ座れよ。どうせ三人しかいないんだから、そんなかしこまらなくっていいって」
 そう言いながら、自分の隣をバンバンと叩く。
 いやそこ階段だから。
 確かに今、この謁見室には護衛兵の一人すらいない。魔王様とベイルフォウスと俺の三人きりだ。が、人の目がないからといって、そんなところに俺が座るわけがないだろう。
「魔王様は兄であるとはいえ、さすがにもうちょっとしゃんとしようぜ、ベイルフォウス」
 ほら、魔王様もさすがにイラッとしたのか、眉を寄せているじゃないか。
 ……まさか、俺にイラッとしてるんじゃないよな? お前が言うなとか、思われてるわけじゃないよな?

「しかしあれだな……これで残りのデヴィルは、デーモン嫌いで固まったわけだ」
「サーリスヴォルフはそうでもないだろ。それに、デイセントローズも、まだわからないだろ?」
「そう思うか?」
「なあ、ベイルフォウス。お前、何を知ってるんだよ。意味ありげに濁してないで、はっきり言えよ」
 ベイルフォウスはいつも挑発的だが、今日はそれがなんとなく鼻につく。俺も多少ナイーブになってるのかもしれないな。
「別に? 周知の事実だろ。プートがどれだけデーモン族を嫌ってるのかってことだよ。裏でこそこそ企んでるのは俺とウィストベルじゃなくて、あいつらの方だろってこと。お前だって薄々わかってるんだろ、あいつらがデーモンの大公を廃してデヴィルだけで占めたいと考えているだろうことを」

 彼の言うあいつらとは、誰を含むのだろうか。プートとアリネーゼか、それともサーリスヴォルフと、デイセントローズまで含むのか?
「そうかもしれないが、今回の件にその思惑が生きているっていうんなら、まずマストヴォーゼじゃなく俺が狙われるはずだろ。大公としても最下位で、しかもデーモンだぞ」
「お前さ……」
 ベイルフォウスはさも楽しげに、のけぞりつつ笑った。
「知らないのか? ヴォーグリムを倒したお前の武勇伝が、魔族中で語り種になってるっての」
 は? え? 知りませんけど?
 武勇伝? 語り種?
「普通、大公位なんてものは今回のマストヴォーゼの例を見るまでもなく挑戦してから得るものだから、死ぬのはせいぜい大公本人だけなんだよ。が、お前はどうだ? 胸に手を当てて考えてみろよ。大公の配下何人殺った?」
 ああ、ちょっと待って。ほんとそれ、ごめんなさい。でもあれトラブルだから……ほんと、アクシデントだから……。
「一対一じゃなかったって聞いてるぜ? 軍団長といや、伯爵以上だ。それを複数相手にして、あっという間に倒したんだって? しかも百式何陣展開したって? それでお前は無傷なんだろ? お前さ、その話が広まってる状態で、そうそう挑戦する相手がいると思うか?」
 あっれー? もしかして、デイセントローズと話をしててビビったのって、俺の眼力のせいかと思ってたのに、噂話のせいだったの?
 マジすみません。ホント調子にのってました。
 俺は思わずその場にしゃがみこんだ。

「で、でも……この間ウィストベルのとこの……公爵から挑戦を……」
「ウィストベルの配下は、実際には大公位に挑戦するのをためらわない実力と野心を持ったやつも多い。だが、望んであの地位に縛られてる。理由はわかるだろ?」
 え、でも大したことなかったよ? むしろ、マーリンヴァイール一人を相手にするより、ヴォーグリムの軍団長いっぱいの方が大変だったよ?
 だってマーリンヴァイールなんて、大公に挑戦してきた割に、百式も出してこなかったんだから。

「つまり、ウィストベルの配下がお前を襲ってくるのは、その地位の簒奪が主要因ではなく、彼女の寵愛が失われたと感じることに対する憤懣、その原因をお前に求めての八つ当たりってわけだ」
 はい、わかってます。マーリンヴァイールもなんかそれらしきこと言ってました。
「ほんっと、お前って変なやつだよな。それだけ強いのに、すぐへこむし、ビビるし、焦る」
 ま、そこが気に入ってるんだけどな、って呟きが聞こえた気がした。

「なあ、もしかしてマストヴォーゼが挑戦されたのって、俺のせい?」
 ベイルフォウスが言ったように、俺の実力が過大に評価されているとしたら、実質最下位だと判定されるのはマストヴォーゼかもしれない。いや、それを否定はしないけど。

「いいか? 大公についてすぐは、誰であろうが必ず最下位につく。だから七位が新任の場合、確実に実力が低いとされるのはむしろ、六位なんだよ。だから例えお前の噂が広まっていなかったとしても、挑戦されたのはマストヴォーゼだろうよ。当たり前の理由でもな」
 当たり前の理由でも、か。ひっかかる言い方だな。当たり前じゃない理由でも、マストヴォーゼが選ばれただろう、といってるようにしか思えない。
「だから別にお前のせいじゃねえよ。力ある魔族なら、誰しも大公位を目指すもんだからな。結果、弱い者は死に、強い者が勝つ。簡単なことだ」
 まあ、それはそうなんだけどさ……。うん、そうなんだけど。

「だが望むのは大公位ではなかろう」
 ずっと黙って話を聞いていた魔王陛下が、王座から立ち上がり、階段に足をかけた。
「誰しもが望むのは魔王位だ」
 すれ違いざま、ベイルフォウスの頭をくしゃりと撫で、下まで降り立つ。
「デーモンだろうがデヴィルだろうが関係ない、力のある者が魔王位につき、大公を束ねる。余は、この座を誰にも渡すつもりはない」
 魔王ルデルフォウスはきっぱりと宣言した。なんか、珍しくかっこいい。
「俺もこの座を誰にも譲るつもりはないぜ、兄貴。他の大公全員がデヴィルになっても、そいつの手が魔王位に伸びる前に、俺が折ってみせるよ」
 ベイルフォウスのこんな優しい声は珍しい。
 こいつ、ホントに自分の兄貴には優しいんだな、と俺は改めて思い知った。
 女性関係は最低だけど。女性関係は最低な奴だけど。
 ん? ちょっと待て。

「お前、今、さらっと俺のこと殺したな」
 俺はベイルフォウスをジロリと睨みつけた。
「気づいたか?」
 悪びれずベイルフォウスが笑ってみせる。全く、ふてぶてしいやつだ。
 他の大公全員がデヴィルだと? そうなるには俺が誰かに負けてるってことじゃないか!
 そもそも、冷静につっこむなら、まずウィストベルに誰も勝てないんですけどね、実際は!
 うーん。それを知っていると、割とシュールだな、この状況。まあ、せっかくの雰囲気なんだから、いらないことは言わないで黙っていよう。

 そんなことを考えていたら、魔王陛下は俺のすぐ側で立ち止まった。
「そう、実際にはお前の知る通りだ、ジャーイル。大公がデヴィルに占められることはまずない。そうなるまで、ウィストベルが黙ってはいないからな。彼女が本気で怒れば、この世は地獄と化すだろう。そんな羽目にならないよう、せいぜいお前も気を抜かず大公をやっていろ」
 俺にだけ聞こえるような小声で、脅すように。
 うわ、なにそれ。
 いや、頑張ります、頑張りますけどね、そりゃあ!
 なんといったって俺の一番の望みは、日々平穏に暮らすことなのだから。

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