古酒の隠れ家

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新任大公の平穏な日常

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【第二章 二年目の日常】
12.最近の僕は、狼に狙われた子羊……の気分を存分に味わっているのかもしれない

 俺はできうる限り毎朝、謁見の儀を行っている。
 それが大公の義務だと思っていたから、城が落ち着いて以来そうしているのだ。
 が、しかし。

 確かに、先代ヴォーグリムがどうであったかと言われれば、謁見を行っているだなんて、聞いたこともなかった。
 そもそも、俺がヴォーグリムを訪ねたときだって、午前中だったのだ。本来なら、謁見の時間だ。だが、言わせてもらおう。彼は寝ていた。
 いや、そんな非常識な時間帯に訪ねた訳ではない。ないんだが、寝てたんだ。
 だからものすごく待たされた。
 待たされまくったあげくに、あの態度だ。
 温厚な俺がキレるのも無理はない……いや、とにかく。

 実は他の大公は、毎日謁見の儀は行っていないらしい!

 えーーー。
 いや、なんとなく、そんな気はしてたんだよね。
 だって、ウィストベルとかいつもだらーんって感じだし、ベイルフォウスも頻繁に午前中から訪ねてくるし、マストヴォーゼに至っては朝は奥方とのいちゃいちゃタイムだと断言していたのだから。
 もっとも、この間の選定会議以降、ベイルフォウスは一度も我が城に顔を見せない。いや、正確には御前会議以降か。あれだけ頻繁にきていたのに、だ。
 飽きただけならいいんだが、何か企んでるんじゃないだろうな……。

 まあ、それはおいておくにしても。

 んー。
 真面目に働いてるの、もしかして俺だけ?
 領民にも習慣付いてない?
 だからいつも同じ顔ぶれなの?
 そして延々と、井戸端会議で話されるようなこととか喋って帰ってくの?
 あっれー?
 いや、ほのぼのしてていいとは思うけどさ。

 まあ、仕方ないよね。そう言うことなら仕方ない。
 だが、ここでやめてしまっては駄目だ。
 続けることによって、領民たちに謁見の儀を行っているということが知れ渡り、結果、いろんな人がいろんなことを訴えにくるようになるのだ、きっと。
 地道に頑張ろう。

 ……と、思っていたのだが……どういうわけか……。
 最近、妙に若くて着飾った女性の割合が多い……気がする。
 そして、なんだか妙な目線を送ってきて、少しでも距離をつめてこようとしている……気がする。ついでにいうと、時々両親同伴だ。
 ちなみに会話の内容は、他と同様世間話だ。だが、しかし、なんか趣味とか普段の生活とか、興味があるものとかを聞かされたり聞かれたりする。
 あと、家に誘われる。断ってるけど。
 もしやこれは……。
 正直自分では判断がつかない。
 というわけで、いつもこの時間に俺の側にいてくれる筆頭侍従に、意見を聞いてみることにした。

「……て、俺には思えるんだが、気のせい? 自意識過剰なのかな?」
 ちなみに彼の名はワイプキー。この城勤めには珍しいデーモン族で、爵位はエンディオン同様子爵。口髭を生やしたナイスガイの既婚者だ。
 きれいな奥さんと成人した三人の子供たちがいるらしい。いつ見ても幸せそうだ。

「旦那様、実は私も気づいておりました。近頃、旦那様に色目を使う令嬢の多いことを」
 彼は髭を撫でながら、二度頷いた。
「そして、それに危機感を抱いた私は、密かに企てておりました」
「え、何? 何、企ててるの!?」
 俺は焦った。こんな身近な人物に、なんの陰謀を企てられているというのだろう。
「もちろん、うちの娘を旦那様目当ての娘たちから、一歩抜きんでた存在に押し上げることをです」
 ええええ……。
 俺はがっくりとした。

「ワイプキーの娘さんって」
「はい。今年、ちょうど二百歳になります。旦那様にも以前一度、ご紹介させていただいております。私が言うのもなんですが、妻に似て、美しい娘に育っております。ちなみに、胸も大きいようです」
 ちょ……お父さん、その推しはどうよ。娘さん、聞いたらきっと怒るよ。

 しかし、百ほど年下か。ワイプキーは精悍な感じだが、奥方はたしか清楚な感じの美人だったはず。だが、会ったことがあるという割に、娘の方は印象がないな。
「ってことはさ、ワイプキーから見て、俺って優良物件ってこと?」
「もちろんです、旦那様!」
 髭がずいっと近づいた。
 彼は剣だこのできた両手で、強引に俺の両手を包み込んでくる。
「旦那様ほどの優良物件がそうそうございましょうか! 若く美しく、真面目で有能。年頃の娘をもつ父親としては、それはもう、多少の色仕掛けを駆使してでもオトしてこいと、いいたくなるほどでございます!」
 お……オトしてこいって、お父さん……。
「そ、そう……。あ、ありがとう」
 俺はさりげなく彼の手を払って、逃げた。
「なんでしたら、今すぐにでも呼び寄せますが?」
「あ、いや、いいよ。うん、今はいい……」
 俺は大慌てで両手を振る。

 誘惑を受けていると感じたのは、気のせいではなかったか。しかし、急にどうしてだ? 別に嫁探ししてますって、公言した覚えはないが。
 そして俺は、ハタと思い出した。
 そういえば、御前会議の時に、ジブライール以下随員が、俺に奥方がどうのと言ってこなかったっけ? いい出会いがあればって、答えた気がする……でも、まさか、あれがきっかけで?
 いや、まさかな……あのときは仕事が忙しいから無理だっていったはずだし……でも、他に心当たりは……。

「旦那様、ここだけの話ですが」
「ん?」
「万が一、旦那様が異性に興味がなく、同性の方が好ましいとおっしゃるなら、息子をご紹介しても……」
「あー、ここにちょっと正座しようか、ワイプキー」
 俺がにこやかに微笑むと、ワイプキーは神妙な顔で正座した。
「頭砕いていい?」
 そう言って拳をあげると、彼は正座のまま器用に後退っていき、すぐにその姿は見えなくなった。
 ちっ。

 ***

 午後、執務室の扉を叩く音に、俺は書面から顔をあげた。
「旦那様、ジブライール公爵がおいでですが」
「ああ、どうぞ」
 エンディオンが扉を開け、ジブライールを中に入れる。
 ちなみに、午前中にあんなことがあったもので、万が一を考えてエンディオンにも意見を聞いてみた。彼にも娘がいたような気がしたからだ。
 だが、さすがにエンディオンはデーモンとデヴィルの垣根を越えてまで娘を嫁がせようとは思わず……というか、まあ、それ以前の問題として、娘は既婚者だったわけだが、八人全員。ついでに息子が十二人いることも聞いた。さすがデヴィル、子沢山だ。あと、そのうち数人がこの城で働いているらしい。
 身近な相手の家庭環境ですら、なかなか把握できていないもんだな。

 エンディオンが扉を閉めると、ジブライールは俺の執務机の正面に立ち、書類を差し出してくる。
「次回の御前会議への随員と資料をまとめてまいりました」
「ああ、早いな、ご苦労さん」
 フェオレスに頼んだはずだが、持ってきたのはジブライールか……やっぱり俺って、残りの三人に嫌われてるのか? フェオレスは俺のこと、そんなに嫌いなのだろうか? ちょっと傷つく。
「は。では、これで」
「あ、ジブライール」
 ジブライールはいつもの笑える敬礼をして、すぐに出て行こうとしたが、それを俺が呼び止める。

「ちょっと聞きたいことがあるんだが、いいかな?」
「は」
 彼女の所作には切れがある。そう、言い表すならビシッビシッって感じだ。そして、いつもの無表情。
「この間の御前会議でのことなんだけど……覚えてるかな?」
「どんなことでございましょう」
「うん、他愛のない話だったから忘れてるかもしれないけど、ほら、俺が到着してすぐに嫁探し……してるとか、してないとか? そんな話しただろ」
 ジブライールの右のこめかみが、ぴくりとひきつる。
「なさっておいでなのですか?」
「ああ、いや。あの時にも言ったけど、もちろんしてない。けど、最近なんていうか……もしかしてなんだけど、その話、あの時にいた誰かが広めてないかな、と思って」
「どういう意味でございましょう。何か、ございましたか?」
「いや、心当たりがないならいいんだ。引き留めて悪かった。行ってくれてかまわないよ」
「……」
 ジブライールはもう一度敬礼をし、扉に向かった。
 だが、ドアノブを握ったまま、立ち止まる。

「あの、閣下……」
「なに?」
「万が一、閣下が奥方をお探しの折には、私にもお声をかけていただきとうございます」
「ああ、わかった」
「では、失礼いたします」
 俺が答えると、ジブライールは部屋を出ていった。
 誰か美人の友達でも紹介してくれるつもりなのだろうか?

 ***

 翌日の謁見の儀も、その八割が若い娘だった。いつもの顔ぶれはそのままだから、単純に総数が増えた計算だ。
 そして、その一割が手料理持参だった。

 なんだろう、この、獲物になった気分。
 地位がありすぎるだけに、自分の魅力でモテているのだと錯覚できないのがいっそ辛い。
 現実を知るって、悲しいことなのね。

 ちなみに、侍従が受け取った手料理が、俺の口に入ることはない。万が一にも媚薬とか幻覚薬とかが入っていてはいけないから、だそうだ。
 魔族には毒は効かない。が、媚薬やほかの薬すべての効果はまだ確認しつくされていない。そのほとんどが効かないとわかっていても、もしかして、ということもあるからな。
 しかし、媚薬ねぇ。媚薬かぁ。
 ベイルフォウスは不能に効く薬はあるといってたがなぁ……。いや、別に俺がそうだと言ってるわけじゃないけど。
 断じて否定するけど。

「旦那様」
「ん?」
 視線をあげると、昨日殴り損ねた顔が近くにあった。
「本日は次で最後でございます」
 そういって、ワイプキーがにこやかに微笑む。嫌な予感がした。

 入ってきたのは三人。男性が二人と、女性が一人……いや、正確に言いなおそう。
 息子が二人と、娘が一人だ。
 ワイプキーのやろう!!

「いかがです、旦那様。我が息子、エンゼルとデンゼル、それにエミリーでございます」
 いや、いかがですじゃねえよ! 仕事に家庭を持ち込むな!

 ワイプキーの三人の子供たちは、娘を真ん中に並んで立っている。
 なに、ねえ、この三人、父親の目論見知ってるの? 知っててここにいるの?
「ほれ、エンゼルからご挨拶をしなさい!」
「は。お初にお目にかかります、エンゼルと申します、ジャーイル大公閣下」
 長男は精悍な爽やか系のようだ。
「デンゼルと申します、閣下」
 ぺこりと頭を下げる次男はちょっと頼りない系だ。
 って、ほんとに息子まで連れてくるか!! なにを考えている、ワイプキー!
 しかもなんだ、どっちもちょっと照れてるってどういうことだ、おい!
 いや、待て。これはあれだ。普通、大公に会うなんて言ったら、緊張するはず……そうだ、きっとそうだ。緊張してるだけだ!
「エミリー」
 父親に促され、真ん中に立つ娘がおそるおそるといった感じで顔を上げた。
「あの……大公閣下、初めまして……エミリーと申します」
 ん?
 あれ?

 ちょっと待って。
 ほんとにワイプキーの娘さん?
 なんかこう……初々しい、可憐な感じじゃない?
 こう、もじもじして清楚な感じじゃない?

 ……結論を言おう。

 見た感じ超好みだった。

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